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『虚飾の中の2人 』
海原・みたま1685)&海原・みその(1388)

「――みたま。すまないけど、子供を1人預かってくれないか?」
 ダンナさまにそう告げられた時、私は軽い気持ちで引き受けた。
「それは構わないけど……今日これから?」
「ああ。これから」
 だって私は、その時思いもしなかったから。
「いつまで? 今日だけでいいの?」
 その答えを。
「いや――ずっとだ」
「え?」
(ずっと……?)
「それって――」
 ”一時的に”預かれという意味ではない。
 すると考えられることは。
「私の、”子供”にするってこと?」
「そう、私たちの”娘”にね」
(娘……)
 私には既に、自分が産んだ子供がいた。もちろんダンナさまとの子供だ。だからそう聞いても、”増える”こと自体に抵抗はなかった。もしそれが初めての娘であったなら、そうは思えなかったかもしれない。
(それに――)
 私は信じていた。
 私の願いを叶えてくれた、このダンナさまを。
 だからきっと、何かワケがあるのだろうと思った。
 そしてできれば、彼の思うとおりに。
「――わかったわ。どうすればいいの?」
 そうして私は、新しい”娘”であるみそのを迎えに行くこととなった。



 初めて2人向かい合ったその時、私たちを包んでいたのは優しい海の音。そして懐かしい潮の香り。
「――あなたが、みその?」
 その娘は独り佇んでいた。まるで陸に上がったばかりの人魚姫のように。
「は、はい。あの……あなた様は?」
 みそのは緊張した面持ちで、それでも可愛らしく首を傾げた。
 私はそんなみそのの緊張をほぐすように微笑んで。
「あなたの”お母さん”になる、海原・みたまよ」
「まあ、お母様に?」
 嬉しそうな顔をしたみそのが、私も嬉しかった。
「ええ。あなたは今日から海原・みその。これからよろしくね」
 私が手を伸ばして握手を求めると、みそのは大きく頷きながら手を握る。
「はいっ」
 それから私たちはゆっくりと、私の家――自宅へと向かって歩き始めた。
 歩きながら、私はみそのの横顔を盗み見る。
(似てるわ……)
 みそのはダンナさまに似ていた。
 それは顔かたちではなくて、雰囲気。
 存在しているだけで周りの空気を和らげてしまうような、どうしようもなく”私”を惹きつける雰囲気だ。
 そしてそれでいて、みそのはとても妖艶で神秘的な少女だった。
(――そう)
 多分みそのは”女性”と”少女”、どちらの魅力をも兼ね備えているのだ。そして多分多くの人を、惹きつけるのだろう。
(まず惹きつけられたのは私)
 じゃあ次は――?
「あの……みたま様?」
「!」
 みそのの横顔を”盗み”見ていたはずが、いつの間にか凝視してしまっていた。当然みそのは自分が見つめられていることに気づいていて、頬を赤らめている。
 私はごまかすように。
「――名前じゃなくて、他に呼び方があるでしょ?」
 そんな言葉を選んだ。
 するとみそのの顔がさらに赤くなる。
「えっと、あの……お母様……」
「よくできました♪」
 私が頭を撫でてやると、みそのはとても不思議そうな顔をした。
「? どうしたの?」
「いえ……こういうスキンシップは初めてなものですから……」
 頭を撫でたくらいで”スキンシップ”なんて、おかしな言い回しをする。
「じゃあ普段はどういうスキンシップをしてるの?」
 鏡のように、私は同じ表情をして返した。
 私はみそのが普段どんな生活をしていたのか知らない。ダンナさまが事前に教えてくれたのは、みそのの名前と。みそのが私と同じく人魚の血をひいているということだけだ(ただし私よりはずっと濃い)。
(頭を撫でられたことが初めてなんて)
 一体どんな生活をしていたというのだろう。
 みそのは説明する順番でも考えているのか、少し間を置いてから口を開いた。
「私の仕事は、大切な方を眠りから覚まさぬよう、眠りの中でその方を楽しませることなのです」
「あら、どうやって?」
「たとえば……淫技などですわ」
「!」
 恥ずかしそうに、言いづらそうに、それでもみそのは告げた。私に自分を知って欲しいと思っているからだろう。
「……なるほどね」
 私が納得した声を上げると、みそのは再び顔を赤らめる。
(それが)
 子供である彼女が持つ、大人の魅力の正体なのだ。
(きっとどんな男も)
 逆らうことはできない。
 ――そう、あの人ですら。
(この魅力に囚われるわ)
 それとも既に、囚われているのかしら。
 私の”娘”にと望んだ。けれどそれは、あの人の”娘”でもあるのだ。私とあの人は夫婦なのだから。あの人は私の、ダンナさまなのだから。
(あの時訊けなかったワケが)
 もしもこれだったとしたら――
「お母様はこれまでどんな生活をしていらっしゃいましたの?」
 みそのの言葉が耳を通り抜ける。
 考え始めたらとまらない。
(私たちは)
 心が通じ合う前に、身体を繋げた夫婦だから。
 私が求めた、夫婦だから。
(今でこそ)
 通じ合っているという確信はある。あるけれど……
「お母様?」
 答えない私を、みそのが不思議そうに見上げた。私は自分でも気づかぬうちに、立ちどまっていた。
 深層を隠した笑みがこぼれる。
「――私はね、ずっと世界中を飛び回っていたのよ。フィールドワークっていうのかな。世界をめぐって、色んなモノを見、知り、研究してね」
「わぁ、なんて素晴らしいのでしょう! 一体いつ頃からですか?」
「そうね……10歳で大学院みたいな所を卒業したから、それからよ」
「ではもうずいぶんになるんですね。羨ましいですわ……。わたくしの知る地上は、限られたごく一部だけですもの」
 尊敬と羨ましさをこめた瞳が、輝いている。
 私は心の中でも笑っていた。
 自分を。
(全部嘘よ)
 本当の私には学歴なんかない。学歴どころか、人権さえ存在しなかった。
 私は傭兵だったのだ。
(確かに世界は回っていた)
 しかしそれは、戦うために。
 戦いも一つの勉強と言うならば、あるいは言葉どおりなのかもしれない。
「いつか機会がありましたら、わたくしも連れて行って下さいませね」
 可愛らしい笑顔で、みそのは言う。
「ええ……そうね」
 私は曖昧に笑った。
(違いすぎる立場への)
 引け目なのだろうか。
 私の口が勝手に告げた嘘。
(みそのは慰めていた)
 私は、銃を撃っていた。
 私が正直に答えても、みそのは同じ瞳で見てくれたのだろうか。
 同じように、「連れて行って」と――

