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『■月見酒■ 』
花房・翠0523)&抜剣・白鬼(0065)
 本館から渡り廊下一本で繋がる、この離れ小島のような別館で、二人の男が美酒に酔いしれていた。風邪が吹くたび、ざわざわと竹林が楽を奏でている。
 こうして、しろく輝く月を眺めながら飲む酒は、格別だ。抜剣白鬼は、部屋から見える景色を肴に、花房翠と酒を酌み交わしていた。この宿に白鬼を連れて来たのは、花房である。
 ジャーナリストの花房は、実は今日は一人でこの宿を訪れていた。白鬼と会ったのは、ほんの偶然である。目的の宿は江戸時代から続く古い宿で、自家製の酒を出してくれる事で有名だった。
 宿に足を踏み入れた花房の目に映ったのは、宿帳に記入している巨躯の僧侶の姿。
「おっ‥‥抜剣さんじゃないの」
 花房は、思わず声を上げていた。名前を呼ばれた白鬼は、振り返って名前を呼んた当人を捜し、視線を花房にあわせた。
「やあ、花房くん。こんな所で会うなんて偶然だね」
「やっぱ、抜剣さんもこっち?」
 花房は、手で何かをのむ仕草をした。それで言いたいことが分かったらしく、白鬼は嬉しそうに笑った。
「ここの酒は、格別だと聞いたんだ」
 旨さも格別なのだが、それ以上に有名であるのは、その酒を飲んだ後の事‥‥。しかし白鬼は、それについては知らないようだった。知らない事を、あえて言う事もあるまい。
 僧侶で霊感もある白鬼をつれていれば、期待通りの出来事があるかもしれないし‥‥。花房は黙って白鬼と、一献酌み交わす約束をした。

 その酒を口にした時、白鬼にはなんとなく感じるものがあった。
「‥‥おい花房、この酒はただの酒か?」
 多少なりともこの宿について詳しそうな花房に、白鬼が聞く。
「え? ‥‥日本酒だよ」
 日本酒なのは、分かる。どうも花房は、何か隠しているようだ。隠し事をする事に向いていないのかもしれない、花房の顔はどこか緊張している。
 漠然とであるが、この酒には何かの力が込められているように感じる。白鬼はじっと猪口の中の酒を見つめた。
 花房は、険しい表情で酒を見つめる白鬼を、不安そうに眺めていた。やがて花房は乾いた笑いを浮かべ、白鬼の猪口に酒をついだ。
「‥‥ま、まあ呑みなって。‥‥ちょっと変わった事があるかもしれないけど、ご愛敬さ」
「ご愛敬で済む事なのか?」
「済むって‥‥実害は無いらしいから」
 実害? 白鬼は聞き返した。花房は、困ったように苦笑し、それを紛らせるように酒を一気にあおった。
 外からは、さわさわと風が吹き付けている。冷夏というが、今日は少し暖かいようだ。白鬼は、表情を崩すと猪口に口を付けた。
「まあいいさ。‥‥こんないい月夜にこんな旨い酒が出たんだ、呑まなきゃ損だ」
「‥‥そう来なくっちゃ」
 そうっと、花房は酒に視線を落とした。

