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『monopoly 』
朧月・桜夜0444)&瀬水月・隼(0072)&ミリア・S(1177)

 カタカタと。
 瀬水月隼の両手がキーボードの上を踊り、もしそれに音階があればどんな曲を奏でるだろうか、などと益体もない事をぼんやりと考えつつ、朧月桜夜はのんびりとした午後の時間を過ごしていた。
 緩やかに波打つ髪を編み込んでみたり、アップにしてみたり。鏡を前にひとしきり遊んでもいたがもう飽きた…隼はと言うと、PCさえ与えて置けば寝食も忘れて没頭出来る人種なので、こちらには気を払う様子もない。
 無造作に後ろで一つに纏めた髪の、深夜の夜の天蓋の色が少し不健康なまでに日焼けしていないが、見目は悪くないパーツを持つ顔立ちを際立たせる…見目は、まぁいい方か。正直に言えば好み。結構。かなり。
 桜夜はパチリ、と火色の瞳で茶目っ気たっぷりにウィンクを投げてみた。
 無反応。
 桜唇に指をあて、音高く投げキッスを送ってみる。
 …無反応。
 鑑賞に堪える恋人ではあるが、相手にして貰えなければ当然ツマラナイ。
 リビングテーブルの正面、机上に散らしたヘアアクセサリーを肘で避け、其処に頬杖を付く。
「なぁんで、こんなオタクに惚れちゃったかなー……」
聞こえよがしに口にして見ても、金の瞳はディスプレイを映したまま揺らぎもしない。
 鳴かぬなら殺してしまえ不如帰…もとい、かまわぬならかまわせてしまえ桜夜ちゃん♪と、不穏な川柳から導き出したには苦しい一句を胸中に読み、桜夜は四肢を使ってテーブルを回り込んだ。
 何処か猫科の肉食獣めいた動きである。
「はーやーぶーさ♪」
腕を交差させて両の掌を床に付き、肩を竦める形に見上げる桜夜の呼び掛けに、漸く応えが返った。
「なんだ」
味も素っ気もない…けれど、リビングに出てノートPCを繰るという事は、桜夜と空間を共にする意思があるという事。
 これが難しい仕事なら自室に籠もりきってしまう隼を知る為、桜夜は読みどおりとも言える隼の反応にぺろりと上唇を舐めた。
「隼ぁ、遊んで?」
見上げる仕草で、顔を覗き込む…金の瞳がちらりと桜夜の火色の眼差しと交わる。
「忙しい」
一言の元に切り捨てるのはいつもの事、電脳オタクを相手にこの程度で凹んでいたらそれは自虐趣味というものだ。
「両手は忙しくても、膝は空いてるよね♪」
緩く握った拳で、子猫がそうするように膝をふにふにと押してみる。
 其処に込められた意図に、隼は吐息をついた。
 それは享受かはたまた諦めか。
 軽く肘を上げ、桜夜が頭を入れやすいように開けられた空間に、満足気に桜夜が微笑んでころんと転がろうとした瞬間…!
『ヤいゃイャィッ!』
と、隼の私室に繋がるドア…その向こうでデフラグ作業をしていたPCのスピーカーが時代劇の某十手持ちを彷彿とさせる音を発した。
『お天道サマハ全てお見通シよォゥッ!」
そしてそれは明確な声となり、まるでディスプレイに見立てた水面に一点の水滴を落としたかの如く、中心から波紋の形に波打ったそれは、ジッと僅かに電子の灼ける音を立て…ポンッと小気味よく、少女の姿を吐き出した。
「マた性懲りもナく!パパの膝枕ァー!!」
直前までのいなせな台詞も何処へやら、レーシーなワンピースに羽根を背負った少女がぷんと頬を膨らませて声を上げた。
 まるで、桜夜と並べれば姉妹とも呼べる外観を持った彼女の名は、ミリア・S。
 電子の海から生まれた意思…電子生命体である。
 構成因子の希薄さからか、ぴょんと飛び上がればその位置に滞空し、腕を突っ張って抗議する。
「桜夜バッカリズルイズルいズるイッ!ミリアのパパだもん、返せ返セェッ!」
ただ、中身はその発生年月に応じてまだ一歳だった。
「うっさい!今日こそはアタシが隼独り占めすんだァ!」
瞬時に立ち上がった桜夜が、握った拳を凛々しく振り上げて主張する。
 寸前までの甘やかな空気は砕け散り、薄暗がりの中でPCが再び二時間ばかりかけていたデフラグを最初からまた走らせている様に、隼は遠い目になる。
「お前等……」
 だが、闘争本能を煽られた二人の眼中に最早隼の姿はない。
「へンッ、桜夜程度で満足するヤツなんてレベルが知レてるヨーッ!」
お前の父がそうですが。
「ハンッ、その程度で詰ってるつもりぃ? 親の顔が見たいわねッ!」
あんたの目の前ですが。
 誹り合う二人だが、何故だかダメージは隼に蓄積されていく。確実に。
 そして口論の応酬に頭に血の上った桜夜から迸る霊気が渦を巻き、言い負かせれずに苛立つミリアが帯電して青白い火花を飛ばすに到っては、ご家庭で手軽に出来るサイクロンが発生していた。
 隼を中心に。
「こウなったラ……」
「こうなったら……」
妙な所で息の合う両者、その間で揉まれる隼。
「パパの膝枕賭けて勝負ダ!」
「隼の膝枕をかけて勝負よ!」
さながら竜虎の図。
 今此処に、第二回隼さん膝枕争奪戦が勃発した。


