▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『絆は其処に在りしかど 』
鬼頭・郡司1838)&和田・京太郎(1837)

 もう一度会えたならば、二度とその手を離さない。どんなに圧力がかかったとしても、決してその手を離す事はしないだろう。

 何処にでもある、都立高校。教室風景も、何処にでもありふれているである。早朝からあるショートホームルームに、欠伸をする者、ひそひそと隣同士で話をする者、ぼんやりと冴えない頭で外を見る者、勿論ちゃんと教師の言葉を聞く者もいる。
「今日は、転校生を紹介する」
 一瞬のうちに、教室内が静まり返る。かつてこんなにも静かだった時があったであろうかと疑問に思うほど、しん、とした教室内。教師はその様子に一つ「コホン」と咳をしてから、口を開く。
「鬼頭・郡司(きとう ぐんじ)君だ」
 その紹介に合わせたかのように、ガラ、と教室の戸が開いた。金の髪に緑の目。日本名なのに、その容貌は別の国のものを思わせる。
「ども、鬼頭だ。宜しく」
 にや、と郡司は笑いながら教室をじろりと見回した。……と、その時だった。郡司の目がきらきらと輝き、一人のクラスメートを凝視した。そして間髪入れず走り出し、そのクラスメートに抱きついた。周囲は何事かと訝しげにその光景を見たが、郡司はそんな事にはお構いなしだ。
「な、何だお前は!」
 逆に、抱きつかれた方、和田・京太郎(わだ きょうたろう)は青い目を丸くし、黒の髪を振り乱して叫んだ。好奇心に満ちた周りの視線も、限りなく気になる。
「何だとは、何だ!お前の父ちゃんだぞ?」
「……はあぁぁ?」
 京太郎は頭の上にいくつもの疑問符を飛ばしながら、郡司に聞き返す。一体何を言い出すのか、と言わんばかりに。
「だから、父ちゃんだってば。会いたかったぞ!」
 郡司はそう言うと、一層強く抱きしめる。京太郎はそれを必死で押しのけてから、眉を顰める。
「そう言われても困るんだけど!」
「そう言われると困るのはこっちだぞ?」
 不服そうに郡司が言う。
「だから……!」
「おい、和田と鬼頭。話は後にしてとりあえず席につけ」
 教師がぱんぱんと手を叩き、事態を一先ず終わらせた。郡司は名残惜しそうに今日太郎から離れ、京太郎はほっと息をつく。
「なあなあ、父ちゃんって」
 今日太郎の隣に座るクラスメートが、こっそり耳打ちしてくる。京太郎は溜息を一つつきながら口を開いた。
「何かの勘違いだろ?」
 うんざりしたように、京太郎は言う。
「いいじゃねぇか、父ちゃんで」
「人事だと思って、言ってくれるよな」
 苦笑しながら、京太郎はクラスメートと笑い合う。その間、郡司が口元をほころばせながらその様子を見ていることには、まったく気付かずに。

 休憩時間。京太郎がトイレから出た瞬間、突如腕を引っ張られた。
「……なっ!」
 慌ててみると、引っ張っているのは郡司。京太郎は引っ張られながら走り、溜息をついた。
「いきなり何だよ?」
「百聞は一見にしかず!」
「はあ?」
 首を傾げる京太郎に、郡司はただにっこりと笑ってみせた。京太郎は諦めたように溜息をつき、どこかに向かって走る郡司に尋ねる。
「何処に行くんだよ?」
「屋上!」
「屋上?」
 なるほど、確かに上に向かって階段を駆け上がっている。だが、問題なのはそこではなくて、どうして今一緒に屋上に向かっているのかという事で。
「一体、何だよ?」
「百の言葉より、一つの真実だ」
 どうも会話のキャッチボールができないまま、二人は屋上へと足を踏み入れる。チャイムが鳴り響き、授業が始まった事を告げていた。
「ああ……サボリかよ」
「別にいいじゃないか」
「俺とお前がいないって事が問題なんだって」
「俺とお前が?何故?」
 不思議そうに郡司は首を傾げる。
「だから、朝の事があるから」
「朝の事?」
「……父ちゃんだって」
 郡司は「ああ」と呟き、ぽん、と手を叩いた。
「何だ、そんな事を気に病んでいたのか」
「病みもする!大体、いきなり何なんだよ?お前」
「だから。父ちゃんだってずっと言ってるじゃないか」
 半ば呆れたように郡司は言うが、京太郎はにわかに信じがたい。郡司は一つ溜息をつき、小さく笑う。まっすぐに、京太郎に向き合いながら。
「なあ、京太郎。何かに気付かないか?」
 京太郎は急に真顔になった郡司に一瞬どきりとし、それから眉をしかめる。
「何か、って?」
「俺とお前にだけ許された、何かに」
 そう言われ、京太郎はじっと郡司を見つめた。許された、何か。自分と目の前にいる軍事にだけ許されたという、何か。
「……え?」
 京太郎は小さく呟き、目を擦った。目がぼやけたか、何かしらの光の屈折であるのかもしれぬと思い。そしてまた、もしかすれば自分は幻惑を見ているのかもしれない。だが、それらを見越したかのように郡司は笑う。
「気付いただろう?」
「そんな……ありえない」
 京太郎は言葉を失った。郡司はにやりと笑っている。
 郡司の頭に、角が一本生えていたのだ。金の髪の中にぽつりと佇む、角。まるで、鬼のように。郡司はずっと笑っている。京太郎が角を見ていると確信しているかのように。
「何故だ?ありえない訳が無いだろ?」
「だって、それはまるで俺の……」
「俺の?」
「……!」
 京太郎は俯き、黙った。最近、京太郎はある事に気付いていたのだ。感情が高ぶった時や、精神力が衰弱した時に、自分の頭に二本の角が生える事に。今、目の前にいる郡司の頭に映えている角と酷似した角。
「……まさか」
 京太郎はぽつりと呟いた。信じられない、信じたくないと言わんばかりに。郡司は笑みを絶やさぬまま、京太郎の頭をそっと撫でる。
「角が見えただろう?俺の頭に」
「……見えた、けど」
「俺には、お前の頭に二本の角が見える」
 郡司の言葉に京太郎ははっとして顔を起こし、郡司を見つめた。郡司はただただ笑っている。愛しそうに、京太郎を見ている。
「それが証だ。俺がお前の父ちゃんだという、確固たる証だ」
 チャイムが再び鳴り響いた。郡司は「お」と小さく呟く。
「次の授業はちゃんと出るか?京太郎」
「……うん」
 何か腑に落ちぬまま、京太郎は頷く。自分達だけに見える角。それが証だと言う、どう見ても同い年の少年。そう、少年なのだ。どう見ても自分の父とは思い難い。だが、それが嘘だとすれば、一体どうしてそんな事を言い出しているのかが分からないのだ。そのような嘘をついて、一体なんの得になるのか。
 京太郎は溜息をつきながら、教室に向かう郡司の後を追うのだった。

