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『託される記憶 』
柚品・弧月1582

 そこは見慣れない場所であり、まず間違いなく自室ではない事を弧月は理解していた。だが、妙な懐かしさがその部屋から感じられ戸惑いを隠す事が出来ない。
「此処は……一体……俺は部屋に居た筈なのに……」
 呟きながら辺りを見回す。中央に置かれた囲炉裏には、茶釜が掛かりシュンシュンと湯気を噴いている。少し薄暗い室内に、襖から漏れる光……その襖の位置でさえ記憶にある。部屋を見続ける程に、その部屋の間取りが記憶にあり弧月は更に戸惑う。何か思い立ったのか、弧月はそっと光が漏れる襖を開いた。
「森……?それに……湖……」
 その場所から見える光景にも弧月は見覚えがあった。だが、何処で見たのかを覚えていない。
「此処は何処なんだ!?俺は確かに部屋にいて、寝てた筈なのに……」
 思い出せない苛立ちが、弧月に焦燥感を与える。再び室内を見渡すと、囲炉裏を超えて襖が開いてる方を見ながら腰を降ろす。
「此処だ……此処からの景色に覚えがある……」
 その景色を眺めながら、弧月は郷愁にも似た感覚を覚えていた。


 縁側に立ち、弧月は湖を眺めていた。此処が何処なのか分からないままではあったが、この懐かしさに少しの間だけでも身を任せようと考えたのだろう、その表情は穏やかだった。
「此処は・・・常世と現世の垣根に有る場所・・・弧月殿・・・久しいな・・・」
 不意に弧月の後ろから声がした。それまで一切の音がしなかった室内からだ。弧月は恐る恐る振り返ってみた。そこには、少年が居た。青いボサボサの髪は後ろ一房だけ長く、目は澄んだ青だった。頬と額に一筋の傷跡を残した少年は、穏やかな笑顔で弧月を見詰めている。
「君は……?何で、俺の名前を……?」
 その少年の姿を見た事は、弧月には無かった。だが、この部屋に感じる懐かしさ同様、この少年からも同じ懐かしさを感じる。いや、それ以上の感覚だった。
「知っているさ・・・誰よりも・・・何よりも・・・ずっと待って居たのだからな・・・」
 微笑み少年は音も無く、棚が有る場所へと移動する。様々な物が置かれた棚の上の中から、緑色の風呂敷に包まれた物を手に取る。
「待って居たって?俺を?」
「ああ・・・これを渡す為に・・・きっと役に立つだろうから・・・」
 ゆっくりと弧月の前にやって来た少年が差し出す包みを、弧月はそっと受け取る。
「開けてみろ・・・分かるから・・・」
 言葉のままに、弧月は包みを開いて行く。何故か心が高鳴るのを感じながら……
「これは……」
 手に広げられた包みの中から、銀色のガントレットが現れる。使い込まれながらも、その強度と光沢を失って居ないそのガントレット……弧月はそっと腰を下ろすと、ガントレットを包みごと畳の上に静かに置きゆっくりと手を伸ばす。少年が見守る中、そっとガントレットに触れた弧月の意識は記憶の奔流の中に引き込まれて行った……


『此処は……?』
 荒涼とした原野に幾つ物異形の躯が転がる。些か気分を害しながらも視線を彷徨わせる弧月の先に、二人の人物が背中合わせで身構えている。
「弧月殿・・・そろそろ合流し無いと拙いかな・・・?」
「そうだね。一気にやってしまうとしようか」
 二人はニヤリと笑みを見せると、お互い反対方向へと駆け出す。それぞれの前には、雄叫びを上げながら迫る異形達が居る。二人はその只中に突っ込むと、己が肉体のみを使って異形を駆逐し始めた。
『!?あっあれは!?』
 弧月が見詰める先、黒髪の男がその手に嵌めているのは、先程目の当たりにしたガントレット……そして、青い髪の少年も居る。
『あれが……俺……?』
 黒髪の後ろ一房だけを纏めた男、まごう事なき弧月の姿だった。弧月は、もう一人の自分の姿を言葉無く見詰めていた。
 不意に視界がぼやけたかと思うと、先程の東屋に居た。目の前には、もう一人の弧月と青髪の少年。手には、盃を持ち縁側から見える月を黙って見詰めている。
『知ってる……俺は知ってるよ……』
 思わず呟きが漏れた。そう、これは自分の記憶なのだと、弧月ははっきり思い出す。それは、遠い遠い昔の出来事……自分の前世の記憶であると……
「やはり・・・月を見ながらの酒は美味いな・・・弧月殿・・・」
「ああ。此処からの景色は、本当に良く映えるよね」
 言葉少なに会話を交わす少年と前世の弧月。この少年の事は、誰よりも知っていた。背中を任せる事が出来る友として、弧月にとっては掛け替えの無い存在であった事を……
「またこうして・・・酒が飲めると良いな・・・」
「飲めるさ。絶対に……」
 寂しげな笑みを見せた少年に、前世の弧月は優しく笑みを見せて応えた。それと同時に、弧月の視界はぼやけて行った……


「そうか、ここは……」
 記憶の流れから帰って来た弧月は一人呟く。周囲を見渡し、その懐かしい記憶を思い起こしかつての仲間の事を思い浮かべる。そして、弧月は目の前の少年を見据える。
「弧月殿の持ち物だ・・・しっかりな・・・」
 少年の言葉に、弧月は頷くとふっと口元に笑みを浮かべ、口を開く。
『ああ、分かったよ禍鎚さん』
 発した筈の言葉が、耳に聞こえない。驚愕に慌てる弧月の目の前で、世界が歪みだす。
「もう・・・時間か・・・名残惜しいが・・・」
 寂しげな笑みを見せる少年の姿が、霞んで行く。
『待ってくれ!!まだ、話したい事が一杯あるんだ!!禍鎚さん!!』
 精一杯声を出しているつもりだが、やはり聞こえない。だが、少年はふっと微笑むと告げた。
「今度・・・ゆるりと・・・酒を飲もうな・・・」
 刹那、光の奔流が辺りを染め弧月の意識は白く染まった……

 目を開ければそこは自室のベッドの上、少しだけ流れた涙を拭う。
「夢……だったのかな……」
 呟いた弧月の視線が左手に注がれる。そこには、緑色の風呂敷包みが握られている。
「まさか!?」
 急いで開いたその中には……
「……有難う……確かに受け取ったよ……」
 銀色の篭手を握りながら、弧月は感謝の言葉を呟いた……願わくば、届きます様にと……






PCシチュエーションノベル(シングル) -
凪蒼真 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年09月24日

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