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『デルタ・インパクト 』
ゴドフリート・アルバレスト1024)&九尾・桐伯(0332)&九耀・魅咲(1943)


 どっこら、とパトカーから降りた巨躯は、ゴドフリート・アルバレストのものだった。彼が降りた途端に、パトカーが跳ねたようにも見えた。352ポンドもの重量は、カリフォルニアハイウェイパトロールの特別仕様フォードにもつらいものであるらしい。
 しかしながら352ポンドの多くを占めているのは脂肪ではなく筋肉であり、ゴドフリートは極めて俊敏で、頑強でもあった。
 この身体を持っているがゆえの不便といえば――
「昼飯! 昼飯だ!」
 燃費が悪いことぐらいだ。
 からん、ころん、
 彼の耳に、異国の音が飛び込んできたのはそのときだった。
 振り向いた早さは目を見張るものであり、ゴドフリートを見慣れていた店員たちも、皆呆気に取られていた。
 呆気に取られたのは、ゴドフリート本人もだ。――彼が振り返ったその時には、すでに音と気は消えてしまっていた。
「ど、どうかしました?」
「ああ、どうかしちまったんだよ、俺の勘がな」
 ゴドフリートは肩をすくめると、ドーナツショップの裏手が見える窓際の席についた。
 からん、ころん――
 その音はゴドフリートの耳に、灰のように貼りついて離れない。彼が今まで触れたことのないものだった。ドアベルの音とも、サンタクロースのトナカイの首についているベルの音とも違っていた。
 ゴドフリートをうつつに引き戻したのは、今日も化粧が濃いウエイトレスだった。
「あぁ、コーヒーに、アイシング・ドーナツ5つな。色は何でもいいわ」
「今日は5つですか」
 一昨日は3つだった。
「これから動くことになるとこまるだろ。コーヒーには砂糖ふたつ」
 ゴドフリートの目は、すでにドーナツショップ裏手の銀行に向けられていた。
 やつらは、ドーナツショップの表側に停めてあるパトカーに気がついていないようだ。バラクラバを被った男が2人……3人……中には恐らく、3人はいる……大きな銀行だ。となると、相手は5人以上。
 薄い緑の目は、銀行の裏手をうろつく男から咬みついて離れなかった。
「あー、こちらCHPアルバレスト」
『こちら本部。何か?』
「ローク・ストリート15の6、フジ銀行支店前。『ドーナツに蝿がたかってる』んだ」
『本部了解。そこで待機を』
「了解……っと、出来るか!!」
『おいこら、待て、ゴディ! 管轄外だろうが!!』

 呑気にも黒い男どもに近寄ろうとしていた異国の少女を、ゴドフリートは間一髪で救い出した。救い出したお陰で状況は芳しくない方向に向かい始めていた。幸い、ウージーの弾丸はゴドフリートの身体をかすめもせずに、ドーナツショップの窓ガラスを打ち砕いた。ゴドフリートが丸太のように扱っている小脇の少女は、悲鳴一つ上げなかった。それどころか、ほうほうのていでパトカーに飛び込んだゴドフリートを、睨みつけもしたのである。
「どうしてたすけたりしたの?」
 少女の目は紅い。
 服も紅い。
 キモノだ。
 初めて見た。
「あのぎんこうの中に、わたしがはなれちゃいけない人がいるのに!」
「ばっ、こら、行くな!」
 ゴドフリートを押し退けてパトカーを出ようとする少女を、ゴドフリートは慌てて制止した。少女の白い細い腕を掴んだ。思わず、手を離した。
 まるで気の塊のようだった。ぞっとさせる、負の気であった。ゴドフリートすら、掴み続けていることをためらった。少女は少なくとも、人間ではなかった。
「……名前は?」
 ゴドフリートが声を絞り出して尋ねると、少女はくるりと表情を一変させた。
 笑ったのである。
「九耀魅咲じゃ」
「……何なんだ、お前は……」
「導くものじゃ。あやつらを末路へ導かねばならぬ」
 魅咲と名乗った少女の姿をしたものが、ドアに手をかけた。
 ゴドフリートの手が再び動いた。魅咲の手を掴む気にはならなかった。その無骨な手が、魅咲の帯を掴んだ。
「待ってくれ。只者じゃないことはわかった。だったら手を貸してくれ」
 魅咲は笑みを消し、怪訝そうに首を傾げた。
 銃声と悲鳴が、ドーナツショップの裏手から聞こえてきた。遠くからヘリのローター音も聞こえてきたし、『同僚』が放つけたたましいサイレンも近づいてきている。
「銀行の中に、お前の連れが居るんだな。連れは普通の人間か?」
「火を呼び起こし、蚤の声をも聞く。糸を駆り、鉄を裂く。我を背負って生きている」
「……OKOKOK、もう何も言うな、もう腹一杯だ」
 ゴドフリートが両手を挙げて投降したのはこれが初めてであった。彼は魅咲を黙らせ、レミントンを取り出した。音高くポンプをスライドさせて、薬室に散弾を送り込む。
「俺はな、こういう普通の事件の前じゃ、普通の人間さ。お前が何なのかわかるようでわかんねエ、こんな力――人間相手にゃ」
 助手席には誰も居なかった。
「……聞いてから行けよ、寂しいだろうが」
 ゴドフリートは毒づいてから、パトカーを降りた。またしても、フォードは飛び跳ねた。


