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『【未亜〜拭い去れぬ記憶〜第四章『希望の光』】 』
早春の雛菊 未亜1055
「では、こちらにサインを‥‥」
 男がテーブルに置いたのは一枚の用紙だ。そこに対面から羽根ペンで署名が成され、髪の薄い太った商人は確認すると、ニヤリと口元を醜く歪めた。交渉は成立したのである。
「では、品の方は後日に頼む」
「畏まりました。あぁ、もうお帰りですかな? 取引成立の祝いに踊りを見ていかれませんかな?」
「‥‥踊りだと?」
――ぱんぱんっ★
 商人が分厚そうな両手を鳴らすと、一人の若者が楽器片手に参上し、一礼と共に豪華な室内に演奏を響き渡らせた。来客は不満気に眉を跳ね上げるものの、渋々椅子に腰を下ろす。だが、禿げ男は客人の顔を見ても、粘っこい笑みを消しはしない。
 そんな中、奏でられる音色と共に、現れたのは一人の少女だ。召使いのような衣装を纏う少女は、緑色に照り返す短めの髪を揺らし、演奏に合わせて踊り始めた。優麗に舞い踊るものの、紳士はツマラナソウに鼻を鳴らす。
「ふん、小娘の踊りなど楽しくも何ともな‥‥!?」
 刹那、表情を変えた客人に、商人は下卑た笑みを浮かべた。少女は踊りながら頬を赤く染め、瞳を閉じると、身に纏った衣装を一枚、一枚と脱ぎ始めたのだ。少しずつ白い肌が露になり、大きな窓から射す陽光に、スレンダーながら珠のような裸体が妖艶に照り返す。
 紳士は魅了されたように、早春の雛菊・未亜の踊りを見つめた。そんな彼に禿げ男が両手を擦り合わせる。
「いかがですかな? 追加注文があれば何なりと」
 未亜は恥ずかしそうな表情のまま、赤い瞳を静かに開いた。

●終わり無き試練
 野盗に攫われた後、未亜はお披露目の舞台で商人に売られていた。永遠に終わる事のない悪夢のような日々に、次第に感覚が麻痺してゆく――そんな中、更に少女は過酷な状況へと追いやられる。
「‥‥これって‥‥何なの?」
 未亜が連れて来られたのは広大な庭の一郭だ。低い柵で囲まれ、手入れもされておらず、草木が生い茂っているだけで珍しくもない平凡な庭。だが、少女が呆然と立ち尽くしたのには理由がある。彼女の赤い瞳に映ったのは小さな白いバスタブだったのだ。
――どうしてこんなところにバスタブがあるの? ‥‥!!
 その疑問は一瞬だった。ある予想が脳裏に走り、未亜は隣にいる禿げ頭の男に視線を流すと、彼はニヤニヤと下品な笑みを浮かべて口を開く。
「見ての通り、お前の風呂だよ」
「だ、だって‥‥ここってお外だよ?」
 予想はしていたが素直に肯定する訳にもいかない。庭の柵を挟んで人通りの多い路地があり、大勢の市民が歩いているのだ。少女は泣き出しそうに赤い瞳を潤ませ、商人へと食い下がる。
「いやだよ! こんなところじゃ入れないもんっ!」
「贅沢を言える立場かっ!!」
 振り上げた男の手が乾いた音と共に未亜の頬を強襲した。その衝撃に少女は人形の如く吹っ飛び、赤く腫れた頬を押さえて半身を起こす。草木を潤したのは彼女の涙だ。ポロポロと雫を零しながら、大きな赤い瞳で商人を無言で睨む。
「何だ? その顔は‥‥風呂に入れるだけでも有り難いと思うのだな。この館にはお前よりも待遇の悪い娘はゴロゴロと転がっているのだぞ? 恥ずかしいなんて感情は捨てろ」
――誰もいないと思えばいいんだ‥‥
 未亜はゆっくりと立ち上がると、身に纏った衣服に手を掛けた。なだらかな肩と、細い足をガクガクと小刻みに震わし、その足元にパサリと衣服が落ちる。
「おいっ! あの娘、服を脱いでるぞ!」
「可愛そうに、まだ若いのに頭が変になったのかしら?」
「可愛いのに気の毒な話じゃな」
 柵の外側は野次馬で直ぐに一杯になった。未亜は羞恥に顔を真っ赤に染めるが、その手を休めはしない。好奇な眼差しが注がれる中、一枚、また一枚と衣服が滑り落ちた。
――そう、だよ‥‥誰もいないって思えば‥‥
 一糸纏わぬ生まれたままの身体となると、少女は普通に風呂に入るようにバスタブへと裸体を滑らせる。これで少しは見えなくなるかもしれない。安堵感を僅かに抱きながら、未亜は真昼間から汗を流した。そんな彼女に商人は告げる。
「きれいにするのだぞ、後でお前には使いの仕事を頼むからな」

