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『■大人の友情■ 』
ゼラフィナ・イブリス0419)&ウィルフレッド・ベイトン(0415)
 プラハのとある病室で。ゼラフィナ・イブリスは、爽やかな風に細い銀の髪を遊ばせていた。
「余命幾許も無いこの体。存分に使い潰して下さいませ」
 和平をかけて、己の意志と共に、連邦で地位ある者としての矜持をも添えて。死の風研究の被験者に、自ら名乗りを上げたのは、停戦間近の時期だった。
 幸い、丈夫な者でも健康を損なうかもしれないような危険な実験は、もう不要だ。それでも、ゼラフィナの強い希望により、この数週間は血液の採集や簡単な臨床試験を受けていた。
(だけど、これでは何をしに来たのやら)
 秀麗な面に、自嘲の色が浮かんで消えた。
 加療ではなく検査入院とはいえ、一応は病院での生活だ。不自由はあるが、望めば外出くらいは出来る。
 元々、夏から秋にかけてのプラハといえば、欧州でも有数の観光地だ。過ごしやすい気候に加えて、ここは今回の戦いで戦火にさらされていない。
 最激戦区の一つだった、ワルシャワ近隣の地域も、今はもう怒号も砲弾も止んでいる。だが、荒んだ空気はすぐには消えないものだ。
 最近まで前線で神経を尖らせていた日々を思えば、今の状態は実にのどかだ。規則正しく、ゆっくり眠れる生活は、実験への献体というよりも、転地療養に来ているかのようだった。
 実際に、入院前より体の調子は良くなっている。
 滞在中に連邦高官の身に何かがあれば、エヴァーグリーンの体面に関わる。それ故か、治せるものは治してしまえとばかりに、頼みもしないのに色々と治療を施された。
 献体などとんでもないと、最初は猛反対した周囲の者が、いやにあっさり送り出したのはこういう事かと、苦笑を禁じえない。
(この退屈な生活も、あと二日)
 今日で検査は全て終わった。明日には退院して、プラハを発つ。
 戻れば激務が待っているだろう。のんびり寝てばかりいられない。残してきた任務の他にも、気掛かりな事は山積みで――。
 ノックの音に、ゼラフィナの思考は遮られた。
「ベイトン卿?」
 思いがけない来客に、ゼラフィナは軽く目を見開いた。
「明日、退院と聞いたものですから」
「ありがとうございます。今日はお一人なのですか?」
 退院祝いの花束を受け取り、ゼラフィナはウィルフレッド・ベイトンの背後に、ちらと視線を向けた。
「彼女は今、プラハを離れていまして。貴女の退院には、間に合わなかったものですから」
「お入りに‥‥と、言いましても病室では殺風景ですわね。下のラウンジでお茶でも」
「いや、私は外へお連れするつもりで来たのですよ」
 すっと目を上げて、ゼラフィナはウィルフレッドのシニカルな笑みを見返した。
「節制もいいですが、時に羽目を外すことも必要ですよ。私の相手では、貴女には役不足かもしれませんが」
「そう‥‥」
 言いかけて、ふっとゼラフィナの口許が緩む。
「貴方のエスコートなら喜んで。あの可愛い方には、ご説明をしてからの方が宜しいかしら?」
「では、私もかの君に許可をいただかなければなりませんかな」
 ウィルフレッドも口の端を僅かに上げる。
「しかし、貴女が目の前にいるのに、躊躇う者がいる筈がありません」
 ゼラフィナは踵を返すと、サイドテーブルに花束を置いた。
「気が利かない方ですわね。女性を誘うなら、前もって支度する時間くらい下さるものでしてよ」
「これは失礼。では、いつお迎えに参りましょう?」
 その返事に、ゼラフィナは涼やかに笑った。
「10分後に」