 ざわざと風が、木々を揺らしている。ふと気づくと、白鬼は森の中に立っていた。何をしているのだろう。何故自分は、こんな森の中に居るのだ。
 白鬼は自分の体を見下ろして、違和感を感じた。
(‥‥こんな格好をしていたか?)
 白鬼が身につけているのは、深紅を基調にした制服だった。
 そうか、俺は学生だ‥‥。留年したりしたので、現在二十一歳。 納得すると、白鬼は歩き出した。
 まだ頭がぼんやりしている。白鬼は何の為にここに居るのか、もう一度思い出そうとした。
「抜剣さん!」
 振り返ると、同じような制服を来た少年が、こちらに駆けて来る。彼は‥‥彼の名前は、はっきり覚えている。彼は同じクラスの同級生だ。同じ班にならなかったが、よく話しをする仲間の独りだった。確か、別の班の副班長じゃなかっただろうか。
「‥‥抜剣さ‥‥じゃなかった‥‥」
 自分で名前を呼んで置いて、花房は首をかしげた。花房は、何故抜剣と名字を呼んだのか、分からないといった様子だ。白鬼はクラスでもよく班長に任命されるから、皆は班長と呼んでいる。
「班長、講師が呼んでたぜ。‥‥又アイツ抜け出したから、探して来いってさ」
「仕方ない奴だな‥‥」
 抜剣は、ため息をひとつついた。講師の弟だというのに、自覚がなさすぎる。花房は、白鬼とともにヤツを探して歩き出した。
「まさか、彼女の所に行った‥‥ってんじゃないだろうな!」
 彼は半分私情が入っているようだ。白鬼は苦笑した。
「そんな事があれば、あっちが大騒ぎだろう」
「それもそうか‥‥」
 花房と話していても、白鬼は何故ここに居るのか思い出せなかった。何故‥‥何か変だ。こんな事を聞くのは、とても恥ずかしい事だと思ったが、このままもやもやした気分で居たくない。
「‥‥なあ、花房」
「ん?」
 花房は、闇に覆われた林の中に目を向け、逃げ出した“奴”を探しながら返事を返した。
「俺達は、どうしてここに居るんだったかな」
「はあ? ‥‥班長、しっかりしてくれよ」
 眉をしかめて、花房は笑った。うむ、確かに笑われても仕方ないだろう。
「俺たち、ここにキャンプに来たんだろ」
 そうか。白鬼はようやく思い出した。学校の行事で、ここにキャンプに来たのだ。これで、すっきりした。だが、まだ何か忘れているような気が‥‥。
 再び考えはじめた白鬼の意識を、よく響く男の声が中断させた。
「抜剣、花房! ‥‥居たか?」
「あー講師、見つからないですよ。心配しなくとも、帰ってきますって。子供じゃあるまいし」
「子供みたいだから心配しているんだ」
 講師の言葉には同意だ。白鬼はははっ、と笑った。
「わかりました、もう少し探してみます」
「気を付けろよ。付近には‥‥」
 付近には。講師は何を言ったのだろうか。白鬼と花房は、再び脱走者を探して歩き出した。白鬼は、こんな夜中に一人で外出した彼の事が心配だったが、花房はそれほど気にしていないようだ。
「なあ、班長は卒業したらどうするんだ」
「どうって‥‥就職か?」
「俺はやっぱり‥‥好きなバイクを極めたいな」
 白鬼と花房には、バイクという共通した趣味がある。花房は国内ライセンスも持っていた。だが、なんとなく白鬼は、花房が将来ジャーナリストになるというような事を言っていた気がしたので、そう聞いてみた。
「ジャーナリスト? ‥‥考えてなかったけど、なんで?」
「‥‥何故かな」
 その頃から、違和感が強くなっていた。なんだろう、何かが変だ。白鬼が考えていた時、どこからともなく声が聞こえてきた。
「‥‥お前達、俺の仲間を帰せ!」
 花房も声に気づき、その方角へと走り出した。白鬼も、ただならぬ気配を感じて花房に続く。黒々と森に張り付く闇の中で、誰かが戦っている。
 ‥‥戦う?
 そこでは小柄な少年が、何故か人獣の姿をしたアヤシイ連中と戦っていた。花房は‥‥不審に思わないのか?
「出たな妖魔! このキャンプ場は俺達特捜退魔官が守ってみせるぞ!」
 白鬼が呆然としている間に、話しはどんどん進んでいく。
「ふふ、そっちがその気なら‥‥相手をしてあげようじゃないの」
 先ほどまでは暗闇に隠れていた女性が、ゆっくりとこちらに歩を進めた。‥‥なんだか、白鬼は彼女に見覚えがある気が‥‥。
「いくぞ!」
 花房と少年が、並んでポーズを取った‥‥と思ったら、白鬼もポーズを取っていた。何故だ! 訳が全く分からないまま、白鬼の制服が黒く替わっていた。
「行くぞ、班長!」
 ノリノリで(としか見えない)花房は、妖魔に向かって走り出した。彼らを待ち受ける、あの女性は‥‥。
「ちょっと待て、花房! あれは俺の‥‥」
 そしてフェードアウト‥‥。

 目を醒ますと、白鬼の視界に照明が映っていた。ぼんやりと、自分の体に視線を向ける。もう、黒い制服も深紅の制服も着ていなかった。白鬼は浴衣姿で、宿の布団の中に居る。横では、気持ちよさそうに花房が眠っていた。
 夢‥‥?
 翌日目を醒ました花房に聞いてみると、どうやら花房も同じ夢を見ていたらしいという事が分かった。
「‥‥黙っていたんだけど、あの酒はいい夢とか珍しい夢が見られるって噂なんだ。俺、それを記事にしたくてここに来たのさ」
「なるほどな」
 たしかに珍しい夢には、違いなかったが‥‥。
 花房は、思い出したようににんまり笑った。
「‥‥何でキャンプなんだろうなぁ。それに、特捜退魔官って何なんだよ」
 ずいぶん子供っぽい夢見たよなぁ。そう言ったものの、花房は嫌そうな顔はしていない。
「今度は、他の友達も誘って来ようよ‥‥班長」
 白鬼は“班長”と呼ばれ‥‥まんざらでもなさそうだ。

■コメント■
 立川司郎です。
 MT7に絡めた夢でいい事は依頼内容から分かったのですが、そのまんま出してもおもしろくないかと思いまして、何かいろいろ遊んでしまいました。懐かしい人が出たり、懐かしい制服を着ていたりしますが、まあご愛敬という事でご容赦ください。

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
立川司郎 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年08月27日

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