 放課後。帰路につきながら、京太郎は大きな溜息をついた。
(……父ちゃん、か)
 突如転校生として現れた郡司。郡司の頭に生えている角。自分の角を見る郡司……。
(妙にどたばたした一日だったな)
 京太郎は一日を思い返し、もう一度大きな溜息をつく。そして、ふとてくてくという音に気付いた。後ろを振り返ると、どたばたした一日を引き起こした張本人がついてきていた。
「……何で着いて来るんだ?家こっちなのか?」
「俺、住む所無いんだ」
「へ?」
 呆気に取られる京太郎に、郡司はにっこりと笑う。
「泊めて」
(……ああ!)
 京太郎はぽん、と手を打った。
(だから、あんな事を言い出したのか)
 自分が父親だと言い張った、あの嘘。それは全て、京太郎の家に泊めて貰おうという方便だったのだ。京太郎は納得すると同時に、酷い脱力感に襲われた。
「……分かった」
 京太郎が言うと、郡司は喜びながら京太郎と並んで歩き始めた。
(何だ、そうだよな)
 隣で嬉しそうな軍事を見て、京太郎は苦笑する。
(大体、父親とか言われてもぴんとこないもんな)
 心なしかほっとすう京太郎だが、郡司はそれに気付いているのか気付かないのか。ただにやりと笑って京太郎を見るのだった。何かを企むかのような笑みを浮かべて。

 深夜。隣で寝ている京太郎をじっと見て、郡司はにやりと笑う。
(よく寝ているな)
 ぐっすり眠っているのを確認し、郡司はそっと京太郎のパジャマを脱がす。起きられないようにそっとパンツも脱がす。
(やっぱり、これを履かないと)
 郡司はこくこくと頷き、虎皮の褌を締めさせた。自分とおそろいのものだ。
(大きくなったな、京太郎)
 元通りにパジャマを着せ、布団をそっとかけてから郡司は京太郎の頭をそっと撫でた。
(でも、会えて良かった)
 郡司はにっこりと笑い、自分も布団にもぐりこんだ。隣には京太郎が寝ている。手を伸ばせば、届く所に京太郎がいるのだ。
(手の、届く所)
 郡司は安心して目を閉じる。もう二度と、離れる事の無いようにと祈りながら。

「何じゃこりゃ!」
 次の日、京太郎の絶叫がアパート中に響き渡った。確かに履いていた自分のパンツとは違うものをつけていた。虎皮の褌。
「何を朝から騒いでるんだ?」
 欠伸をしながら、郡司は体を起こした。
「……お前か」
「……ん?」
「これはお前の仕業か?」
 虎皮の褌を指し、京太郎は恐る恐る尋ねる。郡司はにっこりと笑い、親指を突き立てる。
「似合ってるぞ、京太郎!」
「阿呆か!」
 再び京太郎の声がアパートに響き渡った。そんな京太郎の様子に、郡司はただただ不思議そうに首をかしげるのだった。

<絶叫をアパート中に響かせながら・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年09月08日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.