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『駆け抜けて!! 』
柚品・弧月1582)&月杜・海央(1544)

「ちょっ!?しっかり運転しろって!!」
「そっそんな事言われたって、ぶっブレーキが!!!」
 夜間の山道を走るミニクーパーの中からは、男女の悲鳴にも似た口論が聞こえて来る。
 異常な速度で下りの車線を駆け抜けるミニクーパーを、擦れ違う車は訝しげに思うだろう。登り車線を通る者達はつい先程、急なカーブを抜けてきたばかり。つまりは、これから下りは急なカーブに差し掛かるという事だ。どう見ても、100km/時を超えているスピードに不審に思わないほうが無理である。
「なんとかしろー!!!」
「どうにも出来ませんよ!!!」
 罵声と怒号が響く車内からは、目と鼻の先に迫ったカーブ注意の文字と道成に曲がった様相のガードレール。ミニクーパ―が、真っ直ぐガードレールに突っ込み空中にその身を躍らせる。
「……ははは……なぁ……これってどう思う?」
「そうですね……無事を祈りましょう……」
 互いに顔を見合わせ、次に来るであろう事に備えシートの端をしっかり握り締める。そして……
「「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!!!!!!!!!!!!」」
 落下と悲鳴は同時だった……南無……


「簡単な依頼なんですけどね、万が一を考えてお願いしたいんですけど」
 柚品 弧月(ゆしな こげつ)は、月杜 海央(つきもり みおう)の元を訪れて居た。今回弧月が教授から受けた依頼を、海央にも手伝って欲しいと言う依頼の為である。
「構わないけど、私は何をすれば良いんだ?」
 剣の練習の最中だったのか、流れる汗を手拭いで拭いながら海央は尋ねる。
「もしもの時に、護衛としてお願いします」
「何だ?また曰く付きの奴なのか?好きだなお前のんとこの教授も。」
 半ば呆れ顔の海央。何せこういった関係の依頼をされたのは一回や二回ではない。毎度の事とは言え、海央は弧月に同情する。
「弧月も大変だよな。いっそそう言う関係の運送業でも始めたらどうだ?」
「冗談止めて下さい。それに、好きでやってるから良いんです」
 海央の言葉に、些か不貞腐れ気味だが内心それも良いかもとか思ってるかどうかは謎である。兎に角、そんな事情で二人は夕刻に弧月の大学で待ち合わせる事となった。


 ブロロロロロ……
「良い車じゃないか。弧月のなのか?」
「いえ、俺の兄さんのです」
 二人の目の前にある赤色のミニクーパーがエンジンを噴かせ出発を待つ中、弧月の教授がその物を持ってやって来た。紫の風呂敷に包まれた木箱の様な感じの物を弧月の目の前に差し出す。
「それでは、柚品君。いつも済まないが、よろしく頼むよ?くれぐれも壊さない様にね?」
「はい、任せてください!」
 しっかりと包みを預かると弧月は運転席へ乗り込み、海央は助手席へ。助手席の海央へ荷物を預けるとハンドルを握り、ギアを換えてアクセルを踏み込む。
 ガクン!キュルルルルル……プスン……
「……」
「弧月?」
 何事も無かった様に、再びイグニッションを回しエンジンを掛ける弧月。心なしか顔が赤いのは愛嬌と言う事にする。教授がちょっとだけ不安そうな顔をしたが、弧月は見えない振りをした。再びギアチェンジ。ゆっくりとクラッチを繋ぎつつ、アクセルを踏み込む!
 ギャギャギャギャ!!!!!
「弧月―――――!」
「わっうわ!?」
 白煙を上げながら去って行ったミニクーパーを見詰める教授の表情は、激しく不安そうだった……


 夕暮れに出発したにも関わらず、山道に差し掛かった頃には既に辺りは暗がりに包まれて居た。ちょっとだけ疲弊した弧月と、かなり疲弊した海央は一路目的の場所を目指す。
「今度からは公共の交通機関を使おうな?弧月」
「……分かりましたよ。どうせ下手ですよ……」
 出発したは良い物の、このミニクーパ―色々改造してあるらしく、弧月の腕で制御するにはかなりの時間を要した。その度に、エンストや急発進、急旋回やドリフトをかます。こんなのに乗って居て、疲弊しない方がおかしい。今でこそようやくコツを掴んだ様だが、すっかり海央には最低の記憶を植え付けてしまった様だった。
「二度と兄さんから車借りるものか……」
 呟かれた言葉は、弧月の本心だろう。苦笑いが海央の表情にはあった。
 車は、中腹を越えていよいよ下りに入ろうかと言う時だった。不意に、海央は奇妙な感覚に捕われた。
「?……何だ……?」
 隣に座る海央の様子に弧月が気が付く。
「海央さん?どうかしたんですか?」
「いや、一瞬寒気がしたんだが……気の所為かな?まあ、今日は別な意味で疲れたしな」
 訝しげな表情をしていた海央だが、そんな事を言いながら弧月に満面の笑みを向ける。弧月は溜息と共に視線を逸らすと正面を向いた。下りの表示が見えて来たので、ブレーキを少し踏み減速をしようとする。
「ん?」
 もう一度、ブレーキを踏んでみる……
「!?そんな……!?」
「どうしたんだ弧月?」
 呟きに焦りを感じて、海央は弧月に思わず聞いた。弧月は、ギシギシと首を海央のほうに向ける。
「ブレーキが……効きません……」
 海央は目をパチクリさせる。
「あのな、弧月。もう一回良いか?何だって?」
「ブレーキが効きません。止まれません、と言うか減速出来ません。」
 再度語る弧月の口調は、現実を端的に告げる。ある意味現実逃避であろう。一方の海央はパニック必至である。
「落ち着いてる場合か!?止まれないんだろ!?」
「今考えてますよ!!」
 だが、言葉とは裏腹に考えている余裕など無い。
「おい!?弧月、カーブだ!!」
「見えてます!何とか切り抜けないと!」
 対向車の有無をライトの光で確認し、無い事を確認する。
「そこです!!」
 カーブ手前から侵入速度を殺す為、四輪ドリフトで突っ込んで行くミニクーパ―。駄目元で、サイドブレーキを引いてみるが効果なし。
「サイドも駄目なんですか!?最低ですね!!」
 徐々に膨らんでいくコースと傾く車体。二人とも駄目だと思った直後、車体の傾斜が少しだけ弱くなったのを見計らい弧月はハンドルを切り体制を立て直す。
「……ふ〜……」
「ふ〜じゃない!!どうするんだ!?」
 最もな疑問である。だが、それに答えるより早く再びカーブが現れる。
「くっ!?」
 弧月に応える余裕は無い。全神経を集中し、この状況を抜ける意外に道は無い。奇跡か神業か。弧月の必死な運転とミニクーパーが持つ改造された運動性能が功を奏し何とか三つ程のカーブを回避する事には成功した。
「ちょっ!?しっかり運転しろって!!」
「そっそんな事言われたって、ぶっブレーキが!!!」
 最早限界に達しつつある速度と疲労に、遂に弧月は屈した。
「なんとかしろー!!!」
「どうにも出来ませんよ!!!」
 迫り来たガードレールが、間近に成ったと思った瞬間の激しい衝撃に思わず目を閉じる弧月と海央。再び目を開ければ、そこは中空。急速に落下していくミニクーパーからは、絶叫が木霊した……