●或る日の御使いと出会い
 未亜は街道を歩いていた。ゆらゆらと揺れる視界に映るのは、石畳の地面と、コチラを見下ろす人の視線だ。或る者は驚愕に瞳を見開き、また或る者は下卑た笑みを口元に張付けていた。少女は顔を真っ赤に染めて視線が合わないように努める。彼女は風変わりなメイド服を一枚だけ纏っていた。丈の異常に短いスカート、前と後ろが大きく割れた上着は、丈も胸元が僅かに隠れる程度。微弱な風が吹かずとも、歩くだけで白い尻がチラチラと覗き、未発達な膨らみの果実も危うく見えてしまいそうだ。誰かと衝突でもしようものなら、肩から衣装がズレ落ち、素っ裸になってしまう危険性もある。そんな恥ずかしい姿で使いに出されたのだ。
 羞恥心に気を失いそうになるも、未亜はようやく使い先に辿り着く。そこは大きなお屋敷だった。クンッと爪先立ちになり、ドアのコックを叩き鳴らす。
「つ、使いの未亜です。注文の品をお持ちしました」
「おお、待ちかねたぞ!」
 勢い良くドアを開け放ったのは何時かの紳士だ。主の部屋で披露した踊りを思い出し、少女は更に顔を紅潮させる。
「あ、あの、ご注文の品を届けに参りました」
「おお、ご苦労だった。さ、突っ立ってないで中に入りなさい」
「いえっ、未亜は直ぐに帰って来いと‥‥」
 不安が過り、未亜はブンブンと緑色の髪を横に振って、引かれる腕を懸命に堪えた。しかし、男が肩越しに振り返ると、血走った瞳を向ける。
「嘘を言っちゃ困るよ。キミを指名したのは私なのだからね。さあ、私だけに踊りを見せて頂こうかな?」
――ああ、殲鬼様‥‥酷い人間に罰を与えてください‥‥

 未亜は激しい疲労感を漂わせて、屋敷から出たのは夜の帳が下りた頃だった。衣装は何かに打たれたか、切り裂かれたかの如く更にボロボロとなり、突風でも吹けば全てが吹き飛んでしまいそうだ。
「夜なら人も少ないかもしれないし、暗いから平気だよね」
 だが、その考えは間違っていた。この街は夜になれば路上に火を灯し、日中以上に人が溢れて賑やかだったのである。
「うそ‥‥こんな場所を帰るの?」
 他の道は暗黒に彩られており、脳裏に野盗に攫われた記憶が過る。未亜は俯き、足早に人の群れに駆け込んだ。刹那、響き渡るは品の悪そうな男の声。
「おいっ! 何だありゃあ?」
 一人の声が周囲の者達へと投げ掛けられ、一斉に未亜へと視線が注がれた。
「誘ってんのか? 嬢ちゃんよぅ」
「ガキだけど悪くなさそうだぜ」
「きゃっ、とても正気とは思えないわ‥‥」
 奇声と蔑み、嘆きと悲鳴が少女の耳へと飛び込んで来る。
――もう、未亜だめだよぅ‥‥
 未亜は疲労と羞恥で身も心も朽ち果てたように、路上に倒れ伏した。刹那、男共がワラワラとゾンビの如く少女を囲み、襤褸切れのような僅かな布を奪い去る。身体が外の空気に晒された感覚に、彼女は薄く赤い瞳を開く。
(「もう‥‥動けないよぉ‥‥助けて、殲鬼様‥‥」)
「おやめなさいっ!」
 耳に飛び込んで来たのは女性の声だった。暖かい布が身体を覆い、少女は担ぎ上げられる感覚に再び瞳を開いた。ぼんやりと視界に映ったのは美しい女性の顔だ。
「私の店で休んでおいき」
 未亜が運ばれて行く先に看板が映った。
――あなたは殲鬼様? それとも‥‥

●あとがき(?)
 またX4、ご購入有り難うございました☆ 切磋巧実です。
 恥かしい姿は人それぞれ、ご要望に応えられたか不安な所ではありますが、第4章お送りします。 シングルノベルでは固有名詞は出せません。宿屋兼食堂は脳内補完よろしくです。感想お待ちしていますね♪
 やっと見えた希望の光‥‥未亜の悪夢は如何なる終局を迎えるのか? それともこれは新たな悪夢への誘いか‥‥
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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聖獣界ソーン
2003年09月27日

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