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『月光憧憬 』
鬼柳・要1358)&刀儀・絢(1835)

何時の日か、追いつきたい背中がある。

それは憧れにも似た想い。

何時か、何時か、と願ううちに、想いは昇華され――今も変わらず、ある。
月の中に立つ、一つのたおやかな華を想う様に。


***


夏の緑は萌えいずるような色になるのが早い。
旧家の奥にあるような、古びた道場。
打ち合いでもしているのだろうか何処かから打ち合う音が響く。
真剣の打ちあいなのか、その音は高く割れんばかりだ。
が、その音もやがてやむ。
一瞬の攻防。
打ち勝ったのは――どちらか。

するり、と面を取り被っていた手ぬぐいを外したのは何処か品のある艶やかな黒髪を持つ女性。
しゃがみこむ相手へ、何処か弟に対する姉のようにやんわりと言葉を放った。

「……だからね、要さんは集中力にかけるんですってば」
「…や、俺は集中力だけが自慢なんだけどな」

ぶつぶつと鬼柳・要は言い放ち、そのまま胡座をかいて床へ座り込む。
床のひんやりとした冷たさが今は心地よい。
女性に言った言葉を反芻し、どちらかと言うと集中力ではない、と要は思う。
自分は言うなれば「剛」の部類に入る、と要自身思っていて今までもどのような相手にも負けた事はない。
だが、それが目の前の女性――刀儀・絢相手になると話は別である。
絢は要の「剛」に対し「静」を持つ女性であり良く言われる「柔良く剛を制す」をそのまま実行できる女性なのだ。
だから要の攻撃も水が流れるが如く風が吹くが如くにやんわりと押し流され打たれてしまう。
まるで何処かから太刀筋がくるのを読んでいるかのように。

(……待てよ、じゃあやっぱ絢の言うとおり「集中力」なのかっ?)

……そんな馬鹿な。
面を取り外し、手ぬぐいを取ると要は憮然とした表情を絢へと向けた。

「……どうやったら強くなれるんだろうな」
「……さぁ?」

ふくれたような表情を未だ続ける要に付き合い、絢も床へと座る。
今も昔も負けず嫌いの要が何かに悩んでいる様に見えたからだ。

強くある事は難しく、また強さとは弱さがあってこそのもの。
――果たして目の前の少年はそれに気付いているのか否か。
さぁ?と答えてしまった絢に対して、何処か驚いたような顔をしていると言うのに。

水を打ったような静寂。
何処かから蝉と共に蜩が鳴いた。

どれほどの時間が経ったろう。
恐る恐る――いいや、興味津々と言う表情で要は再度絢へと話し掛ける。

「…絢にもわからねえの?」
「…俺が何でも知っていると思うのは間違いですよ、要。何が大事かは見極める事――これしかないのですから」
「だから……見極める事が強いって事だろ? だからこそ、俺は」

絢に憧れて、そして惹かれて。
あんなに強い人を始めて見たと幼心に憧れて、ただ追いつきたくて。
なのに、まだ糸口がつかめない。
答えは出ているような気がするのに、それが何かさえ解らない。
絢なら、絢だったらば。
絶対に惑うことなく見極め選べているはずだと思うから余計に。

「―――要さん」

静かな、絢の声。聞いていると居心地の良い音楽のようだ、といつも思う。

「何」
「見極める事は誰にでも出来るのですよ。ただ時間が早いか遅いかだけで…その分に対しての時間に誰が否やを唱える事が出来ましょう。誰が誰を責める事が出来ましょうか」
「……それは」
「言えないでしょう?」
だから、と絢は言葉を置く。
「――だから、強さとは弱さをまず認め、そこから這い上がろうと足掻く事――、これが第一なのです」
「…………」
「どうやったら強くなれる、と言う事ではないのですよ。まずは強くあろうとしなくては」
微笑を浮かべ、こちらを見続けるふたつの瞳は今も昔も変わらずに漆黒のように深い色をしている。
その様な色合いの瞳をしていられるのは全てを瞬時に見極め判断できるゆえか。
色々な事を教えてもらったのに、要は何故かいたたまれなくなって頭をがりがりと音を立て、掻いた。
「……何だかなあ」
「はい?」
「いや……俺はさぞかし、絢の瞳には情けなく見えるんだろうなって」
ぴくり。
要の――本人にしたら何気ない言葉に絢の形の良い柳眉が顰められた。
昔からの付き合い、というのを発揮できるのはこう言う時だ。
やばい!と要自身も思ったが時既に遅く。
にっこりと微笑みながら、かなり恐ろしく怒らせてしまっていた。
「……弟子は情けなく見えるものに決まっている」
あっさり、じゃない…言葉でもばっさり斬られてしまった。
これは……かなり痛い。
一体、何を言って欲しかったのか。
絢が世辞を言わない人物である事は解っていて「そんな事ないですよ」と言って欲しかったか?

―――否。

そうではなくて。
自分が欲しいのも絢が教えてくれる答えではなくて。
もっと、何か――違うもの。
今なら、見えてはいなかった形が見える気がする。

多分、きっと。
悩む事が多い自分の中で。
本当に必要だと見極められる事は、強さへの答えは――自分自身が出す答え。
居た堪れなくなるのも当然だ。
何故なら、絢は既に自分自身の明快な答えを出しているから…答えを知らぬ自分が答えを貰おうとしたとしても、その答えは「絢」本人の物でしかないのに。
誰かから、答えを得て……どうなると、どうなったと言うのか。
足掻いても足掻いても、自分についてくるのは他ならぬ自分自身しかいないのに。
出してくれる答えが欲しいのではない、ただ答えを導くためにこそ、絢に話を聞いて欲しかった。

ふと、絢が最初に言った言葉が耳に木霊する。


『見極める事は誰にでも出来るのですよ』


漸く要にも合点が行った。確かにその通りだ。
無意識に出る言葉はするりと口から飛び出していく。

「…ごめん、やっぱ絢は…すげぇや」
「…何を一人で納得してるか、俺をこんなに怒らせておいてこの不肖の弟子が」
「申し訳ない! この通り!」

胡座をかいていたのを正すと要は頭を下げた。
こうされてしまうと、絢もそれ以上怒るに怒れず苦笑を浮かべる。
が、やはりそれは弟に向ける「仕方ないな」と言わんばかりの微笑で。
そうして絢は立ち上がり、要へ手を差し伸べる。

「…許してあげますから面を上げなさい…ただ、罰として」
「何?」
「道場の床磨きを一週間一人でやる事、今からお茶に付き合う事。…喉が渇きました、一服所望します」
「…つまり、絢は俺に茶を淹れろと」
「あら、そうは聞こえませんでしたか?」
「いえ、聞こえました…淹れさせていただきます、ええ是非に」
「解れば宜しい、では参りましょうか」

道場を後にして、ふたりは続き廊下を歩調をあわせながら歩き出す。
今も昔も「憧れ」に似た想いを寄せていた。
何時か近づきたいと思い、望み、共に歩きたいと。

そうしてそれは要の中で、ただ変わらずに在り続けたもの。

望みはいつでも掌の中――月は手に掴めずとも、ただ頭上で輝き続ける様に。
何時の日か、と望む、それはまるで月光への憧憬。






―END―
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年08月20日

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