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『悪夢 』
自動人形・七式1510

『止めろ! 落ち着け!』

 義妹の亡骸を抱き叫ぶ男の声は遠い。
 その男をどう思っていたのか、そしてその男にどう仕えて来たのか、総てを今『自分』は覚えていながら、その声は遠い。
 ――否。
 その声さえも遠い。
 己の手は己の意思に反して動く。いや、意志までも。
 今この『自分』が違うと、だめだと絶叫しているにも関わらず、その己は恐怖に慄き、その恐怖に酔いながらそんなことは表情にも昇らせずにただ腕を振るう。
 破砕音と、悲鳴。上がる火脳に炙られる顔は何処までも無機質だ。
 違うと、何かが絶叫を続けても。
 とまらない、己の腕は。



 興信所の事務所はその名で呼ばれるに値しない瓦礫と化していた。
 窓ガラスであったものの残骸、ドアであったものの残骸、テーブルで、ファイルで、コーヒーカップで、灰皿であったもの。
 それらは壊れ無残に残骸として転がる。
 それを彼女は更に踏み躙る。踏み躙っている意識さえなく、苦しみさえ湛えることもなく。
 それを通り越してしまったからこその。
 それは暴走だった。
 彼女――自動人形・七式(じどうにんぎょう・ななしき)の。



 目の前に草間武彦が膝をついている。その腕には躯と化した義妹が抱かれていた。
 信じられないものを見る目つきで自分を眺めている雇い主を、七式はただ無感動に見下ろす。
 七式はその名の通り自動人形。製作者から草間とその義妹をサポートする事を目的に贈られた存在だ。身の内に霊石をを持ちそれが成長する事によって人を学んでいく。霊石はコミュニケーションで成長する。霊石の成長はパワーアップであると同時に彼女を人に近付けていくとも言えるのかも知れない。
 霊石はコミュニケーションによって感情を蓄えていく。言う間でもなく感情には正負があり、明暗がある。
 片方に偏ればそれは無残な結末を――即ち今を迎える。
 不安、恐れ――蓄積されたそれは七式をただの兵器――否、凶悪な兵器へと変貌させた。
 草間は義妹を抱えたままつい先刻まで忠実な友人であったはずの七式に叫ぶ。
「止まれ! 落ち着け!」
 しかしそれに対する返答はただ攻撃だ。目を見張り身を傾けた草間の脇を、七式の身体が通り過ぎていく。瓦礫を踏みつけ、更に新たに瓦礫を作り上げながら。
「七式……」
 呆然とした呟き。それを聞くともなしに聞いた七式は無感動に草間を見下ろした。
 草間は義妹の亡骸をきつく抱き寄せ、七式を見上げる。
「何故……」
「破壊、いたします」
 抑揚のない声でそう言った七式は再び跳躍した。靴の底がじゃりっと音を立てたのは、その場が既に廃墟と等しくなっている証明。
 その、無機質で無感動で、残酷な音。
「……七式。なにが、あった?」
 悲しみを湛えて。
 己が慈しんだ義妹を亡骸に変えられて尚草間のその目にあるのは憎しみより疑問。
 ――何故?
 問いかけが霊石へと染み渡る。



 ――何故?
 ――――何故?
 ――――――何故!?



 瞬間、戻るものがあった。



「――草間、様」
 抑揚のない、しかし感情のない訳ではない声が七式の唇から零れる。
 戻った感情に眼前の光景は無残に過ぎた。
 己の腕に残る手応えと、その光景は合致する。
 ボロボロになった草間、そして倒れたその義妹。瓦礫と化した事務所。
 己の腕が、それを作り上げた。
「七式……」
 草間でさえ、正気に返って良かったとは言えない。言ってはくれないだろう。それを七式は把握する事が出来た。
 それ以上に良かったなどと己は決して思えない。
 二度と暴走しない。
 そんなことは保証の限りではない。決して。これだけの被害を出した今となっては誰にもそんな保証は出来ない。
「お世話に、なりました」
 七式は深く頭を垂れる。義妹を抱いたまま草間は目を見張った。



 閃光に、草間と義妹の姿が赤く染まる。それが最後に視界を過ぎった光景だった。



「…………き、七式!」
 はっと目を開けると視界に広がったのは赤くもなくボロボロでもない草間武彦だった。
 すかさず身を起こし周囲を窺う。
 今まで見てきたのはなんだったのかと問い掛けたくなるほどに、その光景は平和で日常的な草間興信所だ。
「どうした?」
 草間が怪訝そうに問い掛けてくる。
 哀れみも恐怖も、憎しみも無いただの草間武彦が。
「――妹御、は?」
 途切れ途切れとなった問いかけに、草間は不思議そうに七式を見ながら『買い出しに行っているが?』と答える。
 それは当たり前だが死を示す言葉ではない。
「――そう、ですか」
 良かった。
 そう思った瞬間に目からぼろりと涙が零れた。
「お、おい?」
 七式の肩に草間の手が置かれる。七式はその手に縋るようにその胸に顔を埋めた。
「――良かった……」
 繰り返しながらその感触を確かめる。体温があり鼓動がある。生きていて自分に触れてくる草間武彦という存在を。
 戸惑いつつも草間は七式の赤い髪に指を入れた。あやすようなその手に甘え、七式はただ泣きじゃくった。



 悪夢が現実とならないように。恐怖が、流れてしまうまで泣きじゃくった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
里子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年10月27日

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