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『グローイング・ベクトル 』
八雲・純華1660)&明智・真之(1015)

□小指と視線の先

「やっぱり、すごい人……」
 八雲純華は赤いネオンが眩しいライブハウスの前にいた。平たい屋根を一周した光が、黒い輪郭を浮かびあがらせている。
 今夜は、付き合っている彼の演奏を聞きに来たのだ。
 ――明智真之。あらゆる楽器を操り、弾きこなせる特技を持っている少年。バイト先である「ルグラン」は1階がコーヒーショップ、地階がライブハウスになっている。特技を重宝がられて、よくここでバンド演奏をしているのだ。
 人気ギタリストである彼。もちろん真之目当てで来ている女性も多い。
「これなら大丈夫よねvv」
 純華は人に押されながら、自分の姿をガラスに映した。
 短い茶髪には長い黒髪のウイッグ。帽子を目深に被り、縁ありの眼鏡をかけている。いつもは好きじゃないので着ることのない青灰色のハイネックセーター。これは友人から借りたものだった。
 ある事件から真之の彼女だと知られてしまっている純華は、女性ファンの目を避けて変装してここに来ていた。
 それから、もうひとつ理由があった。
 自分が来ていることを真之には内緒。彼はなぜか、純華が客席にいるとどんなに混んでいてもすぐに見つけてしまう。
「今日こそ、私がいない時の真之くんが見られるな」
 自分の存在を意識しない時の彼を見ること。それが変装までして、ライブを聞きに来た理由なのだ。

 開演時間になった。
 席が取り払われた空間に、まさにすし詰め状態でファン達が立っている。純華もようやく左側の壁際をキープして、腰を落ちつかせた。真之が担当するのは左側。ちょっと遠いけど、ここからならしっかりと彼を見ることができそうだ。

 ジャジャン〜♪♪

 軽快なリズムが刻まれ、ライブは始まった。左裾から出てきた真之は茶色のシャツと黒いジーパン姿。
「やっぱりカッコいいなぁ……」
 自分の彼氏に見惚れていると、なんと演奏中の彼と目が合った。
「ウソ!! まさか、気づいたの!?」
 驚きで目が丸くなる。分かるわけがない。こんな姿彼に見せたことなんてないんだから。
 純華は自分で自分を落ちつかせる。
 たぶん、たくさんの人の中でたまたま目が合っただけ。気づいたわけじゃないわ……。
 でも、それは間違いだと気づいてしまう。見つめる度に、彼と視線が合った。もうこれで5回目だ。彼に気づかれたのかどうか気になって、奏でられる音楽なんて耳に入って来ない。
 そんな純華の戸惑いをよそに、会場は一番の盛り上がりを見せていた。女性ファンは花束を投げ、少しでも近づこうとステージ前はまるで戦場。

 そして6度目のアイコンタクト。
「……ウソぉ。やっぱり見てるよぉ〜」
 帽子を深く被って、そっと眼鏡と前髪の間から真之を見た。
 と、彼は小指で鼻の頭をこすった。
「あ、あれって……」
 純華は真っ赤になった。まるでその様子を知っているみたいに、真之は小さく口の端を上げて笑った。
 赤くなってしまうはずだった。彼の仕草はいつも純華をからかう時にするモノだったから。
 純華は鼻の頭にちょっぴりソバカスがある。それを気にしてか、無意識のうちに小指で鼻の頭をこすっているらしい。真之はそれを見つけると、すかさず同じ仕草をして見せては、純華が怒るのを楽しんでいるのだ。
 で、その後には必ず――。
「…ヤ、ヤダ! やっぱり、気づいてるんじゃない」
 純華は頬を赤く染めたまま閉口した。
 どうしていつも気づかれてしまうんだろう……。ちょっと不思議で、かなり悔しい。
 当初のもくろみは外れてしまい、真之の視線を感じながら、最後まで演奏を聞くことになったのだった。


□キミに続く

 ステージに飛び出した瞬間に見つけた。
「なんだ、来てるじゃん」
 彼女である純華にライブがあると伝えたが、用事があるからと断られていた。残念ではあったが、彼女が見に来ないからと言ってバイトを兼ねたライブを降りるわけにはいかない。ギタリストとしてのプライドもあった。
 いつもは眼鏡をかけているが、ライブでは外していることが多い。動きが激しくて落として踏んでしまいそうだし、弦なんて見なくても弾ける。そして何より、客の顔が見えないから雰囲気に飲まれなく済むのだ。
 そう本当なら見えない人の顔、でも純華は特別。見つけたかわいい彼女の姿に、真之は俄然やる気が湧いた。
「ククク、変装までして。やっぱり面白いヤツ」
 見つからないと思って真っ直ぐにコチラを見つめている。真之は笑いを堪えるのに必死だった。
 視線を投げてやる。
 と、純華はキョロキョロと周囲を見渡して首を傾げている。
「予想通り」
 俺が純華を見つけられない訳ないじゃん……。
 心の中で懸けをしてみる。さぁてと、何回目で気づくかな?

