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『巻き起こる風 』
高遠・弓弦0322)&布川・和正(1007)

 空気は澄んで、風が舞っている。色づいた木の葉が辺り一面を秋色に染めていた。常緑樹の少ないこの公園では、緑はなりをひそめ梔子色や煉瓦色、銀杏の鮮やかな黄色が色彩のほとんどを占めている。

 黒く緩やかなカーブがデザインされた鉄枠に、木製の敷き板。公園の髄所に置かれたベンチは、秋の穏やかな光りに照らされた恰好の休憩場所だった。大通りと大通りをつなぐ立地から、利用者が多い公園である。しかし、平日のしかも昼休憩後ともなると、ベンチで休んでいる人や散歩している人の姿もまばら。
 高遠弓弦は創立記念日で休みであるのにも関わらず、歩いてそう遠くないこの公園へと足を進めていた。友人と遊ぶのが嫌いなわけではなかったが、静かに読書したりのんびりと植物を見て歩く方が好きなのだ。
「うーん、いい天気」
 伸びをすると、ようやく辿り着いたベンチに腰を落ちつけた。手には鞄とスコーンの入った小さなバスケット。水筒の中には暖かい紅茶が入っている。出かけると告げると、姉が用意してくれたものだ。
 心地よく渡る風に身をまかせ、弓弦は鞄から読みかけの本を取り出した。開く前から、風がページをめくっていく。
 恋愛小説。
 別に際だってこの分野が好きなわけではなかったが、索引に書かれている文字に惹かれて購入した本。しかし、読んで見ると、ずっと互いの存在を知らずに生きてきた男女がほんの僅かな出来事から、運命の糸が絡まっていく――といった内容に自分の姿を重ねて、止められなくなってしまっていた。

 いつか出逢いたい人。
 生まれたときから、ずっと心の中に住んでいる。
 これはきっと生まれる前からの記憶。

「運命は長い道。進むべき方角は、神と自分自身の心のままに――か」
 背表紙の白い文字が目に飛び込んでくる。弓弦は自分の心に正直でありたいと思った。あの人に逢いたいと思う心に――。
 白い指がページをめくる。
 そろそろクライマックスという場面に、弓弦はコップに入れた紅茶を飲むのも忘れ没頭していった。

                         +

「そろそろ、バイトも止め時かな……」
 朱色のバンダナをした少年が自転車に乗って、公園の中央にある広い道を走っていた。
 バイト帰りの布川和正は、明日にでも別の仕事を探そうと思った。ひとつ場所にいて、人と深く関わるのは御免だった。誰も自分を特別だと思わなければいい。そうすれば、何かが起こっても誰も傷つけなくて済むのだから――。
 手に残る罪の感覚。忘れられるはずもなく、消して忘れてはならない記憶。

 突風が吹いて、一瞬和正の視界を枯葉が奪った。
「くそ、なんて風だ」
 ハンドルを握っていた右手を離した瞬間、荷台にくくりつけていた雑誌が落ちた。慌ててペダルを漕ぐ足を止める。
 振り向くと遠くに散乱している雑誌。
 舌打ちして歩き出した。が、彼が辿りつく前に、挟んでいた切り抜きが高い空に舞った。クルリと円を描くと茂みの向こうへと消えた。まるで意志に導かれたかのように――。
「はぁ、まったくついてないぜ」
 急いでいる時ほど、世間は上手く廻ってはくれないものだ。紅葉の美しい「植物の名前」の間を通り、厚みのある茂みを超えた。と、目に淡い銀色が飛び込んできた。それはベンチに座る少女の、風にそよぐ銀髪だった。
 白く細い指がゆっくりとページをめくっている。柔らかそうな頬の輪郭。長い睫毛の下には赤い瞳。
 和正は動きを止め、少女を見つめた。
 目が離せない。ずっと見ていたいと心が叫んでいる。
 息をすることすら忘れてしまっている自分に気づいた。
 なぜだろう。とても心が安らいでいく。
 ベンチの後ろにある銀杏に寄りかかって座った。落ち葉が音を立てる。よほど熱中しているのか、少女は響く音にも反応しない。
 和正は見つめるうちに、ゆるやかな眠りの中へと落ちていった。

