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『チョコとイチゴとスピーディング・ジェットコースター 』
賈・花霞1651)&蒼月・支倉(1653)
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「イヤッホ─────ゥ!!!!」
「いや─────────ッ!!」
地上30メートルの空中から、少年と少女の叫び声が尾を引いて落下する。景色は右へ左へ、果ては上下へと目まぐるしく切り替わり、遠心力に従って体はぐんと引っ張られる。
高速で移動するジェットコースターの一番前の特等席で、声を上げているのは賈・花霞(じあ・ほあじあ)と蒼月・支倉(あおつき・はせくら)。姓は違うが一つ屋根の下で暮らす兄妹だった。
支倉は15歳、花霞は小学校の下級生。二人とも、八月が終われば新学期が待っている。もう夏も終わりだし、折角の夏休みだから!と支倉が妹を遊園地へと誘ったのは、夏休みの終わりが近づいてきたある日の金曜日のことだ。
夏休みとはいえ、バスケットボール一筋の毎日を送っている支倉には時間がない。この夏も、兄は練習ばかりで殆ど遊んで貰えなかったので、花霞は口には出さないけれど寂しい思いをしていたのだ。だから義兄の申し出に、花霞は一も二もなく飛びついたのだったが……。
「なッ?花、面白いだろー!?」
「イヤ─ッ!!ヤ──っ!」
ジェットコースターが小休止に入って速度を落とした隙に、支倉は興奮した顔を妹に向けた。…が、花霞は聞いていない。目は虚ろで放心状態。涙目で吐く息も荒く、今にも失神しそうである。
ジェットコースターというのは、そのスピード感とハラハラ感がよいのだ…と理解している支倉は、妹のこの反応を「花も結構楽しんでいるんじゃないか」と誤解した。恐怖刺激というやつである。支倉にとってはそのハラハラがたまらない。よって、彼の理論でいくと、声もなくすほど怖がっている花霞は、とてもジェットコースターのスピードを楽しんでいるように見えるのだ。
ジェットコースター大好き人間である支倉には、自分と同じ体験をして、怖がっている者がいるなどと思いもよらない。ジェットコースターは怖いからこそジェットコースター。怖くないジェットコースターなど、回転木馬と一緒である。
数分間の地獄をどうにか生き延びて、やっと地面に降り立つ頃には、花霞の足腰はふらふらだった。
生き生きしている支倉の隣で、花霞は精も根も尽き果てた顔をしている。霊感の強い人が見たら、きっと口から魂が抜けかけているのが……見えたとか見えないとか。
「次は、あっちに見える、アレあるだろ?アレ、乗ろう!!こないだ来た時には乗れなかったんだよな」
と支倉が指すのは、新しく建設されたアトラクションだ。トロッコにのって氷山を駆け抜けるというもので、噂では、そこここに設置されている雪男の人形も、スピードがありすぎてよくは見えないらしいのだ。雪山というセッティングと、そのスピード感から、ついたあだ名が「ボブスレー」。乗るっきゃない。とは、ジェットコースター好きの支倉の言葉である。
その兄の言葉に……返事はなかった。
「花、早く行こう。ボブスレーは、絶対列になってるんだ。早く並んじゃおうぜ」
支倉はぐいぐい彼女を引っ張る。お兄ちゃんとはいえ支倉も15歳。まだまだ遊びたいお年頃なのだ。「全部の山制覇は当たり前!時間内に何回乗れるかが勝負だ!!」と息巻いている彼に、花霞の精神状態まで思いやれというほうが酷な話である。
「哥々……」
「どーした?……うわっ!なんで泣いてるんだよ!?」
妹の顔を覗き込んで、びっくりしたのは支倉である。花霞の大きな目には、たっぷり涙が溜まっていた。その一粒が今にも零れそうだ……と思っている目の前からぽろりと花霞の頬を伝う。一筋涙が零れるとあとは歯止めが利かず、花霞の瞳からは次から次へと涙が溢れた。
「は、花。泣くなよ。どうしたんだ?どっか痛いのか?」
「ちが……ひっ……哥々、花霞はもうジェットコースター怖い……。もう乗りたくないの」
「ええっ!」
支倉が思わず泣きそうな顔をした。
全部の山制覇の野望は。短期間にどれだけ回数乗れるかの世界記録の更新はどうなるのだ。
支倉にとっては、お気に入りのNBAチームが優勝を逃したのと同じくらいのショックである。
しかし、目の前では妹が泣いている。記録更新よりも、新しいアトラクションよりも、花霞を宥めることのほうが急務だった。
「ちょっと、待ってて!そこで座ってて。いいね?」
「哥々どこ行くの?ジェットコースター行っちゃうの?花霞も行く……」
健気にも、兄が行くなら一緒について行くと言うのである。違う違う!と妹の肩に手を置いて、支倉は彼女をベンチに座らせた。
「すぐ戻ってくるから。な?あそこ、行って来るだけだから。花はまだ足がふらふらしてるだろ?僕が戻ってくるまで、そこで休んでていいから」
ハンカチは持っていないので、Tシャツの裾で妹の涙を拭って、支倉は大慌てで近くのブースに走っていった。
しばらくしてから同じように支倉が駆け戻ってくると、彼は両手にアイスを持っていた。
「喉渇かない?イチゴとチョコレート、どっち食べる?」
「……イチゴ」
左手に持っていたアイスを花霞に渡して、支倉は彼女と同じようにベンチに腰掛けた。こんもり茂った木々を刈り込んだ生垣が、ベンチの脇で可愛らしい形を作っている。
きゃあきゃあと騒ぎながら、人々は通り過ぎていく。隣では、スンと花霞が鼻を啜り上げている。
「えーと、さ」
ぱくりと一口で三分の一くらいアイスを食べて、支倉は花霞を見た。花霞がもう泣いていないのを確認して、ちょっと笑顔になる。
「向こうでさ、お化け屋敷とかあるんだって。夢の世界を旅行するってやつもあっちのほうらしいよ。そっち、行ってみようよ」
「でも哥々……ジェットコースターは?」
「花がジェットコースターを苦手なんて、僕知らなかったからね。ジェットコースターは、今度の時に行くよ。せっかく来たんだから、二人とも楽しめるほうがいいだろ?」
本当は、ちょっと悔し涙チョチョ切れんばかりに残念だったのだが、それはスポーツで培ったど根性で押し殺して、支倉は妹にお兄ちゃんの笑顔を見せた。


