▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『■背徳の影■ 』
アデルハイド・イレ―シュ0063)&オルキーデア・ソーナ(0038)
 ゆらゆらと揺れる車の窓の向こうには、赤いイベリアの大地が広がっている。見渡すかぎりの平地の所々に緑が茂り、人々の営みがかいま見えた。
 いずれここにも、中東の人々が移民して来るのだろうか。アデルハイド・イレーシュは、オルキーデア・ソーナの運転する車の振動に身を委ねながら、移りゆく景色を見つづけた。
「‥‥この道、来た時に通ったんだよね」
 運転席から、元気のいい女性の声が聞こえた。オルキーは、ちらりとミラーごしにイレーシュと視線を交わす。
「来た時は‥‥必死だったから気づかなかったわ」
 中東で待つ人々の期待とを胸に、目前の戦いへ必死に目を向けていたそのときのオルキーは、景色を楽しむ余裕など無かった。誰もがカルネアデス破壊に命を掛けていたから。
 イレーシュも、そんなUMEの兵士達の気持ちと空気を敏感に察していた。
「‥‥みんな、とっても元気がよくて親切で‥‥景色も綺麗」
「そうね」
 オルキーは、言葉短く答えた。
 イレーシュは、ここ最近非常にリラックスしていて、精神的にも安定している。時折、悪夢にうなされて夜中に目覚め、泣いている事がある。
 しかしそんな時オルキーが声をかけて手を握りしめると、安心したように泣くのを止めた。
 今のイレーシュには、誰か支えてやる者が必要だ。そして今、彼女は自分を必要としている。
 戦いが終わった今、イレーシュはプラハに戻った方が幸せなのではないか。そう思った事もある。しかし、オルキーは何故かそれをイレーシュに聞く事は出来なかった。プラハに戻っても、イレーシュの状態が良くなるとは限らない。
「‥‥これからしばらく行くと、港に着くの。中東からの移民団がそこに着くらしいのよ。行ってみる?」
 オルキーが、後ろに居るイレーシュに聞いた。ただし、そこにはオルキーのかつての敵、連邦の騎士やアイアンメイデンも居るだろうが‥‥。
 仲間と、かつての敵が共に作業する様子を見ると、イレーシュも、戦っていた頃の悪夢が薄れるだろう。

 サンルーフから覗く月明かりに、イレーシュは目を醒ました。皓々と輝く月は、優しくベッドを照らしている。右手に触れた暖かい人肌に視線をやると、静かに寝息をたてるオルキーの頬があった。柔らかい笑みを浮かべ、オルキーの顔を見つめるイレーシュ。
 しかし、それを見つめるうちにイレーシュの表情は曇り、やがて視線を逸らしてベッドから足をおろした。彼女から逃げるようにして、キャリーを降りる。
 裸足のまま地に足をつくと、冷えた地面の荒い土が足の裏をちくちくと刺した。
(イレーシュに、助けて欲しい)
 彼女の言葉が、イレーシュの耳に響く。ずっと、戦場でも自分を庇ってくれていた。あの悪夢の日以来‥‥怯える自分の手を握り、励まし続けてくれた。あの日の悪夢にうなされて恐怖のあまりに目覚めた時も、オルキーはすぐに気づいて、イレーシュを心配してくれた。
(オルキー‥‥)
 イレーシュは、顔を覆って声を殺した。
 壊れそうになる自分の心を支えてくれた‥‥夢の中ででも何度も助けてくれたあの人は、今自分にとってかけがえのない大切な人に変わっていた。背後に感じる気配に、イレーシュは背中を見せたまま、振り返らない。
 いつでも、彼女は自分を気遣ってくれていたから。ベッドから抜け出している事に気づいたのだろう。
「どうかしたの、イレーシュ」
「オルキー‥‥ごめんなさい」
 何故彼女が謝ったのか、オルキーは分からなかった。イレーシュはオルキーに背中を向けたまま、泣き続けていた。
「私、分かっているんです。‥‥一番近くに居るあなたに、心の支えを求めているだけなんじゃないかって‥‥でも‥‥どうしても押さえられないの」
「何‥‥言ってるの、仲間じゃない。友達でしょう? 支え合うのは当然だわ」
「違うんです‥‥オルキー」
 イレーシュは振り返ると、手を下ろした。じっと、オルキーを見つめる瞳は、少し涙で潤んでいる。やがてイレーシュは、シャツの裾に手をかけ、脱ぎはじめた。
「イ、イレーシュ‥‥何をするっていうの」
 呆然とイレーシュの行動を見守るオルキー。オルキーの見ている前で、イレーシュは最後の一枚まで脱ぎ捨てた。
 青い月明かりのもと、イレーシュの白い肌はしっとりと輝いている。オルキーはイレーシュが何をしようとしているのか、何を言おうとしているのか、ただ黙って待っていた。
 イレーシュは、辛そうに眉を顰めている。
「‥‥オルキー‥‥私の行いが、神に許されざるものだとは理解しています。‥‥でも‥‥黙っているのが辛い」
 イレーシュは、そう言うとオルキーにそっと抱きついた。イレーシュの柔らかい髪が、オルキーの頬を撫でる。オルキーは混乱して、何を言う事も出来ず立ちつくしていた。
「‥‥こんな私は‥‥友達じゃないですよね。仲間じゃないですよね。‥‥オルキー、あなたが私の事を嫌悪したなら、そう言ってください。その方がきっと、楽になるから」
「‥‥イレーシュ‥‥」
 嫌悪してもいい、と言いながらも、イレーシュはかすかに震えていた。イレーシュは、その返事を聞くのが怖かった。自分を拒否される事が。思いがかなわない事よりも、オルキーが居なくなる事の方がずっと怖い。
 オルキーは、どうしたらいいのか、困ったようにイレーシュを見つめている。その視線に耐えられず、イレーシュはオルキーから離れた。
「ごめんなさい‥‥オルキー‥‥」
「違うの、イレーシュ‥‥少し考える時間をちょうだい」
 オルキーはイレーシュを引き留めようとしたが、イレーシュは服をぎゅっと胸に抱えると、首をふるふると振った。
「いいんです‥‥オルキー、今日の事は忘れて」
 イレーシュはオルキーに言い残し、キャリーに駆け込んだ。
 自分のせいで、オルキーが悲しんだり困ったりしているのを、見たくは無い。だからどうかオルキー、今日の事は忘れて、明日も私に話しかけて‥‥。
 イレーシュはベッドに倒れ込むと、枕に顔を埋めて泣き声を押し殺した。
 例え毎晩悪夢に悩まされる事になろうとも、オルキーが居なくなってしまうよりはいい。

