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『バーデンバーデンツアー〜月曜日の休息〜 』
ウィン・ルクセンブルク1588)&ファルナ・新宮(0158)

●フリードリヒ浴場
 
 天はまるで水色の絵の具を広げたキャンバスのように、鮮やかに広がっていた。
 長い時間、飛行機の狭い席に……彼女達は当然、ビジネスクラスで来たのだが……閉じ込められていたその開放感もあり、東京の空よりも、そこは澄んで美しく、そして広々としているように感じられたのだった。
「ファルナさん、こっちよ」
 小柄な身で大きなスーツケースを引きずる青いワンピースの少女に、背の高い青い瞳の美女が手招きをした。
 ウィン・ルクセンブルクという日本の大学に通うドイツ出身の女性だった。彼女の実家はこの近くであり、日本で知り合った友人をホテルも営む彼女の実家へと招待する旅。それを二人は始めたところだった。
 ファルナ・新宮(-・しんぐう)は、日本生まれであったが、母が異国の出身で、豊かなブロンドの髪とエメラルド色の瞳を持つ。スタイルも良く、長身のウィンと並ぶと、とても美しい姉妹のようだった。
「ああっ、待ってください〜っ」
 石造りの大きな建物の方へと向かっていくウィンの後を、スーツケースを引きずりながらファルナは急いだ。
 彼女の周りの景色は、美しい宮殿のような中庭だった。緑の芝生が一面に広がり、花が咲き誇り、噴水が清水の音を響かせている。
「そこで待ってて」
 ウィンは白い大理石の八本の太い柱で支えられた、まるで古代ローマの建築物のような施設に登る階段を掛け始めた。
 実家に戻る旅行である彼女は、ファルナに比べれば軽装で身軽だ。太陽の化身のような美しい金髪をなびかせ、華奢で長い足で優雅に駆け上がるその姿に、通りがかる地元の人々もふと立ち止まって振り返る。
 待っていろといわれたので、その大理石の階段の下で、ファルナは立ち止まり建物を見上げていた。
 見知らぬ土地に大荷物と共にいるせいか、ほんの少しの孤独感に、捨て犬のような表情になってしまう。
 ほどなく戻ってきたウィンは、その施設の職員とおぼしき制服を着込んだ青年達と共に、階段を下りてきた。
「はるばる日本から来たレディに重い思いをさせてはいけないってね。頼んできたのよ」
 サファイヤの切れ長の瞳をウインクして見せ、ウィンは微笑んだ。

 ドイツ。バーデン・バーデン市は、国内でも有数の観光都市であり、また温泉地である。
 彼女達が訪れたその美しい神殿のような建物は、クアハウスと呼ばれ、この市のシンボルと呼ばれているものだった。
 その巨大な施設の中には、1000人を収容できる巨大なホールの他、カジノやコンサートステージが入っているという。『社交会館』とも呼ばれ、豪華絢爛なパーティも度々開かれるという話だった。
「綺麗なところですね……」
 高い天井を見上げながら、ファルナは呟いた。床に敷かれた柔らかい絨毯も贅沢なもので、内装もまたため息が出てしまう程の凝りようであった。
 上階に上がり、エレガントなロビーで受け付けを済ませてから、ウィンはファルナに微笑みかけた。
「ええ。荷物を降ろしたら、行ってみたいところがあるの。付き合ってくださるかしら?」
「もちろん、喜んでっ」
 ファルナも微笑んで返す。
 二人に用意された部屋も、上品でとても美しく広々とした部屋であったが、旅の軽くはない荷物を降ろして、休む間もなく二人はケアハウスを後にした。

 クアハウスの庭に再び降り立ち、ハイヤーに乗り込むと、ウインは運転手に「フリードリッヒ浴場まで」と頼んだ。
「浴場?」
 首をかしげるファルナに、ウィンは楽しそうに頷いた。
「バーデンバーデン市は温泉地としても有名なのよ。ドイツでも一番高い温度の温泉が沸く場所で、市内には大きな温泉浴場が二つあるの。フリードリッヒ浴場はその一つ」
「温泉ですか」
 ファルナの瞳が輝いた。
 旅の疲れを癒すのに、これほど効果的なものもないだろう。
「素敵な場所よ。久しぶりに行ってみたくて」
 ウィンもとても嬉しそうに言った。
「あ、でもっ」
 ファルナは困ったようにウィンに告げた。
「水着持ってきてないです……」
 大きな温泉地というと、水着を着て入浴する場所が多いことをファルナは思い出した。特に観光都市で、外国からの観光客をあてにしているところはその傾向が強い。
 けれど、ウィンはくすくす笑った。
「フリードリッヒ浴場は、水着を着てはいけないルールなのよ」
「そうなのですか?」
「ええ、おまけに混浴」
「ええっ!?」
 頬を染めるファルナ。16歳の彼女にはなかなか刺激的な言葉だ。
「ふふ。冗談。普段はちゃんと分かれてるから」
「そうなんですか、よかった」
 真っ赤な表情のまま、ファルナはそっと胸をなでおろした。
 日本からの気ままな二人旅ということを知ったタクシーの気さくな運転手は、少し自慢気にバーデン・バーデンの歴史の話をしてくれた。
 バーデン・バーデンとは日本語で言うと『温泉・温泉』という意味らしい。
 古くはローマ時代に、オース川の谷間に温泉を発見し浴場を築いたのがその始まり。19世紀は貴族の社交場として栄えたこともあり、カジノ、劇場、コンサートホール、美術館などはその当時からあるのだという。
「素敵な街ですね」
 車窓から流れるドイツの街並みに目を細めてファルナが微笑む。
「そういっていただけると嬉しいわ」
 ウィンは嬉しそうに頷いた。彼女が生まれ育った街もこの近くである。

