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『『Mysterious Eyes』 』
雨柳・凪砂1847)&ラクス・コスミオン(1963)

 貴女とあたしとは別の存在。
 好みも少し違うだろうし。
 歩く早さも…やっぱり違う。
 想いの伝え方も?
 
 でも――その実、凄く惹かれる。
 彼女の纏(まと)う不思議な匂いに…。

 そして――あたしは、彼女に一般知識と情報技術の操作、使用方法を教えている。

 その代わり――、

***『Rhythm』***

 カタ、カタ、カタ――
 何処かぎこちなく鳴るキー。
 対してディスプレイの映像を写し取る翠緑玉を想わせる瞳は、真剣かつ好奇心に溢れていた。
 
 場所は、雨柳家の書斎。
 そこには屋敷の大きさに見合うだけの本棚と、本の山。その中にポツンと一つ、タワー型のパーソナルコンピューターの存在があり。

「ん…そこ、右クリックしてみて?」
 と、直ぐ隣の凪砂が指示を出した。
 モニタを覗き込んでは、的確に助言を飛ばしている彼女。珍しい、普段は彼女こそがこのパソコンを操る。

「ええ〜と、はい〜?」
 言われた相手は頼りない声で、しかしディスプレイから目を逸らさずに、それはもうぎこちなく指を動かして真剣に指示通りに…、いや同時に右クリックもしてるし。

 途端――、
 何故か画面全体が暗くなった。
 はっと、して動揺しまくるキーボード奏者?

「な…凪砂様?」
 相手――ラクスは戸惑いの表情で凪砂を振り返った。
 「様」付けには未だかなりの違和感を覚えるものの、凪砂は穏かに微笑み返し、ちょっとした間違いを指摘する。

「あっ、そこはね、こうして…こうやるとっ」
 理由は流石にお見通しらしい、ラクスとパソコンの間に割って入ると、素早く――そこは職業柄、手馴れたキーボード捌きを披露しつつ。
 カタカタカタ――
 モノの数秒と掛からずにミスを修正。素晴らしい凪砂のフォローでもあり。

(うわ〜〜〜)
 ラクスにとってはまさに神業に等しかった。だから、

「凄いですっ、凪砂様っ!」
 と偽り無い尊敬の眼差しを送ることも出来る。
 それを間近に受けることと相成った凪砂は、このところ増え続けている苦笑を、またも繰り返す羽目となるのであった。
 例の如く照れながら、
「――、ラクスさんにも直ぐに出来ますわっ」
 はにかむように神秘的なその名を紡いだ。

 ラクス―コスミオン。
 流麗な綴りこそは彼女に与えられた名前。
 詳しい生い立ちは知らないが、何でも紛失した貴重な本を探す為に、一人、はるばるこの島国日本へやって来たとか。
 彼女は名前に劣ることなく、優美で気品のある顔立ちを持ち、ともすれば何処となく高貴な雰囲気も醸し出していた。――ただ、
 
 その容姿は一言で表すと――。
 エジプトはギザ、さる王様のお墓の前にある有名な――例のアレ。
 
 ――すふぃんくす♪
「…なのですよねぇ?」
 
 ――嘘ではなく。
 冗談でもない…。
 改めて、横からその容姿を眺めつつ、「ほ〜」と溜息付くような凪砂。
 真面目な話、凪砂の目の前でカチャカチャと不器用にキーを打つ(指の構造にそもそも問題がありますし/涙)同居人は紛うことなく、すふぃんくす♪
 まさか神話に出てくる様なそれを、始めて目にしたときは相当なパニックになったもので…。最も、そもそも凪砂が普通であったのならば、パニックには至らなかったかも知れない――まあその話は置いて。
 
 今は勉強中なのだ。
 
 教師は凪砂。
 生徒はラクス。
 一対一の個人レッスン。授業内容はパソコンを使ったインターネットをはじめとする、情報社会の一般常識。
 ちなみに生徒、頭脳は明晰で理解力は優秀。が、肉体的ハンデによりキーの打ちミス多々。教える凪砂もそこそこ苦戦する状態である。

(それも、楽しいのですけれども――)

