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『■目覚め■ 』
アレクサンドル・シノハラ0165
 ふうわりと揺れながら宙に上がったボールが、頭を越す高さで止まった。
「すごーい、3つ同時だよ」
 子供達の間から歓声が上がる。
 ぽーん、ぽん、ぽん。
 不安定にゆらいでいたボールが、地に落ちた。
「えへへ」
 コントロールしていた少年は、照れ笑いを浮かべる。
「あー、ちゃんと下ろすまで操らないと、ダメなんだよー」
 わいわい騒ぐ子供達の中から、少女が一人、手を上げた。
「あたし、もっと高くまで上げられるもん」
 転がっていたボールが1つ、すいと浮き上がった。さっきの倍くらいの高さでぴたりと制止した後、空中に絵を描くように、四方へまっすぐ動いては止まる。
「わああ」
 指を差す子供達の目の前で、彼女が操るボールは、あさっての方向から飛んできたボールに弾かれた。
「ひっどーい。何すんのよぅ」
 抗議する少女に、別の少年がニヤニヤ笑う。
「コントロール中は注意をそらせちゃだめだって、いつも先生に言われてるじゃん。ちゃんと制御してたら、俺に邪魔されても落ちないだろ」
 ぷうっと頬を膨らませたまま、つんと少女は横を向いた。
 プラハ研の中庭で、昼下がりにこんな光景はよく見られた。
「超能力を遊びに使ってはいけません」
と、日頃から先生達は注意している。だが、覚えた力を仲間に自慢したい気持ちは、幼い子供達に抑え切れるものではなかった。
 仲間が皆エスパーだから、彼等にとってはそれが「極めて特殊な力」であったり、「危険な力」であるという意識は薄い。普通の子供が
「他の友達が登れない、高い木のてっぺんまで上れた」
「誰も飛び越せない幅の小川を飛び越せた」
といった自慢をするのと同じレベルで見せ合いっこをする。
 遊びの中で競い合い、力を伸ばしたり、どんな使い方をすれば危険なのか覚えていくのは、良い面もある。だから、ある程度は彼等を指導する先生達も黙認していた。
 全員がエスパーの素質を持つとはいえ、覚醒は随分遅い子もいる。アレクサンドル・シノハラも、そんな子供の一人だった。
(いいなあ。僕は、どんな力が使えるようになるのかなあ)
 未だ適性もはっきりしない彼は、先に超能力を使えるようになった友達に、羨望の目を向ける。
 いずれ彼にも訪れるはずの力は、どんな種類だろう。憧れと不安を抱きながら、友達の力比べをそっと見守る日々だった。