 バーを兼ねた洒落たレストランは、時間が早めのせいか、比較的空いていた。奥の席に落ち着くと、ゼラフィナは薄い檸檬を浮かべた冷水を口に含んだ。
「プラハへはこれで三度目ですが、貴方とこうしてお話しするのは、初めてですわね」
 連邦と、エヴァーグリーンと。同盟関係にあったとはいえ、それぞれの勢力で然るべき立場にあった者同士、腹を割って語る機会は無かった。
 そんな経緯には触れずに、ウィルフレッドは慇懃に答える。
「側近の方々が近寄らせてくれませんでしたから」
「密談の相手をして下さらなかったのは、貴方ですわよ」
 ウィルフレッドの軽口を切り返し、ゼラフィナは非公式に訪れた使者の顔を思い返した。
「あんな若いお嬢さんを、一人で来させるものではありませんわ。可哀想に震えていらっしゃいましたわよ」
「本当に危険な相手なら行かせませんよ。貴女なら、経験の浅い若者に胸を貸して下さるでしょう」
 うそぶくウィルフレッドに、すうとゼラフィナの目が細くなる。
「ご冗談を。あの時は、まだ貴方とも初対面だったではありませんか」
「お目にかからずとも、グライフェンフロイデを率いる知将の風評くらいは耳にしていましたよ」
「駆け引きを学ばせると仰るなら、いつなりと鍛えて差し上げますけれども」
 手加減はしませんわよ? と言ったゼラフィナの瞳は、雪の女王の二つ名そのままに、鋭い輝きを帯びた。
「医者としては、もう少しプラハでゆっくり療養をと言いたいところですが、そうもいかないのでしょうな。優秀な参謀の帰還は、さぞ待ち望まれているでしょう」
「そうだと、良いのですが」
 言葉を濁したゼラフィナに、ウィルフレッドは先を続けるようにと促す。
「何かとやかましいのですわ。無理をするな、体を厭えと。確かに私の体は生まれつき脆弱ではありますが、明日をも知れぬという程、差し迫ってはおりません」
 もしも、今日か明日かという命でも。むしろ、残された時間が僅かであれば尚更、自分一人の身に構ってなどいられない。
「今は、そんなつまらない心配をしている時では無いというのに」
「つまらなくはないでしょう。無理が祟って、貴女が倒れでもすれば大変だ。もっと悪くして、寿命を縮めてしまったらと、周りの方々が気を揉むのは、当然ですよ」
 ウィルフレッドは、やんわりと流したが、ゼラフィナの細い眦はきりりと上がる。
「しかし、私には早急に為さねばならぬ事が多々あります」
 溶けかかったタンブラーの氷が、小さな音と共に崩れた。
「貴方は、雛鳥を虎口に放り込みもすれば、最も大切な方を、死地にも等しい場所へ差し向けもしたでしょう」
「必要がなければ、そんな事はしませんよ」
 テーブルの上で、ウィルフレッドは指を組み変えた。
「能力で最も相応しいものを割り振れば、たまたまああいう結果になっただけです」
「私もそのくらい信用を受けたいものですわ」
 ゼラフィナは小さく息を吐いた。
「敵の本隊と対峙する一軍を任される程の、信用を得ておられた方が」
 労りと敬意を込めて言ってから、だが、とウィルフレッドは続ける。
「貴女を慕う方々は、皆まだお若い。指揮官は、時に非情であらねばと理解していても、なかなか割り切れないものでしょう。しかし、あまり若い内から冷酷過ぎても、考えものですよ」
「卿も、かつては割り切れずにお悩みになったりもなさったのですか」
 開きかかった愛用の扇は、再びゼラフィナの手の中で閉じた。
「それはもう。私が貴女くらいの頃でしたら、どうあっても貴女を病院に押し込めて出しませんよ」
 唇を引き結び、押し黙ったままのゼラフィナに、ウィルフレッドは穏やかに告げる。
「体の事がなくても、前線で采配を振るうという重責を果たした後です。多少の休息は、貴女にも必要でしょうし。心配している人達を、安心させてあげたらどうですか」
 ゼラフィナは、ゆっくりと口を開いた。
「休むのは、すべき事を全て終えてからと思い定めていましたが」
「それでは、貴女でなくとも体が持ちませんよ」
 長くは生きられないと思えば、つい生き急ぐ。だが、長く生きてみようとすれば、或いは限られた時を延ばせるかもしれない。
「すべき事は任務だけとは限りません。貴女と酒を飲む機会が減ると、私も寂しい」
 笑いを含んだウィルフレッドの声に、何かを吹っ切ったのか。ゼラフィナも艶やかに答えた。
「短い命でも、洗濯は必要ですわね。そう仰るからには、エスコートして下さるのは、今日限りでは無いのでしょうね」
 挑戦的な光を秘めた視線がぶつかり合う。これが外交交渉の場なら冷たい火花が飛び散る所だが、今はそれは含み笑いに変じただけだった。
「くだらない繰り言をお聞かせしてしまいましたわ。折角、貴方と二人きりの時間ですのに」
 運ばれてきたカクテルに、ゼラフィナは手を伸ばした。
「あの可愛い方にも、よしなにお伝え下さいませね。あの方とも、一度ゆっくり語り合ってみたいものですわ」
「彼女も貴女にお会いしたがっていましたよ。私だけがお会いしたと知ったら、恨まれそうです」
「では、いずれ」
 夕闇に染まる窓外の風景に向けた怜悧な瞳に、柔らかなかな光が差した。
「プラハの街は、変わらず美しいですわね。これを見るのも後僅かのつもりでしたが」
 果たさなければならない責務が、命が尽きるまでに間に合わないのではないか。知らず知らずの内に、そんな焦りに捕われていたのだろうか。
 だが、もう少しゆっくり歩いてみても良いのかもしれない。課された責任だけでなく、個人的な事にも目を向けて。
 時間は、まだある。だから、慌てずとも良い。そう感じられれば、随分と気持ちが楽になる。
 ゼラフィナの持ち上げるグラスが、優雅な軌跡を描いた。
「こちらの医療機関のお陰で、私達の守った欧州の行く末も、見守る事が出来そうですわ」
 ウィルフレッドもグラスを掲げる。
「我らの欧州の未来に乾杯を」
「貴女の健康に」
 ガラスの触れ合う音が、軽やかに響いた。

■コメント■
 ご発注ありがとうございました。
 お二人とも、もう少しお茶目さんでも良かったのかなと思いつつ。




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なにわのみやこ クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2003年10月09日

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