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『秋の陽射しの下で 』
水無瀬・龍凰0445)&崗・鞠(0446)&橘神・剣豪(0625)

 暑さ、寒さは彼岸まで。つまり彼岸を過ぎれば暑さ寒さは和らいでくる、と言う事だが、今年は冷夏でその有り難味が薄い。
 他にも空が高さや色で季節を感じるのかもしれないが、部屋の中にいてそれは感じられない。ちらりと窓を伺えば、開け放した窓から入ってくる風に揺れるレースのカーテンとその向こうに空や隣家が見えるばかりだ。
 ソファの上で龍凰は大きく伸びをして隣を見た。
 そこには鞠がいてテレビを見ていた。彼女の横には剣豪。剣豪は先ほど大あくびをしてからは眠たいのか丸まってしまっている。鞠が剣豪を撫でる手付きは優しい。一瞬むっとしそうになってからあらぬ方を龍凰は向いた。
(相手は犬。ペット。俺とは立場も違う……つーか、犬と同レベルで張り合うな、俺)
 真剣に自分に向かって言い聞かせる龍凰の様子に不思議そうに鞠が恋人を振り仰いだ。
「どうかしたんですか? 龍凰」
「……いや、何でもねぇ」
「そうですか? もしかしてこの番組面白くないとか、そういう事では?」
(いや、そんな事で不機嫌になってどうするよ?)
 そんなことを思いながら龍凰はただ首を振った。その様子に剣豪は立ち上がると高らかに一声吠えた。
「ワガママだな、お前!」
「別にそうだとは言ってねぇだろ! 一っ言も!」
 何故か自慢げにしっぽを振る剣豪の言葉に龍凰が叩き返すように答える。
「実はお前が退屈してたんだろ!?」
「そんな事ないぞ! なんで肉とか魚とか火にかけるかなとは思ってたけど!」
「んなもんそうしたら美味いからに決まってんだろうが」
 呆れたような龍凰に対して、何故かエッヘンと胸を張る剣豪。
「生のままでもウマいぞ!」
 ちなみに見ていたのはお料理番組である。――今日の食材は豚肉とオクラ、どちらも生で食べてはいけません。
 熱心に鞠が見ている様子をのんびりと眺めていた龍凰がむっとしかけたのは単にCMに切り替わった途端、甘えた声で鳴く剣豪を鞠が優しく撫でた為であって料理番組に文句はない。はっきり言えば単なるヤキモチである。
 そして剣豪の方はと言えば、大好きな鞠の撫でる手付きに愛を感じていたのだから自分の優位を信じてやまないのだ。彼にとっては料理番組がどうと言うより鞠の側にいられるのが重要で、更に愛を感じられればパーフェクトである。そしてそのパーフェクトな状況を崩す龍凰は当然目の仇であった。
 彼らの思いの先に立つ鞠はと言えば。
 二人の様子を困ったようにしばし見つめた後で口を開いて彼らを呼んだ。
「龍凰? 剣豪?」
 その声音に室内の体感温度が二度下がった。ぴたりと動きを止めた後、龍凰と剣豪は何事もなかったように元のように座りなおした。
「鞠タン、料理のおさらいが始まったぞ!」
「さあ、今日のポイントはなんだろうな?」
 息がぴったりだった――実は仲良しだろうと言いたくなる程に。ちなみに願う所も同じ。『鞠を怒らせたくない』それだけである。
「……そうですね」
 鞠の口調が柔らかくなって、再びリビングに快適な気温が戻ってくる。二人はひっそりと視線を交し合った、安堵と敵意を込めて。
 やがて料理番組が終ると、チャンネルが回される。自然豊かな風景とそこに住む動物達の様子を取材した番組だ。
 マリンブルーの鮮やかな海と白い砂浜。それはとても綺麗な景色だった。
「いつか行ってみてぇな」
「そうですね……いつかきっと。一緒にいきましょうね」
 鞠の声音は少し切なげだった。自分達は完全な自由の身ではない。日本の外に出る所かある男の管理下から出る事が出来ない、彼から開放される日が来ると言う保証さえない。保証がない事を一番感じているのは龍凰だった。だが、龍凰は口を閉ざし、静かに鞠の肩に腕を回した。
「ああ。約束だ。どこに行きたい?」
「自然の多いのどかな所でのんびり過ごすのが素敵かもしれません」
「そうだな。いくら暇があっても、景色がこれぐらい綺麗なら退屈しねぇだろうな」
「海は一日見てても飽きそうにありませんね。海が見える所が良いかしら」
 楽しげにいつとも知れない未来絵図を二人で描く。二人の口調は楽しげなのにどこか淋しげで、剣豪は耳を伏せて聞き入っていた。小さなポメラニアンは彼なりに何かを考えたのだろう。ぴょこんと鞠の膝に飛び乗ると尻尾を振る。
「キレイな海はイイよな! 魚泳いでるかな? テレビみたいに」
「そりゃ泳いでるだろうな」
「じゃあ、獲るぞ。獲ったら鞠タンに一番に食べてもらうんだ!」
「熱帯魚を、ですか?」
 テレビの中のエンゼルフィッシュと剣豪を鞠は見比べた。泳いでるのを見て可愛いと思っても、食べるかといわれたら躊躇するだろう、そんな魚だ。剣豪もそう思ったのだろう、少し首を傾げて考える。
「うーん、じゃあ、鮭にする! これなら鞠タンも食べられるよな」
「切り身のままで泳いでねぇからな?」
「そうなのか?」
「剣豪、それに鮭は深い所でしか泳いでいません。そんな所に一人で行ってしまったら、とても心配します」
 だから、止めてくださいね。
 心配そうな鞠の言葉に剣豪は頷いた。鞠はいとおしむように剣豪の頭を撫でた。剣豪は嬉しそうに膝の上で丸くなる。
 龍凰が鞠の肩を抱き、剣豪がその膝の上に。恋人とペットに挟まれた平和な一時に目を和ませる鞠の様子に、幸せな気分になる龍凰と剣豪。奇妙な三角関係は幸せに収束して、穏やかな午後の時間を刻み始めていた。
(平和つーか幸せだよなぁ、どうせ毎日は続かねぇが……)
 だからこそ大切な時間だと思う龍凰だった。


