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『■ガラスの壁■ 』
クリストフ・ミュンツァー0234
 手に入れたこの機械の体が、戦いにより傷ついた制服が、安堵をもたらすだろうか?
 戦いは、人々に平和と笑顔をもたらすか?
 少なくとも、この一時においては、それが叶ったと思う。
 クリストフ・フォン・ミュンツァーは、ベッドに潜り込んで眠る幼い少年や少女達を見つめながら、そう感じていた。

 沈黙を続けるイギリスの調査の為、調査隊がエディンバラに降り立って数ヶ月が経過していた。ミュンツァー達調査隊は、エディンバラからグラスゴー等イギリス国内を転戦し、ヨークへとたどり着いていた。
 ヨークには、円卓システムの要である自動生産プラントがある。この自動生産プラントにより生産されたシンクタンクが、ミュンツァー達を、英国国民を苦しめ続けてきた。
 ヨークの戦いは熾烈を極め、今やミュンツァーの率いる騎士は一五名を切っている。
 バラバラになった騎士達に残る唯一の体は、脳と脊髄のみ‥‥。
 ミュンツァーは、本国へと送り返される彼らの“遺体”に、最後の挨拶をしていた。
(貴公等の死を嘆いている暇は、私には無い。むしろ、今後の戦いを考えると、何故生きていてくれなかったのか、とさえ思う)
 ヨークを奪還したとはいえ、彼らの動きが止まった訳ではない。ミュンツァー達はこれから、ロンドンに向かわなければならないかもしれないのだ。
 ミュンツァーは無言で身をかえすと、彼らに背を向けた。
「‥‥ヨークで確保されたシンクタンクは、何体居た?」
 ミュンツァーの声に、今まで遺体の搬送作業をしていたアイアンメイデン達が顔を上げた。

 本国からアイアンメイデンと医療品が増援として送られた事により、そのうちの僅かをヨーク市民に振りまく事が出来るようになっていた。本国は現在UMEと停戦交渉中であり、それにもしヨークの生産プラントが勝つよう出来れば‥‥そしてシンクタンクが戦いに役立つ事が出来れば、連邦が不利に陥る事もないだろう。
 本国への報告書をまとめる合間、ミュンツァーはヨークの町に出ていた。
 こんなに暖かい日差しが降り注ぐ昼間だというのに、人はまばらだ。アイアンメイデンやエンジェル達によって食料の配給や市民への医療行為が行われている場所に、僅かながら人が居る程度だ。
 彼らもいずれ、エディンバラから連邦本国へと送られるだろう。
 古き町並み、ヨークはあちこちシンクタンクの砲撃により傷ついていた。ヨーク・ミンスターの美しい外壁やステンドグラスさえ、破壊されている。
 彼らシンクタンクには、こういった美観というものは存在しないから。
 ミュンツァーは大扉を開いて、ヨーク・ミンスターに足を踏み入れた。堂内に足音が響く。どこからか風が吹き込むのか、ミュンツァーの制服がそよぐ。
 ふ、と微笑を浮かべて正面を見た。
 スクリーンの国王像は、少しも傷ついていなかった。
 その時、背後で何かが落ちる物音がした。柔らかいものだ。かすかな物音だったが、ミュンツァーの耳は聞き逃さない。
「だれだ!」
 素早く振り返り、腰の剣を抜く。
 鋭い目を入り口に向けると、小さな影がそこに映っていた。小さな影が二つ‥‥。一つは、地面に落ちたものを拾おうとしており、もう一つは、その小さな影の手をしっかり握っている。
 凍り付いたように硬直する、小さな侵入者達。
「‥‥なんだ‥‥子供か」
 剣を収めようとしたミュンツァーの耳に、再び違う音が聞こえてきた。今度は‥‥機械の機動音だ。
 ミュンツァーは高速で駆け抜け、二つの小さな影の上を飛び越えた。地面に着地すると同時に、目標を確認する。
 機動音は一体だった。
 この位置で撃たれると、後ろの子供達を巻き込んでしまう。ミュンツァーはすぐに、彼らから離れるように駆けだした。
 ミンスターの向こうの木の陰に、銀色の機体が隠れている。機体から覗く銃口は、ミュンツァーを追って移動する。
(ここなら‥‥)
 ミュンツァーは前進を止め、シンクタンクの機体の懐に飛び込んだ。高速移動により、一瞬で銃口間近にまで詰める。銃口の奥が別の音が聞こえたのを聞き逃さず、頭をやや右に移した。
 金色の髪が数本、飛び出した弾丸に焼かれて空に飛んだ。
 鋭く剣を、シンクタンクに突きつける。いかに堅く強力な機械であろうと、射撃しか出来ないシンクタンクは懐に飛び込まれれば、ただの鉄の固まりだ。
 機動音が止んだのを確認すると、ミュンツァーはミンスターを振り返った。
「‥‥もう大丈夫だよ。出ておいで」
 ミュンツァーの言葉を受けても、小さな影は入り口からこちらをのぞき込んだまま、出てこなかった。余程怖い思いをしていたのだろう。ミュンツァーは、そちらに歩き出した。
 びく、と震える影。一人は兄だろうか。しっかりと妹の手を握っている。妹は、こちらをじいっと見ていたが、落ちたままのクマのぬいぐるみを取ろうと身をかがめた。
 兄は、妹の手を引っ張って、中に入れようとしている。
 なんだろう‥‥よそ者だからか?
 やや考えて、ミュンツァーはようやく答えに至った。
「‥‥ACTTじゃないよ。‥‥頭の中には、ちゃんと脳がある。だから怖がらなくていい」
 じいっと、少女はミュンツァーを見る。兄は、きっとミュンツァーを睨み付けていた。ぬいぐるみを拾い少女に差し出すと、少女はそうっと手に取った。
「ありがとう」
「ダメだ、あいつ敵だぞ」
 兄が妹に言う。‥‥敵か。ミュンツァーは、苦笑した。
「僕は、ヨーロッパから来た騎士だ。君たちを助けに来たんだ」
 騎士、とミュンツァーが再度言うと、兄はミュンツァーの腰に下がった剣を見た。ミュンツァーは銃や手榴弾のようなものは、何も持って居ない。戦う武器は、剣のみ。
 まだ警戒している兄とは違い、少女は嬉しそうに手を引いた。
「ねえ騎士様、お兄ちゃんとあたしにお話して。ヨーロッパの騎士様と王様の話しよ」
 ヨーロッパに王様は居ないんだけど‥‥。
 ミュンツァーは本部の方をちらりと振り返る。しかし、小さな少女の目元に黒いくまが出来ているのを見て、薄く微笑を浮かべた。
「わかった‥‥少しだけだよ」

