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『父兄参観 』
峰崎・蘇芳1631)&ミリア・S(1177)&ミラー・F(1632)

「はーっ、良い天気だなー」
 大きく窓を開け放つと蘇芳は伸びをした。ついでに腕やら首やらを回したりする仕草が爺臭く見えなくもない。しかし一日中パソコンの前にいれば体も硬くなりもする。
(あいつ何してんのかねぇ)
 ふと脳裏をよぎるのは彼の作ったAIである。与えられた『休暇』に何故かいそいそと出て行ったミラー。過ごし方は訊ねていない。詮索する程でもないと思っていた。
「……ま、いっか」
 席に戻るとインジケータにメールの受信を示すアイコンが表示されていた。
(……お?)
 メーラーを表示しながらテスト用データファイルを起動する。現在彼が抱えている仕事は最終段階を迎えていた。システムの詳細を知らない素人が操作した動作をチェックし、出されたエラーや改善点を修正する。
 簡単そうに見えて実は厄介な作業だ。完成している筈のものを修正するのは結構骨が折れる。ちょっとした事ならいい、目から鱗状態の発見もある。しかし根本的な間違いや勘違いがあると目も当てられない、下手をすれば作り直しだ。完全な作り直しはかなり辛い。
 メールの内容は予想通りテストの結果の転送だった。しかし何故か謝罪文までついてる辺りが悪い予感を感じさせた。
「誰だこれ? ……ってちょっと待て、マジに待て、それはどういう事だ!?」
 名刺の束をひっくり返して探し当てた名前は、客先の担当者だった。パソコンについては、経験なし、業務移行反対派、機械音痴という三拍子の揃っている。慣れてきた今はパソコンへ過大な夢を抱いている。業務への理解は深いためテストに参加したのだろう。
 それはいい。そこまではいい。現地テストでエラーの山が築かれるよりはマシだろう。しかし作業も終わり納期が近いこの時期に出たエラー件数は尋常ではなかった。更に添付に『業務の流れ』という文字。今更流れとは読み始めた蘇芳の顔はみるみる青くなった。
「今更、いーまーさーら! なんでそこまで違う話になってんだよ!? 仕様書の段階でOK出しただろう!?」
 仕様書から間違っているから全面改訂。否、仕様書チェックの段階でOKを出した筈の『間違い』を指摘してのエラーの山。
 だだんっ!
 両の拳を机に叩きつけ顔を伏せた蘇芳は苦虫を百匹単位で噛み潰した気分だった。
「ふ。ふふふっ。あー、畜生変えますよ、変えないとしょうがないよな? ってンなもん一人で出来るかー!!」
 据わった目で電話を眺めると慣れたダイヤルを回す。間違えられたら困るこの番号だけは実は短縮登録してない。
 コール一回で相手は出た。
「ミラーか? 俺だけど」
「マスター。どうなさいました?」
「悪いけど、今日の休暇は中止だ。至急戻ってくれ」
 沈黙が落ちた。不審に思う蘇芳を余所に、ミラーはきっぱりと答えた。
「申し訳ありません。無理です。では」
 ツーツーツーツー……。
 切れた回線がのたてる音が虚しい。
「無理ですって、おい」
 リダイヤルしても虚しく呼び出し音が鳴るばかり。ネット上の専用回線でも以下同文。思ってもみないミラーの反抗に蘇芳は愕然とした。
(厄年かなんかか? 大殺界とか、最悪の運勢の日とか)
 占いサイトに行ってみようか等と建設的ではない思考の後に蘇芳は軽く頭を振った。
 メーラーも仕事向けのソフトも全て終了させ、次々に専用ソフトを起動させていく。
「断るとは良い度胸だな? そもそも俺が製作者なんだぞ? 逆らうか普通? いや、普通じゃないけど。俺が丹精込めたんだし」
 起動したのはネットワーカー向けのソフト、そしてミラーのデータ。
「さーて、見つけたらどうしてくれよう?」
 妙に楽しげな蘇芳の声。そう、彼はミラーを見つけ出すつもりなのだ。当のミラーがここにいたらこう言っただろう。
「マスターそれは現実逃避です」


