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『夢恋草々 』
柚品・弧月1582)&真迫・奏子(1650)

 夏の日差しが照り付ける公園の木陰は、時折吹き抜ける風のお陰か火照った体には心地よい涼を運んでくる。喧騒から離れたこの場所に寝転がって居ると、時の流れがゆっくり感じられる様な錯覚に捕らわれる人も多い。柚品 弧月(ゆしな こげつ)もそんな中の一人である。
 野性的な顔付きに、藍色のノースリーブのシャツとカジュアルジーンズが弧月らしさをかもし出す。程好く焼けた肌と顕わになっている腕の筋肉が正に夏を感じさせる。
 そんな弧月は、何をする訳でもなく木陰に寝そべり昼寝の真っ最中である。本来なら大学の講義の時間ではあるのだが、かったるいからと言っての自主休講だ。初めの内は、考古学の本を木陰で読んでは居たが、あまりの心地良さに思わず瞼が閉じてしまったのだ。ゆっくりとした時間の中、弧月は安らぎの涼の中に居た。
「あら?弧月さんじゃない?今日の講義は終わったの?」
 不意に掛けられた女性の名指しの声に、弧月は瞼をうっすら開けて声の方を見る。水色のワンピースに水色の日傘……微笑みに彩られた表情は、見間違う事も無い。弧月はその場に飛び起きる。
「まっ真迫さん!?あっすいません、見苦しい所を御見せしてしまって……」
「構わないわよ?ゆっくりしてらして」
 クスクスと笑う女性の名前は、真迫 奏子(まさこ そうこ)と言う。弧月とは少なからず知った仲で、今日はたまたま散歩の最中だったらしい。
「それよりも弧月さん、講義はもう終わったの?」
 時間的に見れば、正午を少しばかり回った時間、疑問は最もである。
「え〜とですね……休講になったんですよ」
 弧月の答えを聞いて、真迫は微笑む。
「それは貴方の中の結論だと思うのだけど、如何かしら?」
「ははは……参りました。まあ、御推察の通りです」
 見事に見透かされ、弧月は苦笑いを浮かべる。普通に考えれば、何と言う事も無い容易な事なのだが、寝起きの弧月はまだ頭が動いて無いらしかった。そんな弧月を微笑みながら見詰めつつ、木陰に真迫は腰を下ろすと弧月が寝る前まで読んでいた本を拾いぺらぺらとページを捲る。その内容は、当然考古学に精通して居なければ到底読解不能な本であるらしく真迫は眉間に皺を寄せて見ていた。が、諦めたのか溜息と共に本を閉じる。
「難しいわね。面白い?」
「ええ、面白いですよ。考古学は過去を知る学問です。誰も知らなかった過去を、自分達で明らかに出来るなら何よりも嬉しいですよ」
 微笑み語る弧月の表情を見て、真迫もまた微笑む。その微笑をかつて、見た事があったからだ。それは、真迫と弧月が出会った時の事だった……


「何処に行くんですか?兄さん?」
「着いて来れば分るさ」
 弧月は兄に連れられて、浅草にやって来ていた。元来放浪癖のある兄が、こうして連れ回してくれる事も滅多に無い為素直に着いて来はした物の、些かの不安が弧月の中にはあった。何処と無く下町の情緒が流れる路地を抜け、兄は一軒の料亭で足を止める。格調高そうな敷居が弧月を圧倒する中、兄はスタスタと料亭の中へと入って行く。慌てた弧月も遅れながらも中へと入る。料亭らしく、四季の趣が調和された庭を抜け座敷へと……そこで宴席となった。
『どう言う事だろう?いきなり宴席なんて?』
 内心弧月は兄の突飛な行動をいぶかしんだ。座敷には弧月と兄の二人だけであり、他の客の姿は見受けられない。兄の懐事情は知らないが、この座敷を貸し切れる程の財力が有るかどうかは謎だ。一応の覚悟はしておこうと、弧月は猪口を口に運びながら内心呟く。
「失礼します」
 不意に襖から女性の声がしたかと思うと、静かに開き芸者と思える女性が複数入って来る。優雅に且つ秀麗に、居住まいを正し上座の二人に静かに頭を垂れる。
「本日はお越し頂きまして、有難う御座います。拙い芸では有りますが、御観覧の程を宜しくお願い致します」
 列中央の女性の言葉を合図に、左右に分かれそれぞれの楽器を構える女性達。その流れる様な動きに、弧月は呆然と見詰めるのみだった。
 ベン……
 三味の軽やかな音が、始まりを告げる。他の楽器も互いに音を合わせ、和の重奏が座敷を包み込む中、中央で静かに立っていた女性が顔を隠した扇子を外し舞い始める。流麗な足運びと舞い……弧月は一人見惚れた。舞の美しさも然る事ながら、その女性の美しさもまた別格だったからだ。呆然と見惚れる弧月の手元から、猪口が落ちる。
「わっ!?」
 慌てて猪口を拾う。些か顔が赤くなるのが自分でも分った。そっと上目遣いに、舞う女性を見るが気にした風も無く舞いを舞っているので、弧月は胸を撫で下ろすと再び席に着いた。
 それから程なくして、舞いは静かに終わる。弧月と兄は、盛大に拍手を送った。その表情は、本当に無邪気にその芸の素晴らしさを賞賛した物だった。女性は静かに微笑むと、弧月の隣へ座る。
「初めまして、藤華と申します。よしなにお願い致します」
「柚品 弧月と言います。宜しくお願いします」
 顔を赤らめながら言う弧月を見て、藤華はクスリと笑うと弧月の猪口に酒を注いだ。
「そんなに堅くなられなくても結構ですわ、ゆるりと寛いで下さいまし」
「あっはい……」
 言われはするが、その笑顔を見るとどうしても落ち着けない。大学で多くの人と接する弧月だが、こんな感覚に陥る女性とは出会った事は無い。妙な雰囲気が流れる中、視線を横に移せば兄は一人楽しんでいる。助け舟を期待した弧月は、咳払い一つ再び酒を煽った。
「どうぞ?」
「あっすいません……」
 言葉少なに、煽り続ける弧月。その思考は何かを話さなければと必死に廻るが、こう言う場が初めてでは良い話も浮かんで来ない。あれこれと思考をめぐらせては飲み続ける内に、頭がくらくらし始める。
「大丈夫ですか?」
「へっ平気です……」
 揺れる視界と頭……暗転した意識の中、藤華の声が聞こえた気がした……


