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『■天女の湯■ 』
秋月・霞波0696)&獅王・一葉(0115)&高橋・理都(0366)
『あのね、温泉ツアーの取材を頼まれたんだけど‥‥一緒にどうかなぁ?』
 という、秋月霞波からの電話を彼女達が受けたのは、1週間前の事だった。
 例によって、ジャーナリストの友人からの頼まれ事だったのだが、前回高橋理都と行った温泉旅行はとても楽しかったので、霞波は今回、取材旅行ながらちょっぴり期待していた。
「だからね、一葉さんも一緒に行かないかと思って」
『温泉かぁ‥‥ええよ、行っても』
「ほんとですか? わあ、それじゃ三人で行こうよ」
 嬉しそうな声ではしゃぐ霞波に、電話の向こうから獅王一葉の苦笑が聞こえてきた。一葉は、神戸出身の大学生だ。背はすらりと高く、さっぱりショートにカットした髪にボーイッシュな顔立ちで、よく男の子に間違えられる。
「女3人で温泉旅行かぁ‥‥楽しそうやん」
「そうでしょ?」
 受話器を握ったまま、霞波は頷いた。
 かくして、霞波、理都、そして一葉の温泉旅行がはじまった。

 三人の乗ったバスは、上信越自動車道碓氷軽井沢を降りて、さらに北に山間部をごとごとと走っていた。今年は冷夏で夏があっという間に去ってしまったので、北関東の山間部はもうすっかり風が冷たくなっている。
「草津温泉って、湯ノ花とか温泉饅頭で有名な所やね」
「ふふっ、一葉さん、温泉よ温泉」
 食べる事優先ですか? と笑いながら霞波が言った。もっとも、霞波や理都とて食べる事は楽しみの一つなのだが。
 ツアーパンフレットを見ながら、霞波はもう着いた後の事で頭が一杯だった。横に座っている理都は、霞波の話しを聞きながらパンフを一緒に見ている。一葉は、二人の様子を黙って眺めていた。
「まず今日は、温泉資料館に行って‥‥宿にチェックインして温泉巡りをしようよ。湯畑が見たいなぁ」
「湯畑は、夜に行くといいです。夜はライトアップされて、とっても綺麗なんですよ」
「え? 理都さん来た事あるの?」
「いいえ、ホームページとかで知った程度です。でも、観光地の事は大抵知っています」
 さっすが、スチュワーデスさんね。と霞波が言うと、理都はちょっと照れくさそうに笑った。
 三人がきゃいきゃいと話している間に、バスは草津に到着した。
 霞波が最初に来ようと言った温泉資料館は、バスターミナル三階にある。昔の草津温泉の事や、温泉の資料が展示してあるので、ここに来れば草津の事がよく分かる。
 物珍しそうに一つ一つ見て回る霞波と、資料をじっと真剣な顔で読んでいる理都の後ろで、一葉が興味津々で声を上げたのは、江戸時代の入浴シーンを再現した人形が置かれている場所だった。
「よう出来てんな、この褌‥‥資料館の人が付けたんかなぁ」
 一葉は立ち止まって、マネキンを見上げた。霞波は、慌てたように一葉の服を引っ張る。
「ちょっと、一葉さん。そんなジロジロ見ないの」
「別にじろじろ見てへんよ。なんなの、霞波ちゃん。たかが人形やんか、男の裸見たこと無い訳やなし」
 にやりと笑い、一葉が霞波を突く。霞波は顔を真っ赤にして、くるりと一葉に背を向けた。
 別に一葉は人形に興味があったのではないが、こういう霞波の反応を予想して、からかいたくて言ったのだった。そして予想通りの反応を霞波が起こしたという訳だ。
「もうっ、一葉さんは置いていくからね!」
 一葉に大声で怒鳴ると、霞波はすたすた先に歩いていった。理都は微笑を浮かべて一葉へちらりと視線を向ける。
「一葉さん、あんまりからかわないでくださいね」
「分かっとるって。‥‥あ、霞波ちゃん置いていかんといて!」
 一葉と理都は、一人でどんどん歩いていく霞波を追いかけて、駆けだした。

