▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『夜が明けるまでは 』
オズ・セオアド・コール1285)&エンテル・カンタータ(1284)
-----------------------------------
「殺せ、殺せ!!」
剣戟ばかりが山に響く中、雪はなおもしんしんと降り続けている。雪のせいで視界は悪く、足元も覚束ない。火照った体に雪が触れては、すぐに溶けていった。
「エンテル、無事か!?」
「どうにか……!」
相棒のその返事にほっとして、オズは脇から襲い掛かってきた円月刀を払いのける。一時間ほどの間に、何人の盗賊たちを切り結んだだろうか。多くの被害を出しながら、盗賊たちは諦めずに二人を追い掛け回している。
(多勢に無勢……それも当然か)
二桁に上る盗賊たちに対して、こちらは二人。しかも一人は女性ときている。盗賊たちに勢いがつくのも無理はなかった。
(やはり、手間がかかっても用心するべきだった)
くそっ、と盗賊の一人を切りつける時に思わず吐き捨てる。吐き出す息と、無音で積もる雪ばかりが白い。
最近蛮行を働いている盗賊団のアジトを探してくれ、と言われたのが、そもそもの始まりだった。街で盗賊団の一員に目星をつけて、慎重に足取りを探れば、やがてはアジトにたどり着く。だが、毎日のように怪我人や窃盗の被害が続出する中、悠長なことを言ってもいられなかった。
手っ取り早い方法として、オズとエンテルは盗賊団の一人に接触し、アジトまで案内してもらう手筈をつけたのだが……。
(先を急いだ結果がこれか……!)
騎士の忠誠の証を、見られてしまったのだ。どんな言い訳だって通用するはずもなかった。正体を知った盗賊たちは、次々に武器を手にして、オズとエンテルを殺そうと殺到してくる。
(せめてエンテルだけでも……)
先に逃げてくれたら、こちらも気兼ねせずに行動出来る。相棒の腕前はよく承知しているオズだったが、彼女と行動を共にする以上、行動に制限がつくことは否めない。無論、エンテルも同じような気分を感じているのであろうが。
「オズッ!!」
濁流のように脳裏を駆け抜けていた思考に、エンテルの声が割って入ってオズは我に返る。同時に、強い力で突き飛ばされていた。
突き飛ばしたのは……エンテルだ。オズが今までいた位置に、エンテルの体が倒れこむ。そして、その頭上で光るのは……
「エンテル!!!!」
深くなった緑とその隙間から覗く暗灰色の空に、白く刀の切っ先がきらめいた。
白い世界に、血飛沫が弧を描いて飛ぶ。そこだけ、色鮮やかに生命の息吹を感じさせて、ボタボタと鮮血が雪の上に落ちた。
「貴様!」
蹲ったエンテルに止めをさそうとした蛮族の第二撃を剣の一閃で打ち払って、オズはエンテルの腕を引っつかんだ。
無理やりエンテルを抱き起こすなり、少女の身体を抱えて森の中を駆け出す。
勝利を確信した盗賊たちが上げる血に酔った歓声が、背中から追いかけてくる。怪我のせいで足取りのしっかりしないエンテルを励ましながら、オズは必死で森を駆けた。
背中に追い縋る剣を跳ね除け、追いついてきた盗賊を切り結ぶうちに、大量だった盗賊たちの気配も段々遠のいた。彼らを追いかけてくる足音は……
(一人……)
一人なら、エンテルを守りながらでも戦える。そう判断したオズは、掴んでいたエンテルの腕を離し、剣を構えて追い縋る敵に向き直った。
「もう逃げないのか、お坊ちゃんよぉ」
薄汚れた服に悪臭を纏わせた盗賊は、オズが立ち止まったのを見て卑しげに笑った。手にした刀は手入れが行き届かずに錆付いて、血が滴っている。
エンテルを傷つけた刀だ。
冬だというのに、ふつふつと体中が熱くなって血が滾る。
「こ、怖い顔したって無駄だぜ。今に仲間も追ってくる」
オズの迫力に一瞬怯んだ盗賊は、すぐに相手が傷ついた少女と、まだ20に満たない若者だという事実に思い至って、虚勢を張った。構えるでもなく、飛び掛ってくる。
正確に横に薙いだオズの剣は、過たず無防備になった盗賊の身体を捕らえた。