 フリードリッヒ浴場の建物の入り口はガラス張りで、ドアをあけて中に入ると、初秋のやわらかな光が降り注いでいた。
「ここね」
 ウィンが先に建物の中に入っていく。ファルナも最後まで親切だった運転手に手を振りながら、その後を追った。
 入り口から中に入ると、そこは日本の温泉場とはやはりかなり違う。
 広大なホールが広がり、温泉地というよりは、スパ・リゾートといった方が近いかもしれない。
 受付の女性に料金を支払うと、磁気カードのようなものを手渡してくれて、「女性用は階段を上がって右にいったところ」と案内してくれた。
「あっちみたいね」
 ウィンはファルナに彼女の分のカードを手渡すと、奥にある階段を指差した。
 階段を上がると男性と女性のマークのついた順路になり、二人はもちろん女性の順路へと曲がった。
「なんだか緊張しちゃいますね」
「ええ。ここは、普通にお風呂に入るだけではないのよ」
 ウィンはウインクをしてみせた。更衣室にも案内係の婦人がいて、英語とドイツ語どちらでも案内してくれた。
 ここには来たことがあるウィンも一応と話を聞いてみることにする。ファルナはその話を傍から聞いていて、温泉がまるでコースのようになっていることを知った。
 一つのお湯に長く漬かるというよりも、たくさんのお風呂を回っていくスタイルのようだ。
 その行程を一周するだけで2時間近くになるというのだからすごい。

「ウィンさん……スタイルいいなぁ」
 白人の透き通るような肌に抜群のスタイルを持つウィンを見上げ、ファルナは感嘆の吐息をつく。
 とはいえ顔立ちは幼いが、出るとこは出て、凹むところは凹んでいる、生意気な程(?)の体型もけして引けをとるものではない。
 二人はタオル一枚だけを持ち、生まれたままの姿で、広い浴場へと足を踏み入れた。
 湯は柔らかく、蒸気はどこか日本とは違う香りをしているようで、二人は湯船の中で微笑みあうのだった。
 シャワーを浴び、サウナに入り、熱いサウナに入り、またシャワーを浴びる、という順路とおりに進んでいくと、その次の看板には「石鹸泡ブラシマッサージ」と書いてあった。
「石鹸泡風呂マッサージってなんでしょう?」
 ファルナがきょとんとしてウィンを振り向く。
「コースに入ってるわ。いってみましょう」
 楽しそうにウィンが歩き出す。すると部屋の中では体中を泡だらけにしてハンドマッサージを受けてる人達が目に入った。
「……こ、これ?」
「気持ちいいわよ」
 言ってる間に、温泉の係の女性が二人を空いている寝台に招いた。
 寝台に仰向けに横にされて、石鹸の泡を塗りたくられる。あわててタオルで隠そうとしたのだが、女性しかいない場所なのであまり気にもしてないらしい。
 敏感な胸の突起や、おへその辺り、さらには太腿などを細かな泡と共にくすぐられて、ついつい小さな悲鳴をあげてしまうファルナ。
「お嬢さん、静かにして」
 ドイツ語で係の人が注意しながら笑うが、どうにも止まらない。
 ウィンもその横で面白そうにくすくす笑っている。しかし、女性同士だからとはいえ、裸のままで全身マッサージを受ける習慣なんていうのは、あまり経験のないことだ。
 ファルナは真っ赤な顔をしたまま、ようやく解放されて出てくると、次のシャワーの部屋でしばらく茫然としていた。
「気持ちよかったでしょ?」
「は、はい。それはとても。……でも、恥ずかしかったです」
「エステだと思えば」
「そうですね……」
 頬を紅潮させたまま、石鹸の泡を流して、二人は次のサウナへと進む。その先も広いプールや、ハーブの香りあふれるミストサウナなど、すっかり満喫する二人なのだった。

