▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『書籍リフレッシュ 』
綾和泉・汐耶1449)&門屋・将太郎(1522)

 東京から比較的都心に離れた住宅街に綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)の住まいはある。城ともいえる8畳の自室はまるで、職場である図書館の縮小版といえるほど、書庫のように本が積まれていた。その全ての書物を彼女は把握しているのだから驚きだ。
 そろそろ定期的な本の整頓をしなくてはならない。だが、ひとりでこの本達を相手にするのは少し辛いだろう。

**********

「と、いうわけで協力者をどなたか紹介していただきたいの」
「……そんなにすごいのか?」
 ちらりと草間武彦は自分の机の上に置かれた書類達をみやる。机ぐらいは自分で処理しなさいといわれ、自分なりに片付けてはいるのだが、壁のように積みあがってしまっている。
汐耶の書庫は、実際のところ全てきちんと本棚に並べられているので、武彦のような悲惨な惨状にはおちいっていない。が、話を円滑に進めるためにも、汐耶は武彦に話を合わせることにした。
「まあ、大体想像している程度で構わないわ」
「確かにそれは……協力者が必要なのかもしれんな」
 掃除の話題がでて、武彦の後ろで興味のないそぶりをしつつも、耳を澄ませてる少女が背後にいるような気がしたが、武彦は無視して話を続けていく。
「とりあえずどんな奴がいいんだ」
「そうね……壊れやすいものもあるので、丁寧な仕事をが出来る人が良いわね。あと清潔な人かしら」
「ふむ……なら、あの辺がいいかな……」
 武彦は手帳をぱらぱらとめくり、慣れた手つきで電話の番号を押していく。
「ああ、俺だ。ちょっと話があるんだが、いいか?」

**********

 それから数日後の土曜日。武彦の紹介でひとりの男性が手伝いに来ることになった。
「やってもらう作業は簡単よ。本のほこり落しと修繕(しゅうぜん)作業、それと……本に住んでいる子達のリフレッシュのお手伝いね」
「住んでいる……子?」
 汐耶へのアパートへ向う道のり、作業手順を聞きながら門屋・将太郎(かどや・しょうたろう)は不思議そうに首をかしげた。
「ええ、結構古い書物に宿っている子達よ。まあ……実際に見れば分かるわ」
 そう言って汐耶は自室の扉を開く。
 途端、飛び込んできたのは本独特のインク臭と淡く甘い香りだった。
 不思議と心の落ち着く、ほのかな甘い香りは玄関脇に置いてあった奇妙な形のビンからもれているものだった。
 手のひらで包めるぐらいの大きさだろうか。真っ白なビンは不透明の黒い布がまかれており、紫と緑が混ざった宝石がつけられた紐で縛り上げられいる。コルク栓がわずかに外れており、そこから香りがもれてきているのだ。
 なんとなく気になり、手に取ろうとした将太郎を汐耶は制す。
「ああ、それ……中身入ってないの。紛らわしいからそのままにしておいてくれない?」
「あ、ああ」
 カラリと書庫への扉を引くと、なるほど汐耶のいう「住んでいる子」達がふわふわと浮かびあがりながら彼らを迎えてきた。
「なるほどな、つくも神……って奴か」
「先週辺りから身体をきれいにしてくれとうるさくてね。毎日少しづつ手入れはしているんだけど、地球のゴミの積もる早さには敵わなかったみたい」
 日々掃除をしていても、どうしてもゴミはたまってしまう。それは生活している上でどうしても舞いあがってしまう屑や、空中に漂う目に見えないホコリ達が原因だ。無塵室(むじんしつ)にでもしない限り、このゴミから逃れることは出来ない。
「キミはそっちの本棚を中心にお願い。私はちょっと買い物に行ってくるわ」
 昼飯と夕飯の材料を買いに言ってくるのだという。すぐに戻るといい、汐耶は扉から出て行った。

