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『●秋の一日 』
アレクサンドル・シノハラ0165
 秋風に時折肌寒い冷たさが混じるようになった。
「えーっと、来週の火曜はこの打ち合わせがあって」
 窓から見える、季節の移り変わりを楽しむ時すら惜しんで、アレクサンドル・シノハラは山積みの書類とにらめっこを続けていた。戦後は多少手が増えるかと期待していたのだが、組織の内部は、相変わらず人手不足に悩まされている。その上、彼は学習や定期ケアの時間も取るように義務づけられていた。となると、特定の誰かと休みを合わせるのは、中々に難しい。まして、相手が彼と負けず劣らず多忙であれば。
(これは、次の週にずらしても大丈夫。ここは、あの人に交代してもらえば)
 スケジュール調整に熱が入るのは、秘書官としての使命ゆえ。けれども、本当の熱意の元は別にある訳で。
「さすが、デート時間の捻出はバッチリね」
「そ、そんなんじゃないですよ」
 赤くなって、つい力説してしまう所が、からかわれる元なのだが。
「ほら、代表もリフレッシュは必要でしょう? でも、やっぱりまだ一人で出歩くのは、危ないでしょうし」
 いつの間にか、二人の仲はプラハ研ですっかり知れ渡っていて。折に触れ、仲間や周囲の大人達から冷やかされる。身近な範囲に、他にはカップルが殆どいないものだから、退屈しのぎ、もとい、親切な方々が厚意を示す格好のカモだった。
「よし、出来た。これで来週末は二人一緒に休めるぞ」
 うーんと思いきり背伸びをした後、窓を開けて見上げた空は、高く済みきっている。
(雪が降り始める前に、都合がついて良かった)
 雪化粧に彩られた街もロマンチックだけれど、ピクニックには向かない。
(場所はどこにしよう)
 ピクニックに適した場所ならどこでも良い。だからといって、いくら手入れが行き届いていても、プラハ研の中庭では、イマイチ休暇気分が味わえない。折角なのだから、ちょっと遠出をしてみたい。
(景色か良いのは、カンパニュラの丘だけど。今の時期は、桜の公園も紅葉が綺麗なんだっけ)
 幼い頃、適当に名前をつけて友人達と遊び回った場所を、順に思い出してみる。皆で転げ回った思い出は幾つもあるものの、二人きりで過ごすに適しているかといえば、さて。そこは、彼もお年頃な男の子なのだから、多少人目を忍べる場所も欲しいのだ。
(こういう方面に強い人って、誰かいなかったかなあ)
 友達同士で情報交換ができればベストだが、あいにく親しい友人の中では、女の子と個人的におつきあいをしている者はいない。となると、女の子の友人からおすすめデートコースを聞くという手も取れない。では、人生の先輩達ならどうかといえば、若い頃は大暗黒期でそれどころではなかったとか、研究に夢中で外でのデートはあまり記憶に無いとか。冷やかすだけ冷やかしておいて、使えない人達である。それでも、どうにか候補地を絞り、彼女の仕事部屋へと向かった。
「あ、丁度良かった。姉さ‥‥」
 廊下でばったり鉢合わせて声をかけたが、ぷいとそっぽを向かれてしまう。
(あちゃー。またやっちゃったよ)
 デートの計画で頭が一杯になり、うっかりしてしまった。
『姉さんとは呼ばないで』
 常々、そう言われていたのに。
 もちろん、アレクサンドルだって、彼女の弟分に甘んじる気は、さらさら無い。一日も早く、彼女を支えられる大人の男性になろう。時に、がんばりすぎだと窘められるくらい仕事に精を出すのは、そんな気負いのせいでもある。なのに、心意気とは裏腹に、長年使ってきた呼称はなかなか抜けない。
 彼女も、アレクサンドルの気持ちは理解している。わざと拗ねて見せるのは、本気で怒っているのでは無く、甘えでもあるのだけれど。
「ご、ごめん。あの、すっごい緊張しちゃってさ」
 まだ若い彼には、こんな時スマートに切り抜ける手練手管は無く、ただひたすら謝り続ける。