「あの〜凪砂様〜?」
 再び不安気に助けを求めるラクスの声。
 えっ? と、物思いから我に返る凪砂。

「あっ、はいっ、何でも訊いて下さいなっ?」
 午前の奇妙な授業はこうしてゆったりと続いていく。
 これが今のあたし達、生活の『Rhythm』――。

***『Mysterious Eyes』***
 
 あたしは、彼女に一般知識と情報技術の操作、使用方法を教えている。――その代わり、 
 
 あたしは彼女に魔術や伝承、名もない物語などを学んでいる。

 昼食をとった後、午後も続けて勉強会。
 ただし、今度はお互いに立場が変わる。
 教師はラクス――生徒は凪砂、と。
 
 授業内容も当然一変し…「神秘」、「魔術」、「伝承」等の講義。まるで何処かのサークルの研究テーマっぽいが、全て凪砂の好きな項目に加えて、教師自体が神秘の塊であるために、生徒にとってはかなり楽しめる授業であった。

「―――」
 ラクスの流暢で落ち着いた説明が凪砂の耳にゆったりと、心地よく流れ込む。
 其処は書斎ではなく二階の一室。直ぐ隣にはテラス状に作られた踊り場、開け放たれた窓からは爽やかな風が流れ込み、ゆらゆらとレースのカーテンを揺らしては、生徒と教師の、赤と黒の髪を撫で過ぎて行く。

「それって、面白いお話ですね〜♪」
 風にそよぐ髪を、そっと押さえながら凪砂が控えめに訊ねる。
 今は伝承や物語の講義中。座り心地の良いソファに丁寧に腰掛けて、話しを聴き入る凪砂。楽しげな眼差しが見つめる先、テーブルを挟み向こう側には、同じようにゆったり四肢を折り、ソファに身を横たえるラクスの姿。午前中とは打って変わって、リラックスしている様子でもあった。

「――…お気に召しましたか、凪砂様?」
 柔らかく弾む凪砂の声は、ラクスに語り部として純粋な喜びをもたらす。仄かに微笑みが浮かび。それをチラリと眺めた凪砂も微笑み返して、

「ええ、何時もながら、ラクスさんのお話は聴いていて飽きませんものっ。それにしても凄い知識ですよね、あたしも色々と勉強になりますし」

「えっ? それは、え〜と…ラクスより、凪砂様の方が凄いと思いますよ?」
 純真な精神の持ち主である故か、謙虚に、幾分――顔を赤らめる。そして続いた言葉は、これとてラクスにしてみればお世辞でもなく、

(―だって、ラクスは、凪砂様みたいに自然に男の方と話すことは出来ませんし、この世界の速すぎる流れにも、未だ馴染めていませんから)

「あら?…謙遜なさらなくても宜しいのに♪」
 彼女の胸の内に気付く素振りなく、続きを促しながら凪砂は紡ぐ。

 静かに頷くラクス。
 ――再び始まる語り…。

 それは、古い時代の、今では記録に薄っすらと断片しか残っていない物語。
 有名な一人の魔術師が主人公である。
 とある作家は彼を狂詩人と詠んだ。
 無名の廃墟都市に紛れ込み…彼は一冊の書物を発見し、やがては其れを解き明かして行く。そしてやがて途方も無い伝説的魔術書を完成させ、その矢先に忽然と姿を消す。
 ――そう、アルファベットの最初の綴りを頭文字にする、凪砂も知っているラヴ=クラフトが生んだ彼の話だ。
 彼のその、別の物語は――あたかも彼が実在したかのような語りで始まり…終わる頃には、はっきりと実在したのであろう、と凪砂に想わせる。
 否――実在するのだ。恐らく…。

 魔術――、
 かつて古き時代に燦然と輝きをもって存在し、一方では忌み嫌われ、一方では崇められた、万物の真理に触れた者たちが揮ったと言う神秘の力。ラクスはそれすらも使いこなす。
 凪砂の10倍はゆうに生きてきたアンドロスフィンクス、知識の番人であるラクス。
 書物の神の加護を受け、神秘の「目」を授かるラクス。
 或いは彼女にならばセフィロトの深淵――、それすら垣間見ることが出来るのかもしれない。
 そんなラクスの話に耳を傾けているときの凪砂は、常に不思議な感覚に捉われてやまない。
 不愉快とは遠いこの不思議な感覚は、ともすれば凪砂にある種の疑問を提示させた。

(あたし、彼女を見ていると、この社会は思っている以上に普通じゃあないんじゃないかな、と思うようになってきている?)

