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『夢語る過去の 』
直井・日向2062

 それが自分の前世なのだと、気づいたのはいつのことだろう。
 初めはただの夢だと思っていた。ちょっとだけリアルな、夢なのだと。
(けれど見れば見るほど)
 あたしはその夢に同調してゆく。
”あれはあたしだ”
”あたしが経験したことだ”
 確かな既視感。
 それは明らかに、何度も見るせいだけではなかった。
(その頃のあたしは)
 2つの夢を交互に見ていた――。



「死が甘美なるものであるならば」
 誰かの声が耳に響く。
「もう恐れることはない」
 けれど自らの刀で、その身を突くことはできなかった。
 ”あたし”は死に囚われた囚人。
 流れに身を任せるしかできない。
(それでも――)
 死に急ぐことは、簡単だった。
「無茶だ」
 その言葉が好き。
「危ない」
 ならばあたしがやろう。
 そんなことばかりしていた。
(どうして?)
 現実のあたしが悩む。
 けれど夢の中の”あたし”は、少しの疑問もいだいていないようだった。
(死が待っている)
 両手を広げて、あたしを包み込もうとしている。あたしはいつか、帰れなくなる。
 そのことを信じて、疑わなかった。

     ★

「生きているからこそ」
 ”あたし”は自分に言い聞かせていた。
「生きていなければ」
 どうにもならないことがある。
「――生きてさえ、いれば」
 希望はなくならないと、誰かが言った。
 ”あたし”は多分、死をも選べた。けれどその時選んだものは、紛れもなく生だったのだ。
「あたしは生きよう」
 ○○のために。
 それが何であったのか、現実のあたしはいつも思い出すことができない。けれど理由なく、生きたいなんて思わないだろう。
(死を信じて疑わないあたしが)
 生きることを決意する。
 どちらが先でどちらが後なのか。
 本当はそれすらもわからないけれど。
(もしくは――)
 違う前世で、あるのかもしれないけれど。
 ただ忘れないものは、生きることを決意した時の喪失感。
「どうして――?」
 どうしてこんなに、あたしは欠けているの?
 生きようとする気持ちは、正しいものだろう。喜ばしいものだろう。それなのにどうして。
(こんなにも足りない)
 穴があいてしまったの。
 そしてそれを、塞ぐ手立てなど知らない――



 こんな夢を、くり返し見ていた。
 時折濡れている枕は、何を表すのか理解していなかった。
(それに気づいたのは)
 ほんのささいな出来事。
 誰だって、映画やテレビドラマを観て泣くことはあるだろう。涙腺の弱い人ならば、誰かが泣いているシーンを見ただけで泣けるという。
(でもあたしは)
 あまり泣いたことがなかった。あまりというか、ほとんど。自分で泣いたことを、ほとんど覚えていないのだ。
 そんなあたしがたまたま観たテレビドラマで泣いてしまった時、その理由に気づいた。
(あたしが泣く時)
 それは同じ痛みを、自分も知っている時だ。
 自らが知っている痛みでなければ、泣くことができない。それは驕りと同情でしかないから。
(じゃあ――)
 夢を見て泣いたあたしは。
 絞めつけられるほど、痛いあたしは――
(やっと気づいた)
 あたしはそれを知っていたんだね。
 日常の中で、いつも何かを求めていた。自分でも気づかないうちに、何かが足りないと感じていた。
 埋めようのない、喪失感。
(あたしがこうして)
 生きようとしている限り。
 夢の中と同じように、あたしは失い続けるのだろうか。



 その喪失感が少し和らいだ気がしたのは、あたしが神室川に転校した時だった。
(何故かはわからない)
 けれどほんの少しだけ、埋まったような気がした。
(近づいたような)
 きっと”あたし”の欠片を持った人が、どこかであたしを待っている。あたしはその人を、探さなければならないのだ。
 そう思いたった途端に、あたしの心は揺らぎ始めた。
(どうして……?!)
 近づいたと思ったのに。
 もっと近づこうと、近づきたいと思ったのに。
 気配がどんどん薄くなっていくの。
(やっと探せるって)
 思ったのに――!

     ★

  ――キーン コーン カーン コーン……
 チャイムの音に目を覚ました。
 机に伏せって眠っていたあたしは、身体を起こす。
 たくさん並んだ窓からはオレンジの光が斜めに差し込んでいた。
「キレイな、光……」
 呟く。
(でもこの光も、もうすぐ消えてしまう)
 あの気配も――?
「そうは、させないんだから」
 呟いて、あたしは立ち上がった。
 不安ばかりが胸を支配する。けれどそんな弱いあたしじゃ、きっとたどり着けない。
(あたしは強くなるの)
 そうして必ず、見つけるから!
 机の脇に下げてある鞄を取って、教室を駆け出した。





(終)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
伊塚和水 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月04日

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