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『■気付かなかった見舞い品■ 』
アレクサンドル・シノハラ0165
 外では、小雪がちらつく季節になっていた。庭のそこら中に、小さな雪だるまが鎮座している。
 それを作ることはおろか、眺めて楽しむ時も無く、暖房の効いた室内で、せっせと書類を繰る者もいた。
「‥‥っくしゅっ!」
「風邪をひいたの?」
 一緒に書類を確認していた少女が、心配そうに覗き込む。
「大丈夫だよ。ちょっと鼻がムズムズしただけさ」
 アレクサンドル・シノハラは元気な声で答えたが、少女は首を振る。
「顔が赤いわ。ちゃんと医務室で診てもらった方が良いわよ」
 アレクサンドルは平気だと言い張ったが、少女があまりに強く勧めるので、しぶしぶ医務室に足を向けた。
「こんなに高い熱を出して、何が大丈夫ですか。すぐ寝なさい」
 開口一番、医師はベッドへ直行するように命じた。
「ええ? 大丈夫だよ。気分は悪くないし。それに、今日中にまとめなくちゃならない資料が」
「駄目。絶対安静。代表に移したらどうするの」
 そう言われると、アレクサンドルも引き下がらざるを得ない。
(頭がふらふらするのは、暖房のせいだと思ってたのに)
 ただの風邪だ。すぐ治ると軽く考えていたが、ここ暫くの疲れが出たのだろうか。結局、それから1週間あまりも寝込む羽目になってしまった。
「調子はどう?」
「大丈夫だよ。熱さえなければ、どうって事無いのになあ」
 毎日、見舞いに寄る彼女にアレクサンドルは元気に振る舞って見せた。本当は、頭の中はすっかり煮えたぎっている状態で、体を起こしているだけでも辛い。
 だが、男子たるもの、好きな女の子の前で弱音を吐くなんて、もってのほかだ。
(せめて、同じ時間に来てくれたらなあ)
 見舞いに来てくれるのは嬉しいのだが、辛い体を起こすのはおっくうで、かなり準備が必要だ。
 訪れる時間が不定期なのは、彼女が忙しいからだと分かっている。それでも来てくれるのが待ち遠しい反面、忙しいのだし、治るまで放っておいてくれた方が楽だとも思ってしまう。見栄を張らずに、横になったまま迎えれば良いのだとは、これっぽっちも考えなかった。
 熱が高いせいか、時折、悪夢にうなされる。そんな時に彼女が来ればと思うと、気が気では無かった。
 彼女の方も、多少は心得ているのか、疲れさせると悪いからと、あまり長居はしない。それでも、彼女が帰った後は、緊張が切れてぐったりとしてしまう。
 下がりかけた熱はまた上がり、かえって消耗しているようだ。
(だめだなあ、こんなんじゃ)
 自分が寝込んでいる分、彼女はますます忙しくなっているだろう。それも申し訳なく思うし、何より一緒にいる時間が減ってしまう。たとえ仕事でも、病気で寝込んでいるよりは、ずっとましだった。
 そんな自己嫌悪に陥っていたせいか。うつらうつらしながら見た夢で、中々超能力が覚醒せずに、劣等感に苛まれた苦い思い出が蘇る。
(病気になると気弱になるって、本当だな)
 もう、乗り越えたと思っていたのに。ぼんやりと、そんな思いに捕われながら、再び浅い眠りに落ちていく。
「アレク」
 どのくらい眠っていたのか。呼ばれてすぐに目は覚めたが、相変わらず頭は重い。
「起こしちゃった? ごめんなさい」
「ううん。大丈夫だよ」
 起きようとしたが、体がだるくて起き上がれない。
 今日は、これ以上強がる気力はなかった。そのまま寝ているようにと言われて、寝起きでぼんやりしている口実を幸いに、体を横たえる。
「お水をもらってきたわ。飲める?」
 手渡された吸い飲みから、一口、二口水を啜る。冷えた水が、熱で枯れた咽に心地良かった。続けて何か欲しいものはあるか聞かれたが、この体調では食べたいものも、退屈凌ぎをするものも思い当たらない。
「うーん‥‥無いよ‥‥」
 半ば夢うつつの状態で、アレクサンドルは答えた。
「少しうなされていたみたい。先生を呼ぶ?」
「いいよ。‥‥多分、夢のせいだ」
 ますます心配そうに、彼女は首を傾げた。
「夢って、予知夢?」
「違うよ。本当の夢。小さい時‥‥だけでも、ないか。あんまり、良い夢じゃなかったから」
「どんな夢だったの」
「うーん」
 幾ら熱っぽい状態でも、落ち込んだ話しをそのままする気にはなれなかった。
「僕、中々超能力を使えるようにならなかったんだよね」
 そう言ってから、アレクサンドルは暫く間を置いた。
「でも、今は、少しは姉さんの力になっていると思ってたんだけど。まだまだ、だなあ。姉さんは病気をしないのに、僕の方が参っちゃうなんてさ」
 そこで途切れたきり、話しが続かない。
「アレク?」
 不審気に尋ねて少女が見ると、アレクサンドルは寝息を立てていた。
 そうっと布団を引き上げて、一旦鞄を持ちかけたが、また座り直した。どうしようかともじもじしている様子だったが、その内アレクサンドルの頭上に屈み込む。

 ちゅ☆

 一瞬だけ、アレクサンドルの額にキスをして、彼女は勢い良く立ち上がった。アレクサンドルの熱が移ったように、真っ赤な顔で暫く窓辺に立っていたが、やがてそろりと出て行った。
(あれ)
 次に目を覚ました時に、アレクサンドルはきょろきょろと室内に視線を泳がせた。
(姉さん、帰っちゃったのか)
 話しをする内に、いつの間にか寝入ってしまった。昨日までは元気そうに振る舞ってみせたのに、こんな不覚を取るなんて。
(姉さん、呆れちゃったかなあ)
 不安を覚えながら、寝返りを打つ。
(明日、来てくれたら謝らなくちゃ)
 残念ながら、眠っている間に、ちょっぴり良い事があったと、彼は気付かなかった。
 それに気付けなかったのは、今日元気な振りを出来なかった以上に、不覚を取っていた事にも。そして、明日謝ろうものなら、彼女が異様に恥ずかしがるか、睨みつけるかするであろう事も、もちろん彼は気付いていなかった。

■コメント■
 ご発注ありがとうございました。
 という訳で、「目覚め」編とリンクさせてみました。




PCシチュエーションノベル(シングル) -
なにわのみやこ クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2003年10月14日

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