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『支倉、弧月のサイコロの旅 ─災難編─ 』
蒼月・支倉1653)&柚品・弧月(1582)

   1、始まりは突然に

「朝焼けが綺麗ですねえ」
「綺麗ですね」
「うん、綺麗だ」
 まだ、始まりかけの朝。オレンジから白へと変わりつつある陽が、東京を照らしている。
 蒼月支倉と三下は、柚品弧月の運転する車のシートに収まっていた。
「あの〜……、どうでも良いんですが、私は何処に向かってるんでしょう」
「それは俺も知りたい」
 弧月に誘われて、訳も判らない内に車に乗せられてしまった二人は、運転手を見やる。
 三下は起き掛けのランニングとパジャマ下である。支倉もTシャツに、ラフなルームウェアを履いている。
 正直、近所のコンビニに行くのが、一杯一杯のスタイルだ。
 だが、近所のコンビニに行くのに、早朝の国道十五号線を、時速60キロのスピードで走ったりしない。
 寝ている所を叩き起こされて、車まで連行されない。って言うか、店の前を素通りしたり、家からどんどん遠ざかったりしない。
「あのお……これは。もしかして、誘拐されたんでしょうか。私……」
 と、三下。
「俺も、拉致られたような気がする」
 こちらは支倉。
 煌々とした朝陽が、面々の横顔を照らす。美しい光景と、言えなくもないが、「って言うか、だからそろそろ話せよ」って表情の支倉と三下に、弧月は言った。
「東京駅に向かっています」
「東京駅?!」
「どうして? 何で、東京駅?」
 弧月はサイコロを取り出した。それは某メーカーのお菓子で、中にキャラメルの入ってるアレである。
 何となく嫌な予感がしませんか?
 ええ、するわ。
 そんな会話をしたのかどうか。視線を交わした支倉と三下。
 そこへ、弧月は一枚のフリップを取り出した。内容はと言うと、場所と交通手段が記されており、番号が一から六までふってある。
「1、リッチに『500系のぞみ』で、めんたいこ『博多』。2、『高速バス』で納豆王国『水戸』。3、山の手線『外回り』で無駄な一周、『神田』。4、健康一番。『競歩』で『佐藤さん宅のトイレ』。5、修学旅行気分で『歩いて富士山見学』。6、『がんばって札幌』……」
「がんばって札幌……」
「何をどう、がんばれば……」
 支倉と三下は、ジッと弧月を見つめた。
 その前に、何故、理由も無く博多や水戸なのか。何故、隣の駅なのに、逆方面の電車で回らなければならないのか。いやいや、佐藤さんっていったい誰なんだ。はたまた、歩いて東京から富士山ってどれくらいかかるの? だから、がんばれって何を……とか、もう色々と頭の中で渦がグルグルし始める。
 支倉は言った。
「説明してください、師匠」
 弧月は頷くと、呆気に取られる後部座席の、三下の頭に目をやった。
 寝癖が──
「危ないから前を向いて、ついでに説明してください。師匠」
 むしろ、後者が本命である。
 とにかく、支倉は突っ込んだ。
「そうですね。では、説明しましょうか。まず、このサイコロを振り、出目で目的地を決めます。あとはゴールの地元が出るまで進む、実録すごろくと言う訳ですが、三下さんにはビデオ係をお願いします」
「あの……私も行かなきゃならないんでしょうか」
「ならないんです」
「ならないよなぁ」
「ならないんですか……」
 と、言うわけで、ならないのだ。
 二人の拉致誘拐に成功した誘拐者弧月は、支倉にサイコロを手渡した。問答無用である。そして車は、東京駅へと到着した。
 早朝であるから、人は少ないが。
「ううん、このカッコで良いのかなあ」
 ↑(支倉)Tシャツとルームウェア。
「支倉さんはまだ良いです。私なんて、病院の脱走兵みたいですう……」
 ↑(三下)オヤジランニングとパジャマ下。
「どっちもどっちですよ」
 ↑(弧月)シャツとジーパン。いわゆる普段着。ハッハッハッハッハ。
 色々と問題を抱えたまま、とりあえず不安の第一投目である。
「5と6だけは勘弁して欲しいな」
「って言うか、佐藤さんってどなたなんでしょう」
 支倉と三下の会話は、表面上穏やかである。さて、何が出るかな〜、と言うことで、えい!
 5。
 ここでおさらいです。
『5』が、いったい何だったのか。
『5、修学旅行気分で「歩こう富士山見学」』
 歩こう富士山見学。
 歩こう富士山見学!
 つまり、静岡に決まったのだ。全道程、百四十キロ近い道のりである。
「修学旅行気分になる前に、死にそうだよ。師匠」
「死にますよう」
「死にますね」
 皆、判っていた。
 ともあれ、一行は徒歩で途方に暮れながら、素晴らしいのかどうなのか富士山見学に出発した。
 さて。
 東京が、目を覚ましつつあります。
 人が増えてきました。
「うわ、やっぱりこの格好は恥ずかしいな」
 ↑(支倉)Tシャツとルームウェア。
「支倉さんは、まだ良いです……。私なんてこれですから」
 ↑(三下)オヤジランニングとパジャマ下。
「静岡まで靴がもつと良いですね」
 ↑(弧月)シャツとジーパン。いわゆる普段着。
 二人は弧月を振り返った。
「……」
 ↑(支倉)裸足にスニーカー。
「……」
 ↑(三下)便所サンダル。
 ↓(弧月)しっかりお出かけ用。
「なんとかなりますよ。日本国内ですから」
「そうだね、日本だし」
「日本ですもんねえ」
 良くわからない言い訳がまかり通るのが、こういった旅の醍醐味である。か、どうかは疑問だ。

