▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『花の園にようこそ 』
護堂・霜月1069)&シュライン・エマ(0086)

 颯爽と廊下を歩き、教室に向かう。しん、と静まり返った廊下は、教室の中からぼそぼそとした声が聞こえてくるだけに留まっている。朝のショートホームルームの時間だ。由緒ある高校である為か、遅刻者の姿は見えない。ぼそぼそと聞こえてくる声を特に気にしなければ、下手すると静寂の中にいるかのような感覚にさえなる。そして、そのような中を歩いているのが不思議に思えて仕方が無い。
「……打ち合わせは、さっきしたので充分かしら?」
 ぼそり、とシュライン・エマ(しゅらいん えま)が隣を歩く少女に向かって囁く。
「うむ。充分じゃ」
 少女は頷き、はあ、と溜息を一つついた。シュラインは黒髪の奥にある青の目でじっと少女を見つめる。見れば見るほど不思議だと言わんばかりに。
「どうしたのじゃ?」
 少女がじっと見てくるシュラインに、銀の目をきらりと光らせながら尋ねる。
「髪は、カツラ?」
「うむ。……さらさらきゅーてぃくるじゃろう?」
 少女は髪をふわりと揺らした。
「体は、どうやったの?」
「まあ、ちょっとばかし骨格をば」
「胸は?」
「肉を集めてみましたが……変ですかな?」
 首を傾げて意見を求める霜月に、シュラインは首を振る。
「全然自然よ。……それで」
 そう言って困ったように口篭もるシュラインに、霜月は「分かっておる」と言いながらうんうんと頷く。
「体内に収納じゃ」
「そんな事が可能なの?」
「やれば出来る事というのは、意外にも多いのじゃよ」
(そうかしら?)
 シュラインはとりあえずの疑問にかられたが、黙っておく事にした。
「それじゃあ、行くわよ。護堂・霜月(ごどう そうげつ)ちゃん」
「うむ」
 少女はこっくりと頷く。そう、少女はまごう事無き護堂・霜月、その人なのであった。


 霜月の所にシュラインからの誘いが来たのは、二日前の事だった。
「ねぇ、護堂さん。最近は忙しいかしら?」
「む?」
 たまたま遊びに行った草間興信所で突如言われ、霜月は首を傾げる。
「忙しかったら、ここには来ないと思うんですがな」
「ああ、それもそうね」
 シュラインは小さく笑い、一枚の写真を取り出して霜月に手渡した。そこには、セーラー服を着た少女が笑っている。
「その子の護衛を頼まれたの。とある富豪の娘さん」
「成る程。富豪であるが故に、狙われておるのじゃな?」
「ええ。仕事のトラブルが原因かもしれないって言ってたわ」
 霜月は頷く。いつでも、親のとばっちりは子どもにまで及ぶものだ。
「つまり、ぼでーがーど、をすればいいのじゃな」
「そう。幸い、その子の通っている学校は全寮制だから、通学や下校まで目を光らせる必要はないわ」
「うむ、良かろう。私でよければ、力になりましょうぞ」
(依頼料が入れば、欲しかったCDも買えるかもしれぬし)
 そっとそう思ったのは、内緒である。
「良かったわ。じゃあ、早速だけど……これを着て潜入してね」
 シュラインはそう言って紙袋を霜月に手渡す。霜月は中をちらりと見て、洋服が入っている事を確認する。
「制服じゃな」
「ええ。私は偶然英語の臨時教師として入り込める事になったから、護堂さんには生徒として潜入して欲しいの」
「教師は権力を持っておるから間接的には守れるが、直接的な守りは疎かになりがちじゃからのう」
「そういう事。本当に、助かるわ」
 シュラインはにっこりと笑う。霜月は「制服か……」と小さく呟きながら紙袋の中から取り出す。そして、固まる。
「……しゅらいん殿」
「何?」
「これは、女物ではないですかな?」
 霜月が取り出したのは、写真の少女が着ているものと全く同じセーラー服だった。ご丁寧に赤いリボンがひらひらと風に揺れている。
「……実はね、その子の通っている学校って」
「……女学校なのじゃな」
 こっくりとシュラインは頷き、付け加える。「しかも女子高」
(なぬ)
 霜月は一瞬断ろうかと迷う。しかし、シュラインの目はそれを許さぬ事を物語っている。真っ直ぐ霜月を見つめ、にっこりと笑っている。
「護堂さん、変装得意なのよね?」
「……うむ」
「女装も、お手の物よね」
「……うむ」
 昔取った杵柄に、確かに変装とか女装とかはある。あるのだが。
「大丈夫。護堂さん、元がいいんだから。きっと似合うわ」
 断る事を許さぬ言葉。もう断る術はない。霜月は観念する。
(どうせやらねばならぬのならば……徹底的にやりましょうぞ。ぱーふぇくとに!)
 霜月はにこにこと笑うシュラインを目の前にし、心の奥底でひっそりと誓うのだった。