 心地良い風と綺麗な映像と音楽、そして腕の中に恋人のぬくもり。そんな幸せに浸っていると、段々目蓋が下りてくる。
(そういや、昨日遅かったし)
 どうせ今日は何も予定がない。少しぐらい昼寝をしたってバチは当たらないだろう。そう思ったら余計に眠くなってきて、龍凰は大あくびをした。
「龍凰?」
「んー?」
「眠いのですか?」
「んー」
 音の高低だけで返事を返して、龍凰は鞠の肩から手を外して膝に頭を置こうとして――固まった。
 お座りの体勢で挑戦的に見上げいるのは、オレンジのポメラニアン。ちなみに名前は剣豪。付け加えるとただのポメラニアンではなく守護獣である。だが、龍凰から見れば単なる邪魔者だ。恋人の膝枕で過ごす穏やかな昼下がりの実現の為に排除すべき邪魔者に向かって、彼は極シンプルに言い放った。
「どけ、タコ」
「お前がな」
「俺がタコな訳ねえだろ、タコは足八本あんだぞ?」
「俺だって八本もないぞ!」
「お前の事だから残りの四本は食っちまったんだろ」
「食ってねーぞ! 自分の足齧ったら痛いんだぞ!」
 論点がずれていた。それに気がついて龍凰が小さく咳払いをする。
「俺が言ってんのはタコみてーにお前が分かってねえって事だよ!」
「俺だって同じだ。俺の鞠タンの膝は譲らないからな!」
「だぁれが、お前のだ!? 鞠は俺のだって天地創造の時から決まってんだよ!」
「勝手な事言うな! 鞠タンは俺のだ! 俺のだからな!」
 ヒートアップする二人に鞠がため息をついた。
「龍凰? 剣豪?」
「ちょっと待ってろ、鞠」
「鞠タン、すぐに終るから、待ってて!」
「あぁん? 何で鞠がお前を待つんだよ?」
「そりゃ、鞠タンに愛されてるのが俺だからだろ!」
「愛とか言うな!」
「へへーん、愛! 愛! 鞠タンの愛〜♪」
 リズムをとって踊るような仕草の剣豪に龍凰はぷちりと何かが切れる音を聞いた。
「上等だ! 鞠の愛がどこにあるのかとっくりと教えてやる!」
「龍凰、剣豪、止めてください」
 聞こえないのか、一人と一匹は鞠の膝と横でにらみ合った。
「鞠タンは俺のモノだ! ズーズーしく隣に居るんじゃねーや!」
「図々しいのはてめえだろ! 失せろっこの犬!」
「犬言うな! お前、名前も覚えらんねーのか!」
 龍凰は拳で剣豪の顎を狙い、剣豪は龍凰の腕を噛み付こう飛び上がる。
 咄嗟に龍凰は一瞬拳を引き、剣豪は鞠の膝の上からローテーブルに飛び移った。軽い音をたてて踏まれたスプーンが跳ね上がる。
「龍凰、剣豪……お願いですから」
 止めてください。そんな声は既に届いていなかった。
「逃げてんじゃねーぞ!」
「逃げなきゃ鞠タンに当たるじゃねーか!」
 もっともだと龍凰もソファから立ち上がって剣豪を追う。ガラス製のローテーブルを跨ぐとと同じく向こう側にに降りた剣豪を踏みつける勢いで足を下ろす。
「踏むんじゃねーっ!」
「小さいからつい。視界にも入らねぇし」
「見えてねーフリすんな!」
 一声高く吠えると剣豪は龍凰の足に噛み付いた。驚いて振った龍凰の足がCDボックスを崩した。
「痛ぇ! 上等だコラ!」
 龍凰の拳骨一撃。きゃいんと吠えると剣豪は距離をとった。マガジンラックの上に飛び乗り、下に着地した勢いでマガジンラックとゴミ箱がひっくり返る。
 剣豪は全身を低く伏せて飛び掛る隙を狙う。龍凰は飛び掛ったら叩き落としてやろうとそのタイミングを狙った。
「二人とも、止めてください」
 鞠の声は彼らの耳を素通りする。否、ゴングとなった。
 剣豪が飛び掛り、それを叩き落とそうとした龍凰の袖に食いつく。それを払おうと振った腕がガラスのローテーブルを叩き、それをひっくり返した。
 ぱりんっ。
 小さな音をたてて、真っ白な地に花模様をあしらったティーカップが壊れた。
「――あ」
 三人分の声が唱和した。直後今までの喧騒からは考えられないほどの静けさ落ちた――地獄のような冷たさで。
「ま、鞠?」
「鞠タン?」
「二人とも、止めなさい」
 有無を言わせない口調にとその冷たい視線に自主的に正座した。
「龍凰?」
「ご、ゴメン」
「剣豪?」
「も、もうしません!」
 だから赦してという剣豪の尻尾は後ろ足の間に挟まれていた。
「二人とも、部屋の中で喧嘩はいけないと何度言わせれば気が済むのですか?」
「……はい」
「これで一体何度目でしょうね」
「えーっと、もう十回目位かな?」
「……十回どころか」
 これ見よがしなため息。龍凰と剣豪はますます縮こまった。
「二人ともどうして判ってくれないのですか? 大体二人はどうしてそう角を突き合わせるのか――」
 鞠の淡々とした声はいつまでも終わりを見せそうになかった。


