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『Nothing to Change 』
御堂・譲0588)&一ノ瀬・羽叶(1613)

痛みは誰もが持っていて。
けれど決して――人の痛みは解りえず本人だけにしか解り得ないもの。

夜。
御堂・譲と一ノ瀬・羽叶は退魔の仕事に出ていた。
二人が一緒の仕事に出くわすという事は滅多に無い。
そんな偶然が重なった、夜。

「……だからどうして、そう無茶するんですか!」

まるで全てが「自分の敵」だといわんばかりに先陣を切る羽叶に譲は叫ぶ。
何度も羽叶を護るために竜胆を揮う自分。
――いいや、この言い方はおかしい。
羽叶を護らなければ自分自身も護りきれない、だからこその防衛。
今の時刻、この通りに人が来ないことをただ感謝する。
思う存分、竜胆が揮える。

だが、譲など見えてないかのように羽叶はお構いなしだ。
"血に酔う"と言う言葉があるが今の羽叶の状態は正にそれに近い物がある。
怪我をし血を流し――もっと痛みを乞うかのようにも見えて、ただその光景があまりに奇妙すぎて。
譲は最後の一太刀を正確に敵へ突き刺した。

全ては風化するかの如く、風に溶けて。



***

「………痛いですか?」
「別に? 平気、このくらい」

仕事が終わった後、羽叶の怪我の具合があまり良くなく、また少し歩くが羽叶の部屋が近かった事もあり、譲は羽叶の部屋で怪我の手当てをしていた。
「平気」だと羽叶は言う。
だが外科医を志しそう言う勉強をしている譲から見れば。
――かなりの怪我である事は否めない。
また、譲は人の怪我に敏感だったりもするので尚更に眉間の皺を深いものにしてしまう。
これが自分の、自分だけの痛みであるのならば譲も「平気」だと呟けるのだが。

「平気なわけ無いでしょう、良いですか一ノ瀬先輩。この腕の傷だってもう少ししたら神経まで到達するんですからね! 舐めたら治るなんて事はまずありえないんですよ?!」
もうちょっと自分を大事にした方が…と頭を抱えたくなる。
が、この次に来る羽叶の言葉が。
更に譲の頭を抱えさせてしまう結果となるのだが。
「…なんだ、舐めてくれないの?」
「―――はぁ?」
「……ほら、結構血って赤くて綺麗じゃない? 御堂クンに舐めてもらえば少しは治りも早いかなって」
「お望みなら、そうしますけどね」
さらりと譲は会話をかわす。
奇妙な会話になりそうなこの会話の雰囲気自体を切りたかった。
だが、羽叶は逆に容赦なく無視しようと務める譲へ強引に視線を合わせた。
羽叶は何処か、世をひねてしまった獣の様な複雑な瞳をしている。
「望んだらしてくれるワケ? んじゃ、望んでる」
「随分と捨て鉢なお言葉ですが」
「こういうのは、駄目?」
「別に? 嫌と言う権利はこの場合、僕には無いものですからね」
「……ああ。それと似たような言葉を私も何処かで言ったことがある……」
声は少しだけ掠れて何処か消えそうな程細くなる。
先ほど手当てしていたのとは違う傷へと唇で触れて。
血が持つ錆びた鉄の味。

――自分自身の血も舐めたら同じ味がするのだろうか?

ふと頭の中を支配する一つの疑問。

だがそれらはあまりにも無意味な疑問のように思えて譲はその疑問を掻き消した。
…痛みですら人の痛みが解りえないのに、何故血は同じ味だと思えるのか。
流れる血が同じだから?
同じ「人間」だからか。

――同じと括る事自体、既に幻想に過ぎないと知っているのに。
全ては泡沫の夢に過ぎない、と言ったのは誰だったろう。

傷に触れ、肌に触れる。
痛みを堪えるような吐息が羽叶から漏れた。
傍目から見れば、きっと恋愛感情のある人の触れ合いにも見えるだろう。
けれど、決して譲は羽叶に関して恋愛感情を持つ事も無く、また羽叶も譲にそう言う感情を持っていたと自覚させる事もなく。
少しばかり、男女の繋がりではありえない特殊な間柄。
「同志」と言うのが一番近く、そして遠い言葉なのかもしれない。

触れたとしてもお互い変わらなくて。
何処かで繋がりあおうとも虚しいままなのに、それでも触れれば少しは気が紛れるから。
だからこその、接触。
傷をなぞるように、また――傷を癒すように。

不意に譲の背に触れる羽叶の腕は、傷が熱を持ち出した所為かやたらと熱くて。
室内にかけられた空調の音だけが、ただ場を満たしてはお互いの肌を冷していく。

お互いがお互いへの言葉さえ紡げなくなるまで。




***


言葉が、出ないまま時間だけが過ぎる。
時計と空調の音だけが嫌に耳については消え、耳については消える、その繰り返し。

が、譲にはその中で一つだけ解った事がある。
決して羽叶は穏やかな愛情など欲さないだろうという事を。
そして譲自身、そう言うものは彼女に与えてやる事が出来ない、唯一の物だ。
漸く言うべき言葉が見つかった気がして譲は羽叶へ声をかける。

「…一ノ瀬先輩」
「何?」
「僕は、何も出来ませんよ? 似た者同士だと以前おっしゃったように鏡は鏡でしかないのだから」
「……でも、御堂クン、応えてくれたじゃない」
「望みだとおっしゃいましたからね……」
「うん、だからさ」
「はい?」
「――今だけでも良いから、その手を貸してよ。……でないとおかしくなりそうで、時折奇妙に歪む自分が鏡の中に居るのが見える。そんなの学校にまで引きずれない」
「………僕はストッパー代わりですか」
思わず苦笑がもれた。
おかしくなりそうな彼女を止めるには、やはり似た者である自分しか止められるものが居ないと彼女自身も気付いているのだろうか。
微妙な変化。
先輩、後輩ではなく背を預ける――と言うよりその背を見張りあう者同士。
「嫌?」と聞く羽叶に「いいえ」と答えるだけで苦笑が更に違う笑いへと変わりそうになる。
笑いを堪える譲に羽叶は、何が起きたか解らないような顔をしてしまっているが――譲はまだ横になっている羽叶の手を取ると手の甲へと口付け呟いた。


「その望みに誓います。必ず、止めて見せると」


変わり行くものは何もないまま、二人の間で一つの約束が交わされた。
微妙なまでの変化さえも越えて。
他人の痛みだけは解らないから、出来うるならばその痛みごと共有できるようにと。



―END―
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年08月28日

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