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『ドイツワイナリー紀行〜水曜日の宴〜 』
ファルナ・新宮0158)&ウィン・ルクセンブルク(1588)

 実りの季節を迎え、いつもの賑わいの中にある街の人々も、どこか陽気に浮かれているように見えた。
 ハイヤーの運転手が紹介してくれた、ワイナリーの店は、そんな郊外に近い場所のひとつだった。昔から名門として知られたワイナリーで、専用のブドウ畑まで持っているという。
「本場のワイン工場ですね。楽しみです〜」
 先ほどから流れ行く車窓の風景に見入っていたファルナ・新宮(−・しんぐう)は、黄金色の豊かな髪を揺らして振り返って微笑んだ。
 窓の向こうには葡萄畑を収穫する人々が映っていた。
 そう。シーズンは既に秋を迎え、収穫の時期を迎えていたのである。
「今年のワインがいい出来だといいのだけど」
 ファルナの振り向く先……そこには同じ金色の髪に青い瞳の端整な顔立ちの女性が微笑んでいた。
 その手には、ドイツ語で書かれたワインのパンフレット。
「よい出来ですよ」
 気さくな運転手が、ミラーごしに振り返って白い歯を見せた。
「そう」
 ウィンは落ち着いた笑みで答える。
 この辺りの地域は、自分の実家にもほど近い場所。
 そのため、母に似ている彼女の顔立ちを見て、「もしかして、あの古城ホテルの?」なんて話しかけられかねない。
 外面も少しは気にする年頃の娘なのである。

 ワイナリーには、既に招待状を持った客達が集まっていた。
 全てが品のよさそうな紳士・淑女ばかり。
 盛装してきてよかったね、と小さく苦笑しつつ、ファルナとウィンは会場の奥へと進んでいった。
 伝統の名前を広く知られた店らしく、店内の内装はとても美麗で上品だった。柱や天井の彫刻やその彩りの細工を眺めるだけでも、満足できてしまいそう。
「これは、美しいレディ達、ようこそ」
 黒いタキシードを着込んだ白髭の老人が、二人をワインの品評会らしい会場に案内してくれた。
 品評会といっても、格式のあるものではなく、ワイナリーの招待客達に今年の出来を味わっていただこうという無料飲み放題みたいな企画だ。
 ワインに合うチーズや、クラッカーのような軽食も用意されている。
 既に出来上がった赤い顔の紳士が、二人を振り返り「これはこれは」と目を細めた。
「あなたはあの古城ホテルの……」
「……まあ、確か貴方は……」
 ウィンはやや苦笑じみた笑顔を見せた。やはり知り合いに会っちゃったかぁ、という感じ。
 ファルナは二人が話し込んでいるのを離れ、そっとワイングラスが並ぶ白いテーブルへと辿りついた。
 バーテンダーの若者が優しく微笑み、「どちらにしましょうか?」と丁寧なドイツ語で尋ねる。
「あ、それではあの赤いのを……」
 恐る恐るファルナは指差す。ワインの味はそれほど詳しくない。ラベルの可愛らしさで選んでしまった。
「かしこまりました」
 上品な仕草でワインを注ぎ、バーテンダーはファルナの前にグラスを両手で手渡した。
 受け取り、グラスを振るファルナ。
 甘い香り。……上質なワイン特有の奥の深い香りがする。
 そういえば彼女はまだ16歳。ドイツでも未成年はお酒なんて……。
 と迷う間もなく、ファルナはその赤い雫を喉に落とした。
 じわりと広がる香り。身に沈んでいく熱さと心地よさ。
「……美味しいです」
 微笑んで告げると、バーテンダーはにっこり笑ってくれた。
「ファルナさん、ごめんなさい」
 ウィンも先ほどの紳士……地元の名士であって夫妻で訪れていた……からようやく解放されて、ファルナのところにかけてきた。
「いいえ、ウィンさん、これとっても美味しいですよ〜」
 ちょっと語尾が怪しい感じでファルナが、目を細める。
「あ、ありがとう」
 グラスを受け取り、ウィンはちょっと困った笑みを見せた。
「バーデン地方のワインね」
 ラベルの文字を読むより先に、色ですぐに気づいた。オレンジ色の鮮やかなワイン。香りはイチゴやチェリーのような甘酸っぱさ、やや甘のそのフレッシュな味わいはとても飲みやすい。
 そして女の子にはちょっぴり危険。
「飲みすぎたら……危険よ?」
「大丈夫れすよー♪」
 ファルナは無邪気に微笑んだ。