   2、神奈川県

 真夜中になった。
 朝陽の中、出立したはずだが、もう真夜中である。
 一行は、暗い国道沿いを歩いていた。
「ここ、どこだろう」
 サンダルを手に、支倉が遠い目をする。三下のビデオは地面ばかりを映していた。
「ZZZ……」
「三下さん、寝てる?!」
「ソッとしておいて上げましょう」
 しておいて良いのかどうか。
 しかし、寝ながら歩いているので、多分、平気なのだろう。
 もの凄いスピードで、横を車が駆け抜ける。
 果たして、正確な時間はいったい何時なのか。
 支倉は弧月に問う。
「師匠、今、何時?」
「今……二時です」
「二時か。眠いなあ」
「夜ですから」
 夜です。
 その通りです。
 と言うか、歩き始めて、すでに二十時間近く経っています。
 遡っては江戸時代。旅道中は全て徒歩と言う昔の人は、一日に四十キロを普通に歩く足を持っていましたが、現代人はとんといけません。眠いを通り越して、気がどうにかなりそうな感じの顔つきを、支倉がしています。
 そして場所は、小田原に差し掛かっています。箱根を越えれば、富士山です。
「あれ、富士山かなあ」
 支倉が、黒い影と化した箱根山の山並みを見つめています。だいぶ、危険な状態っぽいのは気のせいではないっぽい。
 突然ですが、ニュースです。
 支倉はここで、『幻覚師』の称号を手に入れる事に成功しました。
 幻覚師支倉は語る。
「富士山の樹海に『乙事主様』が住んでるって知ってた? 師匠」
 もののけひ……。
 弧月は幻覚師支倉の、ちょっとアレな横顔を見つめる。
「支倉、落ちついてください。富士山の頂上は『平』じゃないですか。あれは、『天下の険』で名高い箱根山です。それに、樹海に『おっことぬしさま』は住んでいませんよ」
 幻覚師支倉は、現実に引き戻されて、大きな溜息をついた。弧月は苦笑する。
「がんばりましょう。あと、少ししたら」
「到着!?」
「朝です」
 三下がそこで倒れた。

   3、到着! 絶景?の富士!

 えっちおっちと、三下を引きずって歩いた二人は、朝の眩しい光に打ちひしがれたり、喜んだりしながら、ひたすら富士を目指した。
 ここで速報です。
「師匠……。樹海には『山犬の姫』が暮らしてるって、知ってる?」
「ええ……知ってます」
 弧月が、『幻覚師二号』の称号をいつのまにか手に入れていました。
 眠さと疲労は、すでに二人の体と心を蝕んでしまったようです。
 二人とも、目つきがイヤらしかったり危なかったり、そんな状態になっています。
 三下だけが、睡眠を取ったので、かろうじて無事でした。
 こうして、幻覚師二人と普通のランニングパジャママンは、ずんどこ富士を目指します。
「とうとう、静岡に入りましたねえ」
 昼も回った頃である。
 三下が指さしたのは、霊峰富士。
「富士……」
「富士ですね」
「富士です」
 もう疲れてしまって、これ以上言葉が出ないようなので、強引に第二投目のサイコロタイムに、満場一致で可決。
 さて、弧月が取り出した、フリップには……。
「1、路線バスで『箱根』。2、『そこ』のホテルで仮眠『小田原』。3、路線バスで『伊豆』。4、路線バスで『木村歯科医院』。5、足で行く『秋葉原電気街ツアー』。6、がんばって『稚内』」
「……」
 相変わらず、終わり三つがすこぶるおかしい。
 とりあえず疲れているので、目つきがアレな幻覚師支倉が、賽を投げる。
「『2』が出ますように!」
 何としても、『6』は避けなければならない。と言うか、地元へ帰れるはずの『5』が、何故、こんなに嫌な気持ちになっているのだろう。
 しかし、運命とは悪戯なものである。
 来るなと、願えば願うだけ、まとわりついてきたりする。
 5。
「えへへ」
 速報です。
 ここで、支倉が『言い訳屋』になりました。
「このサイコロ、『5』しか出ないんだろ、師匠」
「いや、そんなはずはありません」
 ホラ、っと転がした弧月の出目は、『2』。
 とりあえず。
 いてもたってもいられないので、三人でジルバを踊ってみる。
 寝不足!
 究極の疲労!
 トランスがかった、その横顔から飛び散る汗とか涙とか!
 三人は『さすらいのジルバダンサー』の肩書きをゲッツ!
 さすらいのジルバダンサー支倉は言った。
「……ここからまた、戻るんだね」
「戻るんです」
「戻るんですかぁ」
 かくして、三人はたった二回で、地元への帰還を果たしたのである。
 とってもラッキーだった。
 か、どうか。
 深夜の横浜を、眠りこけるランニングパジャママンを引きずった二人の『さすらいのジルバダンサー』が、異常な眼差しで歩いている所を目撃された事は、言うまでもない。



                      終
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2003年10月03日

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