「エンテル。エンテル、しっかりしろ!」
オズに剣を叩き折られた盗賊は、命乞いをしながらぺらぺらとアジトの場所を喋った。今彼は、両手両足を縛られて、雪の積もりかけた草むらに転がされている。足首を結ぶロープは、わざと緩めに結んであった。逃げようと思えば、凍死する前に足の紐を解いて逃げられるだろう。
「大丈夫……。でも、アジトの場所は聞き出せたから……無駄足じゃなかった……ね」
「バカ、そんなことを言っている場合か」
ざっと見ただけでも、エンテルの傷が深いのは分かる。彼女を叱り付けて、オズは刀傷を受けたエンテルに止血を施した。
「歩けるか?ここに居たら危険だ。移動しないと」
山には、エンテルが残した血の跡が、雪に隠れながらも点々と残っている。盗賊たちが血の跡を追いかけてきたら、簡単に追いつかれてしまうのだ。彼らから完全に逃げるためには、止血を施した今の状態で、更に山の中に分け入るしかない。
「大丈夫」
状況を承知しているエンテルはオズに微笑んで自力で立ち上がったが、無理をしていることは真っ青になった顔からも明らかだった。
「手を貸す。掴まれ」
肩を貸して、殆ど抱きかかえるように、オズは山道を歩き出した。
雪はまったく止む気配がない。むしろ激しくなってきたようだ。ざく、ざくと踏みつける雪は、ブーツの底に張り付いて重く湿る。
木々の先に、雪が凌げる洞窟を見つけた時には、オズもエンテルも疲れ果てて、会話も絶えて久しかった。
洞窟の入り口が、葉の茂った木々に覆われていることを確認して、オズはかき集めた小枝の山に火をつけた。雪で湿った枝はなかなか点火しない。何度目かの挑戦でようやく細い火がついて、やがてパチパチと暖をとれるだけの火になった。生じた煙は、生い茂る葉に分散されて、敵に発見される心配もないだろう。
一息つく間もなく、オズは洞窟の壁に凭れて丸くなったエンテルの側に寄った。
「エンテル」
伏せていた瞼がぞっとするほど青くて、オズは唇を噛む。自分の不手際だ。
「火に当たれ。寒いか?」
「……うん」
緩慢に頷くが、エンテルは動こうとしない。その体が小刻みに震えているので、オズは慌てて彼女を後ろから抱きこんだ。
(血が足りないんだ)
エンテルの身体は冷たい。雪の中を歩いてきた寒さだけではなく、血を失ったことで、内側から体温が逃げていっているのだ。
糸がふつりと途切れるように、必死でエンテルがこじ開けている目は閉じようとする。その度に後ろから彼女を揺り起こして、オズは必死で声を掛けた。
「外は……雪降ってる?」
夢うつつの声でエンテルが呟き、ああ、とオズは頷いて見せた。頬にエンテルの髪が触れたので、彼女は見なくてもオズの仕草を理解するだろう。
「すごい降ってる。酷くなる前に洞窟が見つかって幸いだったな。雪が横殴りで、向こうの木が見えない」
エンテルの耳元で、敢えて平静を装った声で囁く。かくんとエンテルの顎が落ちるたびに、無理やりに彼女を揺り起こして、話を聞かせた。
「今……まだ夜?」
「夜だ。明日になれば、雪も止むだろう。そうしたら、山を降りよう」
雪が止む保障などどこにもありはしなかったが、敢えて元気な声を出して、オズはエンテルを励ます。
夜の帳は静かに落ちて、所々太陽のせいで明るかった空も、とうとう真っ暗に染まった。降り続ける雪だけが、闇の中でぼんやりと白く光って見える。腕の中で、エンテルはずっと震え続けている。
夜明けが待ち遠しかった。
「ずっと北に行くと、夜の来ない場所があるんだそうだ」
思いつくままに、オズはぽつぽつと語った。元々あまり口が巧い方ではないが、今日の自分はかなり饒舌だ。
「白夜と呼ばれている。夜になっても、空が明るいんだ」
そんなことを思い出したのは、じりじりと夜明けを焦がれるオズの心境の表れだったのかもしれない。
夜のない日があれば、一日中だってエンテルを担いで、山道を下ってみせるのに。
「オズ」
「側に居る」
いつもは腹が立つくらい元気な恋人の声が心もとなくて、オズは彼女を強く抱きしめた。
「夜が明けるまでだ。ずっと側に居る。だから、寝るな」
うん、と小さな声でエンテルは頷く。その声音すらも、恐ろしげに唸る風の音に掻き消されがちだ。
「腹減ったな」
「……うん」
「帰ったら、熱いスープでも飲もう」
「…………ん」
「今ならお前の作ったスープでもおかわりする自信がある」
オズの腕の中で、エンテルは肩を小さく震わせてひどいなぁ、オズは、と言って笑う。怒って文句を言わないエンテルを腕の中に抱きしめながら、嘘じゃないぞ、と怒ったような口調で言った。
エンテルが元気に動き回っていてくれるなら、そんな些細なことだけじゃない。なんだって出来る。
「寝るなよ」
「うん」
「もうちょっとだからな」
途切れがちになるエンテルの返事を無理に引きずり出しながら、じりじりとオズは夜明けを待った。


「いたぞ、こっちだ!二人とも無事だぞ!」
洞窟の向こう、白銀の世界へと姿を変えた森に、ちらちらと動くものが見える。
人だ、と麻痺した感覚がようやく認知した。フードを被った人が、こちらを指差して叫んでいる。
「早く来い。担架だ、担架。女の子のほうが怪我ァしてるぞ」
ざくざくと雪を踏み分けて、村人たちが洞窟にやってきた。
冷え切ったオズとエンテルの身体を持ってきた毛布で包んで、ああ無事で良かったよ、心配したよと口々に言い合った。
「怪我して縛られたやつを雪山で見つけたんだ。とっ捕まえて聞いてみたら、あんた、怪我したって言うじゃないか。心配したんだ」
「やつらのアジトは……」
「ああ、ああ。後で聞くから。とにかく今は村へ帰るのが先決だ。真っ青じゃないか」
オズの肩を力強く叩くと、村人は担架を持ってきた他のものの手助けをしに、ざくざくとまた歩いていってしまう。
「オズ」
腕の中で、消え入りそうな声が聞こえた。
「エンテル。もう大丈夫だ。皆が迎えに来てくれた」
雪よりも白くなった顔にうっすらと微笑を浮かべて、エンテルは顎を引いて頷いた。
「……ありがと」
「……ああ」
ありがとう、とオズも心の中で繰り返した。
感謝しても、し足りない。
「……無事で、良かった」
震えた声は寒さのせいにして、オズは強くエンテルを抱きしめた。



-「夜が明けるまでは」-

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
在原飛鳥 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2003年09月30日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.