 三人が宿泊する宿は、湯畑にも近い温泉旅館だった。江戸時代から続く古い宿で、建物も古く風情がある。理都が障子を開けると、窓の外には日が暮れかけた草津の町並みが広がっていた。
「霞波ちゃん、何時の間に買ってきてん」
 一葉の声を聞いて理都が振り返ると、テーブルの上に霞波が温泉まんじゅうを出していた。まだ明日もあるやん、と言いつつも、一葉は一つ手に取る。
「だって、ここでみんなで食べたいじゃない。‥‥うちで一人で食べるのも、つまんないもん」
 少し顔を赤くして、霞波は笑った。元々温泉と食べる事が楽しみで来たのだから、こうして皆で話しながら食べるとやっぱり特別美味しく感じる。
 霞波は二つ目に手を伸ばしながら、パンフレットを広げている理都の手元に目を向けた。
「何か面白いもの、ある?」
「ええ‥‥そうですね」
 理都は、何か気になる事でもあるのか、熱心にパンフレットを見ている。
「‥‥お土産物のお店に居た時に聞いたんですけど‥‥ちょっと変わった温泉があるそうなんです」
「変わった温泉‥‥どんなん?」
 一葉が聞く。霞波は興味津々で理都の話を待っている。ちらりと霞波を見て、一葉が笑った。
「何なん、霞波ちゃん。オヤツ待っとる子犬みたいな顔しとるで」
「ええっ、何ですかそれ〜っ」
 眉を寄せて、霞波が抗議する。
「私はただ‥‥この間理都さんと行った温泉みたいな所とか、変わったお酒が出るとか、そういうのがいいなぁ、と思って‥‥」
「酒か‥‥そりゃええなぁ。桜湯で酒が出ると、なおええんややけど」
「一葉さん、お風呂でお酒はあんまり良くありませんよ」
 静かな口調で、理都が一葉を諫める。一葉は肩をすくめると、苦笑した。
 理都はパンフレットの中から、共同浴場をピックアップしていった。
「どうやら、その温泉は共同浴場の一つらしいんです。共同浴場は無料で入れる温泉なんですよ。その他にも、フリーパスのようなものを持って内湯めぐりをしたり出来る温泉もあります」
「どっちも行きたいなぁ」
「フリーパスで入れるのは、温泉宿の中にある内風呂なんです。パスを買えば、その温泉の宿泊者以外の人でも入れるようになるものなんです。午前中はこっちを回ってお昼をとって、それから草津の中をあちこち回りながら、その温泉を探してみましょう。夕方、宿に戻る前にその温泉に行ってみるっていうのはどう?」
 あっちの温泉も、こっちの温泉も入りたいと欲張りな事を言い合いながら、なんとか三人は明日のスケジュールを組み終わった。明後日には、もう東京に帰らなければならない。ゆっくり取れる時間は、明日しか無い。
「‥‥変わった温泉‥‥行きたいね」
 きらきらした目で、霞波は二人を見つめた。