 見つめると、戸惑う。見つめると、帽子を被り直す。
 指先で弦を爪弾きながら、繰り返す。
 そろそろ気づいて欲しくなった。愛しい愛しい彼女に。
「これなら、一発だろ」
 真之は演奏が途切れた瞬間、小指で鼻の頭をこすった。途端に、純華がワタワタと体を屈めて小さくなる。きっと顔を真っ赤にしているに違いない。
 彼女の予想通りの行動と、隠れて自分を見に来てくれた嬉しさに真之は思わず口元が緩んだ。
 女性ファンの黄色い声が飛んだが、この笑顔は純華だけのもの。
 ステージ上ではなるべく真顔でいるようにしている。それを崩すのもやはり純華という存在だけだ。

                            +

 演奏も終盤に近づき、ラストナンバーが響いている。真之は最後まで純華から目を離すことなく、ギターを鳴らしていた。
「悔しいけど、カッコいいんだよね……」
 純華はそっと呟いた。
 終わったらすぐに抜け出して迷惑かけないようにしなくちゃ――。
 以前の失敗を思い出す。まだ彼が人気ギタリストで、自分がその彼女であるという自覚がなかった頃の失敗を。
「……あれは、恐かったし、恥ずかしかったよ」
 当時の様子が蘇って体が火照り、女性ファンの鋭い眼光に背筋が寒くなった。

 幾度かのアンコールの後、ライブは終了した。真之も他のメンバーと共に、ステージから裾へと消えていた。
 純華は地階から出るべくすみやかに移動を開始する。まだ、余韻に酔って動こうとしない人、我先に出口へと向かう人などで会場内はたいへんな混雑ぶりだった。その中を潰されないように歩いていく。
 壁際だったのが幸いして、中心部のように足を踏まれたり、身をよじって進む必要はなかった。
「ふぅ〜、いつになったら出られるのかしら」
 渋滞して動かない。純華はため息をついた。
 ――その時だった。

 バタン!!

 壁にあった裏へと続く、開閉禁止のドアが突然開いた。ちょうど真横にいた純華はびっくりして体を引いた。周囲の人々も何事かと視線をドアへと向けた。
「コッチきて」
 耳元に低い声で囁かれた。吐息がかかる。振り向いた純華は目を見張った。
「え!? なんでい――」
「いいから、コッチ」
 驚く少女の手をぐいぐいと引っ張って行くのは、紛れもない純華の彼――真之だった。突然現われた人気者に、ドアを見ていた客がざわつく。羨望の眼差しの中、純華の体はドアの奥へと消えた。
 閉じられたドアの向こう。
 純華は両手を握られていた。
「やっぱり来てくれたんだ」
「もぉ、なんで見つけちゃうの? 内緒で見ようと思ったのに……」
 スタッフが数人歩いている。手を握り締められているのが、恥ずかしくて仕方なかった。
「怒ってる?」
 既に眼鏡をかけて、ギタリストの顔からいつもの彼に戻っている真之。純華が頭を振るのを確認して、吹き出すように笑った。
 そして、また鼻の頭を小指でこすって見せた。
 純華は更に恥ずかしくなって、頬を膨らませて横を向いた。

 子犬みたいな純華。真之はかわいい彼女のことで胸がいっぱいになった。
「……純華サン、今日もThanks♪」
 トーンを柔らかくして、愛しい彼女の耳に唇を寄せた。頬に軽くキスする。
「打ち上げ。参加するでしょ?」
 何事もなかったかのように冷静な声で、真之は純華を誘った。真っ赤になった頬を両手で押さえて彼女がうなづく。
 裏口へと移動しながら、身に付けてていた変装用の帽子やウイッグを取ろうとする純華の手を止めた。
「このままで行こう」
「え! ヤダ、恥ずかしいよ」
「嫌いって言ってたけど、似合うじゃんハイネック」
 にんまりと笑う真之。
 結局、純華は変装姿のままライブの打ち上げに参加することになった。

 キミは特別。
 どこにいても分かるよ。
 光を放つ矢印みたいに、俺の目に飛び込んでくるんだから。


 □END□

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 シチュエーションノベルの発注ありがとうございます。ライターの杜野天音です。
 純華ちゃんペースで最後まで書こうかとも思ったのですが、真之視点も入ることになりました。
 如何だったでしょうか?
 タイトルにある「グローイング」は光を放つという意味です。
 純華ちゃんは以前に書いたので扱いやすかったですが、真之くんの方はちょっと語尾などが難しかったですね。
 でも彼の容姿は私好み。書いていて楽しかったですvv
 それではまた、ふたりに逢えることを祈って。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2003年09月26日

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