▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『華溶星 』
石和・夏菜0921)&守崎・啓斗(0554)&守崎・北斗(0568)

 本当に欲しいものは、きっと言葉でも物でもなく。ただ、傍にいるという事。当たり前の事が当たり前に思えなくて、気付けば過ぎ去りし出来事に思えてしまうけれど。

 コンコン、とノックをしてから守崎・啓斗(もりさき けいと)は守崎・北斗(もりさき ほくと)の部屋に入った。入ると、火薬を目の前に何かしらを北斗が制作していた。
「何をしてるんだ?」
 散らかった火薬を緑の目で見ながら、啓斗は尋ねる。北斗は火薬で汚れた手をひらひらと振り、作業を続けながら「ちょっと」とだけ答えた。
「ちょっと?」
 不思議がる啓斗に、北斗は漸く作業から目を離し、青の目で啓斗の方を向いて口を開く。髪は同じ茶色なのに、目の色だけが異なる。尤も、正確は全く異なっているのだが。
「夏菜に、ちょっと」
「夏菜に?」
 啓斗は幼馴染である石和・夏菜(いさわ かな)を思い起こす。長い黒髪に、大きな緑の目。
「夏菜に、どうするんだ?襲撃か?」
「兄貴はどうしてそういう発想になるかな」
 北斗は苦笑し、もう一度火薬の方に向き直った。
「火薬を使って、夏菜にどうするというんだ?」
「別に襲撃しないってば。……ただ、ちょっと。何かは内緒」
 悪戯っぽく北斗は笑った。啓斗はこれ以上何を聞いても教えては貰えないだろうと判断し、北斗の部屋を後にして自室に戻る。すると、廊下から突如ぱたぱたと音をさせ、元気のいい声が北斗の部屋に到達する。
「北ちゃん」
 夏菜の声だった。北斗は夏菜の声に、慌てたように自室から出た。
「何だよ、夏菜」
「北ちゃん、こんにちはなの」
「だから、何だよ?」
「もう、こんにちはって言わないといけないの!挨拶なの!」
「あーもう分かった分かった!こんにちはこんにちは」
 自棄になったように北斗は繰り返し、再び自室に入ろうとする。夏菜は続いて入ろうとしたが、北斗に止められてしまった。
「入るなよ」
「何で?何か変なもんでもあるの?」
「何だよ、変なもんって」
「えっちぃ本とか」
 夏菜は悪戯っぽく笑う。北斗は顔を一瞬赤くし、否定する。
「ね、ねえよ!」
「じゃあいいじゃない。何で夏菜を入れてくれないの?」
「ちょっと散らかってるんだよ」
「んーじゃあ、ここでいいの。ねぇ、北ちゃん。遊びに行こうなの!」
「……は?」
 突然の夏菜の誘いに、北斗は思わず首を傾げる。夏菜はにっこりと笑って続ける。
「今日は北ちゃんちゃんといるでしょう?たまにしかお家にいないでしょう?だから!」
「……だから?」
「んもう、北ちゃんってば。だからね、たまに家にいる時くらい一緒に遊ぼうなの」
「そう、突然言われてもなぁ……」
 北斗は乗り気ではないように唸った。実際、作業中のものを放って行くのが咎めているのも事実であった。
「ねぇ、いいじゃない。遊びに行こうなの!」
「いや、だからな。突然言われてもな」
「今日はずっと家にいるんでしょう?ならいいじゃない」
 ねぇねぇ、と粘る夏菜に、北斗の何かが切れた。
「お前な、人の気も知らねぇ癖に!」
 つい怒鳴ってしまった北斗だったが、そのすぐ後にあっと口を抑えた。今のは言ってはならない言葉であった。夏菜に対して、秘密にする意味でも傷つけない意味でも。夏菜は暫くぷるぷると肩を震わせ、俯いていた。が、不意にキッと顔を上げた後北斗の鳩尾に向かって拳を放つ。クリーンヒット、ストライク!な正拳突き。思わず北斗は「ごほっ」と唸り、その場に崩れる。
