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『『Wolf & Raven』 』
雨柳・凪砂1847)&ラクス・コスミオン(1963)
 
 今日は同居人さんと二人で、街中を廻りお買い物。
 不思議なことなど無いはずだけど。
 
 実は――、
 
 同居人のラクスさんはスフィンクス。
 あたしは――狼女。
 はい、変身してのお買い物です。

 えっと…何で? ですかって…。
 それは、――…実はコレ、あたしの修行の集大成なのですよ。
 同じくしてラクスさんの苦手克服にもなったり…。
 
 もともと二人して人目を気にする性質ですし、こうして変身したままで街中に出かけるのって、精神的に実に良い修行に為るかな? とか考えて。
 勿論、ラスクさんの術で彼女は当然ながら、あたしの存在も"当たり前"にしてもらっています。って、さすがに術が掛かってなければ街中パニックになりますしね。

 さてと、それで…ですけど。
 
 ――人目が痛いです。

 気のせいだと判ってはいるのですけれど…獣毛とはいえ裸同然のあたし。
か〜な〜り〜…恥ずかしい。

 ええ、そうですよっ、後悔してますってば!!
 ちょっと考えが浅はかだったかなぁ〜って、泣きたいくらいの心境です、今のあたし。
 
 多分ラクスさんもそんな胸中じゃ無いでしょうか?
 う〜〜果たしてあたし達、無事にお買い物が出来るのでしょうか。

☆☆☆『彼女と私の事情』☆☆☆

 その日は清涼な風が街にすぅ〜と流れ、空を見上げれば晴れ晴れとした青。太陽も愛想良く、実に穏かな日和だった。
 が、凪砂の心境は天気と反比例するかのごとく、不安に淀んでいる。
 誰かの腕が獣毛に覆われた肩に触れると。

「――きゃあっ!?」
 可愛らしい悲鳴が小さく鳴った。
 「ん?」と不思議そうな目で自分を見遣ったのは、グレーのスーツを着た背の高いサラリーマン風の男性。覗き込まれて一瞬身を硬くする凪砂。
 と、同時に点滅する青信号。

「――っ、凪砂様?」
 酷く慌てた様子で、隣を促す同居人の声。
 彼女もまた落ち着かない様子で…。兎に角二人、傍目からは逆に不自然に見られそうな程、ぎこちない背をピンっと張った姿勢。ドキドキもので横断歩道を渡りきる。
 
 時刻は正午の、2分ときっかり30秒前。
 場所は言うまでもなく――
 ザワザワ、ガヤガヤと、多分この島国で一番賑やかで、煩く、忙しい、の三拍子が揃った…、首都―東京の、

(やっ、やっぱり――は、恥ずかしすぎます…っ)
 羞恥心にうち震えながら凪砂は、晴天の下につくづく後悔を噛み締めていた。
 彼女の両手には大きな買い物袋が四つ。
 総重量は相当なもので、常識だと小柄な凪砂では手に余る筈だった。
 しかし、いまの凪砂は人狼と化している。その怪力は実に常人の数倍は軽い。こういう意味では、この姿での買い物もまったくの無駄とも言い切れず。

「あ、あの〜まだ廻るのでしょうか?」
 隣のラクスさん、か細い声で訊ねてくる。
 終わりにしたいのは凪砂もやまやま…なのだが。生憎と全ての買い物が終了したわけではなく、少なくとも最初に立てたノルマは達成せねば為らない。

「え、ええっ、まだ行きますわよっ! ですから、…ラクスさんも頑張って下さいねっ!?」

 そう、次は――、
 呟きながら見上げた其処は、

 某大手デパート。
 
 大バーゲンセール実施中という輝かしい幟。それが厭に華々しく目立って、ともすれば折れそうな凪砂の心を、はしっと奮い立たせた。

(ここで終わり。――っ、もう恥ずかしがってなんか、いられますかっ!――もう一頑張りですっ!負けませんわよっ)
 燃える凪砂。
 横顔見つめるラクスは、心なし不安そうであった。

☆☆☆
 
 ―件のブティックにて―
 
 ラクス=コスミオンは独り思い悩んでいた。
「加勢に行くべきでしょうか?―それとも待つべきでしょうか?」
 意味深な呟き。

 最近のラクスと言えば、常に凪砂を――援護するべき立場にいるし。
 ここは――よしっと、心に決め、ゆっくりと覚悟を決めた瞳で正面を見つめると、前足を踏み出して、危険地帯に一歩を踏み出す。直後――、
 