●カジノ

 すっかり心も体もリフレッシュした二人は、夕食をホテルのレストランで済ませた後、正装したままカジノに出かけてみることにした。
 赤いワインのドレスを大人っぽく着こなしたウィンと、水色のチャーミングなドレスを着たファルナは、その場所に入るなり、辺りの人々の注目を受けた。
「ようこそ、レディ方。今夜はどんなカジノがご希望かな」
 おどけた感じのウェイターに誘われて、二人はルーレットの卓に腰掛ける。
 ワインを手渡されたが、彼女達の美しさに惹かれた誰かからのプレゼントらしかった。けれど、その相手をみつけることはとうとう出来なかった。
 たくさんの紳士達が同じルーレットの卓に集まり、ゲームが始まる。
「赤のレディ、どちらに賭ける?」
 切れ長の青い瞳の美女に、背広の金髪の青年が微笑みかけた。どこかディカプリオに似たあどけない顔立ちのハンサムな青年だ。
「赤の10よ」
「じゃあボクもそれだ」
 青年が笑って、コインを渡す。
「どういうこと?」
「美しいレディ達を一目見たときから、今夜のボクの運命は決まったも同然ってこと」
 ウインクをよこす青年に、ウィンは少し困って肩を上げてみせた。
 しかしその夜の彼の運命の女神は微笑んでいたらしい。
 二人の成果は上々で、そして青年もその幸運をおこぼれに預かったらしかった。
 カジノから引き上げた後も、二人から離れたがらない青年にワインをさんざんご馳走になってから別れた。プレイボーイらしい彼は、明日の日程などもしつこく聞いていたが、なんとか上手くかわした。
「また会いそうな気がするなぁ……」
 二人が乗るタクシーをいつまでも街道から見送っている青年を、バックミラーごしに眺めながらウィンは肩で息をした
「あの人ですか?」
「うん。ああいうしつこいタイプ」
「奢ってもらえたし気前のいい人みたいですね」
「彼のお金じゃないでしょうけどね」
 どこかの貴族の道楽息子だろうとウィンは笑って言い、ファルナもそうなのかしら、と頷いた。
「明日はどうする? 私、クアハウスのコンサートに行ってみようと思ってるけど」
「……どうしましょう」
 ファルナは指を顎に当てて首をかしげた。
「もう一度、あの温泉に行って来ようかな。あのマッサージまた受けてみたいです」
「あんなに笑っていたのに。気に入ったの?」
「だってお肌がすべすべになったんですよ。とつても気持ちよかったし」
 ファルナは満面の笑みで頷いた。

●火曜日の休日

 銀と紺のドレスで、さらに大人っぽい雰囲気に変身したウィンは、午前中の早いうちにはコンサートホールへと出かけていってしまった。
 その日の演目は、ドイツの古い交響楽団による演奏会で、母の古い知り合いの人が出ているらしいというのを聞き、花束の土産も欠かさない。
 ファルナも再び、タクシーに乗って、フリードリヒ浴場へと辿りついていた。
 昨日と同じ要領で、受付を済ませ、階段を上り、右側の女性の入り口へと向かう。
 裸になって、タオルを手に取り、浴場に進む。シャワーを浴びて体を流してから、先に進むと。
 
 ひげもじゃのおじさん。

 が、頭を洗っているのを目撃してしまった。
「えっ!?」
 何かの見間違いかもしれないと、先に急ぐ。するとそこにも男性の姿があった。
「……ど、どういうことでしょう……」
 タオルを体に巻き、目を丸くするファルナ。そこに何故か聞き覚えのある声が響いた。
「もしかして、青のレディ?」
 振り返ると昨日の青年が、生まれたままの姿でにっこり笑っていた。
「えっ!? どうして、ここにっっ!! それにっっ」
「混浴ディに来るとは意外に大胆。いや、入れる温泉が増えるからお得なんだけどね。よかったら一緒に回らない?」
 青年のウインクを見上げながら、ファルナは気が遠くなるのを感じていた。
 ストン。と身をくるむタオルが力の抜けた指から滑り落ちる音を遠くに聞きながら……。

 管弦楽団の重厚で美しい音色にうっとりと聞きほれつつ、ウィンはふと、連れのことを思い出していた。
『そういえば……今日って火曜よね……』
 フリードリッヒ浴場は、火曜と金曜が混浴デーだったような気がする。
 ……。
 ウィンは一瞬激しく動揺する自分の心臓の音を聞いた。
「だ、大丈夫かな……ファルナさん」
 第一楽章が終了し、激しくシンバルが音をたてる。
 ウィンの不安はその音と共にかき鳴らされるようだった。

 後ほど、破廉恥プレイボーイ男(と二人から呼ばれる羽目になった)青年に送り届けられたファルナを、ウィンはホテルで出迎えるのであった。
 結局、一緒に温泉を一回りすることになり、ファルナは恥ずかしさで死にそうだったとウィンに訴えたが、彼とは仲良くなったらしく、バーデンバーデンを去る時まで彼は二人に構い続けた。
 
「次は私の実家に向かいましょう」
 バーデンバーデンの街を後にしながら、ウィンはファルナに微笑んだ。
 電車の窓の向うに小さくなっていく青年に手を振っていたファルナも、ウィンを振り返り、はい、とにっこり微笑んだ。

                         バーデンバーデンの旅 了 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
鈴 隼人 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年09月09日

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