 一人残されたオルキーは、イレーシュが消えたキャリーに視線を向けた。
 今まで、オルキーにとってイレーシュは優しくてお人好しの、妹のような存在だった。自分の身の危険を顧みず、自分達UMEの兵士に混じり、戦いに身を投じた。中東で苦しんでいる人々を救いたい、その思いからイレーシュはUMEに加わった。そんな、とても優しい子なのだ。
 オルキーは彼女の心に、どれだけ癒されたことか。戦いで荒んだオルキーの心に、イレーシュは優しく接してくれた。
 彼女は、オルキーを必要としている。そして‥‥自分も、優しいイレーシュが側で優しく笑っていてくれる事を望んでいる。自分にとって不必要であるなら、ここまで傷ついた彼女を連れて来ることは無かった。
(イレーシュ、あなたに側に居て欲しい)
 この気持ちが、彼女を愛する感情なのか、オルキーには分からない。それでも、彼女を、イレーシュを放っておく事は出来ない。オルキーにとってイレーシュは掛け替えのない存在で、ともに戦ってきた仲間で、そしてオルキーの心を癒してくれる愛おしいひとなのだから。

 しんとした車内に、誰かの気配が入ってきた。イレーシュは顔を上げようとしたが、それがオルキーだと分かっていたから、顔を上げる事が出来なかった。
 何と声を掛けたらいいのか、分からない。イレーシュが黙って突っ伏していると、ベッドの側で気配が止まった。
「イレーシュ‥‥聞いて」
「‥‥」
 イレーシュは、黙っていた。オルキーがベッドの側に腰掛ける。
「うち、イレーシュの気持ちに答える形の愛をもっているか、分からない」
 だけど‥‥。
 オルキーは、口を閉ざしたまま何かをしはじめた。静かに顔を上げるイレーシュの目に映ったのは、一糸まとわぬオルキーの姿だった。鍛えられ、日に焼けた彼女の体にイレーシュは視線を向ける。
「オルキー‥‥」
「イレーシュの事が、大切。‥‥あなたの事はとても大切で、とても愛おしく思っているの」
 彼女がどんな表情なのか、月明かりを後ろから浴びるオルキーの表情は影になって見えない。しかしその声は、とても真剣だった。
 ‥‥笑っている? イレーシュには、オルキーがイレーシュに笑いかけたように思えた。
「‥‥それでいいのよね。そう思っている‥‥この気持ちは、あなたと同じだから‥‥この気持ちがあれば、あなたの気持ちに答えられる」
「オルキー‥‥私、あなたに無理をして欲しくは無いの」
「無理なんか、していないわ! ‥‥イレーシュの気持ちが‥‥嬉しいの」
 オルキーは優しくイレーシュの髪を撫で、彼女に覆い被さるようにしてベッドに身を倒した。イレーシュの肌が、オルキーの体温を感じている。羞恥心に少し紅潮した顔色を隠すように、イレーシュはそっと視線をそらしながら、オルキーの首筋に手をさしだし、抱きしめた。

(担当:立川司郎)
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
立川司郎 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2003年08月20日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.