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『10/30の攻防 全記録 』
賈・花霞1651)&蒼月・支倉(1653)


 兄妹はPS2を片付けると、競争するようにはしゃぎながら階段を駆け下りて、広いダイニングに向かった。用意されていた南瓜は、スーパーや八百屋でよく見かけるものではなかった。人間の頭ほどのある大きさで、橙色をしていた。数は15。
「うぉう! こんなにたくさん!」
 兄が少しばかり困り顔で歓声を上げた。
「去年は8コでたりなかったもんね」
 妹が南瓜を叩きながら朗らかに笑った。
「哥々、よろしく」
「えッ、花も作るだろ?」
「……哥々、わすれたの? きのう、でき上がったばっかりのオオカミ男の衣しょう、哥々がきてあばれたから、ちょっとやぶけちゃったんだよ。花霞、それ直してからランタンつくる」
「直してから無双やれよう!」
「やりたかったんだよう!」
 しかし使用人がなだめる前に、兄妹はすぐにまた仲良くなって、笑いながらめいめい作業に取りかかり始めたのだった。
 明日は10月31日、ハロウィンの夜だ。
 青月支倉は狐男……いや狼男になり、賈花霞は魔女っ娘になる予定だった。近所の仮装パレードにも出るし、「お菓子くれないといたずらしちゃうぞ」の台詞も練習していた。ふたりはハロウィンという日の意味を理解してはいなかったが、楽しみにしていた。1年のうちで掛け替えのない日になりつつあったのだ。
 明日がその日、その夜となる。
 灯がクロガネ邸に転がり込んできたのは、日が暮れてからのことだった。
 南瓜がひとつ飛来し、クロガネ邸の無数にある窓のひとつを破ったのである。


 一見すると金色の南瓜なのだが、「彼」はパカパカと顎を開閉しながら、自らが破った窓を振り返った。
『ああ、なんと、これはすまないことをした』
 若いがどこか慈しみのある声で、金の南瓜は慌しく謝罪した。
「な、なに? どうしたの?」
 縫いかけの衣装を放り出して花霞が、中身をくり貫いている途中の南瓜を抱えて支倉が、居間に駆けつけた。
 南瓜は30センチほどの大きさで、あちこち傷ついていた。
『仁の為に剣を取ってくれ。私の軍師が彼らしくもなく、売られた喧嘩を買ったのだ。それに乗じて謀反を企てた「野獣」がいる。都がこのままでは火の海だ。私は戦の腕はからきしなのだ。頼む、都に再び太平を取り戻してほしい』
「うん!」
「は、花?! いま忙しいのに」
「哥々、いまいそがしいのは明日があるおかげなんだよ。街がこわれたら、おまつり中止だもん! このカボチャさん、嘘ついてないよ。そんな気がするの! 大器なの!」
「わ、わかった!」
 かくしてふたりは武器を取り、金のジャック・オー・ランタンの先導を受けて、混乱極まる街へと駆けていったのだった。