 ――ドンッ、

 危険地帯――いわゆる人込みの大群から弾き出された女性、ラクスへと勢い良くショルダータックル。

「っ――…きゃふ」
 思わず息が詰まったラクス。反射的に、

「わわわっ…ご、ごめんなさいですぅ?」
 と逆に謝り返すのである。動揺のためか翼が声と比例して弱々しくたたまれる。控えめな性格を如何なく発揮。
 そして目の前には、両手を床に落としてふるふると両肩を震わせる妙齢の女性。

(あわわ、お、怒らせてしまいました?)
 ごくりと喉を鳴らして目の前でうな垂れている相手を眺め、相手のリアクションにちょとした恐怖を覚える。
 
 ふっと、女の顔が上がると、ギラリとラクスに向けられた炎の視線。凄く怖い、殺気立っているし。
次の瞬間、女は再び踵を返し、揉み合う人込みの中へと怒涛の如く突入していった。
 呆然と見送るラクスである。
 と言うか、既に先ほどの心意気は挫かれた。

(す、凄い…。あうぁ、やっぱりラクス、人ごみは――うぅ)
 挫折感。しゅんと萎縮した様子で目を伏せるラクス。
 
 何と言う場所であろう。会う人それぞれに、妙な殺気があり、熱気と活気に溢れているはずなのに、ある種殺伐とした剣呑な雰囲気に満ちている。ラクスにしてみればそれはそれは異様なフロアであった。
 もっとも此処にはラクスの苦手とする男性の姿が皆無に等しく、それについては大きな救いでもある。
 
 いわば女の戦場――らしい?
 因みに今まで彼女に付き添っていた凪砂の姿は隣には無い。

「凪砂様〜〜」
 ラクスの翠緑の眼差しが、遥か彼方(少なくともラクスにはそんな距離感があるらしい)で神速の技を揮う凪砂の様子を捉える。

「うふふふっ、このあたしの動きに、適う人が居るとおもってますの?」
 とか、先ほどまでの羞恥の様子は何処へやら状態。
 ラクスが思うにリミッターを超えた羞恥心が爆発し、変な方向に傾き出したのかもしれない。情緒不安定っぽかったし。
 
 ともかく凪砂、ノリノリな様子で、魔狼の力をセール品ゲットの為にフル活用しては、ライバル達をちぎっては投げ、ちぎっては投げ…。様子を眺めやれば、考えるまでも無く自分の加勢など必要なかったか、と複雑な心境のラクスであった。

(あっ…またあの女の人投げられました。うぅ―すみません、凪砂様は普段凄く控えめで良い人なのですけど)
 人狼化の影響もあるのだろうか――ちょっと今の状態は怖い。

「ラクスさん〜あとちょっと待っていてくださいね〜♪もう直ぐ終わりますから〜〜♪」
 わめき声と呻き声、そんな人込みの中心から、随分とはっきり届く凪砂の声は、今日一番の上機嫌で、仄々と、ちょっとだけ邪悪に満ちていた。
 
 それから30分後――多くの戦利品を獲得し、ささやかな戦いを終えた凪砂たち。その後の買い物も滞りなく終え、数多くの荷物を抱えて帰途についたのだった。
 
 一応修行の集大成、成功だったのだろうか?
 微妙な謎と疑問を残し――。
 
***『Wolf & Raven』***

 刻は深夜へと移る。
 新月――。
 
 微々たる明かりすらも、すぅ…と灰色雲に覆われ、其処により深い闇が訪れた。
 
 そしてまるでその闇と同化するように一糸纏わぬ凪砂の姿。獣毛で全身を覆い指先の爪は鋭利な刃のように輝きを放つ。普段は黒き宝石のように澄み切った瞳も、今はゾッとするほど煌きを増し、喩えるならば――魔性。
 
 そんな彼女とは対照的に美しき白羽を、ゆらり…羽ばたかせるがごとく夜に君臨するラクスの姿。此方はもとより神聖なる存在。知的な気品に満ち溢れ、夜という世界には一層の映えを見せていた。喩えるならば――神秘。
 
 其処に、二人と対峙するように今ひとつの影。
 其れは禍々しい気配を纏う。

 闇に浮かぶ今ひとつの影、その容姿も奇怪。形こそは人と同様だが、背中には蝙蝠の翼、額にはねじれた角。身体は黒いゴム状を思わせ、顔には不気味なことに一切のパーツが存在しない。体長もらくらくと二メートルは超えている。
 夜鬼――ナイトゴーント、そんな言葉がラクスの脳裏に浮かび上がる

「この様な場所から『本』の反応、おかしいとは思いましたが――やはり」

「ラクスさん――落ち着いている場合じゃないわよ?」
(でも…それって、つまり、あたしたちが誘われたってこと?)