●葡萄畑と秋の実り

「……ひゃう。これから、葡萄畑に移動ですか?」
「希望者はね」
 会場の人々が動き出すのを見て、ウィンに少しもたれて立っていたファルナがひっくとしゃっくりをする。
「ファルナさんは行った方がいいみたいね」
「どうしてですか〜」
「……飲みすぎ」
 にこっとウィンは微笑む。その瞳は微笑んでなんかいない。
「う……」
 そんなことありまひぇん……、答えてなんだか語尾がおかしいことに、ファルナも気づいた……。
「でも、うーん、困ったわ。私、少し用事が出来てしまって。申し訳ないけど先に向かっててくださるかしら。後から急いで追うわ」
「……ええっ?」
 ファルナはウィンを見上げた。
 先ほどの夫妻と話して、ワインの出来具合をもう少し確認する為に、他の酒造にも顔を出すことになったのである。
 半分は興味だが、半分は実家の母に頼まれていた大事な用事でもあったから、断るわけにもいかなかった。
 会場にはドイツには多い甘口ワインで溢れていたが、知りたい辛口ワインのラベルは見当たらなかった。それを置いてあるワイナリーに寄る予定だ。
「大丈夫かしら……。そのワイナリーからなら、ファルナさん達が行かれる畑まではそれほど離れてないから、すぐに合流できるとは思うのだけど」
「いいですよ。……大丈夫れす」
 ファルナの太陽のような笑顔に、余計に心配になるウィンであった。

 葡萄畑は甘い香りに包まれていた。 
 見渡す限りに広がる葡萄畑は、今いちばんの実りの季節。
 民族衣装をつけた少女達が、その葡萄を丁寧にもいでいく風景が、人々の目を楽しませた。
 共に訪れた人々が、再びとれたてのワインを手にして歓談する中で、ファルナは葡萄摘みの少女からハサミを借りて、葡萄の木に近づいた。
 ワインの原料となる葡萄は日本の甘い葡萄ともまた違う。その実はもう少し小ぶりな感じがした。
 手で触れて、枝の部分に刃物を当て、ぷちり、と切り離す。ハサミを渡してくれた少女が大切そうにその葡萄を受け取り微笑んだ。
 アコーディオンの音色が響きはじめる。
 振り返ると、ワインで歓談している人々の下に、アコーディオンを抱えた青年が歌を歌いながら近づいてくる。
 その楽しげな音色に、人々は共に歌ったり、肩を組んでダンスを始めた者すらいる。
「……わぁ」
 ファルナは振り返り、微笑んだ。
「……この季節は賑やかで嬉しいですよね」
 少女が微笑んだ。
「バッカスの恵みが皆を幸せにするの」
「そうみたいですね」 
 ファルナが微笑むと、少女は「この季節が私も一番好きなの」と笑った。
「ミス・ファルナ」
 一人の紳士が、ファルナにワインを運んできてくれた。
 ここに来る車の中で知り合った気さくな中年の紳士だ。
「……ワインを飲まないのかい?」
「ありがとうございますっ」
 少しアルコールが抜けてきたところだったのだが、勧められて断るのは上策ではない。
 ファルナは葡萄積みの梯子の上から降りてグラスを受け取った。
「できたてのワインだよ。とても甘口でフルーティだ。まるで君のようにね」
 ウインクを決める紳士。……その頬はとても赤い。
 しかしその言葉は間違いではない。イチゴのような甘い香りに誘われて口元を潤す。
「……美味しい」
「だろう?」
 ああ、また酔っちゃうなぁ……、というファルナの小さな嘆きはたちまちのうちに、明るいドイツの空に消えた。
 アコーディオンの音色に、葡萄積みの少女達がスカートの端をつまみながら、軽やかに踊る。
 それは葡萄踏みのダンス。
 くるくる回転しながら、裸足の足で地面を踏みしめる。
 ファルナもその輪の中に一緒に混じって、人々の衆目を集めながら楽しい時間をすごしていた。
 ……後からの話。彼女は酔いすぎて、このことを覚えてないと語ったのだが。

「ドイツのワインに甘口が多いというのは間違いないけど、甘口しかないと思われるのは困りますね」
 ウィンは出来のよい辛口の白ワインを味わいながら、夫妻と歓談していた。
 先ほどの豪奢なワイナリーに比べれば、古びた小さなワイナリーだ。経営してるのも老夫婦であり、弟子は多いそうだが、彼等には子供はいなかった。
「……全くだ。そんなことを言う人が言うのなら、ここのワインをダースで送りつけるべきだな」
 紳士は言い、明るく笑う。
 そんな時間はたちまち過ぎて、ウィンはファルナのことが心配になり、二人と別れて葡萄畑に向かった。
 何だか言い知れぬ不安が胸を覆う。
「ごめんなさい、急いでもらえますか?」
 ハイヤーの運転手に頼み、彼女は葡萄畑に急行していた。

