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『袖振り合うは他生の縁 』
門屋・将太郎1522)&佐和・トオル(1781)

 手にした通帳の残高を見る。
 何度数え直そうが、そこには四桁を割った数字しかない。当然、CD機からの引き落としは不可能だ。
「はぁ〜〜」
 重く深い溜息はいつものこと。
 とはいえ、さすがにこの現状では、今月の生活がピンチだ。
 食費だけならまだしも、もうじき事務所として借りているビルの賃貸料の支払いが待っている。下手したら今度こそビルのオーナーから追い出されてしまう。
「そりゃマズイだろう」
 とほほ、と思わず泣きが入った男――門屋・将太郎の現在の職業は、個人開業の心理相談所を務める臨床心理士。自らの特殊能力である『心を読む』を利用するにはうってつけの仕事だ。
 だが、常に相談所は閑古鳥状態。
 立地条件が悪いのか。宣伝がうまく生かされてないのか。はたまた、本人のキャラクターの問題なのか。
 と、まあ色々と考えてはいるが、今はともかく目先の話。速攻で先立つモノがなければ、仕事だってままならない。
 そう思い立ったが吉日。
 彼は現在、求人情報誌を片手に高額バイトを目を皿のようにして探していた。
「ふぅん…やっぱ、お水関係の方が日当はいいよな」
 呟き、ふと目に止まったのは、ホストクラブ【Virgin−Angel】の公告。そこに書かれていたキャッチコピーもそうだが、何より将太郎の目を惹いたのは日給の高さ。
 思わず電話を取ろうとして腕を伸ばし、そこでハタと気付く。
 はたして夜の仕事など自分に出来るのだろうか。
 ホストといえば、女性相手に媚びを売る仕事。生まれてこの方、そんな事はしたことがない。おまけに自分の年齢は28だ。そんなんで大丈夫なんだろうか。
 だが、躊躇は一瞬。
「しょうがねぇ。背に腹は代えられねぇんだよなぁ」
 彼の目には、広告記事の『初心者でも、ベテランの先輩方がやさしくお教えします』が目に入る。
 腹を決めれば、行動は速攻だ。
 早速オーナーと連絡を取り、面接の約束を取り付けたのだった。



 繁華街の夜は、イルミネーションの森。色とりどりの煌めきが人々を惹きつけ、蝶よ花よと愛でられる夢を見ようとする。
 ここ、ホストクラブ【Virgin−Angel】でも、着飾った女性達がそんな夢を買おうと群がっていた。
 その中で一際人を集めている席があった。
 女性達に向かってにこやかな微笑みを向けている男の名は、佐和・トオル。この店のNo.1ホストであり、オーナーでもあった。
 元来の甘いマスクに加え、お客の先を読むような巧みな話術で盛り上がってる中、フロントの一人がそっと彼に近付いてきた。
「……あの、オーナー」
「ん、どうしたの?」
「アルバイトの面接の方が……」
「ああ、そうか。もうそんな時間ですか」
 お客の女性達は少し怪訝な顔でこちらを見ている。さすがに接客中に抜け出すのもマズイ。
「そうですね、少しカウンターの所で待っててもらうようにして下さい。すぐに参りますから」
「かしこまりました」
 恭しく礼をして男が下がる。その行動を視線で追うトオルに、連れられた男の姿が見えた。
 その瞬間、思わず目が点になってしまった。何故なら、スーツだらけの店内において、その男は着流しを粋に着こなしていたからだ。
 流石に驚いたのは最初だけ。
 次に思ったのは。
(……なるほど、ああいう格好も新鮮で結構面白いですね)
「ねぇ〜どうしたのよぉ〜」
「わたし達といるの、退屈?」
「ああ、ゴメンね。そんなことないよ」
 関心を引こうとしなだれかかる女性達に対して、トオルは嫌な顔一つ見せずに笑いかけた。
 すぐに頭を切り換え、彼はお客の方に集中する。この切り替えの早さは、さすが店のNo.1というべきだろう。
 ちらりと見えたそれぞれの『色』は少し澱んだ赤。どうやら少しだけ無視されたことを怒っているらしい。
「今夜はキミたちと過ごせるなんて、とても嬉しいよ」
 キャーと歓声が上がり、思わず抱きついてくる彼女たち。
 そんな行動にも嫌な顔一つせず、トオルは笑顔を浮かべたまま。勿論本当に楽しくない訳ではないが、すでに慣れきった対応に辟易しているのも事実。
 そんな彼にとって、もはや笑顔は条件反射のようなもの。
 その時。
 ふと自分に注がれる視線に気付く。じっとこちらを見つめる眼差し。
 またどこかの女性の指名かと思い、首を巡らした先に見つけたのは――先程の着流し男。どうやらこちらの仕事ぶりを窺っているようなのだが…なんだか妙だ。
 奇妙な違和感を覚えながらも、彼はそのまま何事もなかったように女性達との接客を続けた。