「あの、次の週末は一緒に休みが取れるから」
 デートの誘いは、嬉しそうな笑顔と共に二つ返事でOKが貰えた。後は、天気に恵まれるように祈るのみ。
 そして、当日。
「わあ」
 濃淡様々なオレンジ色に染まった石畳を、彼女は軽やかに駆けていく。
「早く。置いてっちゃうわよ」
 肩を組んでしっとりムードとは、ほど遠いが、アレクサンドルもこの方が気が楽だ。屋台で甘い物を買い、散歩中の犬に手を振ったりしながら、目的の公園まで他愛のないおしゃべりが続く。
「ここでお昼にしよう」
 バスケットから取り出されるものが広げられる間、緊張の時が訪れる。最近彼女は、幼馴染と共に料理の練習をしているらしいが、時々その内容がトンデモ料理対決に変身している。そして、そのとばっちりを真っ先に食うのは、決まってアレクサンドルなのだ。
(今日は普通のお弁当だと思うけど)
 ピクニックの計画を立てていた時に過ぎった、唯一の不安はこれだった。受け狙いでびっくり弁当を仕込むような、お茶目な性格ではないと信じてはいるのだが。
「うん。おいしいよ」
 どう? 問いたげな目を向けられる前に、自然に言葉が出ていた。サンドイッチを始め、一生懸命作ってきたのであろうお弁当は、見た目通りの味だった。完璧とは言い難くても、それなりにおいしい。アレクサンドルにしてみれば、彼女が真剣に作ってきたものなら、何でもおいしく感じられたに違いないけれど。
「この前より、上手くなったよね」
「ホント? 嬉しい」
 ぱあっと明るくなった顔に、アレクサンドルも嬉しくなる。
 楽しいランチタイムはあっという間に過ぎて、日は傾き加減になってきた。ふと辺りを見回して、アレクサンドルの心臓がトクンと高鳴る。
(ひょっとして‥‥チャンスかな)
 なるべく人目につきにくい場所を選んでおいたが、今、辺りから完全に人気が途絶えている。あがってしまって、掌に僅かに汗が滲んだが、勇気を出して彼女の名前を呼んでみた。今度は間違って『姉さん』と言ってしまわないように、気をつけて。できる限りさり気ない声で。そっと相手の肩に手を置いて、顔が近づき‥‥。
 ごん☆
「‥‥」「ご、ごめん。大丈夫?」
 後片付けで俯いた姿勢から、呼ばれて顔を上げたら額がごっつんこ。あまりにお約束な失敗に、額を押さえて謝るしかなくなってしまう。
 彼女も真っ赤になって、額を押さえたまま手を放さない。
「タオル、冷やしてくる。待ってて」
 脱兎のごとく駆け出して、噴水まで全力疾走の後、アレクサンドルはがっくりと肩を落とした。
(あああー。やっちゃったよ)
 穴があったら入りたい。正に、そんな心境だった。

 時間をおいて戻ると、すっかり片付け終わったバスケットと共に彼女が待っていた。
「そろそろ、街へ戻りましょ。街の中も、久し振りに見てみたいし」
「うん、そうだね」
 何となく気まずさを残したまま、並んで歩き始める。
(どうしよう)
 後で素直に謝ってしまおうか。それとも、街の中を散歩する内に、気まずさを挽回できるチャンスがあるだろうか。ぐるぐると巡る思いに悩まされていると、ぎゅうっと手を握られた。
(え?)
 思わず見てしまった彼女の横顔は、妙に決然としていた。二人の甘い世界に浸るというより、戦いを挑みにいくような勢いだったが、アレクサンドルも何も聞かずに手を握り返した。
(うーん。まだまだだなあ)
 目標は達せられなかったけれど、半歩前進。傍目には大層元気良く、二人はプラハの市内に向かっていた。

■コメント■
 ご発注ありがとうございました。
 シングルでもツインでも、未登録NPCは直接出せないので、描写はこんな感じです。


PCシチュエーションノベル(シングル) -
なにわのみやこ クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2003年09月24日

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