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『家族の食卓 』
守崎・啓斗0554)&守崎・北斗(0568)




 草間興信所の冷蔵庫は大きい。
 レストランの厨房に置いてあるような、業務用のばかでかいやつだ。
 もともとこんな大きなものがあったわけではない。
 かつて男所帯だったときには、小型のツードアタイプだった。
 それが、事務所に出入りする人間の増加にともなって、こんなサイズになってしまった。
 むろん、冷蔵庫が勝手に成長して大きくなるわけがない。
 買い換えたのだ。
 より正確には、知り合いの飲食店から型落ちの中古品を安く譲り受けたのである。
 ここまで大きいものが本当に必要かと問えば、じつのところかなり微妙だ。
 むしろ邪魔だという説の方が有力だといえる。
 ただ、所長たる草間に言わせると、
「大は小を兼ねる」
 ということらしい。
 まあ、電気代を払うのは本人なのだから、べつに良いのだろう。
「考えが浅いというかなんというか‥‥」
 溜息をつきながら、守崎啓斗が台所に入った。
 料理の腕を振るうためではなく、お茶を取りに来たのだ。
 事務所内での飲み物はセルフサービスということになっている。
 義妹や事務員にお茶を要求する権利があるのは草間だけだ。
 これでも一応、所長だから。
「ま、良いんだけどな」
 啓斗が呟く。
 体を動かすのを億劫がる性質ではない。
 応接間から台所まで、何百メートルも離れているわけでもない。
 缶入りのお茶を冷蔵庫に取りに行くくらい、なんでもなかった。
 いつもの台所。
 いつものように大きなドアを開け、
「‥‥‥‥」
 そこで凍り付く啓斗。
 自分のお茶がなくなってしまっていた、からではない。
「マル啓」と油性マジック書かれた缶は、ちゃんと片隅にあった。
 そして、それ以外のものもあったのだ。
「これ‥‥イクラの醤油漬けじゃないか‥‥一キロはありそうだぞ‥‥」
 茶色い髪の少年の頬を汗が伝う。
 冷気に晒されているというのに。
 それほどまでに豪華な品々が顔を並べていた。
 高級な寿司屋の陳列ケースのようだった。
「このホタテ‥‥でかい‥‥北海シマエビ‥‥ボタンエビ‥‥ヒラメに金目鯛‥‥近海マグロ‥‥」
 譫言。
 なにかに導かれるように、少年の手が海の幸へと伸びていく。
 これだけあれば‥‥これだけの食材があれば、どれほどの料理が作れるだろう。
 ホッキ貝をつかった炊き込みご飯も良い。
 本マグロの大トロは、そのまま刺身でいただくの良いが、ここは贅沢に軽く焙って食べても良かろう。
 アワビやホタテやウニは、豪快にそのまま焼くのも良いかもしれない。
 では、海老はどうしよう‥‥。
 無限に膨らむ一七歳の妄想。
 ちなみに、これらの食材は啓斗のものではない。
 したがって、どれほど想像力を逞しくしても、まったく意味がない。
 はっとする啓斗。
 そうだ。自分は盗賊ではない。忍者なのだ。
 堪え忍んでこそ忍者。
 まして、他人様のものを盗むなどもってのほかだ。
 執着を振り切るよう頭を振り、少年の手が自分の缶入り緑茶を掴む。
 と、そこでふたたび彼の動きが止まった。
 視線が釘付けになる。
 冷蔵庫の片隅に、無造作に置かれた大きな包み。
「守崎兄弟へ」と記されている。
 綺麗な字だ。おそらくは事務員の字だろう。
 包みを手に取ると、ずっしりと重い。
 冷蔵庫の中身から考えると、あるいはこれも‥‥。
 はやる心を必死になだめ、包みを開いてゆく。
 そして、予想に違わぬものを、少年の目が捉えた。
「あぁ‥‥ぁぁ‥‥」
 言葉にならない。
 台所の床に座り込み、感動に身を震わせる。
 なんだか目頭まで熱くなってきた。
 持つべきものは友人だ。そんなことまで考える啓斗であった。