「北ちゃんの……ばかぁっ!」
 夏菜はそう叫んで走り去ってしまった。その声に驚き、自室にいた啓斗が出てきた。廊下で蹲っている北斗の傍にしゃがみ込み、無事を確認する。
「大丈夫か?北斗」
「……夏菜、見事な正拳突きだった」
 ぐっと親指を立て、夏菜の突きを誉める。
「そういう事を言っている場合じゃないだろうが」
 呆れつつ、啓斗は溜息をつく。漸く痛みが治まって来た北斗は、鳩尾を摩りながら体を起こす。
「……そう言う場合じゃないよな」
「北斗、夏菜を怒らせてでも作ろうとしたんだろう?」
「うん、まあ」
 そんな所、と北斗は苦笑する。
「一体何を作ってるんだ?」
 今一度啓斗が尋ねると、北斗は少しだけ迷ってから口を開く。
「花火」
「花火?」
 不思議そうに尋ね返す啓斗に、北斗はこっくりと頷く。
「それはまた……季節外れな」
 素直に感想を述べる啓斗に、北斗は言い訳するように口を開く。
「でも、空が高いから綺麗だ」
「……それが、何で夏菜にちょっと、なんだ?」
「ん……最近さ、夏菜とすれ違ってばっかだったじゃん?」
 啓斗は思い起こす。そう言えば、バイトや学校で夏菜とあまり遊んだりしていない。どちらかが都合のいい時は、どちらかが都合の悪い日で。どうも最近すれ違いが多かった事は事実だ。
「だからさ、喜ばせてやりたくてさ。夏菜、花火好きじゃん?」
「そりゃ、花火は好きだが……」
(それよりも、今日一緒に遊びに行っても夏菜は喜んだのではないだろうか?)
 ふと啓斗は思ったが、それはあえて口には出さなかった。
「俺が夏菜にしてやれる事ってよくわかんねーから」
 ぼそり、と北斗は呟いた。啓斗は漸く気付く。一緒に遊びに行く事は、啓斗でも出来る。だが、花火を造ってやれるのは北斗しかいない。啓斗が毒物に詳しいように、北斗は爆発物に詳しいのだから。
「だったら、早くそれを完成させるんだな」
 啓斗がそう言って小さく笑うと、北斗は顔を上げ、啓斗を見てにかっと笑った。
「おう。一週間以内には完成させる」
「一週間だな」
 啓斗は確認するかのようにそう言うと、立ち上がってその場を去ろうとする。
「兄貴?」
 北斗が問い掛けると、啓斗は振り返って意味深に笑う。何も答える様子の無い啓斗に北斗は小さく首を傾げた後、再び作業へと戻るのだった。

 すんすん、という啜り泣きの声がその部屋には響いていた。啓斗はノックしたが、中からの返事は無い。一応「入るぞ」とだけ断り、中に入る。部屋の中には端っこで座り込んだまま、すんすんと鼻を啜っている夏菜の姿があった。
「夏菜」
 啓斗が声をかけると、夏菜ははっとしたように振り替える。
「啓ちゃん……」
 涙目のままこちらを見てくる夏菜に、啓斗はにっこりと優しく微笑みかけた。夏菜の涙腺を閉じさせようと試みたのだが、それは返って増長させる事となってしまった。
「啓ちゃぁん!」
 涙目でじっと啓斗を見てくる夏菜に、啓斗は微笑みかけながらぽんぽんと頭を優しく叩く。
「どうしたんだ?夏菜」
「あのね、北ちゃんがね、酷いの!」
「うん」
「夏菜ね、最近北ちゃんとすれ違ってばっかだったからね、一緒に遊ぼうって言ったの。なのにね、なのに北ちゃんってばね」
「うん」
「人の気も知らないくせに何てね言うの!北ちゃんこそ、夏菜の気持ちも分かってないくせに!」
「……うん」
(そりゃそうだよな)
 啓斗は妙に納得しながら夏菜の頭を撫でる。どちらかといえば、夏菜の方が分かりやすく、正しいように思える。北斗がしようとしている事は、内緒にしようとしている分、分かりにくい。
