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『Reliance not gearing. 』
九夏・珪0183)&久我・直親(0095)

「はーいはいはい。わかってるってー」
 ぴぴぴぴぴっ、とにわかに騒ぎ出したキッチンタイマー。俺は手をいっぱいに伸ばしてストップボタンを押すと、右手に持っていたフライパンをガス台の上に置いて、菜箸に持ち替えた。
 火にかかっている深い鍋では、2人分+αの量のスパゲティが踊っている。
 1本だけ取り出して試食してみると、我ながらベストな状態のアルデンテだった。
 ちょっと自画自賛だけど、18歳の健全な男子がこうも料理が上手いなんて、なかなか珍しいことだと思う。
 ま、師匠みたいなヒトと暮らしてたら、誰でもこうなるのかもしれないけど。料理だって、やればソツなくこなせるのに、面倒くさがってやらないんだもんなぁ……。
 俺と暮らす前はどうしていたんだろう、なんて疑問もないことはない。面倒だから全部外食……または、通い妻がいたとか!?
 とか馬鹿なことを考えながら、スパゲティは一旦ざるにあけて湯切りし、また鍋に戻してちょっとだけオリーブオイルを絡めておく。
 それから、再度フライパンの中身――今日はボンゴレだから、アサリと野菜の調理中――の仕上げにかかった。



「師匠、昼飯できましたよー?」
 完成したボンゴレを大皿に盛りつけて、ダイニングテーブルに置いてから、俺は師匠の部屋の扉をノックする。
 たしか今朝、起き出してきたのは確認してるんだけど……そのあと部屋から出てきた記憶がない。
 まさか師匠に限って二度寝なんてするわけないし――なんて考えていたら、音もなく扉が開いた。
 いつもと同じ黒のスーツ。きちんと整えられた短い黒髪に、機嫌が悪そうに細められた鋭い瞳――そう。師匠は機嫌が悪かった。
 この人――久我直親と知り合い、同じマンションの同じ部屋に住むようになって、しばらくになる。
 だからパッと見で、だいたい何を考えているかは解るつもりだ。とは言っても、師匠は計り知れない人だから、実際の所はどうなんだか……。
「悪いが、急用ですぐに出ることにした」
 するりと俺の横を通り抜ける師匠。
「師匠!」
 俺は思わず、振り向きざまにスーツの裾を掴んで呼び止めてしまった。条件反射というか、なんというか、だ。
 師匠はメチャメチャ嫌そうに俺を振り返って、悪態をついた。
「急用だと言っているだろう。わからないのか?」
 そんなの、子供じゃないんだから、わからないわけじゃない。けど、俺も負けじと言い募った。
「何の用なんですか?また、俺に内緒で何かしてるんでしょ」
 師匠はいつもこうだ。
 俺に黙って仕事に出掛けて、素知らぬ顔で帰ってくる。
 いったいどんな内容の仕事で、誰と一緒に行くのか――一度たりとも話してくれたことはなかった。
 きっと俺が未熟で、半人前だからだ。
 俺が師匠の元で陰陽師としての修行を始めてから、まだそんなに長くはないけど、少しくらいは役に立てることだってあるかも知れないのに。
「どうせ、足手纏いについてこられるのはゴメンだって思ってるんだ。だから話してくれないんだ」
「…………」
 師匠は黙って、頭半分高い位置からじっと俺を見下ろしていた。
 陰陽道の名家、久我家の『裏』の次期当主。
 そして俺は、分家の九夏家の、まだまだ未熟な駆け出し陰陽師。
 年齢とか人格とか経験とか、師匠に及ばないところはたくさんあるけど。それでも話くらいは、って思わずにはいられなかった。
 やがて、師匠はこれみよがしに深々とため息をついた。
 ――畜生。どうせ役立たずだよ!だけどそんな風にすることないじゃないか……
「……仕方がないな。ついてこい」
 ほら、やっぱり――って、アレ?
「は?」
 予想外の言葉に、ついさっきまで奥歯を噛み締めていた俺は、間抜けな返答をしてしまった。
「グズグズするな。行くぞ」
 呆れたように、それでもいつもよりは優しい(気がする)目で、師匠は手招きした。
 そして師匠がスーツの裾を翻し、玄関に向かうのをぼんやりと見送っていた俺は、あわててそれを追う。
「は、はい!」



 目的地に向かうまで、車の中で初めて師匠の仕事の話を聞かせてもらえた。
 どうしてもって俺がねだって、やっとっていうカンジだったけど、それでも十分だ。
「本家を経由して極秘裏に依頼される仕事が多いからな。万が一のことも考えると、軽々しく話せんだろうが」
「あ、それは確かに……」
 運転中の師匠の横顔を見ながら、俺はポムッと手を叩いた。
「じゃあ、俺が半人前だとかは関係なくー?」
「……馬鹿者。半人前どころか4分の1人前にもならんだろう、お前は」
 横目で睨む師匠を、あははと笑って誤魔化す。
 そんな俺から視線を外した師匠は、ゆっくりとブレーキを踏んだ。赤信号で車が停車する。
「珪。『置いていかれること』はそんなに悪いことだと思うか?」
「え?だって……」
 連れていってくれないということは、もちろん『使えない』からであって。一緒に仕事が出来るようになったら、それが認められてるってことじゃないのかな?
 俺は、師匠やほかのみんなから認められて、信頼されるような存在になりたい。
 そう答えると、師匠は今日何度めかの嘆息をした。
「間違えた。10分の1人前だったな、この単細胞バカ弟子は」
「うわ。ひでぇや、師匠ー」
「未熟者の反論は認めん。俺の問いの意味がわかるまで、死ぬ気でない知恵絞ってみろ」
 容赦ない言葉を浴びせてくる師匠に、俺はガックリとうなだれた。
 でも、こうやって言ってくるのはたぶん、俺のことを弟子だとは思っていてくれているからで――きっと興味がなければ、口だってきいてもらえないはずだ。
「わかりました、精進します」
「よし。……これから行く先での仕事だが、基本的なところは全て俺がやる。お前は邪魔にならない程度にサポートを……」
 どういう風の吹き回しだかしらないけど、俺に仕事を手伝わせてくれるらしいことが嬉しくて、どうしようもないくらい俺の顔はゆるんでいたんだと思う。
 時折げんなりした表情でため息をついていた師匠だったけど、何も言わなかった。



 ちなみに。
 その日の依頼はもちろんバッチリ成功だった。師匠と俺が力を合わせれば当然だな……って、俺はほとんど何にもしてないけどね。
 それから、家に帰ったらカピカピになっていたボンゴレを作り直して、師匠と一緒に食べた。いつもはなんだかんだと言うんだけど、珍しく文句も言わずに食べてたなー。
 あとは、師匠の問いの意味をずっと考える毎日だ。
 『置いていかれること』は悪いことか、否か?
 まだしっくりくる答えは見つかっていないけど――近いうちに見つけられたら良いなと思う。

 さて、と。今日の献立は何にしよう?
 俺はウキウキしながら、師匠の部屋をノックした。

「師匠、起きてますかー?」 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2003年08月27日

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