「もう、二人とも知りません」
 最後にそう言うと鞠は窓際の椅子に座って一人背を向けてしまった。呼んでも応えは返らない。
 龍凰と剣豪は顔を見合わせてため息をつくと片付けをはじめた。黙々と片付ければそれ程荒らした訳でもない部屋はあっという間に片付いた。
 ――そうなれば、次は。
「行くぞ」
「わ、判った」
 龍凰と剣豪は揃って鞠の後にきちんと座った。
「鞠?」
「鞠タン?」
 答えは返らない。龍凰と剣豪は冷や汗をかきながら深く頭を下げて声を揃える。
「反省しました。もう二度としません。だから赦してください」
 そのままの姿勢で五秒十秒と待っても反応は返らない。じっくり一分は待ってから、そろそろと龍凰と剣豪は頭を上げる。鞠の様子は変わらない。重い沈黙の中そっと鞠の側を離れると、ソファの影に隠れるようにして声を潜めて話し始める。
「お前が悪い」
「龍凰が割り込んでくるからだろ」
 正論である。ぐっと言葉につまった龍凰はため息混じりに呟く。
「つーかでも鞠怒らせたな」
「うん……新しいのプレゼントしなきゃ」
「そーだな」
 龍凰と剣豪は顔を見合わせて大きく息をついた。
「あのティーセットお気に入りだったのになー」
「鞠タンあれで紅茶飲むの好きだったもんなー」
 頷きあう彼らの問題点はあくまでもティーセットで暴れた事ではなかった。
 静かで冷たい空気に時々言葉を交し合う他は黙り込んでいた龍凰と剣豪は、いつしか仲良く頭を並べて眠り込んでしまった。


 それからゆうに一時間は経過した後だろうか。鞠が漸く振り返り、片付いた部屋の様子を見回し、部屋の真ん中で仲良く寄り添って眠る二人を見つけると僅かに頬を緩める。
「二人とも……」
 仲良く大の字になって寝る二人の頭を優しく撫でると寝室から毛布を持って来て寝入る二人にそっとかけた。
「……鞠ぃ、ゴメ……ン」
「鞠タン、ゴメンよぉ……」
 二人の寝言に鞠は小さな笑い声をたてた。二人の頭を慎重に持ち上げて自分の膝の上に置くと起こさないようにそっと声を潜めて呟いた。
「もう喧嘩はしないで下さいね」
 聞いているのかいないのか、龍凰と剣豪の頬が緩み幸せそうな表情を浮かべた。


fin.
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
小夜曲 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年10月06日

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