「夏菜。北斗も悪気があってああ言ったんじゃないんだよ」
「でもでも」
「北斗もね、色々考えてるんだ」
 啓斗の優しい言葉に、夏菜は「うー」とだけ唸った。啓斗の言っている事は分かるが、それが具体的にはどういう事かが分からない。だから、いまいち納得が出来ない。
「……そうだ、夏菜。一週間後の夜、空いてる?」
「一週間後?」
 突如振られた話題に、夏菜はきょとんとして尋ね返す。カレンダーを見て確認し、夏菜はこっくりと頷く。
「空いてるの……」
「じゃあ、散歩しないか?綺麗な夜空の海辺があるんだ」
「綺麗な夜空?」
 啓斗は意味深に笑う。夏菜はその『綺麗な夜空の海辺』を想像し、にっこりと笑う。
「するの」
「そっか。じゃあ、一週間後に散歩しような」
「うん。指きりなの」
 夏菜はにっこり笑い、小指を差し出す。啓斗も小さく笑いながら、それに応じた。一週間で完成させるように、ちゃんともう一度言っておこうと思いながら。


 一週間後。約束の海辺で、夏菜と啓斗は漠然と歩いていた。夏菜は辺りをきょろきょろと見回す。
「啓ちゃん、北ちゃんは?」
「北斗?」
「うん。今日、来ないの?」
 啓斗は小さく苦笑交じりに笑う。
「気になるのか?」
 夏菜は慌てて「違うの」と答える。
「違うの。……違うもん」
 返答に困る夏菜に、啓斗は優しく笑う。
「夏菜、北斗にも、考えがあったんだよ」
「考え?」
 きょとんとして首を傾げる夏菜に、啓斗は頷く。
「だから、赦してやってくれないか?」
 啓斗はそう言って、岩場辺りを指差した。夏菜は指し示された方向を向く。途端、ひゅーという音がし、ぱあん!という大きな音が響いた。空に咲いた、大輪の華。
「うわあああ」
 夏菜は口を大きく開け、その華に見とれた。季節外れの、たった一輪の大きな華。ぱらぱらという音と共に火花が完全に空に溶けてしまうまで、夏菜は一言も言葉を発しなかった。否、発することが出来なかったのだ。咲いた大輪の華は、夏菜の心に響いていた。なんと艶やかで、美しく、綺麗な一瞬。
「……綺麗な夜空……」
 夏菜は啓斗の言葉を思い出し、ぽつりと呟いた。啓斗が言っていたのはこれの事だったのだ。夏菜ははっとして啓斗を見る。啓斗は微笑みながら口を開く。
「驚いたか?北斗の花火だ」
「北ちゃんの?」
「夏菜を、驚かせようと思ったらしい。……ほら、夏菜が言っていただろう?最近はすれ違ってばかりだって」
「まさか、そのお詫び……?」
 夏菜が恐る恐る口にすると、啓斗は小さく微笑んだまま頷いた。北斗が咲かせた大輪の華。だからこの場に北斗はいないのだ。そして、夏菜を驚かせようとしていたからこそ秘密にして、一週間前に北斗が部屋に入れてくれなかったのだ。
「夏菜に、内緒で?……びっくりさせようと思って……?」
 次々と解かれていく、絡まった糸。どうして気付かないであろうか。一つ手繰り寄せるだけで、こんなにも簡単に解されていくというのに。不思議と、夏菜の顔が綻ぶ。ほんのりと頬も赤い。
「驚いたか?夏菜」
「うん……びっくりしたし……嬉しかった」
「それは良かった。北斗は、夏菜を喜ばせたかったみたいだから」
(北ちゃん……)
 夏菜はにっこりと微笑んだ。結局、北斗は優しい。夏菜が思っていたように、否、思っていた以上に。
「それにしても、言えば分かる事だよな?」
 啓斗はそう呟き、夏菜に向き直って口を開く。
「二人とも、どうしてお互いに言わないんだ?言えば分かる事を」
(すれ違いばかりばかりだったから……すれ違いばかりだったから?)
