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『祭囃子に誘われて 』
影崎・雅0843)&影崎・實勒(0965)

 お寺にある掲示板に、一枚のチラシが貼ってあった。
「お?」
 影崎・雅(かげさき みやび)は黒髪から覗く黒い目でそれを覗き込み、にやりと笑う。チラシは、近くにある神社のお祭りのものであった。
(寺に神社の祭りのチラシを貼るのはどうかとは思うけど)
 雅は小さく考え、それは無粋かもしれないと苦笑する。
「日本だもんなぁ」
 様々な宗教が同時に存在する、日本。ならば、お寺に神社の祭りが宣伝されていてもおかしくはない。寧ろ日本的なのかも知れぬ。
「祭りはいいしな、うん」
 雅はそう呟き、うっとりと目を閉じる。たこ焼き、お好み焼き、林檎飴、綿飴、アメリカンドッグに焼きもろこし。杏飴に、イカ焼に……忘れちゃいけないカキ氷。様々な出店の食べ物たちが思い浮かべられ、思わず喉をごくりと鳴らす。
「今年もやっぱ来るよな」
 同じような店が並ぶ中、やっぱりどれは何処がおいしいというこだわりはある。雅は頭の中であれこれと想像し、店巡りのルートを考える。
「そこで何をしている?」
 不意に雅の後ろから声がした。振り向くと、そこには兄である影崎・實勒(かげさき みろく)が立っている。銀の髪を風に揺らし、当然の如く寄せられた眉間の皺から覗く青の目で、じっと雅を見ている。
「お、兄ちゃん」
「いい加減、兄ちゃんと呼ぶなと何度言ったら分かるんだ?」
 不愉快そうな實勒の声に、雅は思わずにやりと笑う。
「じゃあ、お兄様?」
「……何?」
「気にいらない?じゃあ兄上?」
「何だと?」
「何だよ、これも嫌なのか?我侭だな」
「それ以前の問題だ」
 至極真面目に、實勒は答える。雅はけらけらと笑い、ぽんぽんと實勒の肩を叩く。
「分かってる分かってるって、實勒」
「呼び捨ては止めろ」
「じゃあ何て呼べば良いんだよ?」
 實勒は黙る。なんと呼ばれたらいいのか、等と言われても実際には困ってしまう。結局はどう呼ばれても納得のいく答えなど出ないと思われるからだ。勿論、雅もそこをちゃっかり分かっていて言うわけだが。
「まあ、そんな事は置いといて。今日は帰ってきたんだ?」
「お前に人の事が言えるのか?」
「うーん、そう来たか」
 雅は苦笑し、何かを思いついたかのようににやりと笑った。
「そういや、兄ちゃんは今晩暇な訳だな?」
「何を企んでいる……?」
 實勒が眉間に皺を寄せて聞くと、雅はチラシを親指でさす。實勒はそちらの方に視線を移し、改めて眉間に皺を寄せた。
「何故、寺にこのようなチラシが」
 雅は思わず吹き出す。至極真面目に實勒が言うものだから。實勒はむっとしたように雅を睨む。
「日本っぽいじゃん?そういうのも」
「……まあ、多宗教は日本に見られる特徴だからな。それが、どうしたというんだ?」
「行かない?」
「何処に」
「そこ」
 チラシを指差し、雅が当然のように言った。實勒は不思議そうなものを目にするかのように、首を傾げる。
「何故」
「や、楽しそうだし」
「だから、何故私がお前と行かなければならない?」
「兄ちゃん、暇でしょ?」
「……特に、暇というわけでは」
「かと言って、特別忙しいわけでもないんだろ?じゃあ、決定。今晩縁日ツアー敢行」
「縁日ツアーだと?秋祭りではないのか?」
「だから、秋祭りといえば縁日。当然じゃないか」
 實勒は黙る。何を言っても、無駄なように思えてきたのだ。雅は逆ににやりと笑う。結局は實勒だって、面白そうな事に興味がないわけはない。
「じゃあ、今晩」
 雅はそう言ってぽんぽんと實勒の肩を叩く。實勒ははっとする。特に忙しくないからといって、雅に付き合う必要など何処にもないのだと。
「……縁日、か」
 ぽつりと實勒は呟く。実際、實勒自身縁日に行く事事態は不快には思っていなかった。


