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『パンプキン・ムーン 』
高遠・弓弦0322)&布川・和正(1007)

□お祭りの夜には

 最近、逢っていない――そう思っているのは私だけ?
 つい数日前、本当の再会を果たしたばかりだというのに、もう逢いたくなっている心。
 戸惑っているのは、私の方なのかもしれない。

「逢えませんか?」
 交換したメールアドレス。
 迷惑を掛けないように、電話は止めて文字での交信。
「バイトが忙しい、ゴメン…」
 なぜだろう。あんなに長い年月待っていたのに、たった数日が待てない。
 逢いたくて――ただ、声が聞きたくて。

 すっかり肌寒くなり、10月ももう終わり。
 待ちはクリスマス前のハロウィンの飾りで、オレンジ色に染められている。カボチャに黒いマント。ショーウィンドウだけではなく、街の雰囲気まで明るいお祭りムードに包まれていた。
 街路樹は燃えるような赤に、銀杏が散って歩道を黄色の絨毯に。私のブーツが踏むカサカサという音が、ちょっと寂しい。
「そうだわ!」
 貼りつくように眺めていたガラスの向こう。並んだお化けのキャンディー、そして色彩豊かなクラッカー達。夕陽の沈む時間、目が眩むほど暖かな光に、突然私は閃いた。口元が緩む。ショーウィンドウの向こうに、心が求めていた「逢うための理由」を見つけたから。
 私は息をひとつ吐くと、眺めているだけだったガラス戸を勇気を出して開いたのだった。

                          +

「やっぱり、ハロウィンですし♪」
 彼の下宿の前でそっと呟く。
 アパートというよりも、コーポに近い感じの建物。部屋と部屋との間に階段があり、1階と2階部分がひとつの部屋になっている構造らしい。会話の中に「ロフト」という言葉が出てきたのを思い出した。
 周囲は住宅街。でも、近隣に大学が多いせいか学生が多く住む区画のようだった。もう食事時だというのに人の出入りが激しく、その大半が若者。出会い頭に目が合うこともあって、待っているのがちょっと恥ずかしい。視線の行きどころに困って空を見上げると、月が厚い雲に見え隠れしているのが見えた。
 角部屋である彼の下宿横には植えこみがあり、白く小さな花を咲かせている。まるで星のようにも見える花弁は、鼻を近づけなくても甘い香りがした。

 バイト、バイトで忙しい彼だけど、帰宅時間は曜日ごとに決まっている。それはメールのやり取りから分かったことだ。
 そして今日は金曜日。いつもよりも帰宅が早くて午後7時くらい。
 金曜日の仕事はなんだったけ?
 そう言えば、あの教会での再会から初めての対面になる。ずっと連絡はし合っていたものの、いざ逢ったらちゃんと話せるだろうか。私は少し不安になった。
 それに――。
「私、なんて呼べばいいのかしら……」
 ずっと想い描いてきた背中は、もうあの時とは違う名前。ようやく現在の名が「布川和正」というのだと知ったばかり。
 彼が私と同じ気持ちでいてくれると信じているけれど、いきなりファーストネームで呼んでいいものなのか……。
「でも、布川さん…なんて、他人行儀過ぎるわよね……」
 私は困ってしまった。
 『和正さん』と呼んで嫌がられないとは思う。それよりも、自分自身恥ずかしい気がしてしまう。
 しばらく思案していたけど、どうにも答えが出ない。考えあぐねた結果、彼を目の前にしたらすんなりと名前を呼べるかもしれない――との結論に達した。
 私の声帯はどんな名で彼を呼ぶのだろうか。
 ちょっぴり不安で、楽しみな気がした。

 と、隠れたブロック塀の影に足音が聞こえてきた。
 覗くと足早に下宿へと向かってくる彼の姿。吐き出された息が白く立ち昇っている。
 私は素早く身だしなみを整えた。赤いマフラーとベージュのコート。ちょっと早い気もするけれど、秋の深まった夜だし、ハロウィンの祭りには明るい色が似合うはず。もちろん、私が寒がりだからでもあるけれど。
 驚くかしら?
 それとも――?
 初めて来た下宿先。教えてもらった住所から、ここを探し出すのは思った以上に骨が折れた。でも、探している間中、まるで宝探ししてるみたいに胸が弾んでいた。きっと心の中に、彼の驚く顔や笑顔が浮かんでいたからに違いない。
 待っているこの時間でさえ、あのドアの向こうでの彼の生活を思っては心が温かくなっていた。
 その待ち侘びた姿が、ゆっくりと近づいてくる――。

 トクン、トクン……。

 足音と同じリズムで心臓が音を立てる。張り付いた冷たいブロック塀が熱く感じられるほど、体温が上がっている気もする。
 視線の先に、街灯の光に履き古されたスニーカーが現われた。私は握り締めたクラッカーの紐を勢いよく引っ張った。
「Trick or Treat!」
 お疲れ帰宅の彼に、この上ないほどの笑顔を送った。
 飛び込んできたのは、目を丸くした彼の姿。冷静な表情しかみたことがなかったから、すごく嬉しい気持ちが湧き上がって来た。私は調子に乗って、次の決まり文句を口にした。
「お菓子くれなきゃ悪戯しますよ?」
 悪戯っぽく笑うと、彼の口元が苦笑する。彼の深紅の瞳がまっすぐに私に向かい、ジーンズに突っ込んであった彼の手が動いて顎を擦った。
 突然の攻撃に驚いているのか、面白がっているのか……。
 不安がよぎる。次の瞬間、彼の言葉に私は自滅したことに気づかされた。
「……悪戯って何をする気なのかな?」
 思わず口篭もってしまう。上目遣いに見上げると、口の端を上げて笑われた。
「も、もぉ〜! こ…ここでは私の方が年上のはずなのにっ」
「たったひとつだろ? ……弓弦」
 
 あ……、今なんて言ったの?

 私は膨れっ面を崩して動きを止めた。見上げた彼の顔が、雲から出てきた月光に翳っている。
「部屋、入ってけよ」
 声だけがして手を握られた。力強く引き寄せられながら、私は呟いた。
「う、うん……ありがとう、和正さん」

 耳に残る声。私の名を呼ぶ低い振動。
 今宵はパンプキン・ムーン。
 夜空に浮かぶ月も、ハロウィンに浮かれて色を変える。
 暖かなオレンジの――甘い、甘い色へと。


□END□
 

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 またしてもギリギリな、ライター杜野天音です。
 前回の続きを書きつつ、番外的な感じに仕上がっているようならいいのですが。
 弓弦視点のみで書きました。やっぱり彼女の思考はかわいいvv
 弾けているようで、でも恥ずかしくもある……アンバランスなところがすごくイイです(*^-^*)
 遅筆な私ですが、またふたりを書かせて頂ければうれしいです!
 今回はありがとうございました。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
杜野天音 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年10月15日

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