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『× 牛丼屋で朝食を 』
セレスティ・カーニンガム1883

 朝一番。
 私は水鏡の前に立っていた。水鏡とはつまり、銀のたらいに水を張ったアレである。
(私は占いをする)
 占いで財閥の行く末を見る。そして最も相応しい道だけを、選び取ってゆくのだ。
 しかし私が占うものは、それだけではなかった。
(――さて)
「今日の朝食は……?」
 両手を水に翳して、意識を集中する。
 別に毎日こんなことをやっているわけではない。
”今日は何か嫌な予感がする”
 そう思った時に、ラッキーグルメを占い食べることで、幸運を呼び込もうとしているのだ。それはたとえるなら、毎朝無責任に流されているテレビニュースの合間にある、あの胡散臭い星占いのようなものだ。しかしそうはいっても、一体誰がいつどこで占っているのかわからないそれをあてにするよりも、自分で占った方がマシというものだった。
 しばらく集中していると、水面が少し揺れ出す。映っていた私の顔も歪み、色が消えてゆく。
(もう少し――)
 やがてその水面の揺れがおさまると、映っていたのは丼に入った食べ物だった。
「……牛丼?」
(朝から牛丼ですか……)
 ちょっとためらったが、朝起きた時に感じた”嫌な予感”は本物だ。何が起きるかわからないが、できることなら回避したい。
(私の運命は、変えられませんからね)
 むしろ私は、変えたくない。
 運命を変えるのではなく、自分の力でよけたいと思っている。それを楽しんでいると言った方が、正しいのかもしれない。
(――さて、どうしますか)
 今時の牛丼屋は24時間やっているらしい。しかし確か、テイクアウトはできても配達はしてくれないはずだ。
「……行ってみましょうか」
 決心するように呟くと、車椅子に手をかけた。



 朝食だったはずなのに、屋敷を出た時にはもう10時を回っていた。
(まったくあの娘たちは……)
 なんということはない。使用人総出でとめられたのである(笑)。
「ご主人様おやめ下さい!! そんなイメージじゃありませんっ」
「そうですよ! そんな朝っぱらから牛丼なんてオヤジくさいこと……っ」
「私たちのセレスティ様はそんなこと致しません!」
「セレス様ぁぁ〜」
 最後の方はもう悲鳴に変わっていた。
 ただ牛丼を食べに行くと言っただけでああなのだから、イメージというものは怖い。
(それに)
 むしろああまでして嫌がられると、逆に意地でも食べたくなる、困った性格の私なのだった。
 屋敷での惨状を思い出して、1人笑う。
(帰りが怖いですね)
 そうしているうちに目的の店へと着いたようで、特注のリムジンは静かにとまった。
 サングラスをかけた強面の運転手が、自動昇降機を使って車椅子ごと降ろしてくれる。
「ありがとう」
「いえ。ではごゆっくり」
「キミも一緒にどうだい?」
「――社交辞令ですか?」
 私の本気をはかりかねたのだろう。問い返した運転手に、私は微笑んで返す。
「私はどちらでも構いませんよ」
 もちろんあえて、そう答えたのだ。
「……遠慮しておきます」
 運転手は苦笑してそう答えた。
「食べ終わりましたら連絡を。お迎えにあがります」
「そうするよ。キミも気をつけてお戻り」
 ぺこりと、頭を下げて運転席に乗り込んでいった。
(我が運転手ながら)
 よくできているな。
 満足して、私は店の方へと身体を向けた。
 ――と。
 店の窓から1人の少年が、中の様子を窺っているのが見える。
「…………」
(最近妙に”子供”と縁があるのは、どうしてでしょうね……?)
 そう思いながらも、車椅子は少年の方へと向いていた。
 少年は覗き込むことに一生懸命で、まったく私に気づく気配がない。
「キミ」
 一度声をかけてみる。
 ――無視。
「キミ!」
 ちょっと車椅子で轢いてみた。
「うわぁっ」
 ”膝かっくん”のような状況になって、少年の体が前へ落ちる。少年は反射神経がいいようで窓の桟を掴んだので、額を壁にぶつけずに済んだ。
「何すんだよぉ!」
 元気よく体勢をただすと、こちらを振り返る。
 私は涼しい顔で、窓の方を指差した。
「食べたいのかい?」
「えっ?」
 それだけで少年の瞳が輝く。
「社交辞令だよ」
 さっきの会話を思い出して告げたが、少年には難しすぎたようだ。
「? しゃこーじ……?」
 私は笑って。
「いえ、何でもありませんよ。私はこれからここで朝食を食べる予定なのですが、よかったらキミもどうですか?」
”知らない人からモノを貰っちゃいけません。”
 今も昔も言い聞かせられていることだろう。
(さあ、どう答える?)
 何かを期待した私は、別な意味で裏切られた。
 少年は私の顔をしばし見つめると。私の後ろへと回り込む。
「? キミ?」
 そして車椅子を押し始めたのだ。
(それが答えか)
 しかし子供の力では到底動かない。私が特別重いわけではない(むしろ軽い方だろう)。車椅子自体が重いのだ。
 私はくすくすと笑いながら、自分の手で車椅子を動かした。