     ★

 あの時自宅に着くまで、結局私は真実を伝えることができなかった。そしてそれ以後、ずっと……。
(いつか)
 いつか言わねばならないことはわかっている。
 あの時ははっきりとわからなかった自分の気持ちも、今はちゃんと理解できているから。
(本当は)
 引け目なんかよりもずっと、深い想いがあった。私は最初から恐れていた。
 あの人が――私のダンナさまが、みそのに惹かれてしまうこと。みそのに盗られてしまうこと。
 勝手な未来を予想して、私はそれに嫉妬した。
 だから盗られぬよう、”私”を焼きつけたのだ。
(嘘で固められた)
 隙のない私を。
 みそのは、そんな私の内側を知ることはなかった。だからこそずっと、私を尊敬の眼差しで見続けてくれた。多分、”母”として。
(けれど――)
 やっぱり私は彼女を100%娘として見ることはできなかった。本当の娘と分けるように、彼女に対して「娘をよろしく」と言ってしまったこともある。
 後悔は、している。
(そろそろ、許してあげなきゃ)
 みそのを、ではない。
 偽ってきた自分の心を、だ。
 みそのが夜伽のお相手に夢中なのはとうにわかっている。私がたとえ真実を打ち明けても、みそののその想いは変わらないだろう。
 みそのとダンナさまの距離は変わらない。
 それは信じられる。
 すると今度は。
(その瞳を、失うのが怖くなった)
 輝く瞳で私を見ていたみその。
 本当の私はきっと、その瞳を曇らせる。
 言いたくない。
(――それでも)
 それでも私は、言わねばならないのだ。
 伝えなければ始まらないから。
 そうしてどんな形でもいい。
 みそのとの関係を、新しく始めよう――。








(了)
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東京怪談
2003年09月11日

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