 三人の対峙する場所――其処は不気味な静寂が支配する河川敷。
 正面にサラサラと波打つ水流。
 戦うには都合が良い場所ではあるが――。

 事の成り行きは――ラクスの『本』探しを手伝い出したことに始まる。
 ラクスの事情を知る凪砂が、性格も手伝って放っておけなかった為。何より凪砂自身がある局面下での、魔狼の不安定な破壊力を制御出来るようになる事を望んでいる。ある局面とは即ち――他者との戦闘のコト。
 当初は否定的だった好戦的な感情も、魔狼との疎通に慣れた今では不思議と強くは無い。寧ろ、この力を使うことによって何かを為したいという想いすらあり。よってこの少なからず危険を伴うラクスへの協力は、凪砂にとっては一石二鳥な戦闘訓練にもなるのである。
 
 そして、今――おあつらえ向きと言っては失礼だが、人ではない、明らかな敵意を持った「魔物」が目の前に現れたのである。

「――っ、申し訳ありません、凪砂様。まさか…いきなりこんな予想外の魔物と出くわしてしまうなんて」
 隣の凪砂の言葉に、ハッと我にかえっては、実にすまなそうに羽を折ったラクス。

「気にしないでラクスさん。これは図らずともあたしが望んでいたことでもありますわっ。だから――貴女は下がって、暫くあたしに任せて下さいません?」
 普段の凪砂ならば絶対に見せない微笑。
 そして言葉であろう…。
 不思議と恐怖が無いのだ。
 何故だろう――正真正銘の「怪物」を相手取るというのに。

 凪砂はゆっくりと両手を握り締め、力を込めて拳の感触を確かめた。
 既に獣化となり6割の力を発揮できる状態。「影」ともう独りの「あたし」の影響も強く感じる。
 敵という存在を前にして、ゾクリと震える背筋…「影」も「あたし」も、そろそろ退屈に飽いたのだろうか。

「えっ?…で、でも凪砂様?」

「勿論、あたし一人で何とかするなど、そこまで自惚れてませんから、最後はラクスさんに任せますわ。でも魔法を完成させるまでには、少し時間が掛かりますでしょう?」

「っ…は、はいっ!確かに――しかし」

「しかしも案山子もありませんっ! ほら、相手が此方へと向かってきましたわ、あたし達のお喋り、黙って聴いている気は無いようですわね…」
 凪砂の言葉通り、魔物は酷く緩慢な動作だが、確実に二人の方へと歩み寄ってきた。

「あっ…」
 凪砂へと向けられていたラクスの瞳が、再び魔物の黒々とした姿を捉え、サッと緊張する。凪砂は既に戦闘モードに突入しているらしく、ラクスを庇うように数歩前へと踏み出し、「敵」から目を離さずに、静かに、慎重に距離を測っていた。

 ものの数秒、
 ラクスは素早く決断した。
 彼女は静寂に瞑想するように眼差しを閉ざし、緩やかに左右の手―指先を動かして行く。
 ポゥ、と闇に浮かぶ、ラクスの瞳と同様の翠緑。

 ―――線と線、点と点
 其れは、文字。
 其れは、術式を編む。
 其れは、人を超えた魔術回路の持ち主が揮う神秘。
 其れは、具現化する魔方陣。
 其れは、立体的であり、かつ強力な封印魔法を象って行き。

 背後の只ならぬ気配に、凪砂の高揚感と緊張も最高潮に達する。
 しかし振り向くような真似はしない。これは経験を超越した魔狼の本能であり。

「っ、それでは――行きますわよっ、フェンリル――っ、はあっ!!」
 自らの内に存在する「影」に紡ぎながら、凪砂は魔物に向かって跳躍する。高く、速く、一筋の黒い光。

 ―――シュ!!
 一足飛びで数メートルの間合いを帳消しにすると、躊躇いの無い五指の一閃。
 狙うは魔物の心臓部。

「――!!」
 が、声なき呻きを上げながら、片腕のみでそれを払い除ける魔物。

「――っく」
 鈍い衝撃、凄い馬鹿力だった。思わず凪砂の表情が歪むほどで。
 やはり、目標が人間ならば苦も無く必殺となる凪砂の一撃も、相手が人ならざる魔物ともなればそう上手くは行かない。ましてや凪砂にとっては初めての実戦。

