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『■悪夢、再び■ 』
アデルハイド・イレ―シュ0063)&オルキーデア・ソーナ(0038)
 こんな静かな夜は、何日ぶりだろうか。アデルハイド・イレーシュは、キッチンの側にある小さな窓から覗く月を見ながら、息をひとつついた。
 ここ最近、イレーシュとオルキーデア・ソーナの二人は、オルキーのキャリーで孤児を収容し、大きな街の孤児院に運んで居る。イレーシュとオルキーが出会う元となったあの戦争により、親を失った子供達‥‥連邦市民の孤児、移民して来ながらも親を失っていたUMEの孤児を、オルキーのキャリーで保護して回る。
 だから、オルキーのキャリーの住人は二人から倍以上に増え、賑やかになっていた。しかしそれも、三日前まで‥‥。
 マドリードの孤児院に子供達を預け、オルキーのキャリーは再び静寂を取り戻していた。二人っきりの時間が持てるのは嬉しいけれど、あの明るい子供達の声が聞けないのは、ちょっと寂しい。
 静かだからだろうか、子供達が居なくなったからだろうか。
 今日は、何か胸がざわざわする。こういう時、いつもきまって何か悪い事が起こる。その予感が当たらない事を祈りながら、イレーシュは再び料理の準備に取りかかろうとした。
 その時、外から聞き慣れた乾いた音が響いた。
 びくっ、と肩をすくませるイレーシュ。
 あの嫌な音‥‥半年もの間、イレーシュを悩ませてきたあれは‥‥。イレーシュは、慌てて外に向かった。
 確か外では、オルキーが車のチェックをしているはずだ。
「オルキー!」
 ドアを開けると同時に、ドアに向けて銃弾が降り注いだ。体を壁に隠しながら、外の様子をうかがうと、木を盾にして拳銃を胸元にしっかりと引き寄せるオルキーの姿が目に映った。
「イレーシュ、中に隠れていて!」
「‥‥ダメです‥‥オルキーが‥‥」
 外にはまだオルキーが居る。外に出ようとしたイレーシュに、オルキーが怒声を上げた。
「来てはダメよっ! いいから、中に居て!」
 オルキーの視線の先には、いくつもの銃口が木々の合間に見えている。これでは、オルキーが銃弾に倒れるのも時間の問題である。
 オルキーはちらりと後ろを振り返り、イレーシュに声をけた
「イレーシュ。中にオートライフルがあるわ、取ってきて」
「はい!」
 イレーシュは、中に戻っていった。
 襲ってきたのは、武装からしてUMEの残党や連邦の治安維持部隊などではない。正規の部隊であば、一目でUMEの車両と分かるオルキーのキャリー(まだ、オルキーのキャリーは識別用のペイントがついたままであったし)を、何の警告もなしに攻撃したりは、しない。
(単なる盗賊か‥‥)
 盗賊とはいえ、オルキー一人では相手に出来る数ではない。相手にするより、ここを突破する方がいいかもしれない。
(相手が重火器を持っていなければいいが‥‥)
 闇の中から、じりじりとこちらに銃口が迫ってくる。
 数が多すぎる‥‥。
 ざわざわと木々が音をたて、森の中から人影が飛び出した。

 重い銃と弾丸を抱え、イレーシュはようやくキャリー入り口に戻ってきた。早くしなければ、と焦れば焦る程、手が震える。ドアまで戻ってきたイレーシュは、ドアを開けようとして銃を取り落としてしまった。
「‥‥ああっ‥‥もう‥‥」
 ドアの取っ手に手をかけながら、銃を拾おうと身をかがめた。
 ゆっくり開くドアの向こう‥‥オルキーと目が合う。
 イレーシュは身を硬直させ、その光景に目を見張った。
「オルキー!」
「‥‥イレーシュ、戻って!」
 オルキーののど元に、ナイフが突きつけられている。オルキーを拘束している影は、イレーシュを見つけて駆けだした。
「イレーシュ、戻りなさい!」
 オルキー‥‥。
 イレーシュの中の時間が、停止する。自分の命が危険にさらされている事は、何の恐れも悲しみも無い。ただ、オルキーが苦痛を与えられ、殺されてしまうかもしれない。オルキーが死んでしまう。
 それだけが、イレーシュの中で大きく恐怖となって膨らんでいった。
(そんなの‥‥ダメ‥‥!)
 オルキーを助けたい。
 オルキーを傷つけないで‥‥。イレーシュは、その怒りを体の奥底から絞り出した。