 今まで外で色々な仕事をこなして来て、図らずも凄い人たちにも出会ってきた。
 その影響もあるのだろうか…?

「―――様」
 ふと、何時の間にか思考に耽ってしまっている凪砂に、躊躇いがちに掛かる声。

「――凪砂様っ?」

「あっ、え?――ええ、ゴメンなさい、少し眠気が出てたみたい…」
 見れば、心配そうに此方を覗き込む、母なるナイルの鮮やかな緑色。
 誤魔化しながらも凪砂、一瞬ぼうっと見とれてしまった。

「大丈夫ですか?無理なさらずに、休憩します?」
 覚醒した凪砂に優しく微笑みかけるラクス。

「大丈夫…っと、でも―そう…ね、少し休憩してお茶にでもしましょうか?」
 こうして午後の授業も、一時中断〜と相成ったのであった。

******

(〜〜和やかですねぇ)
 ――不思議な小箱から流れる軽快なリズム。
 知識では推し量れない新鮮な驚き。
 
 ラクスの聴覚を刺激して止まない其れは、コンパクトな小箱から休むことなく聴こえて来た。音楽――である。
 その再生プレーヤーの中には、更にコンパクトなCDという音の媒体が在るらしい。
(これって素晴らしい魔法――じゃなくて、ぎじゅつですよね?)
 と、聞惚れるラクスは今、屋敷の中庭にいる。

 手入れの程よく行き届いた其処は、木製の円卓とベンチが揃う、ちょっとした庭園の真ん中。その気になればガーデンパーティーも出来そうな、晴れの日の休息にはおあつらえ向きな場所でもあり。

「〜〜〜♪」
 直ぐ近くではブレンドした豆を研ぎ、独特の苦味を含む珈琲、熱々のそれを淹れる凪砂。
 珍しく鼻歌交じり。流れる曲が結構なお気に入りということか。
 何のことは無い普通のポップスなのだが…。

 ―――。

 またしても爽やかな季節の風が二人の身体を撫で過ぎて行った。
「ん〜〜偶には外でお茶するのも良いですわね〜♪」
 と、ご機嫌の凪砂。
 うららかな午後のティータイム。最近はこれが大のお気に入りと為りつつある。言うまでもなく理由はラクスの存在。ただし飲んでいるのは紅茶ではなく珈琲であるのだが。

「ホント〜平和ですねぇ。ケーキも美味しいですし」
 と、此方はシフォンケーキの切れ端を口に食みながらのラクス。当然だが彼女、フォークを握るという高等技術は使用不可能。
 しかし、ラクスはその上を行く、魔術によってフォークを操るという超高等技術を駆使して見事上品な食事をこなしていた。流石は知的&お年頃の女性――色々気を使う。
 ちなみに普段の食事は普通に――いや、結構想像に怖い食べ方をするらしい。
 
「うふふ、手作りではないですけれども、ラクスさんに気に入って貰えて良かった」
 ささやかな超常現象を目の当たりにしながらも、偽りなく爽やかな凪砂。すっかり慣れっこと為った訳で。
 ふと、そんな彼女を眺めていると、また先ほどの疑問が頭をもたげてくる。
あたしが勉強しているのは、社会の非常識――。

(もしかしたら――普通じゃない、そんな風に思うようになってきているなんて…)

 すっ、と首輪に指を這わせる凪砂。
 眼差しはゆっくりと青空に向けて…色々な想い、廻らす。
 
 遠い遠い過去のこと――
 近しい未来のこと――
 ようやく落ち着いてきた「影」とのこと――
 神秘的な同居人とのこと――
 そして――

 三度、穏かでうららかな季節の風が、凪砂の黒髪をサラサラと…擽る。
 凪砂は青空から静かに視線を戻した。

「凪砂―…様?」
 すると不思議そうにこちらを見つめるラクスの表情。
 柔らかく絡み合った黒瞳と翠緑の瞳。
 それは微かに『Mysterious Eyes』――。

「え〜と? 何はともあれ、これからもお互い頑張りましょうっ♪」
 
 二人の勉強会、暫くは続くことに為りそうで。
 音楽もゆったりと、穏かな風に乗って流れ続ける。

***END***

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
皐月時雨 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年09月24日

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