 だが、そんな不安をはねのけて、ファルナは上機嫌だった。
 フルーティワインは格別に美味しかったし、アコーディオンの楽しげな音色は青い空に響き渡る。
「……葡萄踏みの用意が整ったみたい」
 先ほどの少女にいざなわれ、ファルナは彼女と共に大きな桶が並ぶ場所に進んだ。
「伝統的な方法では、葡萄を足でこうして踏んでワインを作るのよ」
 足を丁寧に拭って清潔にしてから、少女はエプロンを外して、スカートを持ち上げながら葡萄の詰まった桶に足を踏み入れる。
 そして先ほどのダンスのように、ぎゅっぎゅっと踏みしめた。
「わぁ」
「ファルナさんもやってみましょう?」
 少女にいざなわれたものの、ファルナはそこで悩んでしまった。
 ワイナリーに招待された時の青いドレスをまだ纏ったままだったのだ。
 その衣裳のままでは、さすがに葡萄を踏むわけにはいかない。
「……あ、衣裳ね。汚れてもいいものを見つけてきてあげますよ。ちょっと待って……」
「あ、大丈夫れすー♪」
 ファルナは少女に明るく笑った。
「脱いじゃえばいいの」
「えっ」
 そう。ドレスなんて脱いでしまえば……。
 ファルナはその場ではらりとドレスを外した。
 ひゅう。
 口笛が飛ぶ。
 キャミソールと下はパンティだけの下着姿。うら若き乙女にしては何て大胆な。
「……ファルナさんっ」
 顔を赤らめたのは少女の方だった。
「いいのいいの〜」
 足を綺麗にしてから、彼女は少女と同じ桶の上に上がってきた。
 そして楽しげに葡萄を踏み始める。 
 しかし……。
 これは見た目よりなかなか大変な作業でもあった。ずっしりと重いし、足元は不安定だし、重さにとらわれると背筋が曲がり、腰まで痛くなる。
「むぅぅ〜」
「面白い日本から来たお嬢さんだな」
 笑いながら拍手する紳士達。少女に教わって、ファルナは葡萄踏みを繰り返す。

 遠くで車の音がした。
「……ファルナさん!」
 ばん、とドアが開き、血相を変えたウィンが駆け出してきた。 
「もう!なんて格好!!」
 本人は酔っていてニコニコ笑っているとしても、連れとしては見逃してなんかおけない。
「ひゃあ……ウィンさんらぁ〜♪」
「もうっっ!」
 助けに行こうとする彼女にひらひらと手を振るご機嫌ファルナ。
 桶の端から、その白い腕を引っ張り、ウィンはぼやいた。ウィンも盛装したままの姿だ。こうとわかっていたら着替えを持ってきたのに。
「ウィンしゃもこっちに来るのらぁ〜♪ さあさ、服脱ぐら〜」
「あのね〜」
 その時。
 ファルナの表情が突然真顔に戻った。
 葡萄に浸かった足元のせいで体勢を崩し、そのまま前のめりに斜めになっていく体。
 
 じゃぼっ。

 いやな音がして、葡萄色に染まったファルナの出来あがり♪

●帰路
「……もう困った人ね」
 帰宅を急ぐハイヤーの後部席。
 着替えを頂いて、絹のブラウスとジーパン姿のウィンの膝の上に、むにゃむにゃと眠りの中にいるファルナの姿があった。
 すっかり酔って、遊んで、はしゃいで、……よく寝ている。
 まるで小さな子供みたいに。
 ウィンはまるで母親になったような気分で、まだ葡萄の香りの漂う金色の柔らかな髪を撫でてやった。
 
 帰宅したら、母に電話をかけよう。
 今年のワインはとてもいい出来であることを伝えなければ。 
 そして、今日の思い出と、この素敵で楽しい友人の話をしてあげるのだ。
 ドイツ紀行の日々は巡る。
 葡萄の香り漂うバーデン地方の西側を終え、二人の旅は次はどこを巡るのだろう。

 つづく

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●ライター通信●
 いつもお世話になっております鈴猫です。
 毎回遅れてばかりでご迷惑をおかけしています、申し訳ありません。

 お二人の旅路、本当に楽しませて書かせていただいてます。
 注文文章を拝見して、それからドイツ紀行のホームページなどを巡り、そこで見つけた色々な風景を参考にして書かせていただいてます。
 そして書き終えるとまるで自分も旅に出かけていたような気分になって、こんなに心地よいものはありません。
 
 また次の旅でお会いできることを夢見て。
 ご注文ありがとうございました。またお会いしましょう。

                                鈴猫 拝



 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
鈴 隼人 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年10月08日

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