「……つっう……生きてるか?弧月?」
「ええ……なっなんとか……」
 二人は生きていた。落下中に、窓から飛び出し車体を蹴り木の枝をクッションにするなんてそんな漫画みたいな方法だったが、二人はやってのけて生きている。悪運の成せる技か、はたまた奇跡か。どちらにせよ、ミニクーパーは燃えて居た。
「良いのか?兄さんの車なんだろ?」
「命には替えられませんよ。それより、依頼の物はありますか?」
 弧月の言葉にはっとする海央。
「あっと……その……」
「……まさか……」
 静かに海央が指差す先は、轟々と燃え盛るミニクーパー。
「……仕方ないですよね……」
「そうだよ……仕方ないよ……」
『ついでに、お前らも死ね』
 不意に聞こえて来る言葉に、弧月と海央は思わずミニクーパーの方を見る。メラメラ燃える炎の中に、異形の影が揺らめき立つ。
「おい、弧月。あれなんだ?」
「さぁ、俺には見えませんけど、またあの物に入ってた奴なんじゃないんですか?」
 至って冷静な対応の二人。
『おい!俺様を無視するな!』
「なぁ、何で弧月の教授ってのはあんな変なもんばっかり持ってるんだ?」
「さぁ〜俺に聞かれても分かんないですよ。」
 座り込み話し始める二人に、悪霊は襲い掛かる。
『馬鹿にしおって、さっきは失敗したが今度こそ殺してくれるわ!!』
 刹那、剣刃が閃く。
『ギゥ!!?なっなにが!?』
 悪霊の鼻先には、海央が構える宝剣が突き付けられる。海央の表情は、笑顔……その笑顔が何よりも怖かった。
「さっきって言ったな?ひょっとして、ブレーキ効かなくなったのはお前の仕業か?」
 にこやかに優しい声音……怖い、と弧月はひたすらに思う。
『そうだ!貴様らを殺す為に!!』
 次の瞬間、海央の刀が悪霊の足に突き刺さる。
「ふ〜ん?じゃあ、何か?今日有った事全てはお前の仕業と言う事だ。」
『いっいや!最初の出発ミスとかは俺の所為じゃ……』
「うるさい!問答無用!!」
 再び剣刃一閃、すっぱりと真っ二つに切られた悪霊が最後に残した言葉は……『あれは俺じゃない〜』だった……
 静かに手を併せた弧月のその目の端には、少しだけ涙が光って居た……


 弧月が海央の元を訪れたのは、あの日から三日程経ってからの事だった。
「どっどうしたんだ弧月!?」
 海央が驚いたのは、そのボコボコの容姿だ。顔の形が原形を留めて居ない程に変形した弧月は、腫れた唇を動かす。
「兄に……やられたんです……ミニクーパーおじゃんにしちゃったから……」
「……お前……本当に踏んだり蹴ったりだな……教授の方はどうだったんだよ?」
「教授にも……怒られました……でも……取り敢えず生きてたから良かったと……後……今後はちゃんと公共の交通機関でと……釘を刺されました……」
 言葉無く頷く海央。それに関しては、海央も同感である為同情の余地は無い。そんな海央を見て、弧月は不貞腐れるが顔が変わり過ぎてて分からなかった。その様子を知ってから知らずか、海央は弧月に向かう。
「暫くはごめんだぞ?あんなのは、もうこりごりだからな」
「俺も……勘弁して欲しいです……」
 お互いに苦笑しながら出されていた茶に口をつける。あの日有った出来事を思うと、生きてこの茶を飲めるのが凄く嬉しい、二人の顔はそう物語っている。
「そう言えば……この前宝剣見せて貰えなかったから……見せて下さいよ」
「やだ」
 にべも無く答える海央の横顔を見詰めながら、ふぅと溜息を吐くと再びお茶を啜る弧月の横顔は、何処か寂しげだった。蝉の鳴き声は、無常に辺りに木霊していた……




PCシチュエーションノベル(ツイン) -
凪蒼真 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年08月27日

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