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『相違苦難 』
ラクス・コスミオン1963

「いただきます♪」

 何処の家庭でも響くであろう声。それは彼女、ラクス・コスミオンの住まう屋敷でも同じこと。
 料理の盛られた皿を床に置き、所謂犬食いの状態で食べ始めるラクス。本日の食事も、とても美味しかった。
 ラクスはスフィンクス。要は、身体がライオンなのだ。四足なので当然椅子にも座れなければ、箸を握ることも出来ない。
 そんな彼女の食事風景は端から見れば異様な光景とも取れるだろう。だが、これが彼女の標準形態。普通の状態なのだ。
 食事をとりながら、ラクスはついと、そんなことを思案する。そして思い起こす。この屋敷へ来て初めて、食事を摂った時のことを。

 テーブルの上に置いた皿。それをわざわざ器用に床へやって、食べていた。
 食事は今日に同じく美味であり、味わいながら楽しみ食べていた。
 しかし、ふと気付いたときの、屋敷の同居人から浴びせられた奇異を見るような視線は、今でも覚えている。
 きょとんとするより先に、皆が箸を使って食べているのが目に入った。自分の常とは、違っていた。
 姿が違うことによる相違を、最も認識した瞬間だったかもしれない。
 おまけに、平べったい皿では食べるのも一苦労だったりする。長く美しい赤髪も、このときばかりは食事の妨げになり、鬱陶しくも感じたものだ。
 食事一つがこんなに大変なものだとは。ラクスは思い知らされた。
 生活の不便も、一つに括れば文化の違い。それが思いがけない労に変わるのは、哀しきかな事実であったのだ。

(懐かしい、ものですね…)
 食事の手…基口を止め、ラクスはぼんやりと思案していた。ちょっぴり汚れた口許には、笑みが浮かんでいる。
 そんな彼女の髪は、落ちてこないようしっかりと止められている。相変わらずの平皿だが、それにももう慣れたようだ。
 同居人とて同じく、いたって普通に、勿論ラクスも交えて食事を楽しんでいる。
 そして慣れているからこそ、今こうして微笑み称えて思い起こすことができるのだった。
 そう、ここでの生活、その全般は慣れと助言と知恵による打開の賜物であるのだ。
 さらにはたいして気にされない様子なので、魔術やら錬金術で作り出した生活補助の物質も多数。
 やはり、端から見れば妖しいかもしれない光景が、屋敷内にてんこもりであった。

 だが、そうやって屋敷暮らしに慣れ親しんできたラクスにも、悩みはある。
 玄関口や窓辺から外を見るたびに、思う。
 本を探しに行きたい。と。
 別に行ってはいけないと言われたり、行くことができないというわけではない。その気になれば今すぐにでも屋敷から出て本探索に向かうこともできる。
 けれど、そこにも付きまとってくるのだ。ラクスが人と異なる形態であるという事実が。
 姿そのものがどうこう言っているのではない。ただ、前述したとおり、ラクスの周りは魔術やら(略)の物質が多数なのだ。
 屋敷のもの破棄にしていないが、だからといって外でも気軽に使えるかというと、そうでもなかった。
 そのためか。彼女は滅多と外へ出ようとしない。
「これが無いと、いささか不便なのですがね…」
 苦笑するラクス。形態の違いという、覆すことの出来ない事実が『奇異』として受け止められる現実が、哀しくさえ思える。

 けれど、悲しんでばかりもいないのが、彼女のいいところ。さらには探究心や学習欲に秀でているのもまた、彼女のいいところである。
 さくさく身支度を整えては戸口に立って笑うことが、なんだかんだ言って多いのである。

「本を探しに行ってきますね」

 そう言ったラクスの表情は、輝いていた。それはもうこの上ないくらいに。
 同居人に見送られ、意気揚々と外へ向かうラクス。
 奇異がなんだ。違いがなんだ。ラクスはラクスである。それもまた、覆すことのできない事実なのだ。
 ラクスが胸を張って歩くことができるのは、決して慣れではない。ただその事実を思うからこそである。
 そう、決して慣れではないのだ。奇異と見る視線に慣れることほど、悲しいものはないのだから…。
 それに、訝しげな視線を浴びせるものばかりでもない。
 人より幾分低い視線で歩くラクスにとって、高い場所のものを探すのは、時に労となる。
 見つけても、手にとるにはどうしても魔術行使が必須となるもの。
 だが、できれば魔術を使うばかりではいないほうが良いだろう。
 一瞬思案したが、手の届かないという現実にはどうすることも出来ず。仕方ないとばかりに魔術を使いかけた瞬間、
「僕が取りましょうか?」
 見ず知らずの者が、ラクスがとろうとしていた物を代わりに取り、手渡してくれたのだった。
「あ…ありがとう、ございます……」
 きょとんとしたまま何とかお礼だけを言うと、その者はにこりと笑って去った。

「………文化の違いなど、関係ありませんね」

 ラクスもまた、にっこりと笑んで手を振った。
 この一件あって、ラクスはまたも意気揚々と帰り道を歩いていた。
 途中、ファミリーレストランなるものを横切ってきたが、ふと視線を走らせた窓から見える食事風景に、ラクスは微笑する。
「人間も大変ですね。わざわざ、手を使って食べるのですから」
 文化の違いは視点の違い。
 労こそあれど、形が違うということに問題などない。
 それを示すように、ラクスは今日も元気に暮らしているのだから。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
音夜葵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年09月24日

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