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『Kiss the Morning Sun 』
エンテル・カンタータ1284)&オズ・セオアド・コール(1285)
 カラスも家に帰る頃となれば、宿屋は大体満室になる。路銀が心もとない冒険者ならば、一日の宿探しは昼にやる。安い・美味い・静かに寝れる。3拍子そろった宿は、遅くに探し始めても、大概部屋がない。
 エンテル・カンタータとオズ・セオアド・コールは「路銀が心もとない冒険者」ではなかった。2人共、孤児という過去をもってはいるものの、現在は騎士。定期的に依頼をこなし、収入がそれなりにあるからだ。
「もったいないんだから、2人部屋にすればいいでしょ」
 2人は、2人部屋と1人部屋が1つずつしか残っていない3拍子そろった宿のカウンターにいた。すぐ近くにある酒場のカウンターでもあるが、泊り客の受付もここでしている。
 2人は部屋割りでもめていた。エンテルは2人部屋に2人で寝ればいい、と言っているのに対し、オズが反対するのだ。別々の部屋となると1人部屋は1つだけしかないため、1人部屋と2人部屋を両方とることになる。人間1人分余計に払う計算になるのだ。
「エンテル、仮にも女だろう?」
「仮にもってなによっ!? もったいないものはもったいないじゃないの! お化けが出るわよ!!」
 後ろに別の客が控えていることなどアウトオブ眼中で、恋人2人は宿の前で口論をはじめた。宿の主は、職業上では追いはらいたいと思うものの、内心、人間として、この2人の喧嘩を面白がって見物していた。
「私はオズを信じてる!!」
 喧嘩は終結した。エンテルとオズはめでたく2人部屋だけをとり、部屋の鍵をもらった。



 その夜は新月だった。月のない夜は星がいっそう輝く。隣のベッドで眠っているエンテルを尻目に、オズはベランダに出た。夜明けは近いが、空は明るみをおびていない。
 エンテルは自然と目を覚まし、隣でオズが寝ていないことに気付いた。あたりを見回すと、夜風が肩ほどの風を揺らした。エンテルは肩を震わせながら、風に遊ばれたカーテンの向こうで、人影を見つけた。
 寝起きの目をこすりながら部屋のベランダへ歩き、恋人に尋ねた。
「なにをして……ぅの?」
 あくびに逆らえず言葉が上手く言えなかった。オズは口元に笑みを浮かべながら、自分が羽織っていたカーディガンをエンテルの肩に掛けた。一瞬躊躇したものの、素直にありがとうと言ってカーディガンに袖を通した。自分の体系が小柄であるせいもあって、オズのメンズカーディガンは少々大きい。
 オズは答えずじっと星空を見ていた。屋根がじゃまで星空は途中で途切れてしまう。
「あっ、流れ星!!」
 エンテルがそう言って指差した先にはもう流れ星はなかった。
「3回言うと願い事がかなうんだって。知ってた?」
「ああ……」
 そう答えたあとに、思い出したようにオズはいった。
「流れ星は元々、砂粒程度の大きさのチリなんだって」
「ほこりじゃないの?」
「まぁ、そんなもの。それがすごいスピードで大気に飛び込んで、摩擦で発せられた熱が光る……」
 オズが言い終わるやいなや、もう1度流れ星が目の前を通る。エンテルはまた星空を指してはしゃいだ。そのはしゃぎようにオズは微笑む。
「小さなチリが大気圏内にいられる時間は短い。流れ星に3回願い事を言うのは、ちょっと難しいと思う」
「……やったこと、あるの?」
 オズの口ぶりにエンテルは心を躍らせながら聞いた。クールで口が悪く、周囲に粗野な印象を与えるこの恋人だが、根は優しく、案外照れ屋だったりもするのだ。小さい頃、メルヘンに流れ星に願い事をかけていたかも知れない――そう考えると、目の前にいる青年が、急にかわいらしく見えてきた。
 その問いかけに答えはなかった。なんとなく気まずくなった感じがして、エンテルは1度部屋に戻り、水筒とマグカップを2つずつもって現れた。
「ベランダから、屋根にのぼらない? そのほうがずっと、星空は綺麗に見えるし」
 エンテルの提案にオズは頷き、エンテルとオズの水筒とマグカップをエンテルから受け取った。両手に何も持たないエンテルは、ベランダの柵を足場に、身軽に屋根へとのぼった。
「オズ。壊したら怖いから、マグカップと水筒、ちょうだい」
 オズは手身近なタオルにそれらをくるみ、きれいな円を描きながらエンテルにパスをした。エンテルがそれを受け取り、屋根の皿に上のほうへ上っていくのを確認すると、エンテルと同じようにオズも屋根へとのぼった。
「……子供の頃、よくのぼったな……」
「あ、やっぱり? 私もよく登ったよ! その度に、怒られてたけどね」
 エンテルは水筒の中に入れて置いたミルクをマグカップに注ぐ。
「あったかい方がいいんだけどな……ねぇ、炎の壁とかであったかくできない?」
「そんなことでむやみに使っていいのかよ……」
 エンテルに言われ、オズは精神を集中させ、小さな炎を起こした。エンテルはそれですかさず2人分のマグカップを温め、火がなくなるとオズの額には汗があった。
「……大丈夫!? ごめんね、オズ」
「汗かいて暑いから、俺の分もホットミルク飲めよ」
 オズはそうぶっきらぼうに言ったあと、星空を眺めた。エンテルも星空を見たが、となりの人間が気になって仕方がない。暗闇で藍色になった髪の上に咲く白い花も、星空のようだと思った。
「ね、あれがフェニックス座でしょ?」
「……覚えたのか?」
「ちょっとね。あの星座は、え〜っと……」
「フェンリル座。自分の守護聖獣だけ覚えているみたいだな」
 それからしばらく、オズは星をさしながら星座の話をし始めた。あれがパピヨン座で、あれが……
 エンテルは話に聞き入りながらホットミルクを飲んでいた。その間に、小さなあくびを1つ噛み殺した。
「部屋に戻る?」
「ん……平気。ねぇオズ、どうしてそんなに星座に詳しいの?」
 何の得にもならないんじゃないの、と語尾に匂わせながらのエンテルの問いに、オズは一瞬表情を固めた。すぐに緩んだ顔には笑顔があった。
「支えになりたいと思う人がいたから、人より優れて、騎士になろうと思ったんだ。けれど、孤児出身では見下されてしまうだろう? だから、剣技も知識も、全て人並み以上……2倍以上はやって、自分に叩き込んで」
 オズの饒舌に、エンテルは耳を澄ました。彼をそうさせたのは誰だろうと、心ひそかに思いながら。オズを饒舌にさせているのも、騎士にさせたのもその人だと思うと、ホットミルクの味がしなくなった。
 エンテルはそれを抑えながら、オズへと向かって微笑んだ。
「誰かのためにそれだけできるってすごいよ、オズ。誰にだって、できることじゃない」
 エンテルはマグカップに残るホットミルクを全て飲み干した。オズの分のホットミルクお受け取り、それで手を温めた。
「その人に感謝しなくちゃね。おかげでオズは強くって、いつも私を守ってくれる……オズ、いつもありがとう」
 無邪気に微笑むエンテルに、オズは頬へそっと手を伸ばした。東の空から朝日が出始め、エンテルにはオズの顔が逆光でよく見えていなかった。微笑んだように見えた次の瞬間、エンテルは目をつむり、オズと口付けをした。
< Kiss the Morning Sun・終 >
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聖獣界ソーン
2003年09月19日

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