 授業中、霜月はターゲットのいる教室の見える位置で、そっと待機していた。ターゲットを守る、ということから、転入生として潜入する事はしなかった。転入生としてターゲットに近付けば、狙われている彼女の事。警戒してくるに違いない。加えて、悪目立ちしてしまうかもしれぬ。
(早目に解決してしまいたいのに、下手に長引かせてはなりませんからな)
 霜月の経験上、ターゲットに違う動きがあれば行動を取りやめる事が多い。そしてまた、落ち着きが見られるまで長引かせるのだ。
(それだけは避けねば)
 霜月は小さく呟く。女装、というものが苦痛に思えてきたのだ。じわじわと。霜月は考えを振り払うように頭を振り、先程までの行動を思い返す。
 先程、霜月はぐるりと校内を見て回った。罠などは見つからず、また怪しげな出入り口は何処にも無かった。出入り口といえば、校内に二ヶ所ある正門と裏門だけ。そこも、一応チェックしたがとりあえずは何も無かった。
(仕掛けてくるとすれば……放課後かのう)
 霜月はうむ、と小さく呟きながら口元に手をやる。今、ターゲットの入っている教室にはシュラインが講師として入っている。教室の中から綺麗な英語の発音が聞こえる。
(流石はしゅらいん殿。何を言っておるのかは分からぬが)
 こくこく、と霜月は頷く。霜月はそっと耳を澄ませる。
「……このプリントは、放課後集めて私の所に持ってきてもらいたいんだけど……いいかしら?」
 シュラインが何かしら頼んでいた。放課後、というからには件のターゲットかもしれぬ。相手は「はい」と愛らしい声で答える。
 至極、普通そうな少女の声であった。


 昼食時。学食でターゲットの傍に座り、霜月とシュラインは食事を取った。学生服を着ている霜月に、誰も何の疑問も持ってはいないようだ。
「何だか不思議ねぇ」
 A定食を食べながら、シュラインはにっこりと笑う。
「何がじゃ?」
 スペシャル洋風ランチを食べながら、霜月は尋ねる。
「本当に、それっぽいんだもの」
「……誉め言葉として宜しいかな?」
 霜月はごくん、と口にしていたものを飲み込んでからシュラインにそっと囁く。
「それで、放課後なのじゃが……」
 シュラインはにっこりとした笑みを続けたまま、頷く。
「彼女には研究室に来てもらうわ。あそこなら、誰も来ない筈だし」
「一介の講師が、独自に研究室を持っておるのか……」
 霜月が驚くと、シュラインは苦笑する。
「もっとも、しょせんは臨時だから本来ならば別の先生が使う所なんだけどね」
「ふむ」
 それにしても、凄い。霜月はちらりとターゲットの少女を見る。声と同じく、何処にでもいそうな普通の少女である。
「しゅらいん殿。仕掛けてくるとすれば、恐らくは放課後」
 霜月が言うと、シュラインも頷く。
「そうね。……研究室に向かう時と出る時、それに寮に向かう時かしら?」
 シュラインの言葉に、霜月はにやりと不敵に笑う。
「いずれにしろ、何もさせはせぬよ。……何も、な」
 スペシャル洋風ランチの最後の一口を飲み込み、霜月は呟く。
「それはそうと。……結局、何がスペシャルだったの?」
 スタンダードなA定食を食べ終わり、シュラインはふと興味から聞いてみる。霜月は首を傾げてから口を開く。
「……味?」
「……美味しかったのね」
「うむ。流石はすぺしゃる」
 霜月はこくこくと頷いた。シュラインは苦笑する。結局、何がスペシャルなのかは分からなかった。