「――っ」
 続けて揮われた魔物の豪腕を、凪砂は宙に舞い上がりながら悠々と避けた。
 そして避け際、さながら鷹が獲物の上で激しく旋回するように、「魔物」の頭上――身を捻りながら、後頭部に向けて一撃。コンクリートの壁すら易々と破壊する、強力な飛び回し蹴りをお見舞いした。今度は手応えを確信して。

 ―――!!!
 イメージ通り、これは見事に怪物へとクリーンヒットを果たす。
 両膝を折って地面に屈する「魔物」。
 
 夜空でもう一度身を捻り、一回転しその背後、二メートル程の間隔をあけて着地する凪砂。見た目裏切らない野生の獣を連想させる、しなやかな動作でスッと「魔物」に向き直る。

「結構な石頭ですわね――」
 率直な感想は、数秒もせずに魔物が立ち上がったのを眺めてから。
 最もな感想だと自分でも想う。人間ならば、否―羆でさえ軽々と、頭蓋骨を粉砕出来る一撃に、殆ど外傷が見られないのだから。

「kuaa――ッ」
 またまた異常な鳴き声を上げる「魔物」。凪砂を振り返っては、背―蝙蝠の羽をバサバサと羽ばたかせた。

(さしずめ威嚇ってところかしら?)

 河川敷の小石たちが、ジャリジャリと突風に煽られて抗議の声を上げた。

(ラクスさんは――まだ!?)
 油断無く身構えながらも、一瞬の注意を魔術行使行うスフィンクスに向ける。
 それを隙とでも見て取ったのか、それとも単に本能が凪砂への攻撃をとらせたのか…、今度は「魔物」の方から突進してきた。
 
 意外に早い――。
 再び間合いがゼロとなり。

「Kaaa――!」
 薙ぐような無造作きわまる「魔物」の右腕が、凪砂の顔を?(も)ぐような勢いで襲い掛かる。凪砂――もとより油断などしていない。膝を落とし、身を屈めて冷静にその攻撃をやり過ごすと、「魔物」の胸部に右拳を叩き込む。型や形式など無視した単なるストレートよりの素人パンチだが、その速度と破壊力は人間の其れとは桁が違う。案の定―爆発音のような打撃音が響き、「魔物」の体が一瞬宙に浮き上がった。

「これ、もぉ――っ!!」
 すかさず右回し蹴りを追い討ちで放つ凪砂。狙いはわき腹。
 唸る風、一瞬後には地面の雑草も盛大に巻き上げられる。其れはまるで竜巻――威力は計り知れず。

「―――なっ!?」
 しかし二度目の手応えは無かった。
 「魔物」は宙に飛んだのだ。跳んだのではなく――その蝙蝠の羽を使って、今尚その姿は地面に降りず、悠々と凪砂の頭上にある。

「Siaaaa――ッ!!」
 反撃の狼煙とばかりに奇怪な鳴き声。そして「魔物」は予想通りに反撃に移った。

 空中からの執拗に繰り出される、嵐のような攻撃の数々。鉤爪、強靭な脚、しなる尻尾、それらが風を切り裂いては凪砂の頬すれすれを、肩の獣毛を、微かに朱に染めていく。

「くぅ――」
 只でさえリーチ差があるのに、頭上からの矢継ぎ早な攻撃の波に、防戦一方へと追い込まれてしまう凪砂。それでも致命的な一撃を喰らわずに済んでいるのは、並々ならぬ反射神経と、魔狼化した凪砂の卓越した格闘センスのお陰。もっともそろそろ、防ぎきるのに限界が訪れそうであり――、

(焦っては駄目――、あたしは時間を稼げれば。「魔物」の注意を惹きつけていれば――後は、ラクスさんっ!?)

 ラクスは戦いの状況を見てはいなかった。
 瞳を閉じてトランス状態へと突入していたから。
 戦闘の場で目を閉じる。それは恐ろしく覚悟のいることでもある。故に最初は戸惑いを見せた。が、決断も早く、故に裏を返せばそれだけ凪砂のことを信頼していたともいえる。                  
 その力の程を目にするのはこの日の夜が始めてだというのに。
 
 封印の術式――。
 其れは無数に存在し、数限りなく種類が異なる。
 用いるのは――最も古きに分類される、高度な術法。
 ラクスの綴る立体化した魔方陣は、今やエメラルドの輝きを発して、術の行使にあたるラクスの瞳も強く光輝いていた。

(完成しました――)