「草間。草間。草間っ!!」
「連呼するな。犬を呼ぶ時じゃないんだから」
 ばたばたと応接間に戻ってくる啓斗を、怪奇探偵は苦笑で迎えた。
「んなことはどうでもいいっ!」
「どうでもいいのかよ‥‥」
「それよりも、この包みだっ!」
「ああ、土産だ。持って帰って良いぞ」
「本当かっ!?」
「こないだ、北海道でちょっとした事件があってな。調査に行った連中が大量に海産物をもらってきたんだ。それで、そいつはお裾分けだ」
「おおぅ‥‥」
 握りしめる拳。
 響き渡る鬨の声。
 そこまでいうとさすがに嘘だ。
「ホントにくれるんだな? あとになって返せとか言わないな?」
「当たり前だろ」
「金はらえとかも言わないな?」
「‥‥俺をどういう目で見てるんだ? 啓斗は」
 頭を掻く探偵。
 まあ、このあたりは彼の日頃のおこないのせいだろう。
「そうか‥‥百万の感謝を‥‥」
 包みを抱きしめる啓斗。
 大げさな話である。


 ただ、大げさは啓斗の専売特許ではなかった。
「うおおおっ!!! なしたのこれっ!?」
 守崎家。
 絶叫がこだまする。
 啓斗の同年の弟、北斗の声だ。
 興奮のあまり、なんだか訛ってしまっている。
「だれかの葬式だったの!?」
「あのなぁ‥‥」
「じゃあ結婚式とかっ!?」
 じつに貧弱な想像力を示す北斗。
 まあ、ここまでご馳走など葬式か結婚式くらいでしか食べたことがないのだから、当然ともいえる。
「普段ロクなもの食わせてないからなぁ」
 内心で呟く真面目な兄であった。
 青と緑の瞳を持つ双子は、ふたり暮らしである。
 両親はすでに他界していた。
 幾ばくかの財産を遺してはくれていたが、高校生ふたりの生活が豊かであろうはずもない。
 自然、食生活は質素にならざるを得ないのだ。
「驚いてないで食え。北斗」
「食うけど‥‥なんかの罠じゃないよな? 兄貴」
「アホか」
 自分のほっぺをつねってる弟に呆れながら、一応の事情を説明する。
「ふむふむ‥‥」
 生返事をしつつも、すでに北斗は冬眠前のリスみたいに頬を脹らませている。
 若い食欲は、歯止めを失ってしまったようだ。
 食べる食べる。
 おもわず啓斗が、自分の胃のあたりを撫でたほどである。
「‥‥よく噛んで食べろよ‥‥」
 注意すら精彩を欠く。
「んあ?」
 もちろん北斗は聞いちゃいなかった。
「‥‥毛ガニ汁、もう一杯のむか?」
 諦めきった顔で言う啓斗だった。
 やがて、
「いやぁ、食った食ったぁ」
 満足の吐息を北斗が漏らす。
 少年の前には、食い散らかされたカニやエビの残骸が散らばっていた。
 三人前ほどは食べただろうか。
「多めに作って良かったな‥‥」
 とは、真面目で心配性な兄の内心である。
「北斗。明日の朝は何を食べたい?」
「おおっ! まだ海鮮があるのか!?」
「まだ残ってる。イクラとかイカとかウニとか‥‥」
「いくら丼っ!!」
 言い切るよる前にオーダーが出た。
 苦笑が浮かぶ。
「朝からいくら丼か‥‥?」
「おうっ! 三杯はいけるぜっ!」
 まあ、食欲旺盛身体健康、ということで良いのだろう。
「じゃあ、四合くらい研いだ方が良いな‥‥」
 どっこらしょ、と、啓斗が立ちあがる。
 若いクセに、妙に爺臭い。
「米を研いでくるから。そこら辺のもの、片づけておいてくれ」
「あいよぅ」
 生返事を背中に、台所へと向かう。
 弟につられて食べ過ぎたのか、少し胃が重かった。
「やれやれだな‥‥」
 呟き。
 米びつへと手を伸ばす。
「エンゲル係数の高い忍者ってのも、アレだよな‥‥」
 苦笑が浮かんだ。
 小さな窓から月が顔を覗かせていた。
 白磁のような光を投げかけながら。









                         終わり

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東京怪談
2003年10月14日

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