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『 Ownership 』
エンテル・カンタータ1284)&オズ・セオアド・コール(1285)

秘密の共有。それは友達。
愛の共有。それは恋人。
名前の共有。その意味とは。


別に人を助けるということを生業としているわけではないのだが、行く先々で人を助けてしまうのは何故だろうか。
それなりの力を持ち合わせてしまい、それなりの慈悲深さを持ち合わせている故と言ってしまえば容易いが、それだけで済ますのも困りものなのだと気が付いたのはそのときだった。
垂れ流しの慈悲は意味がないし、逆に最低でしかないと、昔、誰かに釘を刺されたことを思い出す。

「もう大丈夫ですよ。」

腰を抜かしたのだろうか、広場の真ん中に座り込んだままカタカタと未だ振るえ続け、自分にしがみついた侭の女の肩を、オズは柔らかく支えてやる。
出来るだけ普段の良くはない口調を改めて、似合わない温かい笑顔とやんわりとした言葉使いで女を安心させようとしていた。
嗚咽の間に滑り込む涙声の感謝の言葉は、ゆっくりと、それでも確実に紡がれて、それを微笑んで受けてやる。
その微笑みが早いか否かでオズの顔は凍り付いた。
怪訝な顔を向けてくる女へと、引き攣った笑顔と呼べるのかどうか解らない笑顔を再び振り撒き、即座に立ち上がろうとする。

女を間に挟んだ向こうには、金糸の髪を風に靡かせながらふんわりと微笑む少女がいたのだ。
名前はエンテル・カンタータと言い、どうしようもない程強情で強がりで、勝気で自己中心的なのだけれど、だからこそどうしようもない程に愛おしかった。
・・・・・・愛している、のかも知れないということは何故かずっと口に出来ていない。

女の向こうに仁王立ちしているエンテルの視線と自分のそれが絡まったので、少しだけ肩を竦めたら、にっこりと貼り付けたような笑顔を返され唖然としてしまった。
怒られるかと思っていたので、鉄拳が飛んでくることを予想していただけに拍子抜けしたが、それと共に落胆もした。
自意識過剰だということは十分に承知しているし、解ってもいるのだけれど、エンテルは自分に何の感情も持ち合わせていないのだろうか。
自分のそれに似た、愛のような感情を。

「オズ!飲みにいっきましょー。」

今見たことを全てなかったかのように、そして今此処へ登場したとばかりにわざと明るく馬鹿っぽい声を張り上げる。
まるで既に酔っ払いのようだ見えたので、静かに逆らわずに従うことにした。
実際、自分も飲みたいと思っていたので丁度良い。
このもやもやした感情を晴らすには1番効率の良い方法だろう。

立ち上がろうとするオズを女は、はし、とオズの服を掴んで、それに引っ張られオズは後ろに倒れそうになった。
女は未だ涙を瞳一杯に溜めながら、お名前を、と矢張り涙声で途切れ途切れに呟いたので、少し考えてから

「オズ・カンタータですよ、マダム。」

そう言って再び笑顔と呼べる笑顔を見せて、その場を離れた。
恐らくヒト族のエンテルには解らないのかも知れないが
名前の共有。
それは愛を超えたものだと、昔、誰かがそう言っていたのを思い出す。

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チリンと小気味良い音を立てながら酒場の扉を開ける。少し古びたカウンターに2人並んで座り、それぞれ好きなものを頼んだ。
作り置きされていたのだろうかと思えるほど直ぐ様オズの前には琥珀色の酒が、エンテルの前にはいかにも甘ったるそうなパフェらしきものと透明な酒が置かれた。

スプーンの上に載り切らないほどに一杯チョコやクリームを載せて口に運んだかと思うと、直ぐに透明な酒でそれを喉の奥へと押しやる。
味わう気があるのだろうかと、そんなお節介な思考が頭を過ぎるのだが、味わっている気分ではないのだというエンテルの本心を見破ることは出来なかった。

「弱いものって罪よね。」

何が、とオズが訊き返そうとした瞬間に、ガツンと古びたカウンターにスプーンが刺さった。
フォークならまだしも、スプーンが木に刺さるなんて異常だ。
そしてその直後にパキンと物悲しげな小さな音を立ててスプーンは折れて2つに分かれてしまった。

「守られるものってものね。」
「・・・・・・。」
「弱いと守って貰えるものねー。楽で有り難い生き方よねー。」

何故か語尾を伸ばして誰かに訴えかけているようだということくらいはオズにも直ぐ解った。
遠回しに嫌味を言われていることも、何もかもを。

「オズ、良い?世の中には大切なものが沢山あるわ。」
「あァ。」
「その全部を守る必要があると思う?」
「・・・・・・。」
「私は守るべき存在じゃないの?」

返答に困る質問こそが罪だ、とオズは思うのだけれど、それはエンテルの怒りに拍車をかけるだけだろうから喉の奥へと再び押しやる。

「オズは優し過ぎるわ。」
「優しかねェよ。」
「・・・・・・そうね。垂れ流しの優しさは優しさじゃないわね。」
「エンテ・・・・・・」
「黙りなさい。」

カキンという音と共にスプーンが真っ二つに割れた。エンテルのその鋭く放たれた声よりも綺麗に2つに割れたスプーンの方に驚きつつ、オズは琥珀色の酒を少しだけ口に含んだまま、殺気に満ちた視線を無言で浴びた。

「優しさは私に対して使うの。じゃないと殺すわよ。」

曇りのない瞳。透き通るような肌と、その信念。
きっとずっと求め続けていたものは此処にあったのだと、ずっと目を伏せていたことに目を向けた。

「お前に俺は殺せないよ。」
「あらぁ、自信満々だこと。」

エンテルの口元に付いている純白のホイップをそっと指でなぞって拭ってやる。
そしてそれを自分の口へと運びながら、少しばかり声を落として言葉を紡ぐ。

「裏切らないから。俺は、お前を。」
「・・・・・・期待してるわ。」

ぐにゃりと曲がったスプーンをひらひらと楽しげに左右に振る。
多分これがエンテルの安心の仕方で、オズの慰め方なのだろう。
一歩歩み寄るように、一歩遠ざかるように。

そう言えば、と思い出したかのようにエンテルは声を上げた。

「さっき、別れ際に女の人に何て言ってたの?」
「・・・・・・あァ、あれは。」

そこまで言ってその続きを言おうか言わないか迷ったが、ヒト族であるエンテルには余りに遠回し過ぎる告白だろうと思ったので、臆面もなくさらりと次の言葉が出た。

「オズ・カンタータって名乗っただけだ。」

元より大きな瞳を更にまんまるく大きくさせたエンテルを見て、怪訝な顔をそれへと向ける。

「・・・・・・何か不味かったか?」

少しばかり頬を紅潮させて、エンテルはちらりとオズの方へと視線だけを向ける。
当の本人はというと、こくこくと喉を鳴らしながら琥珀色の液体を喉の奥へと流し込んでいる。

「ジュカのオズは知らないでしょうけど、ヒト族で『名前の共有』は家族を意味するのよ。」
「それが?」
「・・・・・・永遠に別離がないってことなの。」

そこへ新しいスプーンが差し出された。スプーンに逆さまに映し出された2人は心なしか寄り添っている風に見えた。



[ END ]
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2003年09月25日

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