 治せぬのは恋の病だけ、と謡われる草津温泉の効能は、幅広い。また、無料で使用出来る共同浴場の数も多く、草津と温泉は切っても切れぬ深いつながりがある。
 霞波達が午前中に回った温泉は、いくつもの温泉宿の集まりで、そのうちの何れかに宿泊した客であれば、加盟しているどこの宿の内湯でも入れるようになる。
 ヒノキの香り漂う湯船に体を浸し、一葉が大きく息を吐いた。
「ああ、ええ気持ち‥‥」
「本当ですね」
 理都も、微笑を浮かべて同意する。
 温泉には、先客が三名程居た。いずれも、草津在住のおばさん達らしい。彼女達は、元気のいい声を発しながら、霞波達に話しかけて来た。
「東京から来たの。‥‥バスで? 大変ねぇ」
「若いのねぇ、いいわぁ‥‥私達もこんな時あったんだけど」
「湯畑は見てきた? ああ、そうなの」
 こちらが何も話さないうちに、どんどんおばちゃん達の話しは進んでいく。このままでは、あちらのペースに巻き込まれてしまう。
 オロオロしながら、霞波が一葉に助けを求めた。一葉は相手のタイミングを見計らい、口を開いた。
「なあオバチャン、うちら珍しい温泉があるっちゅうて聞いたんやけど、知らんかなぁ?」
「珍しい温泉?」
 オバチャンはぴたりと会話を中断し、一葉に聞き返した。
 それぞれ相手に確認をとりながら、一葉とおばちゃん達は温泉の話しをし始める。
「どんな温泉?」
「よう分からんのやけど‥‥共同浴場の一つやて聞いた」
「共同浴場‥‥じゃあ、あれじゃない?」
 オバチャンが教えてくれたのは、天女の湯と呼ばれる温泉だった。地元の人しか知らない温泉で、少し本道から外れた所にあるという。
「宿で聞いてみたらどう? 知っているんじゃないかしら」
「そうですか‥‥分かりました、そうしてみます」
 理都が丁寧に礼を言うと、おばさん達は騒がしく話しをしながら、温泉を出ていった。
 再び温泉に静寂が戻る。温泉の手がかりがつかめた事で、霞波に少し安心感が芽生えていた。今日入れなくとも、宿で聞けば明日早朝入れるかもしれない。
 こうして、幾つもの温泉巡りをしながら美味しいものを食べられるなんて、こんな至福の時がそうそう訪れるものだろうか。
 霞波はヒノキの湯船に背をもたれながら、満面の笑みを浮かべた。そんな霞波を、一葉がじいっと見ている。
 霞波は肩まで湯に浸かりながら、じろりと見返す。
「何ですか?」
「霞波ちゃん‥‥あんまり食うてばっかりやと、太るよ」
 と、一葉は霞波のおなかに手を伸ばした。
 ぷに。
「ほら」
「こ、これはお腹の皮膚です。必要最小限の肉です!」
 激しく抗議する、霞波。
 理都は冷静に霞波に答える。
「お昼は、山菜釜飯を食べに行くんですよ。大丈夫?」
「あ、理都さんまで! ‥‥いいもん、帰ったらダイエットするから。‥‥だって、この後釜飯食べて、三時のおやつに甘味屋さんに行くの。あ、夜食とおみやげ用におせんべいを買っていかなきゃ」
 ちなみに釜飯と甘味屋の間は出来るだけ徒歩で草津を回り、腹ごなしをするつもりである事を、付け加えておく。
「甘味屋さんは余計なんやないの?」
 そう、一葉の言う通り、その甘味屋を避けさえすれば、かなりカロリー摂取を押さえられる。というか、甘味屋が今回の旅の鍵になるといってもいい!
「ダメ!」
「そうね、私も楽しみですし」
「‥‥ええっ、理都ちゃんもかいな」
 とたんに2対1になってしまった、一葉。一葉は湯面を叩いて抗議した。
「甘味屋なんて、行かんでええやん」
「私、そこのコーヒーを楽しみにしているんです」
 一葉とて、甘いモノが嫌いだというわけではあるまいに。何故ここまで頑固に反対するのか、ちょっと理都と霞波は興味が出てきた。霞波は、仕返しとばかりに一葉ににじり寄った。
「一葉さん‥‥何か言いたい事は無いですかぁ?」
「え? べ、別に無いよ」
 一葉はびくっ、と肩をすくませて体を引いた。笑顔が、硬直している。ますます、アヤシイ。理都はにっこり笑って、一葉に言った。
「それじゃあ、今後の計画はそれでいいですね。もう食べたいものは無いという事でよろしい?」
「そうね、私は無いけど。明日のお昼は、道の駅で食べるんだし」
 二人の話がまとまってしまうと、一葉は急に顔色を変えた。やっぱり、何か言いたい事があるらしい。
「じゃあ、もう上がって次にいこうよ」
 霞波が立ち上がると、一葉が呻くような声をあげた。くるりと振り返り、霞波と理都が一葉を見つめる。
 いつもの冷静な理都の笑顔が、いっそう怖い‥‥。
「何か?」
「‥‥。うまいソバ屋があんねん」
 ソバ? 三時に?
 二人は同時に声を上げていた。