 視線を、感じていた。否、その視線自体は既に過去のものだったのかも知れぬ。
「……気のせいだ」
 實勒はきっぱりと断言し、雅を探す。雅はちょっと離れた所のイカ焼の屋台に立っていた。屋台のおじさんと談笑し、何かしらおまけしてもらってから實勒のところに戻ってきた。手には二人分のイカ焼と、何故かげそ。売ってるものと違って小さいが。
「ほい、兄ちゃんの分」
「イカ焼なら、すぐそこに店が出ていると思うんだが」
 雅はちっちっと指を振り、にやりと笑う。
「イカ焼なら、あっちのが美味しいし……おっちゃんが親切」
「その親切とやらが、それか」
 實勒がげそに視線をやりながら言うと、雅は「ああ」と呟いてげそを差し出す。
「欲しいの?」
「いや、そう言うわけじゃない」
「切れ端だからいらないんだってさ。いいおっちゃんだよ」
 げそを口に頬張りながら、實勒はにこにこと笑いながら言った。實勒はイカ焼を口に入れる。確かに、美味しい。
「タレが特別なんだよな、あのおっちゃん。それに、火力もしっかりしているから美味いんだよ」
 はふはふ、と熱さも楽しみながら雅は食べる。雅は再び視線を感じて振り向く。やはり、そこには先程感じたものと同じ類のものがあった。が、見ないふりをする。リアリストである實勒にとっては、ああいうものは非科学的で話にならない。厄介なだけの、存在。
「何か見えた?」
 實勒の様子に、イカを既に半分以上平らげてしまった雅が尋ねる。實勒は「いや」とだけ呟き、イカに戻る。
「何か見えたんだろ?」
「見てはいない」
「……林檎飴。普通に売ってる真っ赤なのじゃなくて、自然にほんのり赤い飴でくるまれた、しかも紅玉林檎で作られた林檎飴」
「は?」
「それに……箸巻き!ソースがブレンドしたやつで、鰹節と青海苔がたっぷりかかって、更に野菜もたっぷり!更に顔パスで紅生姜もサービスしてくれる!」
「だから、何を言っている?」
「何を見たか教えてくれたらもれなく手に入れることが」
 實勒は溜息をつく。どうしても様々な事に頭を突っ込みたがる傾向があるらしい、と思いながら。
「少女だ」
「少女?前に見たことのある?」
 實勒は少しだけ眉間に皺を寄せてから首を振った。少女に、あまりいい思い出はないようだ。
「全く知らん少女だ。大方祭りにでも惹かれてきたんだろう」
「見たの、何処で?」
 雅の問いに、實勒は億劫そうに先程見てしまった場所を指差す。鳥居のある辺りだ。
「さっきだ。もう移動しているかもしれんぞ」
「かもね。……でも、迷い込んできちゃったのは間違いないわけだ」
 雅は残っていたイカ焼を一口で平らげ、ごくりと飲み込む。
「じゃあ、行くか」
「……私もか?」
 實勒が不服そうに言う。雅は「当然」と言って笑う。
「だって、見たのは兄ちゃんだろ?俺が見たわけじゃないから、どういう女の子かは分からないじゃん」
「……全く、お前は」
 實勒は眉間に皺を寄せ、大きく溜息をつく。何かあると首を突っ込みたがり、解決をしたがる。悪い癖だ、と實勒は思う。味方によってはいい癖なのかもしれない。だが、實勒にとっては確実に悪い癖と思われる。何しろ、巻き込まれてしまうのだから。
「兄ちゃん早く早く。どっちに行ったか分からなくなるじゃん」
「兄ちゃんと呼ぶな」
 苦虫を潰したように、實勒は呟く。とりあえずは、そういう所から文句を言っていこうと心に決めながら。