 放課後。それまで、万が一にでも襲撃されてもいいように、教室の外でそっと待機していたのだ。霜月は思わず伸びをする。何も無いのは良い事だが、暇なのは否めない。
「やれやれ……」
 ターゲットである少女が、プリント束を持って教室から出てきた。シュラインの研究室に行く為だ。霜月は小さく笑い、少女の後をつけた。気配を消しながら、そっと。
 シュラインの研究所では、シュラインが耳を澄ませて待っていた。遠くから聞こえる、足音。
「……来たみたいね」
 足音からして、ターゲットである少女に間違いは無かった。既に生徒達は大方帰ってしまったのか、廊下には少女以外の足音は無い。
「護堂さんは……まあ、いるわよね。気配を消すのなんて、息をするようなものでしょうし」
 シュラインはそう呟き、小さく笑った。余りにも似合っていた、霜月の姿を思い。と、その時だった。コンコン、というノック音が鳴り響く。
「どうぞ」
 シュラインが言うと、少女が「失礼します」と言って入ってきた。約束のプリントを手渡し、ぺこりと礼をして出て行こうとする。
「あ」
 シュラインは思わず声をかける。少女は「え?」と言いながらシュラインの方を振り向いた。
(今、何か聞こえなかったかしら?)
 念のため耳を澄ますが、特には何も聞こえない。シュラインは安心させるようににっこりと笑い「何でもないわ」と言う。少女はもう一度礼をして出ていく。少しだけ遠ざかったのを確認し、シュラインは研究室をそっと出る。辺りを見回すと、廊下には誰もおらず、ただ教室の方に戻ろうとしているターゲットである少女の背中が見えただけだ。
(でも……違和感が)
 シュラインは今一度耳を澄ませる。違和感を覚える音が、耳を伝ってくる。
(これは、金属音だわ……金属音?)
 考えるよりも先に、シュラインは走り出していた。廊下の曲がり角のところから、金属音が微かに響いていたのだ。
「待って!」
 シュラインはそう叫びながら少女の腕をぐいっと引き寄せた。それと同時に、体格の良い男がナイフを突き刺そうとしていた。間一髪に、それは食い止められた。シュラインがほっとしていると、後ろからぱきぱきと言う気持ちのいい音が鳴り響いた。
「……ほほう」
 声と音の主を確認しようとシュラインが振り返ると、それは指を鳴らしながら仁王立ちしている霜月であった。口元には、小さな笑み。
「私とは別方向に隠れておったとは……いい度胸ですな」
 びゅう。何処からか風が乱入し、雰囲気をかきたてる。少女はシュラインに庇われた格好のまま、事の成り行きを見守っている。霜月は風に揺れる髪をぱさりと払いのけ、男に向かって拳を食らわせた。男はそれを避けようと構えたが、それ以上に霜月の拳の方が速かった。ごふ、と男が咳き込む。
「本当に、いい度胸ですな!」
 霜月は今一度そう叫ぶと、男をボコボコに殴り始めた。途中、シュラインが思わず声をかける。
「……それくらいでいいんじゃないかしら?」
 霜月はそれには答えず、もの凄く不満そうな顔で首を振る。
「この世の苦しみを知るが良い!」
 口の端を歪めながら、霜月は再び殴りにかかる。蹴りも加わり始めた。少なくとも、男がこの世の苦しみの一部を味わっている事に、霜月は気付かないふりをする。己に堪ったストレスを、解消するが為に。

「ふう」
 すっきりとした顔で、霜月は出てもいない額の汗を拭った。
「清々しい気分ですな」
「……もう何も言わないわよ。清々しいまでに顔の判別が難しいとか、意識も無いわよ、とか」
 シュラインの言葉に、霜月はちっちっと言いながら指を振る。
「どちらかといえば、ぼでーの方が多いですぞ」
「……そう」
 最早、何も言うべき事は無い。霜月は少女の方を振り向き、にっこりと笑う。
「怪我は、無いですな?」
「は、はい」
「それは良かった」
 こくこくと頷くと、少女は両手をぎゅっと組み、熱い視線で霜月を見つめる。霜月が「ぬ?」と首を傾げながら少女を見返すと、少女は顔を真っ赤にして小さく口を開く。
「……お姉様……」
 声が、不思議な感情を孕んでいる。霜月はそっとシュラインに囁く。
「しゅらいん殿……」
「何?」
「当節では、ああいうのが流行りなのですかの?」
 少女の様子を不思議に思っているのは、シュラインも同じだった。シュラインはとりあえず熱い目の少女を見てから「さあ」とだけ答えた。
「お姉様……よ、良かったらお名前を……」
 霜月は顔を引きつらせたまま困り果て、ただ頷いた。名前を教えるわけでもなく、否定するわけでもなく、ただ頷く。どういう意味かは本人ですら分かってはいない。ただ頷くのが一番の得策のように思えてしまったのだ。
「……たまには、いいんじゃないの?」
 シュラインはようやく落ち着き、起こっている事態に笑いを堪えながら言った。霜月はそれにもただ、頷く。肯定でも否定でもなく、ただ頷く。
「花の園とは……げに不思議な所じゃな」
 霜月がぼそりと呟く。それを聞いて、シュラインは更に笑いを堪えようと必死になるのだった。

<熱い目をした少女の処遇に困りながら・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年10月10日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.