 カリフォルニアは某市の街の中、何千とある通りのひとつ、それに面したバーで、まだ腕を磨いている段階のバーテンがいた。
 彼は日本人だった。整った顔立ちとウエーブがかった長い黒髪は、街の人々が抱いている日本人のイメージ(カメラ、眼鏡、ひどい場合はチョンマゲハラキリフジヤマだ)とはかけ離れており、九尾桐伯が日本人だということを知っている人間はごくわずかだった。彼はイギリスやアメリカの地を転々とし、バーテンとしての経験を積んでいた。勉強熱心な青年で、その呑み込みの早さと生真面目さにはどの店のマスターも舌を巻いた。
 からん、ころん、
 ドアベルの音に時折混じる鈴の音に、気がつく者はまたしても少ないのである。そのとき桐伯の赤い視線の先に、紅い振袖、手鞠、赤い目が現れることを、知る者は今まで居なかった。
 その日の朝も、銀行に入った桐伯の視線の先に、振袖の少女が現れたのである。
 ここを出ろ。
 手鞠に爪を立てて、彼女は唇をそう動かした。
「こまります」
 桐伯はカウント・ダウンのさなかに、本当に困った顔をした。
「今日振り込まなければ、電気が止まってしまうかも……」
 ああ、金曜に振り込んでおくべきだった。暇はあったのに、金もあったのに、どうして自分は金曜に家から出なかったのだろう。
 金曜日は、13日だっただろうか――

「騒ぐんじゃねぇええええぇぇえぇぇええええッ!!」

 てん、てん、てん……
 床に伏せた桐伯の肘に、転がってきた手鞠が当たった。
 縫いつけられた絹糸の刺繍が見える。
 焔と血と死を紡ぐ地獄絵図だ――

 桐伯は自分が死ぬ気はしなかった。少なくとも、鬼の責め苦に遭うような人生を歩んできたという自覚はない。
 目出し帽をかぶった男が、ばたばたとカウンターに駆け寄る。
 桐伯は顔も悲鳴も上げず、じっと耳を澄ませた。
 1人……2人……3人。編み上げブーツの足音は落ち着いている。この男がリーダー格か。体格は桐伯と似たり寄ったり。見なくてもわかる、その足音がすべてを教えてくれる。桐伯には筒抜けだ。残る2人は、履き古した安物のスニーカー。ばたばたとやかましい足音だ。
 リーダー格の男は、声まで落ち着いていた。
「予定通りだ。何も問題はない」
 桐伯が視線をずらすと、紅い振袖が視界に飛び込んできた。手鞠はなくなっている。
「桐伯」
 少女が囁いた。
「我は、外におる者どもの様子を見てくるとしよう」
 とめる間もなく、振袖が視界から消えた。桐伯は無意識のうちに振袖を掴もうと伸ばしていた自分の手が、どこか不思議でもあった。
 自分にとり憑いているあの神が、アメリカの荒くれ如きに殺されるはずがないではないか。そう、手鞠と振袖の少女、九耀魅咲とは、そんな存在なのである。
 そしてそれから間もなく、外で騒ぎが起きた。サブマシンガンの軽快な音だ。リーダーらしき男が舌打ちをした。桐伯は――眉をひそめた。

 消えた魅咲は、再び桐伯のところに戻ってきた。
 小さな少女は、椅子の下の暗闇で伏せていた。赤い瞳が、陰の中で光り輝いていた。
「御主らが居る。我が動くこともないだろう」
 御主『ら』?
 桐伯が訊き返す前に、魅咲の姿はまたしても消えていた。