 少女は、割合早く見つかった。少しずつ残っていた少女の残留思念を、仕方なく實勒が見ていったからだ。
「本意ではない」
 實勒が言うと、雅はにやりと笑って「分かってるって」と言った。
「おまけに秘伝の氷で作っているカキ氷もつけるから。何と、伝説の梨味のシロップまであるんだぜ?」
「梨味、だと?」
「ああ。美味しいんだ。それに氷が昔ながらのカキ氷機でさ、細かく削ってくれてるから口の中でいい具合に溶けるし」
 うっとりと雅は言う。B級グルメの雅が言うのだ。美味しい事は間違いがない。
「それはいいが……」
 何かを言いかけ、實勒は止まった。至極新しい思念に辿り着いてしまったのだ。少女は泣いている。自分が何処にいるかも分からず、ただただ泣いている。
「……いた!」
 雅はそう叫び、走り出した。實勒は一瞬走ろうかと考え、とりあえずは歩いてそちらに向かう事にした。雅は一直線に見つけたらしい少女へと向かう。
「……ねぇ、迷子でしょ?」
 雅は優しく話し掛ける。少女の霊が、泣きべそをかいたまま振り返った。
「お兄ちゃん、分かるの?」
「うん。……迷子、なんだよね?」
 少女はこっくりと頷く。
「ただ、神様の近くに行こうと思っただけだよね?」
「お囃子が聞こえたの。明るかったし、いい匂いがしたし、楽しそうだったの」
 少女の言葉に、雅は優しく微笑んだまま頷き、少女の頭をぽんぽんと優しく叩く。安心させるかのように。
「じゃあ、ちゃんと神様の所に行こうか?」
「明るい?いい匂い?楽しい?」
 少女はきょとんとしたまま雅に大きな目を向けた。雅は少しだけ悩み、安心させるように微笑んだ。
「多分、そうだよ。俺はまだ行った事は無いけど、そういう所じゃない訳が無いから」
「本当?」
 尚も聞いてくる少女に、雅は頷いた。少女は小さく笑う。雅は懐から数珠を出し、少女の為に経を唱えた。少女はそっと微笑み、それから雅に小さく手を振って光の中に溶けた。
「……終わったのか?」
 やっと到着したらしい實勒が雅に尋ねる。雅は頷き、苦笑する。
「結構のんびり来たな、兄ちゃん」
「急く必要がないと思ったから、ゆっくり来ただけだ」
 堂々と實勒は言い放つ。流石、というか何というか。
「……雅。お前は、嫌になった事はないのか?」
 ふと、實勒は口を開いた。祭りの中心から少し外れてしまったこの場所は、祭囃子が遠くに聞こえる。
「何が?」
「お前は、ああいうのと関わるのが嫌になった事はないのか?」
 きっと、祭囃子のせいだ。美味しい屋台の味のせいなのだ。口からすっと出てしまった、疑問。實勒は言ってから眉間に皺を寄せた後「忘れろ」とだけ言って、再び祭りの中心に戻ろうとした。雅は小さく笑ってから口を開く。
「あるよ」
 きっぱりと、毅然として。實勒は振り向かぬまま、歩だけ止める。雅は尚も続ける。
「やっぱり嫌になる時だってある。だけど、俺は真正面から否定はしないから」
 實勒は深く眉間に皺を寄せる。見てしまうものを現実として認めたくなく、見ぬふりをしてしまう實勒の事を言っているかのような言葉だった。
「……嫌味か?」
「まさか」
 雅は苦笑し、否定をする。
「俺はそうしたいだけで、兄ちゃんは自分がしたいようにすればいい。嫌な思いというのは人それぞれに違うんだから」
「やはり嫌味か」
「違うってば。失礼だな」
「どっちがだ」
 實勒は溜息をつき、雅の方を振り返る。雅はにやりと笑い、ぽんぽんと實勒の肩を叩く。
「まあまあ。奮発して、とっておきの焼き鳥を奢るから」
「焼き鳥?」
「そうそう。ちゃんとした所から仕入れた肉と、独自に開発したタレ。勿論塩も天然の塩を使っててさ」
「……あまり歩かなくても済むんだろうな?」
 實勒が尋ねると、雅はちっちっと指を振る。
「美味しいものは、苦労しないと食べられないものなんだってば」
 当然の如く言う雅に、實勒は小さく溜息をついた。
『見つけてくれて、有難う……送ってくれて、有難う』
 實勒ははっとして振り返る。声の主はいない。先程全ては終わった筈なのだから。
「何?また何か見た?」
 にやりと笑う雅に、實勒は事も無げに言い放つ。
「幻聴だ。……既に無い筈の、声だ」
「へぇ。何て言ってたんだ?」
 雅が尋ねるが、實勒はあえて答えなかった。煙草を取り出し、口にくわえる。もう一度屋台の通りに入ったら、煙草は吸えなくなる。今のうちだけなのだから。
 そのような實勒に、雅はあえてそれ以上は聞かなかった。必要がない気がしたし、結局は何も答えてはくれないと思ったからだ。神社の方からは祭囃子が聞こえる。誘うように、導くように。
「日本は、不思議な国だな」
 ぼそり、と雅は呟く。古きものを称える一方、全てを新しくしようとしている。全てが存在する、不思議な国。
「だからこそ日本だ、と言えなくもないがな」
 煙を吐き出し、實勒は事も無げに言った。それもそうだ、と雅は苦笑した。今はそんな難しい事は考えず、ただ満喫すればいいのだ。今与えられている、この時間を。

<祭囃子に誘われるがままに・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年10月14日

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