 宴席は盛り上がる。今日は弧月のゼミの教授達も含めた宴席だ。
 何時もの様に芸が披露され更なる饗を添えた後、弧月は藤華に酌を頼んだ。
「飲みすぎは駄目ですよ?」
「はい、分っていますよ。結構引っ張るんですね?」
「あら?怒ったかしら?」
 クスクスと笑う藤華に、フッと笑みを返すと弧月は猪口を空ける。喉を通る焼けた感覚に、思わず目を閉じ溜息を漏らす。
「美味いですね。やっぱり、貴女に頂く酒は最高ですよ」
「まあ?お世辞を言っても何もでませんよ?」
「本当の事ですよ」
 微笑み、再び注がれた酒をちびりとやる。しみじみ美味いと思う。
「そう言えば、この前話して居たのは本当ですか?」
 弧月の言葉に、藤華は目をぱちくりさせる。
「この前?何かしら?覚えて無いのだけど?」
「俺の知り合いを知っているって話ですけれど……」
 最初の醜態をさらした後、弧月は暇と財布の余裕を見付けては、此処に通う様になって居た。一重に藤華に会いたいと言う一心からだ。通う内に、色々話をしお互いの友人の話をして居る時だった、弧月と藤華に共通の知り合いが居る事を知った。知り合いに確認しても良かったのだが、それでは失礼かと思い、訪れる機会を伺っていたのである。
「ええ、本当よ?今度確認してみても良くってよ?」
「分りました」
 微笑み再び猪口を口に運ぶ。正直な所、そんな話はどうでも良かった。ただ、傍に居て貰えただけで……最初の出会いから、ずっと抱いている物だが然程の面識も無い者が言うべき言葉では無い……弧月はそう思う。だから、ただ傍で飲めれば良いと……今だけでも十分だと思っていた。
「藤華さん……一つだけ聞いても良いですか?」
「何かしら?」
 弧月は、猪口を置き真っ直ぐ見詰める。
「実は……本名を教えて頂きたいのですが駄目ですか?」
 藤華は少しだけ面食らって居たが、クスリと笑うと何やら紙に書き始める。素早く書いた紙を、弧月の手に握らせると、一言囁いた。
「内緒よ?」
 その言葉に、弧月は静かに微笑み頷く。手には、彼女の温もりが残っていた……


 夏の日差しを避けた木陰とは言えこの気温である、弧月も真迫も汗が滲んでいる。
「暑いわね〜。何とかなら無いのかしら?」
「そうですね〜あっそう言えば、この近くに美味しいケーキ屋を見付けたんですけど、一緒にどうですか?」
 少しだけ赤面しつつ言う。
「そうね〜まだお稽古までには時間もあるし……行きましょうか?」
 微笑み返す真迫を見て、弧月は笑顔で頷くと案内しようと立ち上がる。その時……
 ピリリリリリ……
 弧月の携帯が、着信を促し鳴っている。珍しいなと内心思いながら通話ボタンを押す。
「もしもし、柚品ですけど?ああ、どうしたんです?」
 弧月の表情が、緊張した物へと変わる。真迫は黙ってその様子を見詰める。
「はい……はい……ええ……はい……分りました」
 通話を終えて弧月は真迫に向き直る。その表情は、本当に申し訳なさそうな感じがした。
「すいません真迫さん……ちょっとトラブルがあったらしくて、人手が要るそうなんです……一緒に行きたいんですけど……」
 そんな弧月に、真迫は笑みを見せる。
「気にしないで良いわよ?また、今度の機会にすれば良いだけでしょ?次ぎ会った時に、案内してね?」
「はい、その時は必ず……」
 弧月は微笑みを返し、携帯をしまうと傍に置いてあった本を掴んだ。
「では、慌しいですが失礼します、真迫さん」
「はい、頑張ってらしてね」
 駆け行く弧月の背中を見ながら、真迫は微笑んでいた。そして、立ち上がると散歩の続きを始める。ほんの少しだけ日差しが緩くなった午後……風は少しだけ涼を運んだ……





PCシチュエーションノベル(ツイン) -
凪蒼真 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年08月27日

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