「何じゃ、隠れるのが好きなのだな」
 不意に現れた魅咲に、ゴドフリートはぎょっとして振り向いた。彼は今、街角のダストボックスの陰に巨体を隠し、息を殺しているところだったのだ。銃声は鳴り止まず、たった今、応援に駆けつけた市警のパトカーがタイヤをやられて、あえなくスピンし、例のドーナツショップの入口に突っ込んだ。
「土佐犬のような御面相にそぐわぬわ。応戦せぬのか」
「……はいはい、ドーナツをくれてやるから黙ってような、このガキ!」
 ゴドフリートは魅咲の口の中に、シロップでコーティングされたアイシング・ドーナツを突っ込んだ。魅咲は顔をしかめた。日本で生まれ育った者にとって、本場のアイシング・ドーナツは甘すぎた。
「中には3人じゃ」
「OK、こっちも3人だ、こん畜生」
 ダストボックスの陰から顔を出したゴドフリートは、すぐに引っ込んだ。たちまち緑のダストボックスは、ウージーの弾丸を嫌と言うほど食らった。ゴドフリートは土佐犬かブルドッグのような唸り声を上げつつ耳を塞ぎ、巨体を出来るだけ小さくした。
「無理をするな。ここはひとつ、逃がしてやるのも一興ぞ」
「ステイツは犯罪に屈しねエ! だァから、黙ってろ! 黙って手伝え!」
「頭の中身も土佐犬並みか」
「……お前の考えを聞かせろ」
 一変したゴドフリートの態度に、魅咲は首を傾げた。彼女はちょこんと、ゴドフリートの前に屈み込む。
「何じゃ、急に」
「人質がいるのを忘れてた」
 ゴドフリートは本当に、小さくなってしまっていた。けたたましくタイヤを鳴かせながら、1台のバンが銀行前に停車した。マシンガンの銃声が一際大きくなった。
 銀行の1階部分の窓ガラスが吹き飛んだのは、そのときだった。


「あと10秒だ」
「こっちはOKだぞ!」
「お前は金を持って先に出ろ」
「しくじるなよ!」
「お前が言うことか」
 ばたばたと準備を始めたのは、スニーカーを履いたふたりだ。編み上げブーツの男は、まだ重いマシンガンを構えたまま悠然とカウンター前を歩いている。
 桐伯はそのブーツだけを見た。
 この強盗たちはただでは帰らないだろう。計画はいくらか狂っているはずだ。外からはサイレンと銃声が聞こえてきている。思っていたよりも先に警察が来ていたし、現に撃ち合いになっているのだ。
「Hi,ニッポンのお嬢さん。英語はわかるかな? わからないんだろうな……」
 編み上げブーツが、桐伯のすぐ目の前で止まった。思わず、桐伯は見上げた。M16を手にした男が抱き抱えたのは、振袖の少女だった。
「お兄さんたちと一緒に行こうか。きっといい思い出になるぞ」
 目出し帽の下の顔は、きっと笑っていただろう。耳に悪いタイヤの悲鳴が、すぐ近くで聞こえた。
「3秒遅れたな」
 ばたばたと、スニーカーの2人が入口に駆け寄る――相変わらず悠然とそのあとを歩くのは、紅色の少女を抱えた編み上げブーツの男。
 ――放っておいてもいいんですがね。
 桐伯は赤い目に力を込めた。
 ――ですが、あなたがたのおかげで、電気が止まりそうなんですよ。これは、仕返しです。
 出し抜けに生まれた火焔が、3人の男と少女を壁一面のガラスごと吹き飛ばした。


 ゴドフリートは歓声とも雄叫びともつかぬ声を上げ、爆発音から耳を守った後、レミントンを構えてダストボックスの陰から飛び出した。バラクラバの連中が、バンに駆け寄っているところが見えた。見たのと指に力を込めたのは同時だった。ひとりがたちまち血袋になって吹っ飛び、ひとりがたたらを踏んで、ひとりが怒号とともにM4を構えた。
 まともに狙いをつけられたCHPの名物警官を救ったのは、市警のベレッタだった。
 遅れをとった残るひとりに、ゴドフリートは狙いを定め、引鉄を引いた。
 だが
『ここはひとつ、逃がしてやるのも一興ぞ』
 振袖の少女の言葉が、彼の照準を狂わせたのか。
 レミントンの2発目は、男の左の肩を砕いただけだった。
 バランスを崩す男を、銀行から飛び出してきた男が支え、バンに詰めこんだ。
 銀行からは3人飛び出してきていたが、2人はすでに火に巻かれ、喚きながら踊っていた。運良く無傷で済んだ男は、小脇に少女を抱えていた。
 赤い振袖、黒髪の――