     ★

 少年を誘ったことに、深い意味はない。
 本当は使用人の誰か1人でも連れてこようと思ったのだが、とてもじゃないがそんなことを言い出せるような状況ではなかった。誘った運転手は返された言葉が面白かったので、つい試すような言葉を言ってしまったら、振られてしまった。
(自業自得というところですか)
 目の前にちょこんと座っている少年を見ながら、そんなことを考える。
 ふと、目が合った。
「――? 何だよ」
「いえ……」
 知り合いがダメなら、詮索を知らない子どもの方がいい。ある意味この少年は適任だったのだ。
「メニューは決まりましたか?」
「うんっ」
「では店員さんを呼びましょう」
「あ、おれにやらせて!!」
 ブザーのボタンを押そうとした私の手を、少年の手が押さえた。その勢いに、私は「ぴん」と来る。
「もしかしてキミ――このブザーを見ていたの?」
「うん、そーだよ。押してみたいって思ってたんだ!!」
 意外な結末だった。
 少年は先程よりもより瞳を輝かせて、ボタンを押し始める。――何度も。
「こらこらこらっ」
 慌てて手を伸ばしたが、遅かったようだ。
「お客様! 他のお客様のご迷惑になりますから……」
 店員が飛んできて告げる。こういう場合、頭を下げるのはやはり私だろう。
「申し訳ありません。よく言って聞かせますから」
 まるで父親になったかのような気分だった。
「キミも謝りなさい!」
 調子に乗って、少年にも振ってみる。
 すると――
「うっ、う……うわぁぁぁああん」
 突然少年が泣き出したのだ。
「あのお客様……!」
「すみません、ちょっと外に連れて行きますね」
 さすがの私もどうしようもなくて、少年を引きずって店の外へ出た。幸いまだ注文はしていないので、何の問題もない(……だろうか)。
 しばらく私の車椅子に引きずられていた少年だったが、やがて泣きやみ自分の足で歩き出す。近くの公園に着いた頃にはすっかり落ち着いていた。
「……ごめんなさい、急に泣き出したりして。折角お店入れてくれたのに……」
 少年をベンチに座らせると、少年は自分から語りだす。
「いえ……私の言い方がきつかったんでしょう?」
 あの時私が調子に乗っていたのも事実だ。
 しかし少年は首を横に振った。
「違うんだ。嬉しかったんだよ」
「え?」
 どうやらこの少年、最初から最後まで私の予想を超えるらしい。
「おれね、”お父さん”いないからさ。いたらああいう感じなのかなって、思ったんだ」
「そうですか……」
「お母さんは働き詰めで忙しくって、”ガイショク”ってほとんどしたことなかったから」
 あのボタンを押す、あんな些細なことを羨ましく思っていたのだろう。
 私は手を伸ばして、少年の髪に触れた。
「私はキミの父親ではないけれど、一緒に”ガイショク”することはできますよ」
「!」
 俯いていた、少年の顔が上がる。
「行きましょう、もう一度」
「でも、さっきあんなことしちゃったから……」
「ちゃんと謝れば大丈夫ですよ。私も謝ってあげますから」
「ホント?!」
「キミには嘘をつきませんよ」
 私は笑って答えた。
(この子は)
 たとえ私がどんな嘘をついても、本当にしてしまう気がした。
(疑うことを知らない)
 知らなすぎる。
 もしかしたら今、「私がキミの父親だ」と告げても。
 この子なら信じるかもしれない。
(けれどそれは、一瞬の喜び)
 あとに残るのは残酷な結末。
 そこは他人である私が、踏み込むべき場所ではないと思った。
「――ねえ」
 つんと、髪を引っ張られる。
「私はセレスティ・カーニンガムといいます」
(父親は演じない)
 私は他人として、接しよう。
 その想いが、名乗らせた。
「じゃあせれす! おれを連れて行って……いや、おれが連れて行ってやるよ!」
 そうして少年は元気よくベンチから飛び上がると、私の背後へと回った。
(――おや)
 私が少年の名を訊きそびれた。
 しかしまだ時間はある。
(食べながらでも、訊きましょうか)





× 牛丼屋で朝食を
○ 牛丼屋で昼食を

(終)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
伊塚和水 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月04日

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