 ようやく客の流れが一段落ついた頃。
 待ちくたびれた将太郎のところに、この店のオーナーだという男がやってきた。
「すいません、お待たせして」
「いや。構わねぇよ。あんたの接客見てるの、面白かったしな…と」
 ついいつもの調子で敬語も使わず喋った将太郎だが、これから働こうとする場所のオーナー相手にさすがにマズイと思って慌てて口を塞ぐ。
 だが、佐和トオルと名乗った相手は、特に気にした様子を見せず、将太郎に向かってにこりと微笑んだ。
「構いませんよ。うちはそれほど厳しいわけではありませんから。お客様相手にきちんとしてくれれば、それで充分なんです」
「へぇ、ホストっつっても色々あるんだなぁ。あんたみたいな力持ってるのもいるし」
「え?」
 キョトンとしたトオルに対して、将太郎は一度辺りを見回して人がいないことを確認する。そして、確信犯めいた笑みを浮かべてこう指摘した。
「あんた、他人の心が読めるだろ。そうじゃねぇのか?」
 トオルの顔色が一瞬だけサッと変わる。
 だが、すぐに表情を取り繕い、シラを切ろうとした。
「…なに言ってるんです?」
 ――どうしてわかったんだ、この男…。
 合わせた瞳を通じて聞こえてきた心の声。
 やっぱり、という思いと共に、こんなところに同じ能力者がいたことに嬉しさもあった。
 他人の心が読めるというこの能力。昔はひどく鬱陶しくて、けれども仕方ないと諦めていた。制御出来るようになった今でこそ受け入れているが、この能力で色んな目に遭った過去は、将太郎にとって苦い思い出でしかない。
 だから。
(…やっぱ、嬉しいんだよなぁ、きっと)
「そんなとぼけんなって。俺にはなんでもお見通しなんだぜ」
「何を…」
 ――いったいどういうつもりなんだ?
 いかぶしげな眼差しになるトオル。
 彼の態度も、将太郎にはよくわかる。きっと彼にも、この能力が故に辛い過去があったのだろう。きっと今も、彼は自分を読もうとはしてない筈だ。
 しょうがない。
 そんな苦笑を浮かべると、将太郎はぐいっとトオルに近寄った。
「大丈夫だって。んなに、警戒しなくても。俺はあんたと同類なんだぜ」
 強引に肩を抱き寄せ、他の誰にも聞こえないような小さな声で囁いてやる。
「――俺もな、他人の心が読めるんだ。ほら、こうすりゃあ解るだろ」
 自分の言葉が真実かどうか。彼はきっと読める筈だ。
 驚きに見開く瞳が、じっと将太郎の方を見る。その中にあった信じられないという感情は、徐々に諦めににた色に染まっていく。
 トオルの目に映るのは、混じりっ気のない純粋な色。偽りのない彼自身の色。
 ようやく諦めた――将太郎の強引さに根負けした――トオルは、苦笑混じりの溜息を吐いた。
「……強引な人ですね、キミも」
 その科白に暴かれたという恐怖はない。むしろ諦めというか、呆れているという感じだ。
「そうですよ。キミの言うとおり、俺は他人の感情が読めるんです」
 言うなり、掌を将太郎の顔の前で大きく広げる。
「いわゆるエンパシー(感情移入能力)というらしい。感情がね…色として見えたりするんです。今のキミならさしずめ透明なブルーってところだね」
 嘘をついてないって事だよ。
 そう説明され、どうやらトオルが自分に心を開いてくれた事に安堵する。
「へぇ、エンパシーかぁ。俺の場合、相手の目を見ることで心の声が聞けるんだぜ」
 お互い滅多に会えない同じ能力者同士。特に自分たちのような心が読める能力は、なかなか相手が信用できない部分がある。
 だから、心の内を気にすることなく付き合えるこの相手は、お互いに嬉しい出会いと言えるだろう。
「お互い苦労してきたってところだね」
「まあ、そんなもんだな」
 にこり、と笑みを交わし合う。
 そのまま何度か会話をするうちに、二人の仲は急速に気が合っていく。世間話から始まって、お互いの近況、昔の話、取り留めのない話題まで。
 そんなこんな時間は流れ、すっかり話し込んでしまった二人。
 ハタ、と将太郎は今日ここに来た目的を思い出す。
「あ! そういや俺のバイト、結局どうなるんだ?」
 言われて、トオルもその事を思い出した。
「ゴメンね、すっかり話し込んでしまって…」
「いや、それは俺も余計な事言ったからなぁ。で、どうなんだ? バイトの方は」
「うん、大丈夫。キミなら充分勤まると思うから、すぐにでも採用するよ」
「ホントか。いやぁ〜助かるぜぇ。なにしろ今月ピンチだったからな」
「あはは。将太郎、キミならきっとすぐに稼げるって」
 自ら持つ力故、意気投合した二人は、他の誰にも解らない笑みを浮かべると、互いに差し出した腕で握手を交わした。


 それから。
 なんとかピンチを切り抜けた将太郎がバイトを辞めた後も、トオルとの交流は続いている。
 ――その後も家計はたびたびピンチを迎え、その度にバイトをする将太郎の姿があったとか。


【終】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
葉月十一 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年10月06日

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