「ミサキ!!」

 ゴドフリートが叫んだとき、男が素早く振り向いた。肩から下げていたM16がたちまち火を吹き、ゴドフリートは倒れた。
 九耀魅咲を抱えた男は最後にバンに乗りこんだ。バンは裏道を失踪し、瞬く間に消えていった。サイレンが――バンにまとわりつく。あの男たちが逃げ切れるはずはない。
 ゴドフリートは市警や同僚に駆け寄られる前に、呻きながら起き上がった。
 防弾ベストは、サイズがきつくてもちゃんと機能してくれた。


「ちくしょう、何が簡単なヤマだ、ふざけやがって!」
「いい、いいてえええ、ああぁああ痛エェエエエエエエエえ」
「黙って運転しろ、金も人質もこっちのものなんだぞ」
「金?! 金だけはちゃっかり持って来たってのか」
「それが目的だからな」
 バンの後部座席には、頭陀袋、異国の少女、のたうち回る今日限りの仲間。
 リーダーは後部座席を振り返り、人質を見やった。人質は、微笑んだ。
 それは明らかに嘲笑であった。
「気が変わった」
 人質は、囁きながら手を伸ばしてきた。
「我もこの手を貸すとしよう」
 赤い目から、男は己の目を離せなかった。
 爪が迫る。
 嘲笑が迫る。
 金が見える、血が見える、ああ、死が見えはしないか――。

 ずどん、ずどん、ずどん。


「すいません」
 日本語訛りの英語で呼びかけられ、ゴドフリートは振り向いた。
 長い黒髪の青年が立っていて、手当てを受けたばかりのゴドフリートを見下ろしていた。
「……何か?」
 日本語は苦手だった。ゴドフリートはゆっくりとそう尋ねる。日本人は、英語を聞き取るのが下手だという噂を聞いていたからだった。
「警察の方ですか。お怪我の具合は――」
「これから救急車で拉致されてレントゲンだよ」
 にい、と笑い返してみせると――異国の青年も苦笑じみた笑みを返してきた。
「先ほど叫ばれていましたね。『ミサキ』と」
「!」
 ゴドフリートは人懐こい笑みを消して、ようやく青年の目をまともに見た。
 赤い。炎のように赤い目だ。あの振袖のようではないか。あの少女の目にも、似てはいないか。
『火を呼び起こし、蚤の声をも聞く。糸を駆り、鉄を裂く。我を背負って生きている』
 あッと声を上げて青年を指差したそのとき、ゴドフリートは白衣の男たちに拉致され、救急車に詰め込まれた。
 だがゴドフリートは、担架に乗せられるその直前、黒髪の青年から小さなフライヤーを手渡されていた。揺れる車内でちらりと見たフライヤーは――市内のバーのものだった。


「こちら802。バンを発見した。高架下だ。あー、こりゃひでえな」
「しっかし、こんな状況で仲間割れかよ。どんな神経してんだ」
「普通の神経じゃないから強盗なんかやるんだろ」
「見ろよ。金掴んで、わりと幸せそうだ。うぅ、笑って死なれちゃ他人は不気味だっての」
「目の前に500万ドルだぜ。頭もおかしくなっちまうだろ」
「なあ、人質なんかは乗ってないよな」
「見る限り死体と金しか乗ってねえぞ」
「おれにもそう見える。でも、主犯格が子供を抱えたところを見てるやつがいるらしい」
「そいつも頭がどうかしちまったんじゃないのか?」
「だとしたら、ヤワな脳味噌だ」
 バンを囲むのは、赤と青の明かり。
 からん、ころん、
 その音も、白昼のカリフォルニアの喧騒に消えた。



 これは、すこし前の話なのだ。
 今では、すっかり舞台も様変わりした。
 今のゴドフリートが頬張るものは本場の大福。
 桐伯は自分の店でシェーカーを振る。
 振袖の御先神だけが、いつまでも不変だ。



<了>
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
モロクっち クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年10月22日

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