 はたきで黙々と作業をしていると、突然本達が話しかけてきた。
『クスクス……くすぐったいよ……』
『ね、そんなことしてないで遊ぼうよ。外はとっても気持ちいいはずだよ』
「だめだ、今日中に作業が終わらなくなるからな」
『大丈夫だよ。ご主人様はまだ帰ってこないし、ちょっとぐらいサボったって平気さ』
 将太郎はひとつ息を吐くと声が聞こえてきた本をひときわ強くはたいた。
 本は何やら文句を言い反論するが、その言葉を無視して作業を進めていく。
 ほこりを一通り払うと、窓際に作ったすだれの影に古い書籍達を運び、風に当ててやる。
 久しぶりの心地よい秋の風に、本達はコロコロと音を鳴らして喜んだ。
 ひととおり運び終えるとすぐに部屋の掃除に取りかかる。少しでも午前中の涼しいうちに作業を終えておかないと後が辛い。
「休む時間はなさそうだな……」
 なにやら悪戯をしかけようとしている本の住民達を追い払い、将太郎は腕まくりをさせた。

**********

 汐耶のアパートより徒歩で15、6分歩いたところにあるビルの谷間にひっそりと建つ1軒の洋館。古いレンガつくりのその建物は、都会の中から切り離された異国の雰囲気を漂わせている。
 「魔女の館」と掲げられた看板通り、店にはあらゆる呪術の道具が並べられていた。棚に置かれた様々な宝石類を眺めながらも、汐耶は迷うことなくまっすぐと店の奥へと進んでいく。
「お待ちしておりました。ご注文の品はこちらでございますね」
 店の店員である老人がひとつの瓶を差し出してきた。汐耶の玄関においてあったものと同じ形状のビンだ。
「ありがとう。このお香、あの子達にとても好評なのよ」
「そうですか……それは私どもとしても嬉しいお言葉です」
「それより……相変わらずね、この店……」
 ガランと誰もいない店内を見回し、汐耶はひとつ息を吐く。今度、買い物に来たときまで果たして店はやっているのだろうか?
「払いはいつもの場所に振りこんでおくわ。またよろしく頼むわよ」
「……毎度ありがとうございます」
 深々と頭を下げる老人を背に、汐耶はカランと音を立てて店の扉を開いた。

**********

 扉の開けられる音が聞こえ、将太郎は読みかけていた本を積み重ねられた山の上に乗せた。一息おいて汐耶が買い物袋片手に部屋へ入ってくる。
「ありがとう、殆ど終わっているようね。おかげでずいぶん助かったわ」
 食材を冷蔵庫に放り込み汐耶はぐるりと本達を見回す。どうやら汐耶がいない間に騒ぎを起こしたものはいないようだ。
 協力して本棚のふき掃除を終わらせ、陰干ししていた本を元の場所に片付ける。
「さて、仕上げにこれを……」
と、汐耶は先ほど買ってきたビンのコルク栓を抜いた。
 ふわりと甘い香りが部屋中を満たし、騒いでいた本達が次第に大人しくなっていく。一種の睡眠薬か安定薬なのだろうか? 人間にも多少影響があるらしく、軽く肺に吸い込んだだけで、強い眠気が将太郎に襲いかかってきた。
「ああ……いい忘れていたけど、あまり深く息を吸ってはだめよ。二度と起き上がれない眠りについてしまうわ」
「……それを早く言ってくれ……」
 くらくらとする頭を押さえ、将太郎は小声で呟く。
「これぐらいでいいわね」
 汐耶はすばやくコルク栓を閉じる。辺りにはまだ香の匂いが漂っていたが、すぐに匂いは掻き消えるのだと汐耶は告げる。
「でも、しばらくはこの部屋にいないほうがいいかもしれないわね。その間に、ちょっと早いけれど食事にでもする?」
「お、待ってましたっ」
 着流しの服を調え、将太郎は軽く拍手を打つ。
「そんなに期待しないでよ」
「なんの、女性の作る肉じゃがは天下一品の美味さだよ」
 本音なのか建前なのかよく分からない表情で、将太郎はにっこりと笑みを浮かべるのだった。

****************************

 それから数日後。1冊の本が汐耶の部屋の住民に加わっていた。
「門屋心理相談所ご利用案内書」
 何の加工もしていない薄い上質紙の表紙に、黒文字で簡素に書かれたタイトル。重厚な新書本の間に置かれたこの小冊子は、あまりにも目立つ存在だった。
「……図書館のロビーにでも置いておけということなのかしら……」
 汐耶は肩をがっくりとおろしながら、そうぽつりと呟いた。
 
 文章執筆:谷口舞
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
谷口舞 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年09月18日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.