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『神と運命の居場所 』
高遠・弓弦0322)&布川・和正(1007)

□歩むほどに

 高く澄んだ秋空。
 染みてくる青色に弓弦は目を細めた。紅葉の進んだ街は枯れ葉が舞い、珍しく暖かな太陽に喜んでいるようだった。
 今日も日曜礼拝のため、協会へと足を運んでいる。いつもなら、姉も一緒なのだが、用事があるとかで一足先に礼拝を済ませていた。弓弦はひとりのんびりと散策しながら歩いている。
「もうちょっと早く出た方がよかったかしら」
 ずいぶんと高く上がってしまった太陽。でも、これといって用事があるわけでもないので、急ぐ必要はなかった。それに、ステンドグラスから零れる様々な色に染まった光達は、朝よりも昼の方がより美しく教会の天井を飾るはず。
 長い銀髪をそのまま風に流して、弓弦は軽いステップで路地を曲がった。

 思い出すことがある。
 それは先日の公園――あの人の寝顔。
 自分でも可笑しいとは思うのだけれど、彼の幸せそうにゆるく笑んだ頬が忘れられなかった。特に銀杏の木の傍を通ると、不思議な胸の痛みに襲われた。
「どうしてこんなに気になるの……」
 自問しても答えは出ない。それに、また逢えるとは限らない人なのだから。
 広い街で、偶然出逢える確率はどのくらいあるのだろうか。あの公園は通学路の途中でもなければ、家の傍にあるわけでもない。一度、学校帰り寄り道して行ってはみたが、当然彼の姿を見つけることはなかった。
 幻覚を振り払って、弓弦は視線を上げた。
 緑濃い常緑樹と銀杏の間に、教会の鋭角な屋根と鈍く光る十字架が見えた。礼拝へと向かう人がまばらに歩いている。
「神様は私達のこと、見ていて下さるはずよね」
 ひとつ息を吐き、弓弦は小石の敷き詰められた道を進んで行った。

                         +

 雑踏の中を、灰色のパーカー姿の少年が走っていた。別に体を鍛えているからではない。
 離れがたい幻想に迷う心を、必死で振り払おうとしている姿だった。
「くそ、なんでだ」 
 不足する酸素を喘ぐように吸い込んで、和正はガードレールに腰掛けた。廃ガスと砂埃にむせそうになる。
 いつもなら休日はバイトが入っているのだが、今日は先日辞めたばかりで次のバイトが見つかっていない。求人情報を得るため、本屋に向かっていた。
 突然走りだし、頭を抱えている原因はあの公園の少女だった。
 もう一度逢えるかどうかも分からない彼女の陰影が、常に視界の中に映り込む。
「いよいよ、頭がどうかしてるな」
 ようやく整い始めた呼吸。和正は目を閉じた。
 柔らかそうな頬。ページをめくるしなやかで白い指先。
 時間が経過するごとに、鮮明に浮かびあがってくる姿。彼女が探し求めるアイツだったなら、俺はどうするだろう……。
 信心深い人間ではなかったが、今は神の力も借りたい気持ちになった。
「チッ、仕方ないか」
 和正は意を決して立ちあがった。街中へと向いていたつま先を小高い丘へと向ける。それは時折礼拝に行く教会のある場所。
 バイトに明け暮れる少年にとって、最近は縁遠くなっている場所でもあった。
 路地を折れ、細い階段を上る。周囲に植えられたポプラが美しく紅葉した葉を散らしていた。

 ひとつの偶然。ひとつの必然。
 運命の輪廻が始まったことを、遠く教会の鐘が知らせていた。
 誰にも気づかれないままに。


□そこに存在するから

 荘厳な雰囲気の中、美しい賛美歌の旋律と重厚なパイプオルガンの演奏が響く。この日のゆっくり組は少なかったらしく、古く頑丈そうなベンチには数人が十字を切っているだけ。
 弓弦の予想通り、ステンドグラスから零れ落ちる光はこの上なく綺麗だった。

 もうすぐ礼拝は終了する。
 心穏やかに――そう願ったけれど、弓弦の心は乱れたまま。
 眠っている少年の瞼が開き、自分を見つめる。そして、ゆっくりと近づいて……。
 現実とも見紛う白昼夢を見て、慌てて賛美歌を歌うことへと集中し直す。礼拝中、その繰り返しだったのだから。
「帰ったら、図書館にでも行こう」
 そう呟いたのは、神父が最後の挨拶をした時だった。
「では、今日はイエス様がフィリピの信徒への手紙の中で語られた言葉をお伝えしましょう。『ひたすらキリストの福音にふさわしい生活をしなさい。どんなことがあっても、反対者達に脅かされてたじろぐことはないのだと。つまり、あなた方には何事も不平や理屈を言わずに行いなさい。そうすれば、邪まな曲がった世界にあっても星のように輝き、命の言葉を保つでしょ』と」
 弓弦は自分のことを言われているような気分になった。
 大きく息を吐き出すと、神父は最後に付け加えた。
「自分が走り続けたことが、無駄ではなかったと必ず分かる日が来るのです。皆さんが、日々キリストへの祈りと共にあらんことを」