 結局理都と霞波が賛成したので、多数決で甘味屋を訪れた三人。
 理都はコーヒーを堪能しながら、霞波と一葉はお餅にパクつきながら、話しはじめた。
「天女の湯なんて‥‥どんな温泉なのかな」
 まだ見ぬ温泉に夢を馳せ、霞波は一人、笑みを浮かべている。
「あれだけ温泉に浸かっといて、まだ温泉が楽しみなん? ‥‥ほんま元気やねぇ。まだ場所も分かってへんのに‥‥あ、うちもコーヒーおかわりなっ」
 コーヒーを追加注文しようとする理都に続き、一葉が手を挙げた。ウェイトレスが一人、こちらのテーブルにやって来て、注文を聞き取る。
 しかしウェイトレスはそのまま立ち去らず、ちらりと目を三人に向けた。
「‥‥あの‥‥天女の湯をお探しなんですか?」
「ええ‥‥場所が分からなくて、困っているんです」
 理都がウェイトレスに言うと、彼女はにっこりと笑って答えた。
「共同温泉のですよね? ‥‥間違いないと思うんですけど‥‥場所をお教えしましょうか?」
「本当!」
 歓声を上げて、霞波が椅子から立ち上がった。

 そこは、少し草津の中心部から離れた場所にあった。
 川沿いに建てられた、小さな家屋。廻りは木々に囲まれた山中で、町並みは木々にかき消されていて、見えない。男女の露天風呂と周囲を仕切っているのは木製の塀だけであり、どうかすると向こうから見えそうだ。
「‥‥誰か覗いてたりしない?」
 どきどきしながら、霞波は足を踏み入れた。一方一葉は全然平気で、隠しもせずにスタスタ入っていく。
「こんな山ん中で、何が覗いてるいうん? せいぜい、猿か鳥くらいのもんや。それでも覗くっちゅう度胸のある奴は、うちがはっ倒したるから心配せんでええ」
「あはは、それじゃあ一葉さんに期待しまーす」
 周囲に人の気配は無く、夕方だというのに木々に囲まれ、薄暗い。風呂場を包む湯気のせいで、さらに視界は悪かった。
 霞波はそっと湯をのぞき込んだ。何という事のない、普通の湯に見える。何か特別な香りがするとか、特別な効能があると書いてある訳でもない。
 何か起こるのかと期待している霞波は、ちょっと不服そうな顔で湯に身を沈めた。
「‥‥何も無いよ?」
 どこが天女で、どこが不思議なのか全く分からない。
 霞波はそれでも、湯の臭いを嗅いだりして、不思議の源を探そうとしている。理都は湯に入らず、まずカメラで写真を撮っている。 花房の頼みで来ているのだから、取材だけはやっておかなければ、何の為に来たのだか分からない。
 理都が撮影ポイントを決めようと画面を見ていると、湯煙の中にナニカの影がかすめた。声を上げようとして飲み込み、もう一度カメラ画像を見つめる。
 確かに湯煙向こうに、何かが居る。
「‥‥一葉さん、先客のようですけど」
「ん?」
 一葉は霞波が、理都の指さす方向に足を向ける。湯をかき分けながら二人が近寄ると、さあっと風が吹いて白い煙を払い去った。
 白いカーテンを引いて現れたのは、一人の女性だった。
 年は三十過ぎだろうか。抜けるように白い肌はほんのり赤く染まり、濡れた黒髪は頭の上で一つにまとめてある。
「‥‥ごめんなさい、邪魔をしてしまって」
 女性はうっすら笑いながら、頭をつ、と下げた。