                    +

「ふぅ、終わったわ……」
 最後まで読み終えた弓弦。小さく伸びをして、本を抱きしめた。胸にジンジンと入ってくるラストシーンに目を閉じて、想像の思惑に酔う。
 しばし夢見心地でいたが、バスケットのスコーンを思い出して視線を横へと向けた。
「あら?」
 目の端に黒いモノを捕らえた。履き古されたスニーカーと投げ出された長い足。それは銀杏に寄りかかって眠っている少年の姿だった。 
 いつの間に、ここで寝ていたのだろうか?
 本に熱中していて気づかなかった。水筒に伸ばしていた手を止め、弓弦はそっと少年の顔を覗き見た。
 いつもなら、男性の顔をまじまじと見ることなどできそうにもない。が、今日は相手が寝ていることもあるし、何より風にそよぐ彼の銀髪に隠された表情が気になって仕方なかった。
「気持ち良さそうに眠ってる……のね」
 気づかれぬよう口の中で呟く。
 どんな夢を見ているのだろうか――見つめている弓弦の視線の先で、少年の丹精な顔が幸せそうに緩んだ。
 その表情に、弓弦は自分の胸のなかにも暖かな感情が湧いてくるのを感じた。

 チリン、チリン――。

 ベルの音。通りを自転車が走り抜ける。弓弦はその音で我に帰った。
「そ、そうだわ、買い物を頼まれてたんだっけ――」
 どのくらい見つめていたのか。
 自分の行動を思い出して、頬が上気してしまう。白いシャツが規則正し上下するのを確認して立ちあがった。彼が突然目を覚まして、目が合ってしまったら困る。弓弦は誰も聞いていないのに、立ち去る理由を口にした。
 本を鞄に仕舞う。バスケットと水筒を手にし、もう一度眠り続ける少年に視線を落した。
 風が強く吹いて、たくさんの銀杏の葉が舞う。少年の体にも舞い散った葉が降り積もる。弓弦はなびく髪を押さえて、目を閉じた。

 貴方は今、どこにいますか。

 柔らかく響く声を思い出す。貴方がどんな姿になっていても、触れたらきっと分かる。
 少年の幸せそうに眠る姿に、記憶に刻まれた愛しい人の寝顔が重なっていく。出逢いたい背中は、もしかしたらすぐそばにあるのかもしれない。
 まさか……ね。
 弓弦は太陽に手をかざし、公園を後にした。

                     +

 逢いたい――アイツに。
 魂が探し求める相手。記憶の中に眠る少女の姿。
 抱きしめた体は細くて小さい。柔らかく甘く香る肌。耳をくすぐる声。
 彼女が微笑む。自分を包む暖かな表情に、どんな罪も許されてしまう気がした。
 触れたい。
 出逢えたなら、二度と離さぬようきつく抱きしめるのに。

 どこにいる……?
 
 この広い世界の中で、たったひとりの少女を見つける。相手に触れることができたなら、すぐにでもアイツだと分かるはず――、でもそれは難しい。女性に気軽触れることができるなら、苦労はしないのだが。
 もしかしたら、たくさんの偶然の中ですでに出逢っているのかもしれない。
 ぼんやりと霞む視界。輪郭を滲ませて、少女が笑う。
 きっと探し出す。
 現実に追われながら、それでもきっと探し出す。
 アイツを。

 葉ずれの音に、和正は目を覚ました。
 色彩を取り戻した視界。目の前を黄色い銀杏が散っている。
「寝ちまったのか……」
 ベンチを見ると少女の姿はなかった。彼女は俺が眠っているのに気づいただろうか。気づいて欲しい気がした。
 白く柔らかそうな頬が印象に残っている。
 目を閉じると、抱きしめたアイツの頬と少女の頬とがリンクしてしまう。
 和正は軽く頭を振った。
 どうかしている――俺は。

「ヤベ! 約束の時間……恐いからな」
 叔父との約束を思い出し、和正は握りしめていた切り抜きをポケットへねじ込んだ。茂みを超え、投げ出していた自転車に飛び乗る。
 ペダルを漕ぐと、冷たくなり始めた風が体に添って空気の渦をつくる。
 向かい風に髪をなびかせ、少年は走り去った。

                       +

 出逢える偶然。
 出逢う必然。
 ふたりは互いを運命の人だと、気づかぬまま通り過ぎた。
 それでも、きっと廻り始めている。
 巻き起こった風に、心の鐘が鳴り響くように――。



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ライターの杜野天音です。指示された歌詞が調べても分からず、意に副えているか心配です。
すれ違うふたりが表現できているようでしたら、いいのですが。
心に残るものになれば幸いですvv
ありがとうございました。




PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2003年09月10日

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