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『 戦場の女神 』
海原・みたま1685

 薄暗い部屋。いくつかある大きな窓は全て鍵がかけられていて、おまけにご丁寧にブラインドまできっちり閉められている。
ふと背後を振り返れば、ドアのすぐ脇には、スーツを着た屈強な男が二人。
「…頼もしいこと」
 全く、息がつまるったらありゃしない。
「そうきょろきょろしないで貰いたい、ミス・ウナバラ。貴女に対する我々の心証が下がってもいいのかね?」
 暗く、そして広い部屋の一番奥に陣取り、眉間に皺を寄せて手を組んでいる紳士が口を開いた。
私はハイヒールのかかとを鳴らし、彼に向き直って言った。
「お言葉ですがミスター。私は未婚のお嬢さんじゃありませんわ」
 紳士と、その周りに直立不動のまま従っている男らは面食らったような顔をして私を見た。
私はクス、と笑って、
「これでも私、三人の娘を持つ母親ですのよ」
「あ、ああ…。失礼した、ミズ・ウナバラ」
 私は彼の言葉に、満足気に頷いた。
でも彼の気持ちも分からないでもない。だって私は、名実共に『若い』んだもの。
初対面のクライアントは、私の若すぎる年齢と容姿と、そして経歴に大概驚いた顔を見せる。
もう慣れっこだもの、気にしないわ。
「それで、ミスター?私は一体何をすればいいのかしら」
「…資料を読まなかったのかね?」
 私の言葉に、彼はピクリと太い眉を動かした。
私は女神のような微笑を湛えて、すらすらと口を動かした。無論、内心笑いをこらえることで必死だ。
「ええ、勿論この部屋にお招き頂く前に一通り目は通しましたわ。
この欧州の小国、B国にて王政派と非王政派が対立、内戦直前の火花が散っている状態なのですね。
ですがこれを見過ごす商売人などいやしませんわ。
武器商人…通称、死の商人まで介入し、事態は最早一刻の猶予もない。
貴方方、連合側はB国で内戦が起きては、欧州全体の経済まで危険に晒しかねないと、危惧を抱いておられる。
そこで、遠く離れた東洋の島国出身のこの私にご依頼なされたのでしょう?」
「………」
 全く、この紳士は本当に厭きない人ね。
「そ、その通りだ…若干、貴女の主観が入っていることは否めないがね」
「誉め言葉と受け取っておきますわ」
 私はにっこり、と微笑む。
「まあ…そこまで分かっているなら、己のすべきことぐらい承知だろう」
「そうね…この王政派も対立派も、商人たちに踊らされている部分があるわ。
まずは、両陣営に話し合いの余地があることを分からせることかしら。
そのためには商人たちと、それが依存しているテロリストたちを壊滅させなければね」
「…そうだ。そのために、わざわざ貴女を呼び寄せたのだよ」
「ええ、ええ、十分すぎるほどに存じておりますわ。私は『こういうこと』のために存在してるようなものですもの」
 ―――あなた方は、そこでそうして眉間に皺を寄せていてくださいな。
 私は微笑を浮かべたままそう言い残し、くるりときびすを返して薄暗い密室を出て行った。












 そして私は今、ここにいる。


「昔も今も、テロリストの考えることは変わっちゃいないわねえ」
 私は路地裏に潜みながら、通りの向かいに立っている建物を眺めた。
所々鉄骨がむき出しになっている、明らかに使われていないような廃ビル。
だがここが、テロリストー…つまり内戦を勃発させようと企んでいる野蛮人たちのネグラだ。
ここを探り出すなんて簡単なことだったわ。
この海原みたまの情報網をナメちゃいけない。
無論、海の向こうの私の愛する人の力があってこそなのだけれど。
それにこのご時世、不審な外国人集団なんて自ら旗を揚げてるようなもんよ。
「さて、どうやって乗り込むか…」
 私はボソッと一人で呟いた。
そしてもう一度、建物を上から下まで眺めてみる。
予想よりも大きかった。3階分ぐらいはあるんじゃないかしら?
多分、このビルにはくまなく罠がしかけられていることだろう。
テロリストもそこまで馬鹿じゃないもの。
依頼人に部隊を借りて、そのまま一気に殲滅しても良いんだけど、
この規模だとどこか他のところに別働隊がいる可能性が高いから、後ろから回りこまれちゃ面倒なことになるわ。
大体隠密に処理しなきゃいけないのに、大事になってどうするの…ってことよね。
でも、一人で乗り込んでいくのも無謀な感があるし…。
「これは一旦引き上げて、策を練ったほうが良さそうね」
 私はプロの傭兵、無謀な戦いはしないの。
私はふぅ、と息を吐き、ずれてきた帽子を深く被りなおした。
迷彩服に身を包み、暗闇に隠れてはいるものの、私のこの見事な金髪は目立って仕方がない。
だから帽子ー…軍事用ヘルメットの中にしまっているというわけ。
全く不本意だけれども、これも仕方の無いことよ。
「さて…」
 と、立ち上がったところで、私は目をこらした。
通りの向かい側の路地、つまりテロリストの潜んでいるビルのすぐ横に、何やら蠢く人影が見えるじゃないの。
私は壁に身を寄せながら、ジッと眺めてみた。
それは私と同じような格好をした十人程度の兵士たち。
それぞれ手にライフルを構え、まさに突入寸前、といったようだ。
そして、頭に被ったヘルメットには、この国の国旗が小さくだが掘り込まれている。
…なるほど、この国の部隊らしい。あの様子から見ると、王政派らしいわ。
非王政派に組する(と思っている)テロリストを殲滅しにきたってわけね。
 私は数秒間、熟考した。
これは…願ってもないチャンスかもしれないわ。
幸い、すぐに乗り込んでいってもいいように、武器の準備もちゃんとしてある。
「…悪いけど、利用させていただくわ」
 私は暗闇の中で微笑を浮かべた。