「ミラー? どうシタ?」
 恋人の言葉にミラーは首を振った。
「いえ、なんでもありません」
「ソォか?」
「ええ、次はどこにしましょう?」
 僅かに口元を緩めたミラーの笑みにミリアは安心してその腕にしがみついた。
「ココがいいナ。あ、でもデもお土産買ウの早スギだ。ダけどココに行きタい!」
 池袋のランドマーク内にあるそのテーマパークは様々なアトラクションがある。
「お土産は何を買うのですか?」
「牛乳プリンと納豆プリン☆」
「なるほど。では、先に水族館に行くのはどうでしょう? それから展望台に行って、最後にすればドライアイスも間に合うと思いますよ」
「じゃア、そうスル! あ! 海獣ショー見タいナ」
「色々見ているうちに始まるでしょう」
「ソォだな! ミラーといルとスグ時間が経ツ……帰る時間も早ク来チャウけどナー」
 最後にはため息をついたミリアにミラーは小さく笑い、だとしたら時間を有効に使わないといけませんねと真面目に答えた。
 頷くと、手をひいて先に歩き出したミリア。楽しげに後を歩くミラー。
 ――そして街頭カメラを通じて見ている蘇芳。
 彼は画面の前でやや呆然と呟く。
「これってデート?」
 AIがデート?
 様々な思考が浮んでは消える。まさか『休暇』にミラーがデートをしているとは思わなかった。いや、普通誰も思うまい。だって何しろAIだ。
「えーーっと」
 何故か画面から目を逸らす蘇芳。
「と、とりあえず確認だ。仕事放り出してデートは、社会人として一言言わないと!」
 ミラーは社会人ではなく、AIである。
 どちらにしても一言言いたいのは真実であったが。
 とにかくと立ち上がりジャケットを羽織ると慌てるSPを引き連れて蘇芳は飛び出した。


 池袋駅からそう遠くない場所にある建物の中の水族館に走りこんだ蘇芳は、出迎えた大きな水槽にしばし目を奪われた。
(水族館なんて久しぶりだ)
 そして一人で来るような場所でもない。愛想良しのラッコをしばし眺めてから、漸く当初の目的を思い出した。
 各地の海のコーナーや、淡水の魚達のコーナーを横目に眺めながら、歩いているとどこかで見た後頭を見つけた。何故かくらげを熱心に見ている。
 青い体に黄色い足のそれを二人の後ろから眺めて、蘇芳は有名RPGの回復系スライムを思い出した。
「コイツ、動イてナイみタイだナー」
「泳いではいるようですが……、いえ、むしろ流されてる気がしますね」
「……どっちかって言うと漂ってるっポイな」
 クラゲを熱心に見入る恋人達が驚いて振り返った。
「ダレだ?」
「マスター!?」
「うん。俺」
「……ミラーのパパなノカ!?」
 突然の主の出現に固まるミラー、そしてミラーのパパという表現に固まる蘇芳。ミリアだけがマイペースだ。
「ミラーの恋人のミリアでス☆ フツツカものデスがヨロシクお願イシます」
「……あ、どうも。峰崎蘇芳です」
(それ、なんか違わないか? それにパパって俺は生ませてないし、いや、制作したからこの場合は生んだのか? それに恋人……ミラーの恋人)
 ぺこんと慎ましく挨拶されて思わず釣られて頭を下げる蘇芳。ミラーは漸く立ち直ったようで蘇芳に向き直った。
「今日は約束していたので……申し訳ありません」
「……あ、ああそう。そうだったんだ」
 ミラーは軽く頭を下げた姿勢のままだ。朴訥なAIの素直な謝罪に黙りこむ蘇芳。
 主従の間に落ちた沈黙と無関係にミリアは考えていた。どうしてミラーのパパはここに来たんだろうと考え、さらに自分と約束していた事を合わせて考えて出た結論は――。
(ミラーのパパも水族館に来タかッタンだナ! 水臭いナ☆ ミラーのパパと言エバ、ミリアのパパも同然ナノに!)
 ミリアの『父親』が聞けば憮然としただろう。それでは同時に彼が『ミラーのパパ』になってしまうのだから。
「ミラーのパパも一緒に遊ぶのダ☆」
「……は? 俺も?」
「ソウ! 親子で親睦ヲ深めル一日にスルとイイのダ☆」
「マスター、ミリアもこう言っている事ですし」
「んー、そうだなぁ」
 仕事が頭をかすめる。しかし悩みの言葉はミリアによって違う意味に受け取られた。
「OKダナ! じャア、三人デ早速海獣ショーを見よウ♪」
 右手にミラー、左手に蘇芳を引っ張って歩き始めたミリア。ミラーはミリアの横に並んだ。二人の後頭を見ながら蘇芳は密やかにため息をついた。
(まあ、いいか)