 前回の勝負から日を置いていない為、台所を使用しての勝負を景品に禁じられた為、それに変わっての決着はゲームの王道、モノポリーに委ねられる事となった。
 簡単に説明すれば、モノポリーとは不動産ゲームである…刑務所の受刑者が暇を持てあまして作ったゲームは、公式の世界大会が開催される程にポピュラー且つ根強い人気を誇るボードゲームである。
 ただ、複数人でプレイする為、桜夜とミリアだけでなく隼までがゲームに参加する事になったのだが。
 サイコロを振って進むマスを決め、土地を買い上げて家を建てる。
 それだけのゲームならただの双六だが、どっこい鉄道や銀行、電力会社に水道会社などがマスに配備され、それの何れかを自分の所有とする事で勝敗が有利に働き、刑務所なんてモノまである。
 そして、勝者はたった一人…残りのプレイヤーが破産してしまうまで続く、シビアで恐ろしいゲームなのである。
「ちょっと隼!その鉄道アタシに売りなさいよ1$で!」
「やーン、パパ、電力会社ミリアが欲しかったノにーッ!」
そして何故だか、隼が連勝を続けていた。
「ねーぇ、隼ン♪」
「お願いパパァ♪」
二人、両側からしなだれかかってねだる。
「「レンタル料、ま・け・て♪」」
 いっそ負けてやればいいのだろうが、それは桜夜かミリアのどちらかが勝者になる事を意味し、となればその負けた方が勝つまで勝負が続くであろう事は目に見え、隼も勝ちを手放せないで居る…最も、どちらを勝たせるか、の悩みでもあり、それは嫁と姑の間に挟まれた亭主の煩悶に似ていなくもない。
 故に、隼も消極的にどちらの味方もしない、という手段を取るしかない。
「まけん」
非情に言い放ち、隼はざくざくと代金を回収した。
 窓の外の日はとっぷりと暮れ、既に何度目の勝負か知れない…夕食はお湯を注いで三分待つカップ麺を啜り、ひたすらに…最早隼の膝を巡っての勝負でなく、打倒、隼!を目的に女性陣は結託しつつあった。
 抵当に入った物件を召し上げれば
「か弱い女の子から巻き上げるなんて非道いッ!」
と責められ、
 刑務所行きのコースを辿るのはルールだというのに、
「パパは可愛いムスメが刑務所に入っててモ平気な冷血漢なのダッ!」
と嘆かれる。
 何とも隼にとってのみ胃の痛い展開のまま、それでも深夜を回るまでゲームは続けられた…が、それは思わぬ桜夜の一言で終焉を迎えた。
「あーッ!もうこんな時間ッ!?」
ふと、時計を見上げた桜夜が手札も現金も撒き散らして叫んだ。
「お肌に悪いじゃない、ヤだすぐに眠らなきゃ!」
「ホントだ!睡眠不足は美容の大敵なのダ!」
と睡眠の美容への関係が見出せないミリアまであたふたと焦り出す。
 洗顔だなんだと洗面所に消える桜夜の後に続くミリアに、取り残された隼は呆然と瞬きも忘れて怒濤の勢いを見守る。
「隼ァ、そこ片しといてね」
桜夜の声に続いて、顔中を白い泡だらけにしたミリアが「ネー♪」と語尾だけを受けて顔を覗かせた。
「ミリア、ちゃんと落とさないと肌がかぶれんだからッ」
「じゃぶジャぶーッ」
扉越しに響く声に、お前等、喧嘩してたんじゃなかったのかよ…思わず天を仰いだ隼だが、目に映るのは白い天井と蛍光灯のみ。
 ある意味平和だったが、無意味な休日。
 隼は、ボードを片付けながら洗面所に向かって声をかけた。
「よぉ……今日、一緒に寝るか?」
「「寝るーッ!」」
すかさず、異口同音に返る声に小さく笑う。
 ま、たまには二人占めと洒落込もう。
 なんと言っても、今日の圧倒的な勝利者は自分なのだから、その当然、その権利を有している、ハズ、と少し小市民的な断定を、大きく伸びをして誤魔化す隼であった。

 最も、その後隼を真ん中に右腕と左腕を枕にされ、翌朝手が使い物にならなくなる程痺れた上に、寝返りも打てずに肩凝りと背中の筋肉痛に苛まされる事になるのを、今の彼が知る由もない。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
北斗玻璃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月04日

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