「スリー、ツー、ワン…ゴー!」
 小さな掛け声とともに、廃ビルのドアを蹴破り一気に突っ込んでいく兵士たち。
私はそれと一緒に紛れ込み、廃ビルの中に入った。
罠は彼らが悉く外していってくれるから、こんな楽なことは無いわね。
 そして銃声が響きあい、煙が舞い、視界が悪くなる。
あちらこちらで叫ばれる苦悶の唸り声。
ここで王政派の彼らを殺しちゃ元も子もないから、私は黒づくめのテロリストたちだけに狙いを絞って銃を乱射する。
ヒット、ヒット、またヒット。
廊下に身を隠し飛んでくる銃弾をかわしながら、一人、また一人と急所に銃弾を叩き込む。
おっと射撃兵発見。すかさずナイフを飛ばし、眉間に命中させる。
 此処は戦場、私のふるさと。
妻という名を持っても、母という名を持っても、私は此処から生涯逃げられないのだろう。











「はぁっ、はぁ…」
 煙が落ち着き、辺りを静寂が包んだ。
聞こえるのは、兵士たちの荒い息遣いのみ。
そして広い部屋の床には、あちらこちらにテロリストが血を流し倒れている。
 殲滅は成功、でもここからが私の仕事よ。
 私は近くにあった机によじ登り、その上に仁王立ちになった。
私の姿を見た王政派の兵士たちが何やら口々に喚き始めた。
でもなまりが入ってる発音だから、よく聞き取れない。それに聞こえなくても十分よ。
 私はヘルメットを取り、腰まで届く金髪をなびかせた。
そしてすぅ、と息を吐き、腹に力を込め、よく通ると評判の声を響かせる。
「ちょっと聞いて、王政派の皆さん!」
 私の声にまたざわめく彼ら。
まったく統制がとれてないわね、こんなことだから内戦なんて起こるのよ。
少し呆れている私の前に、一人の男が近づいてきた。
身なりからして、きっと部隊長なのだろう。
流暢な英語で話しかけてきた。
「きみは誰だ?見かけない顔だな」
 そりゃそうよ、隊の人間じゃないんだもの。
「私は戦闘請負人です。依頼人の名は出せないけれど、
この国の内乱を止めるために雇われました」
「…成る程、傭兵か。だが何故我々の味方をする?
私たちはきみを雇った覚えはないぞ」
「別にあなたがたの味方になった覚えは、それこそ御座いません。
私はただ、テロリストー…いえ、ビジネスマンの殲滅に来たまで」
 私の言葉に、目を見開く彼。
「ビジネスマンだと?」
「ええ、まさにその通りですわ。彼らは両陣営にヒルのごとく吸い付き、死の商人とともにこの国の内戦を勃発させようとしていたのです。
あなたがたは、彼らが非王政派だと思っていたのかもしれませんが、
実のところは、彼らはどちらの味方でもなく、ただ単に内戦が目的だったのです」
「なんと…」
 部隊長は渋い顔をして、長い息を吐いた。
「彼らの目的は戦争。ですがあたながたの目的は違うでしょう?」
 私は首を傾げて微笑んで見せた。
「我々は…ただ、己の国を立て直そうと…」
 まるで独り言のように、ブツブツと呟いた。
「ならば、戦い以外の道もあるはず。戦いは彼らのようなヒルに甘い汁を吸わせるだけですわ」
「………」
 黙りこくってしまった部隊長を横目で見つめ、私は机から飛び降りた。
「今のことを、王政派の方々に知らせておいて下さいませ。
私は非王政派にも知らせてきます」
 そう言い残し、私は空になった重いライフルを担いで、その場を去っていった。


















 そして後日。
私は報酬が振り込まれた通帳を見て、にやにやと笑みを浮かべていた。
さすが紳士、約束通り払ってくれたみたいね。
 結果、あの国で内戦が勃発することはなかった。
テロリストの殲滅、両陣営の和解への一歩が始まったことで、
商人たちは早々と手を引いた。
さすが死の商人、己の引き際もちゃんと見極めてるってわけね。
私としても肩の荷が下りてヤレヤレよ。
 さて、臨時収入が入ったから、愛するあの人と娘たちに何か贈ってやろうかしら…

そう思いをめぐらせたとき、私の携帯電話がブルブルと震えた。
私はチィッと舌打ちをして、通話ボタンを押す。
「ハロー?はい、ウナバラは私よ。何?また仕事?え、今度は東南アジアですって?」


 …どうやら私の安息の日は、もう少し先のことになりそうだ。






End,




PCシチュエーションノベル(シングル) -
瀬戸太一 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年10月06日

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