「こんな武器で大丈夫かな……」
「殺しちゃだめだよ。ランタンは明日の主やくなんだもん」
『おお、何と言う仁の深さだ』
「ランタンさん、相手はどこに――」
 紫の光線が三条、商店街の入口に据え置かれていた木箱を破壊した。中に詰め込まれていたものは明日子供たちに配るための飴だった。ぱらぱらと散らばる透き通った赤や青に、支倉は一瞬見とれてしまった。
『馬鹿めが! 馬鹿めが! 馬鹿めが! この期を逃して何とするか!』
『……我らの務めは宵闇を照らすこと。逃げたところでそれ以上のことが出来ましょうか』
『だから貴様は馬鹿だと言っているのだ!』
 花霞と支倉は光線の発生源を見て、しばし立ち尽くした。
 白と黒の南瓜が、光線を放ちながら口喧嘩をしているのだ。商店街の店員たちもまた呆然と立ち尽くし、ちろちろとくすぶる商品やハロウィンの飾りつけを、成す術もなく見つめていた。
 ジャック・オー・ランタンは火の精だ。さほど大きくはないが妖精の端くれ、人間には手に負えない。彼らの火は水では消えないのだ。
 いまここで燃える南瓜を止められるのは、花霞と支倉だけだ。父は仕事だし、援軍を待つ暇もない。
「哥々、あの黒と白のカボチャ、まわりが見えてないみたい」
「仲悪そうだね」
『悪いのだ』
「口だけでけんかすればいいのに、ビームなんかはいてる。このままじゃお店が燃えちゃうよ!」
『あのふたつは足が遅い上に体力もない。諸君らならば一撃で仕留められる!』
 金のランタンの檄に、花霞と支倉は頷いた。
 そして武器を振りかざし、白と黒の光線入り乱れる戦場へと飛び出した。
『む』
『なに!』
「白ランタン、黒ランタン!」
「討ち取ったりいッ!」
 ピコ! ピコ!
 ブルーとピンクのピコハンが同時に振り下ろされ、完全に不意を突かれた黒と白の南瓜の頭を痛打した。金のランタンが言った通り、黒と白は逃げ足が遅かった。
『時間は充分に稼げたでしょう……』
 白のランタンが、厄介な捨て台詞を残して気を失った。ひどく心に引っ掛かる言葉だ。だまって気絶した黒のランタンは、憎々しい笑みを浮かべていた。
『謀られたか』
 金のランタンが呟いた。
 そう言えば、金のランタンははじめに暴れ出したランタンが『軍師』だと言っていた――それに、かれらは逃げ足が遅かっただけだろうかと、花霞はふと思い返した。驚いてはいたが、逃げる素振りは見せていただろうか?
 商店街の一番奥で、竜巻が起こり、自転車が宙を舞った。
『しまった!』
 金のランタンが跳ねた。瞳の奥に宿る炎が、一層強く燃え上がる。
『青だ! あの「野獣」め、やはり青を伴っていたか』
「青いランタンもあばれてるんだね?!」
『出来たやつなのだが、「野獣」の武に心酔している節がある。気をつけろ、やつは攻撃の範囲が広い』
「た、竜巻まで起こして……ほんとに火の精?」
『一気に間合いを詰め、畳み掛けるのだ!』
「御意!」
「任せて、との!」
 放置自転車が空から落ちてくる。
 明日のために商店街の人々は、いつもゴミだらけの通りを掃除していた。まとめて商店街の入口に置かれていたゴミ袋も、炎を帯びた竜巻に巻き上げられ、燃え盛るゴミを再び通りにばら撒いた。目を覆いたくなる光景であった。
「やめて!」
 竜巻の中心にいた青ランタンが、花霞の声で振り向いた。
『とまれ! ここからは一歩も通さぬぞ!』
 洒落た形の髭は、かの天才画家ダリのよう。叫ぶ言葉は妙に甲高い。
 吊り上がった目の奥で輝く炎は、謀反を企てた者には似つかわしくない、どこか清らかなものだった。
「青ランタンさん、もうやめてよ。明日は、ランタンさんたちがいないと始まらないんだから!」
『その明日が終わったとき、我らはどうなると心得る。民の心から、1年後まで忘れ去られるのだ。殿はその程度の器に収まっているべきではないはず!』
「とのじゃなくて、青さんのきもちがききたい!」
 花霞の言葉に、青ランタンがぐっとたじろいだ。
 支倉の影から、金ランタンがそっと傷ついた顔を出した。
『青、ここには居らぬが、髭もお前を案じていたぞ』
『……髭殿は関係ござらん! 私は……私は、いま――』
「討ち取ったりー!」
 ピコ!
『……ふっ、呆気ない』
 停めてあったランクルの屋根から飛び降りた支倉のピコハンが、寸分過たず、青のお洒落な頭を打っていた。
 渦巻く風が収まり、燃えていたゴミから火が消えた。