 二頭の芸達者なアシカによる海獣ショーに喜んで、ミリアは一生懸命拍手をしている。ミラーまで拍手をしていたが、それについて問う前にせがむようなミリアの視線に負けて蘇芳も拍手する羽目になった。
「あー、面白かッタ〜♪」
「海獣ショーは初めてでしたね」
「ウン! まタ来ようネ!」
 楽しげな恋人達にやれやれと肩を竦めた蘇芳は次の予定を二人に尋ねる。
「展望台ダ! 高インだゾ、とっテモ☆」
「スモッグで白くなってないと良いですが」
 スモッグがかかっていれば富士山どころか東京タワーも霞んで見えない。もっとも富士山が見えるのは台風の後くらいだ。
 話しながら、エレベータから展望台に出ると妙に眩しく感じた。
「うわぁア! 全部窓ダ!」
「まずそこか」
「展望台ですから、ミリア」
 パンフレットを開き、やれあれが新宿新都心だとか、青山霊園だとか騒ぎながらゆっくりと歩く。窓に張り付くミリアと彼女の後ろから説明するミラーは蘇芳の目から見ても似合いに見えた。
(しかし、俺達傍から見たらどう見えるんだか……)
 父兄なのかお邪魔虫なのか今一つ謎な自分の立場に蘇芳はそっと苦笑を浮かべた。


 やれ、猫の町で餃子だアイスだプリンだと大騒ぎしてみたり――蘇芳は納豆プリンは丁重に辞退した――、今日も自分なりに頑張ってるパンダの専門店に入ってみたりと散々遊んでいるうちに日が暮れ始めていた。
「モウ帰る時間ダナ……」
 淋しそうなミリアの声に気遣うようにミラーがその手を握る。微笑みを交し合う恋人達を蘇芳はただ見守った。ミリアが心配そうに蘇芳を振り返る。
「ミラーのパパも楽しカった?」
「ああ。またいつか一緒に遊ぼうな?」
 大きく頷くミリアが小指を出した。蘇芳は頷いて指を絡める。歌って指を離すとミリアは嬉しそうな笑顔を見せた。
「じゃア、そろソロ」
「ええ。また、ミリア」
「ウン! ミラー」
 大好きの言葉とともに軽く二人の唇が重なり合った。
(お別れのキスか。しかし、公衆の面前で……いや、この場合むしろ親の前で?)
 自分が親である事を認めてしまい渋面になる蘇芳。
 ミリアはバイバイと手を振ると走り去った。自然と二人の男はそれを見送る形になる。
「マスター」
「……ん?」
「今日は申し訳ありませんでした」
「いい。……別に止めたりしないから用があるなら一言言えよ」
 他にどう言えば良いのか判らない。そんな蘇芳の言葉にミラーは淡々と頷いた。
「了解しました」
 ――こうやって見てると普段のミラーなんだがなあ……
 だが、ミリアと一緒のミラーもやはりミラーである事に間違いはない。この状況をシンプルに表す言葉を蘇芳は持ち合わせていなかった。
「帰るか」
「はい、マスター」
「……次の休暇はテストが終ってからだからな」
「了解しました」
 一瞬だけミラーの表情が淋しそうになったのは果たして気のせいだろうか。


 その後数日間は見事な地獄だった。仕様書を作り直しチェックし、ロジックを組み、さらにテストし、他との調整を取る。その一連の作業が蘇芳の睡眠時間を極限まで削る事で成し遂げられたのは納期の朝の事だった。勿論、気力と体力も限界を大きく下回っている。
「俺はもう寝る……、明日まで起こすな」
 シャワーを浴びて半ば閉じかかった目を擦る蘇芳にミラーが問い掛けた。
「マスター、今日は一日休暇で問題ないでしょうか?」
「あー? ない。つーか俺を寝せろ、今日は俺も休日だ」
「了解しました」
 何故だかその声が弾んで聞こえた。蘇芳は閉じかかった目を必死に開き、ドアに向かった青年を呼び止める。
「今日はミリアとどこに行くんだ?」
「今日は横浜の方に行こうと思っています」
 中華街と公園が頭に浮かんだ。億劫そうに右手をひらひらと振る。
「そ。楽しんで来い……ふああああっ」
「ありがとうございます」
 大あくびに言葉尻が消えかかっていた。ミラーは深く頭を下げてドアの向こうへ消えた。
 半ば崩れるようにベッドに潜り込んだ蘇芳の口元に苦笑が浮ぶ。
「……よくやるよ」
 ミラーに対してか、自分に対してか、両方なのか。今一つわからないまま、蘇芳の思考は深い眠りへと沈み込んでいった。


fin.
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
小夜曲 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年10月22日

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