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『眩しい朝を待ちながら 』
秋月・霞波0696)&紫月・夾(0054)

 紫月夾と秋月霞波。
 月と太陽のような正反対の雰囲気を持つふたりが、惹かれあうのはごく自然なことで――。



 夏の夜の海は、昼間のそれとはうって変わって、静かで神秘的なものである。
 紫月夾の運転する車は、海沿いの国道を軽快に走っていた。
「夾さん、眠くない?」
 現在の時刻は、間もなく夜が明けようという深夜から早朝にかけて。
 助手席の秋月霞波は、恋人を気遣うように優しく声をかけた。
「ああ。大丈夫だ」
 答える夾の声も穏やかだ。普段の――大学での彼を知る者が聞けば、それこそ耳を疑うような、霞波にしか向けない優しい声。
 ホッと胸をなで下ろし、微笑を浮かべる霞波に、夾の口元もほころんだ。

 ふたりは、夾の休暇を利用してデートにやってきていた。
 某大学の医学部6年次に在籍する夾は、学生ながらも実習やら何やらで、なかなか自由に休むこともできない。
 そこをなんとか都合をつけて、個人で花屋を営む霞波も店を臨時休業にし、やっとふたりの時間を作れたというわけである。
 昼間のうちに目的地――伊豆高原をブラブラし、夕方に休みをとって、現在は、朝に間に合うように帰宅中だった。

「すまない。明日――いや、もう今日か。今日も休めていれば、こんなに急ぐ必要もないんだが……」
 信号で一旦停止したところで、夾がそっとため息をつく。
 まるで自嘲するかのような台詞に、霞波は慌ててかぶりを振った。
「ううん、いいの。夾さんが忙しいのは分かってるし、こうして一緒に過ごせただけでも嬉しいもの。もちろん、もっと一緒に――とは思うけど……」
「かな――」
 と、夾が口を開きかけたところで、真後ろの車がクラクションを激しく鳴らした。
 すっかり進行方向から目を逸らしていた2人は、信号が青に変わっているのに気付いて車を発進させる。
 ハザードランプで謝罪の意を示してから、夾は路肩に車を寄せた。
「どうしたの?」
 きょとんとした表情の霞波に、夾は親指で真横の建物を指し示す。
「飲み物でも買っていかないか?」
 その建物は、コンビニエンスストア――だが、どこにでもあるような有名な系列のものではなく、田舎で個人経営している小さな店だった。



「……………?」
 コンビニで必要な物を購入し車に戻った夾は、エンジンキーをひねって首を傾げた。
 ――エンジンがかからない。
 何度も試してみるが、うんともすんとも反応はなかった。
「お待たせ」
 遅れて、化粧室を借りてから戻ってきた霞波に事情を説明すると、霞波は目を丸くする。
「故障しちゃったの?さっきまで普通に走ってたのに……」
「ああ。接触不良か何かだとは思うが……」
 ひとまず車から降りてエンジンルームを開けてみるが、これといって不審なところは見当たらない。もし仮に異常があっても、車の専門家でない夾と霞波では気付かない可能性もある。
 これはJAFを呼ぶべきだろうか……とふたりが相談していると、コンビニの主人が声をかけてきた。どうやらふたりの様子を見かねてのことらしい。
「よかったら、儂が点検しましょうか。これでも昔、自動車工場に勤めていたことがありましてね」 
 それは願ってもない、とふたりが頭を下げると、主人は顔をしわしわにして微笑んだ。
「ここの近くに景色の綺麗な浜がありますから、待っている間、散歩でもしてきたらどうですかね」
「本当ですか?……ねぇ、せっかくだから行ってみない、夾さん?」
 なんとなく楽しそうな霞波に押されるように、夾は頷く。
 ごく自然にふたりは互いの手を取って――主人に車を預け、散歩に出掛けた。



 その近辺は、コンビニ以外には浜辺しかない、たいへん閑静なところだった。
 細い歩道から砂浜に降り、潮騒に耳を傾けながらふたりはのんびりと語り合いながら歩いた。
 例えば、霞波の店にやって来た変わった客のこと。
 それから、夾の病院実習での武勇伝。
 いま話題の温泉テーマパークの話題にもなり、次はそこに行こうという約束もする。
「そろそろ、明るくなってきたね」
 小さな欠伸を噛み殺し、霞波が空を仰いだ。
 濃紺から、朝日の色を受けた金色へ――だんだんと移り変わっていく。
「どうせだから、日が昇りきるまで居ようか」
「うん」
 浜辺は俗世から切り離されたようで、まるで遭難したようだったが、こんな遭難ならたまには良いかも知れないと、霞波は思った。
 ミュールを脱いで、波打ち際を歩く霞波。
 夾は両手をポケットに突っ込み、それ見守るように後ろを歩く。

 そうしているうちに、昇った朝日が、彼らの姿を照らしだした。
 黄金色の光が海面に反射し、まるで星の瞬く空のようにキラキラと小さな輝きを放つ。
「わぁ、キレイ……」
 息を飲む霞波に、夾も太陽を見やった。
 すると――その陽光の中に、夾と霞波の姿が浮かび上がる。
 陽炎のようにゆらめきながら、ぼんやりと――
「どうなってるのかしら……」
 予期せぬ出来事だが、戸惑いつつも嬉しそうに霞波は夾を振り返った。
 普段どおりのポーカーフェイスで、夾は首を横に振る。
「さあ。しかし、貴重な体験をしているのだけは確かだな」
「本当に……だってほら、夾さん。見て見て」
 霞波が朝日に向かって手を振ると、陽炎の中の霞波も同じように手を振っていた。
「なら……」
 小さな呟きと共に、陽炎の夾がすっと霞波に近づき、おとがいに手をかける。
「夾さ――」
「こんな風にすると、どうなるんだろうな?」  
 夾にしては大変珍しく――悪戯っぽい微笑を浮かべて、小柄な霞波の顔を上に向かせた。
 そして自身は長身を屈めて――

 暫く後、ふたりが再び海のほうに視線を戻したときには不思議な現象は終わり、もとどおりの海だけが静かに凪いでいた。



 結局のところ、特に車に異常はなかったらしい。
 一時的な接触不良かなにかだったのだろう、とコンビニの主人は言っていた。
 また、夾と霞波が目撃したのは、地元では『陽幻』と呼ばれる現象で、原因は不明だが年に数回だけ見られるものなのだという。
「じゃあ、結果的には故障してラッキーだったのかもね?」
 再び走り出した車内で、笑いながら言う霞波に、ちょっとだけ呆れたような視線を投げかけ、夾は尋ねた。
「突然故障したりして、不安には思わなかったのか?」
「ぜーんぜん」
 満面の微笑みを向け、霞波は言う。
「だって、夾さんが一緒だから大丈夫だって思ってたもの!」
 その言葉に、夾もまた口元を綻ばせた。


 



【ぷちライター通信】

 夾さんPL様、霞波ちゃんPLさま。
 ご贔屓にしていただいて、本当にありがとうございます。
 この度の大遅刻については、大変申し訳ありませんでした!
 すべて私の自己管理の甘さが招いた結果です。本当にごめんなさい。
 お待たせしてしまった分、少しでも楽しんでいただける部分が多いと良いのですが……。

 今後もより一層努力していきたいと思いますので、また御縁があったときは宜しくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
多摩仙太 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年09月04日

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