 しいん、と静まりかえった夜の闇の中、イレーシュは呆然とキャリーの入り口にへたり込んでいた。体がバラバラになりそうな、倦怠感と恐怖の感情。イレーシュの体は、がたがたと震えていた。
 いつの間にか、オルキーを取り囲む敵は居なくなっている。
 その理由を考える余裕は、イレーシュには無かった。
「‥‥オルキー‥‥」
 イレーシュはよろりと立ち上がり、キャリーから降りる。その足下に転がる何かを見つけ、イレーシュの体は凍り付いた。動かぬ、いくつもの体。オルキーの体を拘束していた影も、銃を突きつけていた影も、皆動かなくなっていた。
「‥‥あ‥‥っ」
 イレーシュは、ぺたりと地に座り込む。オルキーはふるふると頭を振り、体を起こした。
「イレーシュ‥‥大丈夫?」
 震える、イレーシュの体。
「私‥‥私‥‥」
 ぶるぶる震える手を、見下ろした。この手で、初めて命を奪ってしまった。泣いている人、悲しんでいる人を助ける為に力がある。そうずっと信じてきたのに‥‥この力は、人を救えなかったばかりか、命を奪った。
『やっぱり、お前は殺す為にUMEに入ったんだ』
 どこかからか、声がする。
「違う!」
 声を振り絞り、イレーシュは叫んだ。
 私は、UMEの人たちを救いたくて入った。
『その力で、連邦市民を殺す為に使いたかった。ひとを殺す為に使いたかったんだ』
「違います! ‥‥私は‥‥困っている中東の人たちが救いたくて‥‥」
『見ろ』
 イレーシュの目の前に、手が見える。その手は、地に伏した死体を指さしていた。その虚ろな瞳は、みなイレーシュの方を見ている。視線から逃れるように、イレーシュは転がるようにキャリーの中に駆け込んだ。
(私は‥‥私‥‥)
 後ろから、手が肩を掴む。その手を振り払い、イレーシュは廊下を逃げ惑う。だが、振り払っても振り払っても、その手はイレーシュを掴んだ。
「嫌ぁぁぁっ!!」
『‥‥イレーシュ‥‥』
 地の底から響く声が、イレーシュを闇の中に引きずり込んだ。

 オルキーが気が付くと、自分を掴んでいた盗賊も、周囲を取り囲んでいた敵も皆死んでいた。他の仲間は、どうやら命が惜しくて逃げ出したようだ。
 光が迸ったと思うと、その光は次々と敵を襲い、その命を奪っていった。光を呼び出したのがイレーシュだと気づいた時、イレーシュは自分が犯した罪に震え、呆然としていた。
「イレーシュ!」
 オルキーは、キャリーに駆け込んだイレーシュを追い、中に飛び込む。イレーシュの目は、オルキーを見て居なかった。恐怖に震えたイレーシュの目は、何もない空間を必死に追っている。
「イレーシュ、落ち着いて!」
 このままだと、イレーシュはまたあの時のように‥‥戻れなくなってしまう。オルキーは後ろからイレーシュの腕を掴み、引き寄せた手。暴れるイレーシュの体を、後ろからぎゅっと抱きしめる。
 イレーシュの手がオルキーの腕や足をひっかき、赤い線のような傷をつくっていくが、こんなものはオルキーの手を解くに至らない。
「イレーシュ、うちの方を見て。‥‥オルキーよ、しっかりして」
 オルキーは、必死にイレーシュの名前を叫んだ。

 体を締め付ける腕。イレーシュは、ぼんやりとした意識の中、自分の体を捕らえる腕から逃げ出そうと必死にもがいていた。
 腕は、自分の名前を呼んでいる。その腕は、まるで自分を死の世界に引きずり込もうとしているかのように、しっかり掴んで離さない。
『‥‥何の為に、ここまで来た』
「何の為? ‥‥私は‥‥オルキーが居てくれたから‥‥」
 オルキーが居たから、自分は悪夢の中から戻って来られた。オルキーがいつでも護ってくれて、自分を支えてくれていたのだ。
 オルキーを護りたい。
 自分の力が、オルキーを助けられるなら‥‥。
「オルキーに‥‥笑っていて欲しいんです。‥‥私‥‥オルキーを助けたかったんです‥‥だから力を‥‥」
『‥‥ありがとう‥‥だから‥‥生きていて』
 どこか懐かしい暖かい声で、その腕は答えた。
 明るく優しいその声は、イレーシュの体を暖かく包んでいる。声は、その腕の主が発していた。
 ようやくイレーシュは落ち着きを取り戻し、ゆっくりと顔を上げる。暗闇の中、小麦色の腕がイレーシュを抱きしめている。よく鍛えられた、小麦色の女性の腕だ。
 そうっと、その腕に手を添える。
 イレーシュの一番大切なもの‥‥。
「オルキー‥‥」
 頬を暖かい涙が伝い、腕にぽたりと落ちた。
 流れる涙に吸い込まれるように、闇が晴れていく。
 イレーシュの視界に、キャリーの天井が映った。
 あれから、どれだけの時間が経ったのだろうか? イレーシュはいつの間にかベッドで眠っていた。横に視線を映すと、自分をしっかり抱えるようにオルキーがベッドにうつぶせて、寝ていた。
 額には濡れたあとの残る前髪が張り付き、服は汗の匂いが染みついている。どれだけ彼女が必死にイレーシュを取り戻そうと頑張ってくれていたのか、彼女の体に残る痕が教えてくれていた。
「オルキー‥‥」
 イレーシュは、眠っている彼女の頬に、そっと手を触れる。
「私‥‥オルキーの側に居ます」
 助けてくれて、有り難う。小さく言うと、イレーシュはオルキーにそっと口づけた。

(担当:立川司郎)
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
立川司郎 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2003年09月08日

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