 えらいべっぴんさんやなぁ。という一葉の感想に答えず、霞波は彼女にこの温泉の話しを聞いた。
 彼女はここの人? この温泉の事、知っていますか? 不思議な事って何なんですか。
 畳みかけるように聞いた霞波に、彼女は丁寧に答えた。
「ここの近くに住んでいるの。‥‥この温泉には、毎日通っているわ。とってもいいお湯でしょう?」
「はい。‥‥不思議な温泉だって聞いて来たんですけど‥‥見た所何も無いみたいです‥‥」
 地元の人に、こんな事を言っていいものか迷ったが、霞波は思い切って聞いてみた。
「勝手な噂を聞いて、勝手に来ておいて失礼だと思うんですけど‥‥天女の湯って言う不思議な温泉だと聞いて来たんです。何かご存じじゃないですか?」
 彼女は、一葉と理都、そして霞波の顔を見返すと、にっこりと笑った。どこか悪戯っぽい、とても綺麗な笑みだ。思わず霞波が彼女に見とれていると、彼女は湯を見下ろしながら口を開いた。
「もうじきだから、待ってあげてね」
「もうじき‥‥?」
 理都が彼女に聞き返そうとした時、一葉が声をあげた。
 湯が沸き出している岩場の方を指さしている。理都と霞波がそちらに視線を移すと、彼女がふふ、と笑い声をあげた。
「よかったわね、案外早く見られて」
 わきだす湯はまず白く濁り‥‥それから赤く染まり、湯を彩っていった。どす黒い赤色では無く、とても明るい綺麗な色だ。湯の流れに押され、赤いカーテンは霞波と一葉、理都を包み込んでいく。
「‥‥さっきまで何ともなかったのに‥‥」
 呆然と湯を見つめたまま、霞波が呟いた。
「不思議でしょう? 十数分に一回、水質の違う水が混じり込むんです。その水と温泉の湯が化学反応を起こして、こんな風に色が変わるらしいんですけど‥‥私も良く知らないの」
「そうなんですか。とても幻想的で綺麗‥‥」
 理都はうっとりとお湯を眺め、手を湯の中に浸して湯の色の移り変わりを見つめた。薄赤いお湯が指の間を抜け、ゆるゆると流れていく。
「あら?」
 ふいに理都は声を上げ、湯の中で何かを掴んだ。理都が声を上げたので、霞波と一葉も、理都の手の中をのぞき込む。
 彼女が湯の中から掴み出したのは、紅葉の葉だった。
 普通の紅葉のような細い形ではなく、少し変わった形をしている。霞波は、自分も湯の中から紅葉の葉を見つけて拾い上げると、湯から出した。
「どこから入ってきたのかな‥‥」
「それ、湯の色が変わる時に紛れ込むの。ハナノキっていう紅葉で、四月に綺麗な花を咲かせるのよ。十月末に色づくはずなんだけど‥‥どうしてか、この温泉に出てくる葉はこの時期に赤くなるのね。この辺りじゃ見つかっていない珍しい木なの」
「へえ‥‥ハナノキか。見てみたいなぁ」
 一葉が彼女にそう言いかけ、視線を上げると‥‥。

 暗闇に包まれた、草津の町並みが窓の向こうに見える。
 霞波はぼんやりと外を眺めながら、あの不思議な温泉の事を考えていた。手の中に残る、ハナノキの葉は赤く色づいている。しっかりと手の中に残っていた。
「‥‥ねえ、あの女の人‥‥どうして突然居なくなったのかな」
 霞波が、振り返って窓に背をもたれると、小さな声で聞いた。
 突然現れ、そして彼女は突然姿を消した。あの人はどこから来て、どこに行ってしまったのだろうか。
「紅葉の精‥‥かなぁ」
「紅葉の精? どう見ても生きた姉ちゃんみたいやったけどなぁ」
「私も、紅葉の精だと思います」
 同意したのは、理都だった。一葉は珍しそうに理都を見ている。理都はそんな一葉に、小首をかしげて聞き返した。
「‥‥おかしいですか?」
「いやぁ、そんなん言うのは霞波ちゃんの十八番やと思っとったから。‥‥まあ、それもええんちゃうの」
 一葉は、紅葉の葉の茎を摘んでくるくる回しながら、ふふっと笑った。
 もしかすると‥‥
 本当に紅葉の精だったのかもしれない。


■コメント■
どうも、立川司郎です。
今回は実在の温泉を舞台にしました。草津は結局私のよく使うエリア(群馬)なので、守備範囲内というか(笑)。実際の店名は使う訳にいきませんでしたが、温泉資料館や湯畑のライトアップは本当です(今でもやっているのかどうかは、分かりませんが)。温泉手形も実際にされているようなので、実際に行かれてみるというのもいいのではないでしょうか。ただし、最後に出てきた温泉は、実際にはありませんが。
 ハナノキという紅葉は本当にありますが、群馬には生えていません(絶滅危惧2類に指定されています)。しかも紅葉の時期は10月末からなので、この時期に赤くなっていないと思われます。珍しいモノという指定でしたので、相当探し回って結局‥‥こんなもんで勘弁してください(苦笑)。めずらしく、草津で10月に赤くなるっちゅう事にしておきましょう。

PCシチュエーションノベル(グループ3) -
立川司郎 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年09月27日

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