「凪砂様――っ!!」
 凛とした合図。
 瞳を見開いて標的を目視するラクス、其処に映ったのは今まさに川岸、水辺へと追い詰められている凪砂の姿。そして「魔物」―、

 初戦――其処で初めて経験する疲労感が容赦なく凪砂の精神力をすり減らしていく。実際体力にはまだ十分な余裕があったが、それでも凪砂は、追い詰められたという限界を感じ始めていた。
 あと、数歩下がれば川――、足場が極度悪くなる――不利、というよりも、
 一瞬の隙で致命傷を受ける予感。

(くっ――あたしの力って、こんなものなの?魔狼の力って――)
 歯噛みする思い。6割の力でも――あたしの戦い方がもっと上手ければ十分に通用する筈なのに…と。「魔物」の攻撃は容赦なく凪砂を襲い、ついに水辺、後一歩まで追い詰めた。

「Kuaaa――」
 勝利でも確信したのか、はたまた凪砂の胸のうちを嘲笑ったつもりか。と、同時に遠くからラクスの叫び声。――これは、合図?

 そして、「魔物」の意識が一瞬だけ目の前の凪砂から逸れた。

(――っ、チャンスっ!)
 自分に振り下ろそうとされていた鋭い爪、動きコンマ数秒の遅れを見せれば、凪砂はもう一度自身を叱咤しつつ、起死回生の身体ごとぶつかるような肘打ちを繰り出した。

「まっ、まだ――まだ終わりではありませんっ!!」
 気力を振り絞った声。

 ―――ズドォンッ!!
 と、痛烈な、クリティカルヒット。
 
 重々しい響きと同時に、「魔物」が意味不明な、多分絶叫なのだろう鳴き声をあげた。
 カウンター気味に思いもよらぬ反撃を受けて、10メートル近く吹き飛ばされる。

 其処へ――、

「――っ、古の叡智より生まれし夜の魔よ、汝を、知識の番人たる者、ラクス=コスミオンの名において――封印、致しますっ!!」
 言葉短い、宣言にも似た詠唱。
 一条――美しく立体に編まれ、描かれた術式が放たれる。
 眩い閃光。
 迸る神秘の輝き。

 それらは「魔物」を捉えた瞬間、奔流となって周囲をも巻き込む。
 思わず我が目を覆う凪砂。

 闇になれた瞳ではあまりに眩しすぎるそれは、数分間も夜の河川敷に煌々と光をともしていたのだった。

***

 そして、戦い終わり。
 ぐったりと疲れ、地面に腰を下ろしてしまった凪砂。

「はぁ…始めての実戦、これが戦いなんですね――ラクスさんサポートのお陰で、何とか無事に切り抜けられたけど」
 肉体的よりも精神的な疲労感、けっして軽く考えていた訳ではないが、想像していた以上にキツイ。

「そ、そんな――ラクスこそ、凪砂様のお陰で助かりましたし」
 相手の魔物が想った以上に強力だった為、より確実な魔法式を用いることになったラクス。無論、術の編み上げに成功したのは凪砂が時間を稼いでくれたお陰。

「はぁ…それで、この本が?」
 溜息吐きながら、自らが手に握る一冊の本を見下ろして。
 今夜の戦利品である。

「ええ、さっきの魔物はこの本に憑いていた、というか憑かされていたらしいです」

「憑かされていたって?」
 怪訝そうに訊き返す凪砂、しかし視線はタイトルすら無い黒っぽい本、その表紙へと向けられ。

「ええと、その…申し訳ありません、ラクスも詳しいことは分からないです。ただ本から感じとれる魔力だと、誰かが意図的に、この本自体を「魔物」にして、ラクスたちを襲わせたと言いますか――」
 そんな風に感じる…と、最後は聞き取れない程の小声で紡ぐ。

「真に説明し難い感じなのですけど――」
 と、またまた付け加えるラクス。

「……………」
 凪砂にラクスと、二人ともちょっと考え込んでしまう。

「まさか、ただの偶然でしょう?」

「――だと、良いのですけどね」
 不吉な予感を覚えつつも、凪砂は顔を上げて頭上の夜空、星々に眼差しを向けた。
 釣られるようにラクスも星空を眺める。
 凪砂としては、とにかく、今は激しい疲労感で難しいことは考えられそうもない。

「ん〜、とりあえず今夜は帰って休みましょう。あたしも色々と疲れましたし、結果として一応の収穫があったのですから」
 よっと、雑草から腰を起こして、ぐぅーと伸びをする凪砂。
 そんな彼女の仕草を眺めると、ラクスも自然と表情が微笑み。

 数分後、河川敷には元通りの静寂が戻っていて。
 ――其処に、確かに訪れたはずの戦い、名残は無く――

***END***
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
皐月時雨 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年10月01日

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