それから二人は、海賊船をかたどった乗り物でカリブの海を旅したり、お化け屋敷に入ったりして楽しんだ。
お化け屋敷に限って言えば、二人の実家こそ幽霊妖怪の類がうようよしている本物のお化け屋敷である。人魂火の玉などはお手のもので、そもそも執事からして頭と身体が時として別行動をしているのだ。そんな怪奇体験に慣れきっている二人がお化け屋敷を怖がるか?と言われたら……それはそれで、本物よりも怖かったようである。
おどろおどろしい音楽と照明に演出された道を歩きながら、ホーンテッド・ハウスでは支倉の方が妹に引っ付いて歩いていた。
お化け屋敷を出ればあたりはすでに薄暗く、二人はポップコーンを片手に、大通りに急いだ。様々な明かりでライトアップされた人形や乗り物たちのパレードが始まるのである。
「花、こっち、こっち!」
雑踏の中から頭一つ分ぬき出た兄が、花霞を呼ぶ。彼はひょろひょろと背の高い身体でうまく雑踏をすり抜けて、一番前の列に場所を確保したらしい。
パレードはもう始まっているらしい。道の向こうからは、軽快なリズムと低いベース音が響いてくる。今宵もどうぞお楽しみください、と張りのある声がアナウンスする。
「あ、来たよ!見えてきた」
「どこ?哥々、花霞は見えないよ〜」
「もうすぐ来るよ」
背の高い支倉はいち早くパレードの先頭を目にしてはしゃいでいる。ずるい、と花霞が頬を膨らませると、手を伸ばして彼女を抱き上げた。
「ちょっとだけだぞ」
そう言うなり、脇の下に手を入れられて、たちまち視界が高くなる。
たしかに、影になった人の頭の向こうで、オレンジやピンクやイエローの、きらびやかなパレードが小さく見えた。
「見えた?」
「見えた!」
花霞が答えると、支倉は十分に用心して彼女を地面に下ろしてくれる。もっと!と思って顔を上げると、お兄ちゃんの表情で「もうちょっと待ったらこっちにもくるよ」といわれてしまった。
5分くらいじりじりと待って、音楽が近づいてくる。電飾で明るく着飾ったダンサー、きらきらの乗り物に乗った着ぐるみたち。
本当に、この遊園地を作った人は、訪れる人に夢の世界を提供するために、ここを作ったんだと思った。
「哥々」
「ん?なに」
花霞が手を伸ばすと、支倉の最近急速に男っぽくなってきた手が、彼女の小さくて柔らかい手を包む。
「また一緒に来ようよ。ね」
ジェットコースターが乗れないとダメだと言うのなら、頑張って乗れるようになろう。そう覚悟をして言ったら、支倉は精悍さを増した顔に優しい笑顔を浮かべた。
「来ようね。ピーターパンも、プーさんも見よう」
「……うん」
余計な言葉は一言もなく、兄妹は手を繋ぎあって、通り過ぎていくパレードを見つめた。

「うーん。妹を泣かしてけしからんと思ったが……さすがは私の息子……」
人々の奇異の視線を浴びながら、茂みの向こうからそんな二人をのぞき見る視線が一つ…。どことなく挙動不審なので人目を引くのである。これがまた、遊園地にはやや不釣合いな年と格好だから余計に目立つ。
ある時は探検ものアトラクションで、トーテムポールに登って助けを求める探険家になり、またある時は顎が割れた海賊の悪人船長の着ぐるみを被り、時にはベンチの脇の不審な茂みとなって兄妹を見守っていた男である。隆々とした体格に、口ひげといい、威風堂々としている。が、やっていたことはストーカーだ。
何を隠そう、それこそ、兄妹に「仕事が忙しいなら、僕たちふたりでいってくるから」と言われ、置いていかれてしまった……彼らの父であった。
置いていかれた悲しみに、鬼のような勢いで仕事を切り上げ、秘書に呆れられながら遊園地に駆けつけた。「パパも来ちゃったよ〜」と出て行くタイミングがつかめず、今に至る。彼は、今は電飾の明かりに影になった子供たちを見て、人知れず「大きくなったな」と感慨の涙を零していたのであった……。



「チョコとイチゴとスピーディング・ジェットコースター」

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
在原飛鳥 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年09月01日

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