▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『推定恋心 〜プールサイドで捕まえて〜 』
ヨハネ・ミケーレ1286)&杉森・みさき(0534)


「うぅ……」
 プールを目の前にして、ヨハネ・ミケーレ(よはね・みけーれ)はロッカールームで奇妙な声で唸っていた。
 某所にて偶然手にした高級ホテルのプールペアチケット。
 なんだかあれよあれよと言うまに流されるまま結局ヨハネは彼女と一緒に行く事になり現在に至るわけだが――――このごに及んで彼はまだしり込みしていた。
 いや、今までも何度か彼女と2人で出掛けたりしたことはあったが、でもそれはいつも決まって2人共通の趣味である『音楽』に関係があるもので……貰ったチケットとはいえこれではまるで、
「まるでデート―――――」
自分で口に出してしまって、再び動悸息切れ眩暈に襲われてロッカーに額を押し付ける。
 とりあえず、ロッカーの冷たさで多少頭を冷やそうという無駄な努力―――もとい、無意識の動作だったのだが、
「こんな、こんなことが師匠に……師匠じゃなくても、あの人とかあの人とかあの人とかが知ったら――――」
ヨハネの頭には走馬灯のように先日の某所での騒ぎや色んな面々の顔が浮かんでは消え浮かんでは消え―――まるで消えかけの蛍光灯のように目蓋の奥までチカチカするような気がしてきた。
 動転しきったヨハネの頭からはそもそもこのチケットを譲ってくれたのがそのウチの1人だという事実すらすっかり消え去っていた。
 その繰り返しで今更だと言うのに、ヨハネは先刻からこうやって何度も、なんとも表現しがたい呻き声のような溜息のような複雑な声を口にしていたのだった。
 そんな軽いパニック状態のヨハネだったが、突然がばっと顔を上げた。
「あ――――! は、ははは早く行かないと!!」
 完全に思考の森をさ迷っていたヨハネは彼女が待っているであろう今の状況を思い出して慌ててそこを飛び出した。

     ■■■

 白いパイル地のパーカーの下に新調した新しい水着を着て、杉森みさき(すぎもり・みさき)はプールサイドに設置された開いているテーブルに座り、プールの入り口を眺めていたがまだ彼の姿は見えない。
 着替えの為にロッカールームへと別れたのは一緒の時間だったはずだというのに、何故かなかなか姿をあらわさない相手にみさきは普段の彼女らしくもなく少しイライラしていた。
 それもこれも、こんな高級ホテルのプールであるというのに、待たされている間に、
「ねぇねぇ、彼女ぉ♪ なんでこんなトコに1人でいるの〜」
と、口も頭もいかにも「軽そう」な男が声をかけて来たせいもある。
 幸いな事に、プールサイドのテーブルにドリンクを運ぶ途中のホテルマンが通り掛かり、そのナンパ男を至極丁寧に追い払ってくれたから良かったものの、そうでなかったらきっとまだしつこくみさきにまとわりついていたに違いない。
 だんだんみさきの眉頭が中央により出した頃、ようやく待ち人は現れた。
「みさきさ〜ん。スミマセン」
 駆けてきたヨハネに、みさきはぷいっと横を向く。
「みさきさん、本当にスミマセン」
 ヨハネはひたすら頭を下げたが、みさきのご機嫌はまだ斜めになったままだった。
 只々なんの言い訳もせずに謝り続けるヨハネの姿に、結局怒り続けるなんて出来るわけもなく、
「もう……しょうがないから許してあげる」
 みさきがそう言うと、今にも泣きそうな顔をしていたヨハネの顔にぱぁっと笑顔が広がった。
「みさきさんが行きたいって言っていたホテル内のカフェバーから飲み物やデザートが取り寄せ出来るそうなんですよ。それで、アフタヌーンティセットは帰りに頼もうと思って……あの、アイスをお願いしておいたんです」
 そう言ってヨハネが指差した先は先ほどナンパ男を追い払ってくれたホテルマンがみさきの前にアイスクリームを持ってきてくれた。おしゃれなガラスの器に真っ白なアイスと濃いルビーのような色をしたベリー系のソルベが添えられている。そして、その上には小さなミントの葉が載っていた。
「おいしそう! ヨハネ君ありがとう」
 ご機嫌斜めもどこへやら、みさきは早速シルバーのスプーンでそれを掬う。
 アイスクリームだと思っていた白い部分はヨーグルト風味でベリーのソルベと絶妙にマッチしている。
「おいしい〜。ヨハネ君も食べる?」
「え……」
 ヨハネが答えを返す前に、みさきは一口スプーンに掬うと、
「はい、あ〜ん」
とスプーンをヨハネの口元に持っていった。
「みみみ、みさきさんっ」
「ほらぁ、溶けちゃうよ、ヨハネ君」
 ヨハネが戸惑っているうちにソルベの雫がみさきの手首を伝う。
 それを見て、慌ててヨハネは口元に差し出されたスプーンの上のソルベを口の中に入れる。
「どう?」
 みさきはヨハネの顔を覗き込む。
「お、おいしいです。でも、それよりみさきさん袖に」
 ヨハネは慌ててみさきの手首をタオルで拭いてくれたがみさきの白いパーカーの袖にソルベの赤い染みが僅かだがついてしまった。
 ヨハネの心配をよそに、
「大丈夫。洗えばすぐ落ちると思うから。それより、せっかくだから早くプールに行こう、ね?」
と、食べ終わるなりにみさきはパーカーを椅子の背もたれにかけてヨハネの腕を引いて立ち上がらせると、流れるプールへと彼を引っ張っていった。