 時は流れ。
「それでは、今日はここまで。宿題を忘れないでね」
 先生の声を合図に、皆がぱたぱたと席を立ち始める。
「あなた、次の時間は?」
「私はね‥‥」
 グループごとに移動を始める友達と離れて、アレクサンドルは一人廊下に出た。
 共同の学習時間の後、友達は超能力を正確に、安全に使う訓練を受けに行く。
 けれども、アレクサンドルにその時間は必要なかった。替わりに、彼には別の検査が待っている。
(今日こそは)
 半ば諦めながら、それでも諦め切れずに心の中で呟く。
 もう14歳になるのに、彼の力は未だに目覚めなかった。
 プラハ研の人工受精技術は、かなりの精度でエスパーを生み出す。しかし、生まれた子供は、素質はあっても、100パーセント実際に超能力を発揮できるとは限らない。
 幼い頃は、少しくらい覚醒が遅くても希望が持てた。
(いつか、自分も)
 けれども、年を追うごとに、希望は焦りに変わっていった。同じように力が使えなかった友達も、一人、また一人と覚醒していく。その内、ずっと年下の子にも追い抜かれ始めた。
(姉さんなんて、僅か1歳でプラハバリアの中核を担ったのに)
 プラハ研代表を名乗る、仲の良い幼馴染を思うと、ますます劣等感が増してくる。何とか彼女に追いつきたくても、焦る気持ちは空回りするばかりだった。
(もう、だめなのかなあ)
 挫けそうになりながら、それでも諦めきれずに覚醒のきっかけを求めて研究室に通う。
 だが、もうそろそろ、今後の進路についても考えなければならない。このままでは、エンジェルや巡察士として働いてはいけない。
 年齢の制限は設けられていないが、いつまでも何もできないまま、超能力者である事にこだわり続けるのは、気が引けた。仲間の中には、もっと早くに挫折して、手に職を持つ道を選んだ者もいる。
(姉さんの為には、超能力がある方が良さそうだけど)
 偉い立場の人は危ない目に遭う可能性が高いらしい。身辺警護をするなら、エスパーである方が良い。
 だが、無いものねだりをしても仕方がない。最近は、事務スタッフになる勉強も少しずつ始めていた。こちらは、飲み込みが良いと褒められたが、心の内はすっきりしない。
「世の中には、超能力を持たない人の方が圧倒的に多いんだよ」
「君の能力は別の分野にあるの。超能力が使えなくても、君の良い所は変わらないのよ」
 そう慰められても、ちっとも気持ちは晴れなかった。
 プラハ研で生まれた子供は、超能力者であるようにと期待を持たれていた筈だ。なのに、自分にその兆候は全く無い。
(僕は、何の為に生まれてきたんだろう)
 時にそんな思いに捕われて、沈み込む。誰にでも越えなければならない壁はあるとはいえ、彼の前に聳える壁は、あまりにも高くて厚かった。
 その翌日。
(嫌な夢だったなあ)
 歯を磨きながら、アレクサンドルは昨夜の夢を思い出した。知人が出てくる夢は時々見るが、昨日の夢は嫌に鮮明だった。
「姉さん!」
 と叫んで目覚めた時は、冷や汗で全身が濡れていた。
(昨日の検査結果のせいかな)
 結局、今回の結果も思わしくなかった。その落ち込んだ気分が、夢に出たのだろうか。
 その日は休日でもあり、気分転換に街へ出てみようかと、アレクサンドルは許可を得に当直の先生を訪れた。
「何かあったの?」
 訪れた研究室は、数人の先生が険しい顔で慌しく出入りしていた。最初は何も無いと部屋へ帰されかけたが、外出許可を求めるとやっと事情を説明してもらえた。内緒で出かけた子供達が、どこかで事故に遭っているらしい。遠距離会話を使える一人が、パニックを起こして泣き叫ぶ声がこちらには届くが、返事は出来ない。
(まさか)
 アレクサンドルの顔から血の気が引いた。昨日見た夢。崩れかかった岩場に、分断されて残された子供達。あの光景は。
「先生。それって」
 夢で見た友達の名を挙げると、先生の顔色が変わった。
「どこにいるか、知ってるの!?」
「知らない。でも」
 口ごもったアレクサンドルの前に、先生は屈み込み、肩に手を置いた。
「間違っていてもいいから。知っている事を教えて」
 先生に促され、彼は夢の光景を覚えている限り話した。
「あの子の力では、距離はこの範囲内。ここで、この景色に一致する所は」
「ここです」
「先に行っている。すぐ巡察士のC班を集めて」
 慌しく出て行く先生達をおろおろと見送り、アレクサンドルは不安げに残った先生の手を握った。
「先生。でも、ただの夢かもしれない。間違っていたら」
「大丈夫。それに、間違っていてもあなたのせいじゃないわ」
 数時間後、無事に保護された子供達が戻ってきた。
「お手柄よ、アレク。それから、おめでとう。やっとあなたも覚醒したわね」
 先生に抱きしめられて、アレクサンドルは呆然としていた。
(やっと‥‥)
 もう仲間外れじゃない。自分も、ここで認められる力を持てたのだ。
 そう誇らしく思えるようになったのは、更に時間が経ってからで‥‥。


(夢かあ)
 熱にうなされながら、ほんの少しの間アレクサンドルは目を覚ました。
(病気になると気弱になるって、本当だな)
 ぼんやりとそう思いながら、彼は再び眠りに落ちた。





PCシチュエーションノベル(シングル) -
なにわのみやこ クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2003年10月14日

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