 いつの間にか、この少女の家には何人もの子供達が集まっていた。この兄妹の親は、もう母親しか居ない。父親は、シンクタンクに殺されてしまったという。
「‥‥シンクタンクに怯えて、怖がって眠らないの」
 母親は言った。夜な夜な徘徊するシンクタンクの音‥‥。それがいつ自分達に向けられるかと思うと、怖くて眠れるはずがない。
 兄はそんな妹の気を紛らせる為に、ミンスターに来たという。
「ねえ騎士様、お話しして」
 妹は、右手にしっかりぬいぐるみを抱いたまま、ミュンツァーの制服を引っ張った。きらきらとした子供達の目。十七年、戦いを続けてきたミュンツァーは子供の世話などした事が無い。幼い頃から、騎士の活動に従事してきたからだ。
「‥‥」
 まだ十五歳だったミュンツァーは、サイバーコマンド部隊の兵士としてオールサイバー化された最年少兵士の一人であった。
 いかに機械化されたとはいえ、中身はまだ少年だ。
 機械化された少年は、戦地にかり出された。
 戦争をし、人々を殺し、勝利をもたらす為の駒の一つ。その主な攻撃対象は、強力なマスタースレイブである。巨体に向けて銃を放ち、近接兵器で斬りつけ、機械していく。
 仲間は次々に飛び込んでいくが、ミュンツァーにはそれが出来なかった。サイバーコマンド部隊が配置されるのは、劣勢の戦地が殆どだ。圧倒的な数のMSや兵士を相手にして、十五歳の少年が平然と冷静に戦えるものではない。
 ミュンツァーは、高周波ブレードを機動する事も出来ず、建物の壁に背を預けたまま、飛び出す機会をうかがっていた。
 雨のよう降り注ぐ銃撃の合間に、機動力を生かして飛び込み、素早く敵の位置を確認。味方兵士の援護の為、まず指揮MSを破壊。
 手順は分かっている。
 張りつめた緊張の中、ミュンツァーの相方は飛び出した。ミュンツァーの中に張りつめていた緊張の糸はそれでぷっつりと切れ、反射的に弾雨の中に飛び込んでいた。
 恐怖も緊張も押さえ、自分たちは戦ってきた。国の為に‥‥。
 しかし、審判の日は何もかも奪った。
 ‥‥何も無くなった。
 何も‥‥?
 ミュンツァーは子供達を見た。子供達は皆、眠っていた。抱き合うようにして眠る兄と妹の頭を、そっと撫でる。
 そして‥‥少年は騎士になった。
 残された子供達を、人々を守る為に。
 血で濡れたこの体を、今度は人々を守る為に‥‥この安らかな寝顔を守るために、使う。騎士<ナイト>として。

(担当:立川司郎)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
立川司郎 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2003年09月29日

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