 だからどうだというのだ。こんな事は今までも無かった訳じゃない。それでも、最近二人ともすれ違いばかりだったから、夏菜は一緒に遊びたかったし、北斗は夏菜を喜ばせようとしていた。……何故?
(……寂しかったの)
 夏菜は自らの思いに気付く。そう、夏菜は寂しかったのだ。北斗とすれ違いばかりで、寂しいと感じていたのだ。それは、傍目に見ている啓斗の目には明確に映っていたのであろう。だからこそ、啓斗は尋ねたのだ。『どうして互いに言わないのか』と。啓斗にとっては、啓斗ですら分かる『寂しい』という感情を言わない夏菜と北斗を不思議に思っていたに違いない。
(北ちゃんも、寂しかったのかな?)
 夏菜が思うのと同じように。それはそれで、胸がむず痒い気がする。夏菜は視線を感じ。啓斗を見た。啓斗はじっと答えを待っている。先程問い掛けた、疑問の答えを。
(何となく、恥ずかしくて)
(何となく、言えなくて)
 夏菜はじっと答えを待っている啓斗に対し、戸惑っていた。答えは分かっている。だが、答えるのが何となく恥ずかしくて言えなかったから。
「ああ、そうか」
 突如、啓斗はぽんと手を打った。何かを悟ったように。
「夏菜と北斗は、二人とも好き合っているんじゃないのか?」
 どくん、と夏菜の心臓が撥ねた。顔を真っ赤にし、微動たりともしない。
「そしてそれは、家族に対する思いとは違うんじゃないのか?」
 夏菜は顔を真っ赤にしたまま、言葉すら発しない。否、発することが出来ないのだ。どうしていいのか分からず、頭の中は真っ白で。
「ばっ……!」
 その時、二人の丁度後ろに、顔を真っ赤にした北斗が立っていた。花火の後始末をし、二人に近付いてきた矢先に先程の言葉を聞いてしまったのだ。北斗の頭の中に、啓斗の言った『好き合っている』という言葉がぐるぐると渦を巻く。
「どうした?北斗。茹蛸のようだぞ?」
「だあ!今、そんな事はどうでもいい!」
 何かをとりあえず置いておくようなジェスチャーをし、北斗は啓斗に向かって叫ぶ。
「兄貴には言って欲しくねぇから!兄貴には!」
(恋愛に対して朴念仁の癖に!)
 北斗は真っ赤な顔のまま叫ぶ。啓斗はその様子に「失礼だな」と小さくむっとしてから笑った。余りにも真っ赤な二人の顔を見て。
「ほら、花火はもう無いけど……夜空はまだ綺麗だろう?」
「誤魔化したって……」
 北斗はそう言いつつも空を見上げた。既に大輪の華は消え失せてしまっていたけれども、そこには数々の星が瞬き、海面を照らしていた。
「まるで、空も海も一緒に輝いているみたいなの……」
 ぼそり、と夏菜が呟いた。北斗は良いように誤魔化されたような気がしなくもなかったが、取り敢えずは花火と星の輝きに喜ぶ夏菜をちらりと見て、声を荒げるのをやめた。とりあえずは、夏菜を喜ばせるという目的は達成したのだから。
「北ちゃん、有難うね」
 夏菜がそっと北斗に囁いた。北斗は微笑み「おう」とだけ答えた。星の瞬きに溶け込むように、静かに。

<華は散り大気へと溶け星となり・了>
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年10月06日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.