▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『褌の異邦人 』
鬼頭・郡司1838

 彼は一筋の落雷と共にその地―――住宅地の中にある児童公園―――に降り立った。
「ってぇ〜」
 着地成功とはいかなかった様で派手に尻餅をついた拍子にぶつけたらしい腰をさする。
 浅黒い肌に稲光の色を纏った金髪の下から覗く瞳は深い緑色。成長途中らしき体つきのわりに幼い顔立ち。
 特筆すべきは彼がそのとき身に纏っていたのが黄色に黒のいわゆる虎柄、しかも本物の虎皮の日本古来の伝統的な下着―――褌であったということだろう。
 季節的に朝晩はそろそろ涼しくなってきているため、その姿は人目を引く姿だった。いや、普通の感覚の持ち主であれば褌1枚のみのその姿はかなり奇異であった。
 ピーポーピーポー
 どこか遠くからパトカーのサイレンが鳴り響く。
 公園周辺の家の窓辺に人影が映っている。
 さすがに、突然の落雷と褌姿の人間にどうもご近所からの通報による要請だったのか、徐々にそして確実にその音は近づいてきていた。
「なんだぁ、うるせぇなぁ」
 まるで他人事のように彼は呟いた。
「騒がしくなったなぁ、ここも」
 騒がしくしたのはアナタです。

     ■■■■■

 天上界から引き離された息子を探すために人間界に降りてから早しばらくの月日が流れた。
 地上に降り立った時にはトレードマークともいうべき虎柄の褌のみで惜しみなくその体躯を晒していた雷鬼の鬼頭郡司(きとう・ぐんじ)も月日と共に多少はこの地上に馴染みさすがに褌一丁で生活する事はできないと理解したのか黒い詰襟の学制服を着用していた。
 まぁ、降り立った場所が悪かったのか降り立ったその日に警察に職務質問を受けて危うく連行されかけたのだからイヤでも理解しようというものだが。
 なんと言われようとも今まではこの虎皮の褌一丁で生活していたのに今更それを変える事など全くコレっぽっちも考えていなかった。だが留置所なる無料ホテルにて1泊することになり考えを改めさせられた。
 本来ならば郡司はこんな学ランを着るような歳ではないのだが、地上に降りる際に力を封印されたため肉体が15歳程度の少年のような外見になってしまっているのだ。
「しっかし、面倒くせぇトコになったよなホント」
と、郡司は学ランの襟元を緩めボタンを1つ2つと外す。ちなみに、もちろん学ランの下は当然褌一丁だ。
「しかも、この格好暑いし息苦しいんだよ」
 勢いに任せてがっと制服の袷を力任せに引き千切ろうとしたがその瞬間声をかけられて気をそがれた。
「おぉい、鬼頭ぉ! なぁ、あいつどこ行ったんだ?」
 遠くから級友がそう呼んでいたが郡司はしらっとした顔で1人フラフラとしている。
 郡司は外見同じ歳くらいであるはずの息子を探すために高校に通っており、今日はその高校の『遠足』なる行事でサファリパークに来ていた。
 今から、700年くらい前にやはり地上に来た時にはもっと、こう「まったり」した所だった。
 男連中はみんな褌を着用していた。
 それが今では褌で生活できないというところから始まって、こんな暑苦しいものは着なければいけないし、訳の判らないモノが回り中に溢れ返っているのだ。
 なんだか妙な箱の中で兄ちゃんが歌ったり踊ったりしていたり、妙な玩具から声はその場に居ないヤツの聞こえるし……時代錯誤の郡司の知識にはないテレビや携帯電話は彼にとっては妙な術にしかみえず、いったいどんな術なんだと、理解しがたいモノばかりなのだ。
 理解できないのでその都度、郡司は騒ぎを起こしていた。

   ■■■■■

 ある日ある時、郡司はソレを見てしばし凍りついた。
 四角い小さな箱の中に小さな人間が入っている。
 そして、その人間が歌ったり踊ったりしているのだ。
「な、なんだこりゃぁ!?」
 まるで、某刑事ドラマの殉職シーンのような台詞を叫んでみた。叫んでみた……というか、叫んでいたのだが。
 そこそこ人通りの多い道のど真ん中だった。電気屋の店頭に飾られていたテレビに貼りついている。
「どんな術使ってんだ、コレ!?」
 とりあえず、その術の正体を探るために郡司がやった事といえば……軽く電撃を落としてみた。
 当然のことながらブラックアウト。
「……ふ、勝ったな」
 一体何に対しての勝利宣言なのか―――
 ちなみに郡司は携帯電話でも同様に電撃でブラックアウトさせ高らかに勝利宣言をしていることをここに付け加えておく。
 更に言うならば後日、山手線にて同様の騒ぎを起こして通勤通学客に多大なる迷惑をかけた事も付け加えておく。

   ■■■■■

「あんなへんな術がなんか楽しいのか?」
 破壊してみたもののやっぱりわけがわからず、思い出しただけでも不可解そうな郡司だったが、人から離れたところで徐に懐からあるものを取り出した。
「ヘンナとこになっちまったけどこれはイイよなぁ」
 取り出したのは煙草と酒の小瓶。
 酒を軽く呷って煙草に火をつけた。紫煙を燻らせながら、
「ぷはぁ〜、酒サイコー♪ 煙草サイコー♪」
と郡司はご満悦だった。
 どうも空気が汚いのが難点だったが、のほほ〜んボケボケした天界よりはこの世界の方が郡司の性格にあって居るようで、案外地上の生活を楽しんでいる。
 そんな1人極楽気分を楽しんでいた郡司の後頭部に突然激痛が走った。
「てめぇ、郡司何してやがる」
「痛ぇなぁ。見りゃわかんだろ。コレは酒♪ コレは煙草♪」
 無言でその級友は再度拳を頭部に振り下ろした。
「どこの世界に『遠足』来て酒飲んで喫煙してる生徒が居るんだよ!」
「ココ」
 その瞬間、ぷちっとどこかで何かが切れる音が聞こえたとか聞こえなかったとか。
「バナナも酒も煙草もおやつには入ってない! 没収!」
 そう言われ郡司の心の友―――酒と煙草は取り上げられた。
「ちぇっ」
 郡司はめいっぱい不服そうな顔をしたが、まるっきり無視された。それどころか物凄い目で睨ま首をすくめる。
「―――さて、んじゃ、晩飯の狩りにでも行くとっすっか♪」
「……狩り? 一応聞くけど何を、だ?」
「アレかアレ」
 郡司が指差す先にはシマウマの群れ。そして、数頭の虎が居る。
 ぶちぶちぶち―――今度は何かが何本も切れる音がする。
 見渡す大地、そこかしこに居る動物に胃袋ををくすぐられて立ち上がりかけた郡司は三度頭を殴られた。
「ダメだ!」
「へ? 狩りダメなの? じゃ、何食うんだよっ!」
 やる気満万だった郡司を級友たちが両脇を抱えてバスへ向かう。
 

「あそこに褌に良さそうな虎もシマウマも居るじゃねぇか〜〜〜〜」


 狩らせろぉぉ―――口惜しそうな郡司の雄たけびがサファリパークに響く。
 郡司が引きずられていく姿に動物達は胸を撫で下ろしていた。

Fin
 
 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
遠野藍子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年09月19日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.