 過去に失われたモノ。
 完全に取り戻すことは難しい。けれども願い、努力し、信じて走り続ければ、必ず報われる日が来る。
 あの人と出逢える。そのメビウスの輪の端を掴み取ることができる気がした。

 弓弦は神父が演台を降りるのを確認して立ちあがった。途端、
バサバサ……。
 聖書とメモ帳が音を立てて磨き上げられた床板に落ちた。
 淡いグリーンのワンピースの裾。何気なく置いた聖書がそれを下敷きにしていたのだ。立ちあがった反動で滑り落ちたらしい。
「あ、すいません……」
 帰宅し始めた人の邪魔になってしまう。顔を真っ赤にして、弓弦は慌てて拾おうと通路へ飛び出した。
「いてっ!」
「えっ……?」
 勢いよく踏み出した足が、黒いスニーカーを踏んでいた。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか!?」
「これ、あんたのだろ」
 弓弦が振り向くのと、少年が聖書を拾い上げるのは同時だった。絡み合う視線。強く射し込んだ光を背にしている少女の姿を、少年は眩しそうに目を細めて見つめている。
 あの人だわ……。どうして、ここに?
 弓弦は少年の目を開いた顔を見たことがない。それでもはっきりと分かった――彼だと。
 想像し、幻覚にさえ現われた表情が今、目の前にあった。

 和正の唇が動いて「あんたは……」と言葉にしかけ、慌てて飲み込む。
 この少女が、自分に気づいていないかもしれないのに。軽いナンパ男に間違われるだけだ。
「――、あ…りがとう……」
 視線を外しながら、和正は差し出された白い手にそっと聖書を置いた。

 ――指先が触れた。
 指先が溶けていくかのような不思議な感覚。
 ざわめく周囲の音が消え、少女の輪郭が探し求めたアイツのそれと重なっていく。
 耳の奥で鐘の音が響き、少年の面差しが出逢いたかったあの人の姿へと変わっていく。

 ふたりの間を幸せで愛しかった時間と記憶が交差していた。
 消えては繰り返すデジャブ。
 弓弦は反射的に抱きついた。人がいることも忘れ、神の御前だということさえ忘れていた。
 魂に刻まれた思いの断片、どんな姿でも必ず、と約束した日々。『忘れることなんて、出来ない』心の中で祈り続けた想い。夢と現実の狭間で、いつも願い続けた『出逢いの日』。
 初めて知る男性の香り。そのはずなのに、懐かしい気さえする。嬉しくてただ嬉しくて、弓弦は人目も憚らずに和正に抱きついていた。
「ちょ、ちょっと待て!」
 慌てた声が頭上から降ってくる。押しつけた耳元に彼の心臓の音が届いた。
 彼も気づいているのかもしれない。私が私だと――。
 声は戸惑いの色を持っていたが、和正の腕は優しく弓弦の背中を抱いていた。手の平から、暖かな体温が伝わってくる。
 弓弦は溢れる涙をそのままに、探し求めた愛しい背中を抱きしめ続けた。
 和正は珍しく赤くした頬を隠さずに、抱きしめたかった小さな体を強く近く感じていた。
 ふたりを祝福するように、賛美歌が流れる。
 淡いステンドグラスの光が、重なり合った銀髪を照らしている。
「走り続けた日々が今、報われたんだわ……」
 そっと呟く。

 神はここにいます。
 そして運命も。
 終わりのないメビウスの輪。ふたりの存在をつなぎ合わせ廻り始める。
 ふたりがここに存在する、意味とともに。

 パイプオルガンが一際美しい旋律を、光の中に躍らせていた。


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 ライターの杜野天音です。今回も発注ありがとうございました。
 再び彼らに出会えて嬉しかったです。最初にすれ違う二人を書かせてもらい、次もぜひ書きたいと思っていましたので。
 素敵な「出逢いの日」を演出できていれば良いのですが、如何でしたでしょうか?
 ぜひ、彼らの前世の様子も詳しく知りたいと思いました。(*^-^*)
 遅筆な私ですが、また彼らに出会えることを楽しみにしております。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
杜野天音 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年09月25日

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