 それは嵐の前の静けさ。

 遠吠えにも似た雄叫びが、近づいてくる――
『あああああぁぁぁおおおおおおおお!!』
 花霞と支倉、金のランタンとは、成す術もなく吹き飛んだ。金ランタンは八百屋の店先に突っ込んだまま動かなくなってしまった。
 どこからともなく飛来した橙のランタンは、金のランタンの3倍は大きさがあった。ほとんど花霞と変わらないほどだ。
 ぐるるるる、と橙のランタンは唸り声を上げた。
 これが、『野獣』か。
 青いランタンが心酔し、黒と白が共謀して逃がそうとし、金のランタンが危惧していた、荒ぶる炎の精であるのか――
『青を殺ったな、貴様ら』
「殺してないよ。みんなひつようだもん!」
「大事にするから、機嫌を直してよ!」
『黙れ、虫けらがァ!!』
 ずごん!
 有無を言わさぬ再突進に、花霞と支倉はまたも吹き飛ばされた。軽く5メートルは宙を舞った。ふたりの脳裏に、『鬼神』という称号がちらついた。あの橙南瓜の強さは半端でも尋常でもない、異常の数倍だ。バランスを崩しているのではないか。
『俺はこのような下町ごときを照らす器ではないわ! 俺の武は、天下を呑むに相応しいのだ! 俺の行く手を阻む者はみな蹴散らしてくれる!』
 橙ランタンは放置自転車や違法駐車の車を次々に跳ね飛ばしながら、通りを我が物顔で闊歩し始めた。口から時折漏れる炎が、竜の舌のようにも見えた。
 止めなければならない。あの南瓜は『野獣』であり、この世すべてを照らす大器には成り得ないのだ。
「いてて……」
「だいじょうぶ、哥々?」
「どうしよう、隙もないしデカいし強いし……」
「ねえ、哥々」
「なに?」
「あのオレンジいろのランタン、頭わるそうだよ。ちょう発したらまわりがみえなくなりそう」
「なるほど、誰かが囮になって……」
「後ろからピコピコ叩くの!」

 橙の南瓜の後頭部に、ぱちぱちと石が当たった。南瓜はたちまち、瞳を燃え上がらせて振り向いた。投石してきた小さな影を見て、南瓜は唸り声を上げる。
『おのれ、まだ生きておったか、カスめッ!』
 虎戦車の勢いで、橙の南瓜は突っ込んできた。
 花霞はくるりと背を向けて逃げ出し、ポリバケツの陰から飛び出した支倉が、橙の後頭部に向けて渾身の一撃をお見舞いした。
 効いていなかった。恐ろしく硬かった。
『しゃらくさいわ!』
「痛ッッ!!」
 木っ葉のように吹き飛ばされた支倉は、先ほどまで隠れていたポリバケツ群に突っ込んだ。ポリバケツがひっくり返り、コンビニ肉まんの袋や老酒の空き瓶や青い靴などが辺りに散らばった。
「無理っぽいよ、花……」
 支倉はずれたスポーツグラスを直して、呻きながら起き上がった。
 そして支倉の、青い瞳がそのとき捉えたのは――

 長い髭を生やしたなつめ色の南瓜と、虎髭を生やした茶色の南瓜が、がつんと橙南瓜にぶつかった。
『何だ、貴様ら! どけ!』
『ここで退けば侠がすたる!』
『退くか、この力馬鹿が! よくも兄者を!』
 ううむむむむ、と三つの南瓜は押し合い圧し合い、ともかくそこで橙の突進は止まった。
 なつめ色の南瓜の目が、支倉を見て頷いたようであった。
「花!」
 支倉が走り、その名を呼ぶと、茶色の南瓜を踏み台にして跳んだ花霞が、橙南瓜の真上で得物を振り被っていた。
「橙ランタン!」
「討ち取ったりぃいッ!」


 広いクロガネ邸を、42体のジャック・オー・ランタンが照らしている。
 花霞と支倉が作った15個のランタンは、商店街に寄付した。42個もの炎があれば充分だ。橙ランタンも、桃ランタンをそばに置いておくとひどく大人しくなったし、黒ランタンと白ランタンは別々の部屋にわけて置けば、口論を始めることもなかった。青ランタンはなつめランタンの隣に置いてやると、無言で嬉しそうにしていた。
 金のランタンはぼろぼろだったが、赤々と灯る41の灯を見る目はどこか幸せそうだった。
 支倉と花霞は、明日の準備を終えた後――
 PS2を引っ張り出して、1800年前の戦場に往くことにした。
 どうしても倒せなかったあの野獣を、今なら倒せる気がするのだ。難易度『難しい』でも。

 そろそろ、10月31日になる。



<了>
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2003年10月14日

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