「みさこれに乗りたい」
 みさきが指差したのはビニールの良くある平らな筏型のボートのようなものだった。
 ヨハネが先にプールの中に入り支えてくれているそれにゆっくりと乗る。ぺたんと座り込んでみさきは手でプールの水の流れに逆らうように水を掻く。
「ヨハネ君大丈夫?」
 そうみさきが聞こうとしたときだった、
「きゃっ、やぁだぁ、まあくんってばぁ」
という大きな声が隣から聞こえた。
 深めの流れるプールのためもあるのだろうが、ぴったりとくっついているバカップルがあちこちに出没している。その声の主も、彼氏の首にしがみついていたのだが、その腕を外そうとされて更にしがみついていると言う次第だ。
「もぉ〜、やめてよぉ」
 なんて語尾を甘く延ばしているその彼女を見てみさきはこっそり溜息をついた。
 意外と多いカップルの誰もが身体を寄せ合って、まるで周りなど見えて居ないかのように寄り添って会話している。きっとそれぞれ甘い語らいをしているのだろう。
 傍から見ればバカップルにしか見えないが、しかし彼女達は皆とても幸福そうな笑顔を浮かべている。
 そして、その彼女達の豊満な体型も自分にはないものだ。
 なんとなしに、みさきは小さく溜息をついた。

     ■■■

「みさきさん、どうかしたんですか?」
 どうも、こっそり嘆息したつもりであったのだがヨハネにはしっかり聞こえていたらしい。
「うらやましいなぁと思って。みさもあんな風な水着が似合うといいのに―――」
 せっかく新調したピンクを基調としたチェックに胸元にフリルのついた可愛らしい水着も子供っぽいばかりな気がしてきて、再びみさきは溜息をついた。
「そんなことないです。みさきさんは今のままでも充分可愛いですっ、今日のその水着もすごく似合ってるしっ、それに、それに僕は―――そのままのみさきさんがすっ…す……」
「?」
 言葉を詰まらせるヨハネとみさきの視線がぶつかり合う。
 一瞬の沈黙が2人の間を流れた次の瞬間、戯れながら流れてきたカップルの女性の身体ががみさきの乗ったボートにぶつかった。
「ごめんなさい」
 そう言いながら、彼女は流れに乗って行ってしまった。
 流れのせいもありボートはそのまま大きく揺れて――――――

「きゃっ――――――」
「みさきさん!」

 ヨハネが手を伸ばしたがボートが転覆してみさきはそのまま水中へ沈んだ。
 みさきが泳げない事を知っていたヨハネはとっさに水中に潜った。
 幸いな事に流れの上流側に落ちたみさきは下流位置に居たヨハネに向かって流れてきたので、ヨハネはそのままみさきの腋と膝下に腕を入れて抱き上げた。
 少し水を飲んだらしくけほけほと咽返しているみさきをヨハネはプールサイドへ下ろし自分もプールサイドへ上がる。
「みさきさん、大丈夫ですか!?」
「……う、ん。ごめんね、ヨハネ君」
「そんな! みさきさんが謝る事はないですよ、手を離していた僕が悪いんです」
 自分を責めるヨハネにみさきが大きく首を横に振った。
「うぅん。だって、ヨハネ君だって泳げないって言ってたのにすぐに潜ってみさの事助けてくれたでしょ? ありがとう」
 そう言って笑顔を向けられてヨハネは、
「そんな―――」
と言いながら、再び襲ってきた動悸息切れ眩暈と懸命に戦っていた。
 するとその甘い雰囲気を割って、
「お兄ちゃ〜ん」
と、子供が1人プールサイドを駆けて来てヨハネに抱き付く。
 その後を追って来た母親らしき女性がヨハネに向かって頭を下げる。
「良かったねママと会えて」
「うん。お兄ちゃんありがとう」
「本当に先ほどはありがとうございました」
 もう1度深々と礼をして子供の後を追っていった。
 親子を見送って、みさきは小さく首を傾げる。
「先ほどは……って?」
「アイスを頼みに行く途中であの男の子が迷子になっていたんで一緒にお母さんを探してあげてたんです」
 照れくさそうに最初遅れた理由を話すヨハネの姿があまりにも彼らしくてみさきは小さく笑った。

  ■■■

「あ、そうだ、ヨハネ君。そういえば、さっきなんて言おうとしてたの?」
 あの後しばらくプールを楽しんだ後、みさきのもう1つの目当てであるカフェバーのアフタヌーンティセットでお茶をしながらみさきがヨハネに問い掛けた。
「さっきって?」
「ほら、あのみさがプールに落ちる前に―――」

『それに僕は―――そのままのみさきさんがすっ…す……』

 みさきに言われて自分が口走ろうとした台詞を思い出して、ヨハネの顔色は一瞬のうちに青くなったり赤くなったり。
「ねぇ、ねぇってば、ヨハネ君」
 そう言って、みさきは答えをせがんだが、ヨハネは真っ赤な顔で頑として言い張った。
「内緒です」
 彼が自分の気持ちに素直になれるにはもう少し時間が必要なようだった。
 
その答えは当分ヨハネと神様だけの秘密のお話――――――

Fin
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年09月26日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.